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星薬師と秘密の騎士〜皇帝の命、助けます!  作者: 穴澤 空@4/11ドアマットヒロイン発売


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第2話 依頼

「皇帝陛下のお命を、救う――とは」


 香凛は、三度小さく深呼吸を繰り返してから、尋ねた。

 それほど思いがけなく、そして大ごとな言葉だったからだ。


「陛下は半年ほどずっと、病に伏している」


 皇帝の状況など、下々にいちいち知らされることなどはない。

 特に、病に伏していることを外に知らせれば、いらぬ内憂外患を生んでしまう。


「陛下の侍医がおいででしょう」

「それが一向によくならないのでな。腕が悪いのか、それとも――」


 その言葉の先に込められた意図に、香凛は首を振る。


「陛下に大事があってはなりません。一介の平民に依頼することではないでしょう」


(彼は陛下への治療を疑っている。それはつまり、暗殺を疑っているのも同然だわ)


 下手に関わって、自分の命をかけるほどのことではない。

 香凛は遠回しに断るが、瑛然は首を横に振った。


「このままでは長くないだろう。侍医の後ろにいる、黒幕を見つけないことには、皇太子が皇帝になったとしても、同じことが繰り返される」

「――今、朝廷はどんな状況なんですか」

「皇太子が代わりをしている。が、廷臣たちが徐々に幅を利かせてきてはいるな」

「皇太子殿下に関しては、体が弱いと聞いたことがあります」

「ああ。小さい頃はよく体調を崩していた。今も人前にでることはほぼなく、部屋で執務を行うか、会議は御簾の向こうだ」


(それでも執務をしたり、会議に出るほどには体調は良いのね。もしくは何か――人前に出られない理由でも?)


「このまま朝廷を乗っ取られないためにも、引き受けてくれないか」

「乗っ取られる、ってそんな大げさな」


 大げさ、と口にしたが、香凛はすぐに考えを改める。


「幅を利かせた廷臣が政を思うままに行えば、内乱が起きる可能性も?」

「その通りだ。そうなったら、華都もここも混乱するだろうな」

「……おどし?」


(言うとおりにしなかったら、斬られる可能性もあるかも。相手は侍衛。かなうはずがない)


 そもそも皇帝の命で来たのだとしたら、従うしかない。

 それを断れば、殺されても文句も言えないのだ。


「今は生憎後継者もいませんので、私が死んだら星薬師の技術は永遠に途絶えます」


 香凛は、できるだけ自分に有利になるように、交渉することにした。


(どっちにしろ、恋の一つもしたことがない私が死ねば、後継者もなく星薬師は消えていく運命。だとしたら、少しでも世の役に立って消えていく方がいいのかもしれない)


 ピリピリとした空気を出す香凛に、瑛然はこれまでの表情を一転させて、へらりと笑う。


「おどしのつもりはないさ。でもまぁ……陛下からは『力を貸してくれたなら、何でも希望を叶える』とは言われてる」

「……なんで、そこまで」

「今陛下の周りでは、誰を信用すべきかわからないんだ」


 つまり、派閥も政治も何も関係がない、前皇朝の臣の血筋を頼ってきたというわけだ。


(なるほど……。これ、もしかしてチャンスじゃない?)


 香凛は瑛然を改めて見る。

 目鼻筋の通った、すっきりとした顔。一重の瞳は切れ長で、黙っていると冷たそうだが、口を開くと軽薄だ。

 それでも、体つきはしっかりとしていて、身なりも整っている。

 皇帝の侍衛とは、嘘ではないだろう。

 しかも、こうした内容を相談するほどだ。余程信頼されているとも言えよう。


「失礼ながら、侍衛殿が本物か証明できる術は」


 皇帝の状況をしらない平民の女を、言葉巧みに騙そうという可能性もある。


(世間では忘れられているとはいえ、私は星薬師の末裔。どこかで話を聞いて、身のうちに入れようという輩がいてもおかしくはない)


 ことに、今は祖父もいない。

 香凛一人であれば、場合によっては拐かすようなことも容易いだろう。


(失礼なことを口にしているとは、思う)

 

 だが、これは一つの賭けでもあった。


(さっきの言葉が本気なのか)


 皇帝が「何でも希望を叶える」だなんて、本当に言うのか。

 引き結んだ香凛の唇は、だがすぐにぽかりと開くことになった。

 

「ま、そうだよな。安易に信用しないとこ、気に入った」


 そう言って瑛然が懐から取り出したのは、熟れた柿のような赭黄(しゃおう)色の布だ。それを机に広げる。

 二十センチ四方程度の正絹のその布に、墨で書かれた文字と赤く押された印。

 それがどんな意味を持っているのか、たとえ平民であっても、祖父から授けられた学のある香凛にわからない筈がなかった。


(赭黄は禁色――それにこれは、皇帝御璽)


「これでどう?」

「どう、じゃないわ。これ以上の証明はないでしょう」


 皇帝にしか許されない色、赭黄色の正絹には、『月瑛然の身分を証明する』と書かれた文字と皇帝御璽。


「あなた、(げつ)瑛然といったのね」

「そう名乗らなかったっけ」

「名前しか」

「瑛然と呼んでくれれば、それで構わないと思ったからかな」


 香凛は呆れたように溜め息を吐くと、改めて彼を見た。


「ここまで見せられたら、協力しないわけにはいかないわね」

「本当か? 助かった!」

「それで、本当に陛下は私の願いを叶えて貰えるのかしら」

「もちろんだ。皇帝陛下が、誓われたことだ――もちろん、皇帝の命を欲しいとか、皇帝の位を、とかはきけないが」


 まさかの注釈に、香凛は思わず笑う。


「そんなもの、いらないわよ」

「そうかな。そんなものを欲しがるやつは、結構いるけど」


(それはそうかもしれないわね。皇帝になりたいという皇子や、皇帝を傀儡にしたいという廷臣なんて、古来いくらでもいたわ)


「それで、星薬師殿。きみの願いはなんだい?」


 瑛然の言葉に、香凛はゆっくりと口を開いた。

 

 

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