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星薬師と秘密の騎士〜皇帝の命、助けます!  作者: 穴澤 空@4/11ドアマットヒロイン発売


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第14話 花火

 香凛の手元の書には、陸宰相一族の情報が書き連ねられていた。

 陸一族の領地は山砂州(さんさしゅう)。西方の、砂漠と山を兼ね備えた地域だ。陸路の要衝でもある。

 

「宰相の息子と余昭儀の娘が結婚。息子の方は第二皇子、ね」


 ページを行き来しながら確認し、それぞれの星図盤を(えが)いていく。

 彼らの星図盤を見ていくと、気が付いたことがあった。


「……昭儀とその息子の星が、おかしな動きをしてる」


(やっぱり、息子を皇太子にしたいのかな)

 

 そのために何か画策をしているのであれば、星の定める『第二皇子』としての動きと異なってくるのは、十二分に有り得た。

 昭儀の実家は南海州(なんかいしゅう)豊都港(ほうとこう)にある大きな商家だ。


(余家の商会は、私も聞いたことがある名前だもの。よほど大きい商圏なんでしょうね)


 手元の書によれば、三代皇帝がその豊富な資金を求めて余()を与え、豊都港の支配権を与えたとある。


(新興の家門であるから九嬪。それでも実家の勢いがあるから、一番上の昭儀ってことなのかぁ)


 だんだんと見えてくるものがある、と香凛は思う。

 けれどその程度であれば、皇帝も皇后もわかっていることだろう。


「欲しいのは――証拠よね」


 そのために、自分が動かないといけないのだ。


「今日はあとは……」


 パラパラと書をめくっていくと、李風俊と李啓俊の文字が見えた。


(そういえば、陛下の御寝所にこの方々はいらしたわね)


 名は瑛然が口にしていたので知ったが、どのような立場であるかは知らない。

 味方側であることは確実だろうけど、それ以上はわからないのだ。


「皇后殿下の侍女の息子で、皇太子殿下の乳兄弟」


 役職はそれぞれ武官と文官のものだった。とはいえ、乳兄弟ということは彼らの主立った仕事は、皇太子の側近だろう。

 星図盤を見ても、おかしな動きは当然ない。


「あら、瑛然殿のも」


 並ぶ名前に目を引かれたとき。


「香凛! まだここにいたのか」


 がらりと扉が開き、瑛然が現れた。

 本人の登場に、思わず開いていた書を閉じる。


(別にやましいことをしてた訳じゃないのに)


「どうしたんですか?」

「もう夕暮れだ。迎えに来た」

「迎え?!」

 

 いわれてみれば、室内は夕日が差し込んでいた。

 今日は蝋燭を持ってきていないので、調べ物はここまでだろう。


「今日はちょっと面白いものが見れるんだ」


 瑛然はそう言うと、香凛の手を引く。

 扉の向こう側には夕日が赤く照らし出した廊下が見えた。


「あ、片付けを……」

「さっき啓俊に、この部屋を明日中いっぱいまで貸し切る手続き頼んどいた」

「えぇ……?!」


(いや、文書庫よ? そんな勝手な)


 香凛の気持ちを読んだかのように、瑛然は言葉を続ける。


「ここの文書庫、基本的に使われてないから」

「でも、急に使うかもしれないし」

「そのときは啓俊に話がいくようにしてある」


 何ということでもないように、瑛然は返した。

 香凛は幾度か瞬きをしてから頷く。


(きっと何か偉い人同士の決まり事とかがあるのよね)


 考えても意味がないことは、考えないようにしよう。

 そう切り替えたのだった。


   ***


 またしても香凛は、皇太子の宮である地晴宮(ちせいぐう)の瓦屋根の上で瑛然と二人、並んで座っていた。

 夕日は随分と地平に落ちて、今はもう青と紫の境を空に描いている。


「あ、これ食う?」


 袖から布を出すと、そこにまだ温かい饅頭(まんとう)が二つ。


「どうしたんです、これ」

「一緒に食べようと思ってさ。腹減ってるだろ?」

「それは否定しないわ」

「そりゃ良かった」


 差し出されたそれを一つ手に取り、真ん中で割る。


「わ! 具入りじゃない。贅沢!」


 割ったところから肉が溢れそうな勢いで顔を出した。


「冷めないうちに、早く」

「じゃ、遠慮なく」


 思い切りかぶりつくと、口の中でじゅわりと豚肉の味が広がる。


「おいしい! これ中に辛山葉子(しんさんはし)が入ってるのね」

「しんさ……ん?」

「辛さと爽やかさを兼ね備えた、薬草よ。胃の動きを活性化させて、消化を促すの」

「へぇ。さすがに詳しいな」

「そりゃぁ、星がついてもつかなくても薬師ですから」


 よほど美味しいのか、かぶりつく口が止まらないまま、にまりと笑う。

 そんな香凛を瑛然は楽し気に見ると、もう一つの饅頭も差し出した。


「足りないんじゃないか? こっちもやるよ」

「瑛然殿の分でしょ?」

「俺はまぁ、そこまで腹減ってないから」

「そ? じゃあありがたく」


 まったく遠慮をすることなく二つ目を食べる香凛は、瑛然をちらりと見る。


「なに? やっぱり返した方がいい? 囓っちゃったけど……」


 先ほどは二つに割って食べたというのに、よほど先を急いだのか、今度はいきなり齧り付いてしまっていた。

 困ったなぁと本気で心配する香凛へ、瑛然が笑みを返す。


「食べていいって。香凛が旨そうに食べているのが、かわいいと思って」

「かわいい? 瑛然殿、それは食事中の犬猫を見るような目線というものですよ」


 あっという間に二つ目の饅頭を平らげた香凛は、美味しかったと言いながら饅頭を包んでいた布を丁寧に畳む。


「これは私の方で洗っておきますね」

「いや構わないぞ」

「饅頭二個のお礼です」


 そう言って、さっさと胸元にしまい込む。

 さすがにそこにしまわれると、瑛然も取り上げることはできなかった。


「それで、なんで今日もまた皇太子殿下の屋根の上に」


 前回あれだけ不敬ではと心配していた香凛も、二度目ともなると慣れてしまっている。

 いざとなれば、瑛然がどうにかしてくれるだろうという、漠然とした信頼も生まれていたのかもしれない。


「ああ、ちょうど良い頃だな」


 彼はそういうと、皇城の東側――二人が今座って向いている方向だ――へ手を差し出す。

 空はすっかりと暗くなり、近くにいるから地上の灯りで互いの表情が見えるくらい。


「あそこを見ていて」


 その瞬間。


「火! 火があがった!」


 まるで火矢が空に向かっていくかのように、火柱が立った。

 それが三度続く。

 次いで空で爆竹が弾けるような音と光が広がる。


「きれい……」

「良かった。今日東の演習場で軍事訓練があって、それの」

「ちょっと待って。それ、私聞いて大丈夫なやつ?」

「平気だよ。俺と香凛の秘密、ってことで」

「や! そういう次元ではないのでは」

「あはは。本当に大丈夫。ちゃんと年間の暦に記載されてるから」


 そこまで聞いて、ようやく安心する。


「……まぁ、ここまでのものってのは、明かしてないけど」

「え?」

「なんでもないよ。これを香凛に見せたくてね」


 夜空に上がる火花は、まだ続いていた。

 瑛然の顔が、夜闇の中でその光に浮き上がる。


(……なんて、きれい)


 これまでも、美しい顔をしているとは思っていた。

 けれど、それとは全く別の感情が動く。

 

(私にこうして良くしてくれるのは、調査を引き受けたからだろうけど。それでも)


 軽薄な表情を浮かべても、瑛然が向けてくる優しさ自体はいい加減なものではないと感じる。

 優しくされて、心が動かないわけがない。


(私、瑛然殿のことを好ましく思っている――のかもしれない)


 ゆっくりと自覚したその恋は、けれどすぐに覆い隠さねばならないこととなる。



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