第13話 後宮にて
「昭儀を呼びなさい」
後宮にある貴妃の宮で、陸喜花は不機嫌さを隠さずに侍女に命じた。
すぐに侍女が下がり九嬪である余夕昭昭儀を呼びに向かう。
銀色の混ざる美しい髪色の貴妃は、この後宮で誰よりも美しいと自負している。
長い髪を片側にまとめ、彼女の実家である陸家の印によく使われる花を指す。濃い桃色に五枚の花弁。
それに細かな模様が入った朱赤の上衣を着て、昭儀を待つ。
「後宮の麗しき花である貴妃さまにご挨拶申し上げます」
しばらくして、急ぎ現れたのが余昭儀。
九嬪とは四夫人の下に属する後宮の階級で、その中で一番上となるのがこの昭儀であった。
「よく来たわね。さあ座って」
貴妃の宮の庭園の一角に、甘い香りの茶と菓子が用意されている。
どれも余昭儀の実家で取り扱う、隣国のものだった。
薄い桃色の上衣に、薄青の?と呼ばれるショールのようなものをかけた昭儀は、赤みのある茶色の髪を結い上げて銀の簪を刺している。いずれも彼女の実家である商家で取引をしている異国のものだ。
「貴妃さま。昨日の宴に来ていた娘のことでしょうか」
「ええ、その通りよ。星薬師だなんて胡散臭い名で、皇后に取り入るだなんて」
ぎり、と歯ぎしりをする貴妃に、昭儀も頷く。
「あの娘を後宮に入れようと思ってるのでしょうか」
「陛下は病床よ。後宮に入れたところで、どうにかなるわけじゃない」
「……と、すると本当に薬師ということに」
昭儀の言葉に、貴妃は大きく溜め息を吐く。
「あの娘が何者かはわからないけど、皇后の後ろ盾がついているということは事実だわ」
「……目障り、ですね」
「ええ。とっても」
貴妃は菓子を口に運ぶ。さくりとした歯ごたえが、とてこ心地よい。
珍しいものは好きだが、珍しくても自身の役に立たないものは不要だ。
それが陸貴妃の信条だった。
「こちらに取り込むか……。目的がわからないから難しいかしら」
「貴妃さま、私が接触してみましょうか」
「でも昭儀のあなたが声をかけても、ねぇ」
その言葉に、昭儀は目を伏せる。表情には出さず、礼をわきまえている風にしながらも、その瞳には不満げな色が浮かんでいた。
「一度私から声をかけるか――にしても、皇后に邪魔されるかしらね」
「あの娘を後宮に紹介した目的は、何でしょう」
「星薬師……。あのあと調べさせたら、前皇朝のときの役職らしいわ」
「皇后は前朝からの家門ですから、何か縁故でも」
そう言った昭儀を、貴妃は馬鹿にするように見る。
「縁故を繋ぎ後宮に紹介するなんて、皇后はそんなお人好しかしら」
「ですが、他に何もわからないですし」
貴妃の侮りに対して、抗議はできないまでも目線を逸らし反論する。
昭儀のその姿に、貴妃は満足気に微笑んだ。
「ふふ。わからないなら、聞き出せばいいじゃない」
「聞き出す?」
貴妃は、反抗しつつも最後に抗いきれないネズミをいたぶるのが好きだ。
昭儀は格好の獲物で、彼女を使い尽くし、いたぶり尽くしてから捨てようと思っている。
だからこそ、貴妃という後宮の中では皇后の次の地位の高さで、彼女への庇護を裏で約束していた。
「ねぇ夕昭。子選殿を焚きつけることはできるかしら」
貴妃が昭儀の名を呼ぶ。それに昭儀は嬉しそうに、口の端を小さくあげた。
「ええ喜花さま。子明から声をかけさせましょう。家族のやりとりですもの。問題はございませんわ」
貴妃の兄、陸武丈には息子がいた。
名を陸武雪といい、妻に公主である余子明を迎えている。
子明は昭儀の娘であり、三人しかいない皇子の双子の姉でもあった。
「子選殿の女遊びの噂は、後宮まで聞こえてきててよ」
「お恥ずかしいことです」
「あらそう? 皇子たるものそのくらいじゃないと。女好きなら、もしもその御身がいと高き座に就いたときに、後宮が潤うわ」
貴妃の子は娘だけだ。
男児を求めたが、皇帝の渡りは他の妃と同じだけ。もともと皇帝の寵愛は皇后に向けられていたので、そもそも後宮への渡りも少なかった。
自身が男児を埋めなかった妃は、次に何を考えるか。
「それに、年々子選殿は見目が良くなっているわ。どんな女性でも、彼に口説かれたら心動かすでしょうね」
子選は母親である昭儀によく似ていて、女性らしい柔らかな風貌だ。
実際はその風貌とはかけ離れた粗雑さと、女遊びの多さで周囲を困らせているのだが。
「私の甥があなたの娘の婿だもの。私たちは家族同然でしょう?」
「はい、喜花さま。私の身分では子選の後ろ盾には弱いですが、陸家が家族ともなれば」
身内を皇太子に、皇帝にすることで、権力を持つ。
さらに言えば、貴妃にとって昭儀は彼女の息子が皇太子に立つまでの役割でしかない。
都合のよいところで消えて貰おう、と考えている。
「ふふ。ではあなたは子明から子選殿に連絡を。私は宰相に声をかけておくわ」
「仰せの通りに」
「あの生意気そうな顔の娘と、皇后の無様な顔が楽しみだわ」
貴妃は目の前に置かれたライチを口に含むと、自身の描いた先を想像し、楽しげに笑うのだった。




