第11話 皇后殿下の宴
「これ、どういう……」
香凛の部屋の机の上には、淡い黄緑色の衣装が置かれていた。
『皇后殿下の宴で是非着て欲しい 瑛然』
そう書かれた手紙を見て、香凛は先ほどの瑛然の言葉を思い出す。
――部屋に戻ってからのお礼は、いらないからね
「これ、かぁ」
用意されていた衣装に触れると、今までに触れたことがないほど柔らかな手触り。
おそらく一級品の絹織りのなのだろう。
「いやたしかに、皇后殿下の宴に着ていくものがないとは思ってたけど……」
とはいえ、皇城内を歩くために女官の衣装を用意して貰っていたので、それで参加すれば良いかと思っていたのも事実だ。
(そもそも皇后殿下の宴への参加は、後宮の様子見なんだし、女官の衣服の方がいい気もするけど)
だが女官姿では、なにか物事を頼まれたときに断れない。
(後宮のことも皇城のことも良く知らない立場で、依頼されたら……)
そう考えると、瑛然の用意してくれた衣装はありがたいともとれる。
「せっかく用意してくれたんだしね……」
まるで言い訳のように口にする香凛の表情は、どことなく浮かれてもいた。
***
色とりどりの花が花瓶に舞う。
後宮の広い庭園にはいくつもの席が設けられていた。
(ば、場違い感たまらない……)
開演のときから、皇后に連れられ入場したのは黄緑色の薄絹に瞳と同じ琥珀色の刺繍が施された上衣を纏った香凛。
宴の席の上座に座る皇后のすぐ隣に、彼女の席が用意されていた。
四夫人は明陽の幔幕の下座に、さらに下座に九嬪と後宮の女性たちの席が連なっている。
香凛は炎黎帝の妃ではない上に、後宮の住人でもない。
にも関わらず、四夫人よりも上座に座っているのだ。
(皆さまの視線が……痛い)
特に四夫人の中でも一番位の高い貴妃の視線は、これ以上ないほどに恐ろしいものだった。
おそらく、香凛が新たな妃――それもかなり高位となると思っているのだろう。
場合によっては、四夫人の誰かが廃位となる可能性まで秘めている。
後宮の女性たちからの視線は、それが一番の原因だろう。
「ほ、ほ、ほ。皆あなたのことが気になるようね、星薬師殿」
明陽の言葉に、一同がざわめく。
「紹介しましょうね。今日の宴はあなたを紹介するためだけに、開いたのだもの」
(皇后殿下ぁ……。妃たちを刺激しないでください!)
そう思ったところで、口に出すことなどできやしない。
四夫人と九嬪の顔が歪むのが、目の端に入る。
「さぁ立ちなさい、香凛」
「は」
促されれば従うしかない。
下品に見えないように気を付けながら、ゆっくりと立ち上がる。
(こんなところでお上品に挨拶するなんて、どうすればいいのよ)
「この子は、私の親戚の養女になったの。あなたたちは、当然知っているでしょうけど、星薬師という難しい学問を修めているのよ」
香凛が後宮での振る舞いを知らないことは、明陽は十分に理解している。
そのため、香凛には口を開かせずに全てを明陽が取り計った。
(星薬師を知っている妃なんて、きっといないでしょうに)
百年も前に廃れた地位だ。
妃として入宮する女性が、その存在を学んでいるとは思えない。
けれど、明陽は知っていて当然という顔で紹介した。
(これで皇后殿下の後ろ盾は、後宮でも生きるって訳ね)
香凛はようやく宴の意図に気付く。
(つまり、後宮も探れってことでしょ)
炎黎帝暗殺の黒幕を探すのに、表舞台だけでは片手落ちだ。
特に瑛然は皇帝以外男子禁制の後宮に踏み込むことはできないし、皇后が手の者を使うにしても、そう易々と暗殺の件を告げるわけにはいかない。
つまり、後宮を探る手札として香凛の存在は大きいといえる。
「さて、香凛に皆を紹介しましょうか。順番にこちらにいらっしゃい」
明陽は楽しそうに笑う。
(え、向こうから挨拶に来させるの?!)
意地が少し悪いのではと思うが、後宮ではこの程度当然なのかもしれない。
(それに、皇后殿下が私を連れ回すわけにはいかないもんね)
「彼女は陸貴妃。宰相の妹御ね。私の娘の次に生まれた公主がいるわ」
四夫人にはそれぞれ娘がいる。そのうち徳妃の娘以外の三人はすでに嫁いでいた。
皇后には皇太子の他に三人の娘がおり、うち一人が一番下の公主で現在十歳らしい。
(なるほど。四夫人全員娘のみなのね。皇太子争いは起きていない、と――ん?)
貴妃の髪飾りに目がとまる。
五枚の花弁に濃い桃色の色を塗った飾りの花には、見覚えがあった。
(旅人の方から、買わせて貰ったやつだ)
滅多に見ない、この地域には咲かない花に心を躍らせた覚えがある。
ほんの十束のその花は、押し花にして今も書の中に挟み込んでいるのだ。
(貴妃の出身に関わるのかな)
この場で尋ねられれば良いが、とてもそんな雰囲気ではない。
今は黙って、皇后に手綱を預ける場だ。
香凛は、また後で確認しようと思い、目線を戻す。
四夫人に続いて、九嬪の妃が挨拶にきた。
(九嬪だけど――八人しかいない。一人足りない?)
「余昭儀と王充容には男児がいるの。それぞれ十九と十五」
短く口添えする明陽は、笑みを絶やさない。
人数が足りないことには触れないので、単に一人分地位が埋められていないだけなのだろう。
(なるほど。皇太子争いに関わるとしたら、その二人か)
しかしこの国では、九嬪の中から皇太子が立ったとしても、その母親は皇后にも皇太后にもなれない。
そもそも基本的には、皇后もしくは四夫人からの息子以外は皇太子として、立つことも難しい。
(まぁでも、息子が皇帝になりさえすれば、どうとでもなるよね)
四夫人と九嬪の挨拶が終わると、女官たちによる舞や演奏が始まる。
香凛はさりげなく妃たちの様子を観察した。
(陸貴妃のお兄さんは宰相……か)
昨日、瑛然に声をかけられる前に宰相から嫌味を言われたことを思い出す。
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