2.それってギリギリ犯罪では?
帰りのSHRを終えて何事も無かったように部活に向かう───ことなんてできなかった。
関わってたまるかと気配を消して教室を出ようと思った矢先、神楽木さん、と低めの声がする。
「このあと暇?」
キラキラした笑顔を向けて彼、綺咲魁人は断らないよな?と圧をかけてきた。ここで断ったらクラス中、いや学年中の女子から恨まれるだろう。そもそも、話しかけられてるこの時点で恨まれそうだが。既に痛い視線を感じる。
「神楽木さんって弓道部だよね?気になるから案内して欲しいんだ」
「あぁ、そういうことなら大丈夫だよ…」
若干引き攣りつつも笑顔で答えた。彼の言葉で痛い視線も多少和らいだし、まぁ良いとしよう。話しかけられないのが1番だが。
場所を変えてあまり人が寄り付かない所まで行く。詩葉の学校は小学校から大学まであり、中、高、大学は同じ敷地内にあるため穴場はそれなりにあった。
「それで、一体なんの用でしょうか…」
「言わなくても分かってるだろ。昨日の件だ。お前には俺のアシスタントをしてもらう」
「あしすたんと、」
詩葉はまるで初めて聞いた言葉のようにオウム返しをした。昨日の件とは、妖が起こしたあの事件だろうが、アシスタントということは似たような事件がまだ続くということなのだろうか。だとしたら非常に断りたい。
「ちなみにこれは決定事項だ。お前に拒否権はない」
「で、デスヨネー」
分かってはいたけども。しかし、アシスタントをすると言っても詩葉は妖のことをほとんど知らない上に、存在自体昨日知ったのだ。理解はできても受け入れられない。
とりあえずその日は解散となり、明日迎えに行くと言い残して魁人は去った。
(私家の場所教えたっけ…?)
翌日、テレビのニュースを見ていると、昨日の事件が報道されていた。またもや、小平で身元不明の焼死体が発見されたと。防犯カメラには犯人と思わしき人物は写っておらず、人体発火現象の可能性も捜査しているが、可能性は限りなくゼロに近いという。
しばらく現場は封鎖されるらしく、通学路はそこを迂回して行くことになった。やはり怖いなと思いながら朝ごはんを食べていると、インターホンが鳴った。お母さんが対応していると、何やら慌てたようすで駆け寄ってきた。
「あんた、いつの間にあんなイケメンな彼氏できたの!?」
「ごっっふ」
(だからなんで私の家知ってるんだよ〜〜!?)
お母さんがカバンの準備はしておくから早くしなさいと急かしてくる。彼氏じゃないと否定しようにもむせてしまって何も言えない。
半ば強引に家を出され、途中までしかご飯を食べられなかった。ちなみに、結局彼氏じゃないと否定できなかった。
「…いやどうして私の家知ってるんですか」
「防犯カメラの映像から特定させてもらった。ついでに登校時間もな」
「それってギリギリ犯罪では?」
そんなことより、と無理やり話を曲げられる。私にはプライバシーが存在しないらしい。
「他にも俺みたいに妖を相手にしている奴はいるが、あまりそいつらには構うな。お前の存在はイレギュラーすぎる。関わっても面倒事にしかならない」
どうやら、他にも綺咲魁人のように妖退治(?)をする人間はいるらしい。彼によれば世の中の事件の3割は妖が原因だとか。なかなか多い気がするが、どうやって誤魔化しているのだろうか。あと、イレギュラーとは何なのか。
疑問だらけのままアシスタントになってしまったが、私はこれからどうなっていくのだろう。まぁ、そんな心配をしたところで結局事件に巻き込まれて、ブラック企業のように年中関係なくこき使われることになるのだが。
そしてその未来がそう遠くないことを、まだ詩葉は知らない。
学校に着くなり、クラスの女子から質問攻めにされた。内容はもちろん、綺咲くんとはどんな関係かだ。
たまたま電車が一緒になったのでそのまま登校したと誤魔化した。ちなみに、魁人は明日からも毎日詩葉を迎えに行くつもりなので、事情を知らない他クラスの女子からはしばらく恨みを買うことになる。
魁人は休み時間になると男女関わらず話しかけられていた。当たり障りなく、みんなに等しく優しいからだ。まだ学校に来てから2日目だというのにクラスの中心人物になっていた。
「魁人くんは彼女いないのー?」
「いないよ。今は勉強に集中したいからね」
魁人に彼女がいないと分かった途端、クラスの女子、ひいては話を教室の外から盗み聞きしていた他クラスの女子の目に火がついた。勉強の邪魔さえしなければワンチャンあると思ったのだろう。
(あんなやつと付き合うとか絶対無理だ…)
想像して寒気を感じる。察しが良いのか、魁人は詩葉の方に視線を向けて、今失礼なことを考えただろうと睨んできた。いいえ、私は何も失礼なことなんて考えていません。
心の中で1人で否定して、次の授業の準備をしにロッカーへ向かった。
あっという間に授業が終わり、SHRの時間になる。先生が明日は委員会決めをするから、どの委員会に入るかを考えておくようにと言って解散した。
昨日と同様、綺咲くん(学校ではそう呼ぶことにした)が一緒に部活に行こうと誘ってきた。どうやら既に入部届けは出したらしい。
弓道場に向かうと、顧問の先生が待っていたよと笑顔で迎えた。入部届けを出した時に親しくなったようだ。
弓道場のすぐ近くにある更衣室へ向かい袴に着替える。更衣室を出ると袴姿の綺咲くんが待っており、視線で遅いと訴えてきた。目は口ほどになんとやら…。
1年生の体験入部期間なので、しばらくは部活が早く終わる。嬉しいと思ったのも束の間、魁人にそのまま家に帰れると思うなよ、と耳元でボソッと言われ、詩葉は撃沈した。
本来なら実際に矢を射るのは練習をしてから半年後だが、魁人が試しにやってみると、的のど真ん中に的中した。それも5本とも全て。
他の部員も顧問の先生もみんな唖然としていた。もちろん、私も。入部初日からみんなの注目を掻っ攫い、しかも見た目が良いというのもあって体験入部には1年生の女子が増えることとなった。
ようやく部活が終わって帰る支度をする。準備が終わり更衣室から出ると、魁人は詩葉に不機嫌そうに遅いと言った。詩葉はこれがいつまで続くのやらと遠い目をした。
「仮にもアシスタントだからな。妖について知ってもらう」
そう言って魁人は早足で駅の方に向かった。置いていかれそうになりほぼ小走りで詩葉は着いていく。自分から言い出したんだから歩調くらい自分に合わせてもいいんじゃないか、と思ったが、そんな融通が効くならそもそもこんな目にあっていないと考えを改めた。
親には事前に今日は遅くなるから外食にするとメッセージを送った。お母さんからはデート楽しんでねというメッセージと共に○ay○ayに1000円が送られていた。解せぬ。
5分ほど大通りを歩いて脇道に入ると、とある神社にたどり着いた。近くにはお寺や八幡宮があり、都会とは思えない空気が漂っていた。
鳥居を抜けると小さな拝殿があり、両脇に狛犬が座っていた。
「いるか?」
「あぁ、魁人ですね。結界を張るので少し待っていてください」
その声と共に神社は黒い幕のようなもので包まれ、車が道路を走っている音や人の話し声全てが聞こえなくなった。
詩葉がきょろきょろと辺りを見回していると、拝殿の中から和装をした髪の長い男性が出てきた。
「人間のおなご…?」
「俺のアシスタントだ」
その人は魁人の言葉にとても驚いた顔をして、詩葉を見定めるようにじっと見つめた。自然と背筋がぴしっと伸びる。
「…本当にこんなちんちくりんが魁人の役に立つのでしょうか?」
「確かにこいつはちんちくりんだが、人間でありながら妖術を使える。それも護符なしでな」
「護符なし、ですか…」
なんでお前なんかが、と言いたげな顔に詩葉はげんなりとした。綺咲くんと言いこの人と言い、どうしてこんなに当たりが強いのか。
「人間は本来、妖を見ることも感じることも…ましてや妖術を使うことなんてできないはずです。にも関わらず貴方は妖術を護符なしで使える…。一体何者なのですか」
「俺にもさっぱり分からんが、"向こう側"が放ってはおかないだろう」
さっぱり何を言っているのか分からないが、自分の存在がイレギュラーだということは何となく理解した詩葉であった。
しばらく2人の会話を聞いていると、ようやく本題の妖について説明されることになった。
妖とは、日本に古くからいる霊的な存在のことで、主に妖怪のことを指し、昔から今に至るまで人間と共存してきた。しかし、江戸時代あたりから妖の中で派閥が共存派、中立派、革命派の3つに別れる。
共存派はその名の通り、人間とこれまでと同様に共存する道を選んだ妖たちの派閥。革命派は妖の世界を作り革命を起こす、つまり人間の殺戮を掲げる派閥。中立派はどちらの派閥にも属さないが、いつでも寝返れるということだ。
「三つ巴ってとこだな」
「そうですね」
江戸時代に入ってから人間の技術力が向上し、妖の存在は忘れ去られ今ではすっかり物語の中の存在となってしまった。革命派はそれが許せないらしく、昔のように自分たちが恐れられ崇められていた時代を取り戻すのが目標だという。ちなみに妖とは別に神、神使も存在しており、彼らは神術を使って共存派に力を貸しているらしい。
「それってただのやっかみでは」
「その通りです。それに、現代の方が何かと便利なことが多いですし、正直人間が減ると困るんですよ」
一通り説明が終わったところで、魁人の今日は遅いしまた明日にするか、という言葉で解散となった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。この御影鎮守稲荷神社の白狐、雪影と申します」
「神楽木詩葉です。よ、よろしくお願いします」
ではまた明日会いましょうと言って、雪影は拝殿の奥に消え、結界も解かれた。思っていたよりも時間が経っていて空はすっかり暗くなっていた。
ぐぅぅぅぅと詩葉の腹の虫がなる。魁人は呆れたように溜息をつき、ファミレスにでも行くかと提案した。もちろん乗った。
「そういえば、人間は妖術を使えないって話だけど、もしかして綺咲くんって…」
「人間じゃねぇよ。当たり前だろ」
「あ、はい…」
ちなみにどの妖なのか聞いてもはぐらかされたので、いつか知りたい。




