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無能と蔑まれた薬師令嬢ですが、品評会で証明したら氷の公爵に求婚されました

作者: 夢見叶
掲載日:2026/01/18

「君には薬師の才能がない。婚約は破棄だ」


 侯爵子息ヴェルナーの声が、庭園に響いた。


 三年。私はこの人のために尽くしてきた。体調を崩せば薬を調合し、領地の疫病には夜を徹して対処した。なのに返ってきたのは、この一言。


「……理由を、伺っても?」


「理由?」


 ヴェルナーは嘲るように笑った。


「君の薬など、誰でも作れる。伯爵家の薬草園だけが目当てだったんだ。だが、もっと有能な薬師を見つけた。君はもう必要ない」


 必要ない。


 その言葉が、胸の奥に沈んでいく。悔しいとか、悲しいとか、そういう感情ではなかった。ただ、深い諦めだけが広がっていく。


 ああ、またか。


 母が亡くなってから、ずっとこうだ。私の腕を認める人はいない。母の名声だけが一人歩きし、娘の私は「無能」と囁かれてきた。


「反論はないのか?」


「ありません」


 私は静かに答えた。


「言葉では、何も変わりませんから」


 ヴェルナーの眉が跳ねた。予想外の反応だったのだろう。泣きすがると思っていたのかもしれない。


「三日後の王宮品評会に、私は出ます」


「……は?」


「無能かどうかは、そこで証明します。貴方の評価ではなく、王宮薬師長の目で」


 言い終えた瞬間、背後の空気が変わった。


 振り返ると、一人の男が立っていた。


 黒髪に灰色の瞳。北領公爵クラウス・ヴィンターハルト。氷の公爵と呼ばれる男が、なぜここにいるのか。


「失礼。庭園の薔薇を見せてもらっていた」


 低い声が、妙に耳に残る。


 クラウス公爵は私を一瞥した。その視線は冷たいはずなのに、なぜか値踏みとは違う何かを感じた。


「品評会か」


 独り言のように呟いて、公爵は去っていった。


 屋敷に戻り、私は母の部屋を訪れた。


 埃を被った棚の奥。古びた木箱の中に、一枚の処方箋がある。


 『霜月草の解毒薬』


 王宮でも再現できなかった、母の最高傑作。この処方箋だけは、誰にも渡さなかった。


「お母様」


 私は処方箋を胸に抱いた。


「証明してみせます。貴女の娘は、無能なんかじゃないと」


 翌日、問題が起きた。


「霜月草の入荷が止まっている……?」


 薬草商の主人は申し訳なさそうに首を振った。


「侯爵家から圧力がかかりまして。フィーネ様には売るなと」


 ヴェルナーの仕業だ。品評会に出ると言った私を、潰しにきている。


 霜月草がなければ、母の薬は作れない。


「困りましたね」


 背後から声がした。


 振り返ると、昨日の公爵が立っていた。隣には初老の執事。


「ヴィンターハルト公爵……」


「北領には霜月草が自生している」


 唐突な言葉に、私は目を見開いた。


「必要なら、届けさせる」


「な、なぜ……」


「理由が必要か?」


 公爵は淡々と言った。


「私は有能な薬師を探している。君が無能かどうか、この目で確かめたい。それだけだ」


 感謝の言葉が出てこなかった。代わりに、私は深く頭を下げた。


「……必ず、証明します」


「期待している」


 公爵は踵を返した。去り際、執事が小声で耳打ちしてきた。


「お嬢様。旦那様があのように他人に興味を示されるのは、極めて稀なことでございます」


 意味がわからないまま、私は霜月草の到着を待った。


 その日の夜、霜月草が届いた。


 見事な品質だった。王都の市場に出回るものとは、比較にならない。


「これなら……」


 私は調合室に籠もった。


 母の処方箋を傍らに置き、一つ一つの工程を確認していく。霜月草を乾燥させ、蒸留水で抽出し、三種の薬草と調合する。


 火加減が難しい。母は「薬草の声を聴け」と言っていた。今ならわかる。色の変化、香りの移ろい、泡の立ち方。すべてが薬草の言葉だ。


 気配を感じて振り返ると、窓の外に人影があった。


 クラウス公爵だ。


「お邪魔するつもりはない。続けてくれ」


 なぜ見ているのか、問う余裕はなかった。私は作業に戻った。


 けれど不思議と、視線が邪魔に感じなかった。むしろ、見ていてほしいとさえ思った。


 この人になら、私の腕を正しく評価してもらえる気がした。


 品評会の前日。


 社交界に妙な噂が流れた。


「審査員の一人が、侯爵家に買収されたらしい」


 使用人から聞いた情報に、私は眉をひそめた。


 ヴェルナーは本気で私を潰す気だ。品評会で恥をかかせ、「やはり無能だった」と社交界に知らしめるつもりだろう。


「フィーネ様」


 公爵家の執事が訪ねてきた。


「旦那様からの伝言でございます。『審査員席に、私がいる』と」


「……公爵が、審査員に?」


「はい。今朝、王宮に申し出られました」


 心臓が跳ねた。


 公爵が審査員席にいる。それはつまり、不正が通用しないということだ。氷の公爵は公正さで知られている。侯爵家の圧力など、彼には通じない。


「旦那様は、こうも仰っておりました」


 執事は微かに笑った。


「『逃げ道は塞いだ。あとは君が証明するだけだ』と」


 品評会当日。


 王宮薬草園は、大勢の貴族で賑わっていた。


 私は参加者の列に並んだ。手には、完成した霜月草の解毒薬。母の処方箋通りに作った、渾身の一品だ。


「おや、無能令嬢ではないか」


 聞き覚えのある声。ヴェルナーだった。


「よくも恥をかきに来られたものだ。その程度の薬で、王宮薬師長の目を欺けるとでも?」


 周囲の視線が集まる。好奇と嘲りが入り混じった目。


「私の母が無能だったという話は、貴方が広めたのですか?」


「事実を言っただけだ。君の母は、たまたま一度だけ良い薬を作った。だが娘の君には、その才能は受け継がれなかった」


「そうですか」


 私は静かに答えた。


「では、今日証明しますね。貴方の言葉が、すべて嘘だったと」


 ヴェルナーの顔が歪んだ。


 その瞬間、会場に沈黙が落ちた。審査員が入場してきたのだ。


 先頭は王宮薬師長。そして——


「北領公爵……!」


 誰かが息を呑んだ。


 クラウス公爵が、審査員席に着いた。灰色の瞳が、真っ直ぐに私を見た。


 逃げ道は塞いだ。


 その言葉を思い出す。公爵は約束を守った。あとは、私の番だ。


「では、品評会を始める」


 王宮薬師長の声が響いた。


 参加者が次々と薬を披露していく。


 どれも高品質だった。王都の薬師たちは、確かに腕が立つ。


「次、伯爵令嬢フィーネ」


 私の名が呼ばれた。


 会場がざわめく。「無能令嬢」の噂は、ここにも届いているのだろう。


 審査員席の前に立つ。王宮薬師長の隣に、クラウス公爵がいた。


「これは……?」


 薬師長が、私の差し出した瓶を手に取った。


「霜月草の解毒薬です。亡き母の処方箋を元に、私が調合しました」


 会場がどよめいた。


「霜月草の解毒薬だと?」


「あれは王宮でも再現できなかった幻の薬ではないか」


「まさか、あの無能令嬢が……」


 ヴェルナーが叫んだ。


「嘘だ! そんなもの、作れるはずがない! どこかから盗んできたに違いない!」


「侯爵子息」


 低い声が、会場を切り裂いた。


 クラウス公爵が立ち上がっていた。


「私はこの三日間、彼女の調合を見ていた。霜月草は私の領地から届けさせた。この薬は、間違いなく彼女が作ったものだ」


 沈黙が落ちた。


 氷の公爵が、証人として名乗り出た。その意味を、誰もが理解した。


 王宮薬師長が瓶の蓋を開けた。


「……この香り、この色艶。間違いない」


 老薬師の声が震えていた。


「これは本物だ。かつて私が見た、あの解毒薬と同じ品質だ」


「そんな……」


 ヴェルナーの顔から血の気が引いていく。


「フィーネ嬢」


 薬師長が私を見た。


「貴女の母君は、生前こう言っていた。『私の技術は、娘に継がせる』と。今日、その言葉が真実だったと証明された」


 私は何も言えなかった。涙がこぼれそうだった。


「貴女に、王宮薬師の称号を授ける」


 会場から歓声が上がった。


 けれど、私の目は一人の男を見ていた。


 クラウス公爵が、審査員席から降りてきた。


「公爵……?」


「証明したな」


 公爵は私の前で足を止めた。


「約束通りだ。私の目は正しかった」


 その言葉の意味がわからなかった。


「公爵、何を——」


「フィーネ嬢」


 公爵は片膝をついた。


 会場が凍りついた。


「え……」


「この薬師を、私にいただきたい」


 低い声が、静まり返った会場に響いた。


「北領には優秀な薬師が必要だ。だが、それだけではない」


 灰色の瞳が、真っ直ぐに私を見上げた。


「君の腕を見ていて、確信した。君は誰にも渡さない。私の妻として、北領に来てほしい」


 息が止まった。


「旦那様」


 執事の声がした。


「唐突すぎます。お嬢様が驚いておられます」


「知っている。だが、待てなかった」


 公爵は立ち上がり、私の手を取った。


「三日前、君が『証明する』と言った時、決めた。この人を逃してはならないと」


「で、でも、私は……」


「無能ではない。最初から知っていた」


 公爵の手が、私の手を包んだ。


「君の薬草園を見た時、すぐにわかった。あれほど丁寧に手入れされた薬草園を、無能な者が維持できるはずがない」


 涙が溢れた。


 三年間、誰にも認められなかった。母の技術を継いでいるのに、無能と蔑まれ続けた。


「泣くな」


 公爵の指が、私の涙を拭った。


「君はもう、一人で証明し続けなくていい。私が隣にいる」


「……はい」


 私は頷いた。


「私を、北領に連れて行ってください」


 会場の隅で、ヴェルナーが蒼白な顔で立ち尽くしていた。


 王宮薬師長が彼に近づいた。


「侯爵子息。貴殿が広めた『無能令嬢』の噂、すべて虚偽だったようだな」


「ち、違う、私は——」


「薬師の名誉を傷つけた罪は重い。侯爵家には、相応の処分を申し渡す」


 ヴェルナーの悲鳴が上がった。


 けれど、私はもう振り返らなかった。


 隣にいる人の手を握りしめる。この人が、私を見つけてくれた。私の価値を、最初から信じてくれた。


「フィーネ」


 名前を呼ばれた。姓ではなく、名前を。


「はい」


「北領は寒い。覚悟しておけ」


「……ふふ」


 笑いがこぼれた。


「大丈夫です。温める薬なら、いくらでも作れますから」


 公爵の目が、ほんの少しだけ和らいだ。


「期待している」


 新しい朝日が、王宮薬草園を照らしていた。


 私の価値は、もう誰にも否定させない。この人の隣で、証明し続けていく。


 それが、これからの私の生き方だ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


静かに証明する強さと、それを見抜いてくれる人の存在を書きたいと思いました。フィーネとクラウス、二人の今後が温かいものになりますように。


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