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95.メルフィの思惑

 勇者アレクの行方不明という前代未聞の異常事態。その動揺が全く冷めやらぬ王立魔法学園の大講堂に、新任の特別講師メルフィ・アンスバッハの甘く、そして絶対的な権力を孕んだ声が響き渡った。


「皆様、不安な時こそ、手を取り合い、そして競い合い高め合う必要がありますわ。……そこで、来月より我が校にて『世界合同武術大会』を開催いたします」


 その宣言に、講堂内が水を打ったように静まり返り、直後に爆発的なざわめきに包まれた。


 世界合同武術大会。


 それは、教会の総本山がある聖都の学園、魔法工学の最先端を行く魔導国、さらには多種族が住む辺境の武術機関まで、世界中から「未来の英雄」候補が集う国家規模の祭典だ。


 通常は何年も前から準備されるものであり、各国の王族や首脳陣の調整が必要不可欠な一大行事。それを、この小柄な少女――教会の聖女かつ異端審問局長という顔を持つメルフィは、強引な権力と暴力でねじ込んだのだ。


「形式は各学園の代表による、スリーオンスリー(3対3)の勝ち抜き戦。……本来なら学内で選抜試合を行うところですが、時間がございませんので。今回は私が学園長から伺った生徒から『独断』で、この学園の代表パーティを指名させていただきますわ」


 メルフィは優雅に扇子で口元を隠し、とろけるような、それでいて獲物を物色するような視線を生徒たちへ向けた。


「まず一人目は、我が校が誇る魔導理論の天才……クリスティーナ・アー・ドラグノフ様」


「……ふん。当然の選出ね。私の完璧な数式で、世界中の自称天才たちに真の魔法というものを教えてあげるわ」


 名指しされたクリスが、腕を組んで不敵に笑う。彼女の周囲には、すでに戦意による微かな魔力の陽炎が揺らめいていた。


「二人目は、正義の輝きで迷える子羊を導く……生徒会長、アリシア・ライト・クライン様」


「はいっ!生徒会長として、そして学園の秩序を守る者として、全力で務めさせていただきますわ!」


 アリシアが立ち上がり、眩しいほどのオーラを放って一礼する。


 ここまでは誰もが納得する人選だった。学園トップクラスの実力者二人。誰もが認める、この学園の誇り。


 だが、メルフィの視線はそのまま、大講堂の最後尾――掃き溜めと呼ばれるFクラスの席へと向けられた。


「そして最後の一人。……代表パーティのリーダーとして、ヴェルト・フォン・アークライト様。貴方にお願いしますわ」


 一瞬の静寂の後、講堂内から割れんばかりのブーイングが巻き起こった。


「ふざけるな!いくらなんでもFクラスの落ちこぼれを代表にするなんて!」「アークライト卿は確かに喧嘩は強いが、魔力放出値ゼロの無能だぞ!『魔法学園』の代表に、魔法が使えない奴を出すなんて世界中の笑いものだ!」


 エリート生徒たちが口々に抗議の声を上げる。


 当のヴェルトは、だるそうに欠伸を噛み殺しながら立ち上がった。


「……おいババア。寝言は寝て言え。周りの言う通り、俺は魔力ゼロの欠陥品だぞ。なんでそんな面倒くさい大会に俺が出なきゃならねぇんだ。ニーナにでもやらせとけ」


 ヴェルトがすぐ後ろに控えるニーナを指差す。


「えっ!?わ、私なんかがですか!?無理ですぅ!でも、いつでもヴェルト様の盾となり、長椅子を振り回して筋肉で解決する準備はできていますけど!」


 ニーナが慌ててナックルを打ち鳴らすが、メルフィはクスクスと鈴を転がすように笑った。


「メッ、ですわよヴェルト様」


 メルフィは周囲の怒号を完全に無視し、壇上からヴェルトの目前へと、瞬時に転移魔法で移動した。


 至近距離。死の香りと甘い香水が混ざった匂いが、ヴェルトの鼻腔をくすぐる。


「皆様、何も分かっておられませんのね。……『勇者』というのは、別に魔法が強ければいいってもんじゃありませんのよ」


 メルフィは全生徒に聞こえるように、はっきりと、残酷な真実を口にした。


「……何の話だ?」


 ヴェルトが眉をひそめると、メルフィは芝居がかった手つきで天を仰いだ。


「勇者とは!世界から愛され、奇跡を呼び、魔王を討つための鍵。……固有スキルにも似た、特別な概念。それが『勇者の資質』と呼ばれるものです」


「勇者の……資質?」


「ええ。どれだけ努力しても手に入らない、神に選ばれた者だけが魂に刻む恩寵。……そして不思議なことに、あのアレク様が消えたいま、この学園で唯一、その『勇者の資質』を隠し持っているのは……ヴェルト様、貴方だけなのですわ」


 講堂内が水を打ったように静まり返った。


 ニーナが、クリスが、アリシアが、そして影に潜むマリアすらも息を呑む。


 魔力ゼロ。処刑確定の悪徳領主。そんな「チュートリアルの噛ませ犬」に、勇者の資質がある?


 周囲が驚愕と疑惑に包まれる中、ヴェルトだけは、一切の動揺を見せずに冷めた目でメルフィを見下ろしていた。


(……なるほどな。そういうことか)


 思い当たることがある。


 ヴェルトは脳内で、転生初日に確認した己の異常なステータス画面――その中の一項目を思い返していた。


 【成長適正:×10.0(デバッグ用)】

 【レベル上限:∞(設定なし)】

 【スキル習得制限:なし】


 この、スキル習得制限なし。当時は「どんなスキルでも覚えられる便利なバグ」程度にしか思っていなかった。だが、メルフィの言う『勇者の資質』という言葉で、点と点が最悪の形で線になった。


(クソ運営……。俺という『ヴェルト』のキャラクターデータを作る時、どうせ序盤のチュートリアルで勇者に殺されて消えるからって、設定を個別に組む工数を省きやがったって話だが)


 RPGの開発環境において、テストプレイを行う際、イベントの進行フラグをいちいち満たすのは非常に手間だ。特定の聖剣を抜けるか、特定の「資質」を持っているか。


 それらの判定チェックを強引にスキップするため、開発陣はしばしばテスト用のダミーデータや、すぐに退場する使い捨てのNPCに対し、全てのフラグ判定を強制的に「ON」にする処理を施しておくことがある。


 どうせ開始数十分で炎に包まれて退場する悪徳領主の息子だ。シナリオの途中で彼が「勇者の剣」を抜けるかどうかの判定を受けたり、「聖女の祈り」を発動したりすることなど絶対にない。だから、データ上でフラグがどう矛盾していようが、ゲームの進行上は何のエラーも吐かない。


 ――だが、ここは現実だ。


 俺がチュートリアルを生き延びたことで、その「手抜き」がとんでもない矛盾バグを引き起こしている。


 勇者になるための『献身』。

 聖者になるための『慈愛』。

 魔王になるための『覇道』。


 本来であれば、どれか一つの道を選べば他の道はシステム的にロックされるはずの、相反するあらゆる『資質』。それが「スキル習得制限:なし」という投げやりな設定の裏側で、あらゆる適性検査を素通りする状態になっていたとしたら?


(……俺が魔法を使えない理由も、これに関係しているとしたら)


 魔法を使うには、体内の魔力を属性に変換し、外部へ放出するための『回路』の設定が必要になる。だが、やられ役にそんな複雑な処理を組むのは面倒だ。「とりあえず物理攻撃だけしてくればいい」と、全リソースを物理ステータスに変換する適当な処理をされたのだろう。


(スキルを使用する際に魔力が必要になるのはスキルに付随する設定ってところか、だとすると白亜の塔で魔力が使えたのは白亜の塔自体の設定か?)


 結果として、魔法は一滴も放出できないが、内包している『資質』の数と質だけは『全知全能』と言っても過言では無い。


(笑えねぇな……。教会の連中は、アレクを『勇者』にするために、幼い頃から薬物と洗脳で無理やり一つの資質を固定し、造り上げた。それでもアレクは悲鳴を上げて暴走しかけている)


 対して俺は、世界の創造主プログラマーのずさんな手抜きが生み出した、文字通りの『バグの極致』。すべての器を持ちながら、中身は空っぽの怪物だ。


 メルフィの奴は、俺のその異常な魂のステータスを、本能的にか、あるいはその狂った審美眼で見抜いたのだろう。俺という『不確定要素の塊』に、世界中から集めた天才たちの極上の魔力や技をぶつければ、果たしてどの資質が発現するのか。勇者として覚醒するのか、それとも魔王として暴走するのか――それを特等席で見物する腹積もりに違いない。


(あわよくばアレクの代わりにしようってところか?)


「……ふん。それで?そのどうでもいい資質とやらがあるからって、俺が大会に出る理由にはならねぇぞ」


 ヴェルトは内心の戦慄を微塵も表に出さず、退屈そうに鼻を鳴らした。


 メルフィはペロリと唇を舐め、ヴェルトにしか聞こえない声で囁いた。


「隠しても無駄ですわ。貴方という未知のイレギュラー……。世界中から集まる極上の天才たちを舞台装置にして、貴方のその『資質』を無理やりこじ開け、開花させてあげます。……アレク様に代わる、私の最高の『おもちゃ』としてね♡」


 それが、最悪の聖女の真の目的。


 ヴェルトという未知の存在を極限状態に置き、どのように壊れるか、あるいはどう覚醒するかを観察するためのゲーム。


 ヴェルトの目の奥に、ドス黒い殺意とは違う、冷徹で傲慢な火が灯った。


「……上等だ」


 ヴェルトはメルフィから一歩下がり、大講堂に集まる全生徒、そして壇上の狂信者を見渡した。


「世界中の天才様が集まるんだろ?魔法の極致だの、神の恩寵だの……くだらねぇプライドをひっさげてよ」


 ヴェルトは首をコキリと鳴らし、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。


「いいぜ、出てやるよ。……俺がその期待ごと、天才どもの資質とやらを粉砕してやる。せいぜい、壊れにくい頑丈な玩具を用意しておくんだな。そしてその次はお前の番だ。メルフィ・アンスバッハ」


「あらあら、楽しみにしていますわ♡」



 大講堂での宣言から数日後。


 Fクラスの教室には、世界合同武術大会に向けた奇妙な空気が漂っていた。


「……というわけで、俺がリーダーで、クリスとアリシアがレギュラー。ニーナは補欠だ。文句あるか?」


 ヴェルトが魔王の玉座(仮)にふんぞり返りながら確認する。


「文句なんてありませんわ!」


 アリシアが胸を張って答えた。


「ヴェルト様が世界を相手に暴走しないよう、この私がしっかりと手綱を握り、正義の道へと導いてみせます!これは生徒会長としての、そして貴方の更生を担う者の義務ですわ!」


「論理的に考えて、私が選ばれるのは必然ね」


 クリスは優雅に魔導書をめくりながら鼻を鳴らした。


「私の魔導理論は世界に轟くべきもの。自称天才の田舎者たちに、ドラグノフ家の真の魔法というものを刻み込んであげるわ。それに……貴方という特異点の観測には、実戦データが不可欠だからね」


「補欠の私は、いつ誰が倒れてもいいように、プロテインを飲んで待機しています!いざという時は、相手チームの控室ごと物理で更地にしてやります!」


 ニーナが不穏な発言をしながら、シャドーボクシングを始めている。


「……お前ら、本当に気楽でいいな」


 ヴェルトは額を押さえた。


 世界大会という大舞台にもかかわらず、このメンバーには悲壮感も緊張感も欠片もない。


「ヒヒッ。ヴェルト、せいぜい頑張れよ。俺様は特等席で、お前が世界中のエリートに囲まれて冷や汗流す姿を見物させてもらうぜ」


 ネロがニヤニヤと笑いながら、魔導端末をいじっている。


「大会の賭け試合のオッズは、多分お前らのチームがダントツの大穴だ。……ここで一発当てれば、俺様の研究費も潤うってもんだ」


「ネロちゃんは楽しそうでいいな……。まあいい。どのみち、俺の平穏を脅かす奴らは全員叩き潰す」


「うるせぇ!人の性別をいじるな!」


 ネロを一通り揶揄い終えると、ヴェルトは窓の外を眺めた。


「……世界合同武術大会、か」


 ヴェルトは自身の分厚い拳を握りしめ、不敵な笑みを深めた。


「教えてやるよ。……運営の『手抜き』が、どれだけ世界に理不尽な結果を生むかをな」


 Fクラス魔王の座に座るヴェルトが、あらゆる資質を引っさげて世界に喧嘩を売る。


 最悪の特別講師が仕組んだ盤上で、魔法の常識を根底から覆す、理不尽なサバイバルが今、幕を開ける。

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