9.勇者襲来
父上を幽閉してから数日が経過したある日。ついに、その時がやってきた。
「ヴェルト様。……お客様(敵襲)、でございます」
執務室に飛び込んできたセバスチャンの声は、いつになく鋭かった。彼の手には、既に愛用のシルバーナイフが握られている。
「来たか……」
俺はペンを置き、立ち上がった。ゲーム『ドラグーン・ファンタジア』のオープニングイベント。旅立ったばかりの勇者が、最初の試練としてこの屋敷に乗り込んでくる。本来なら、ここで俺は無様に命乞いをして、最後は屋敷ごと焼かれる運命だ。だが、今の俺は違う。
俺は深呼吸をして、セバスチャンに向き直った。
「セバス。いいか、勇者の件はお前に話した通りだ。絶対に手出しはするなよ。俺が話し合う」
「……しかし。不法侵入者は排除するのが執事の務めですが」
「相手は子供だ。それに、将来世界を救う『勇者』だぞ。殺したら世界が終わっちまう」
「ヴェルト様が世界を救えばよろしいのでは?」
「……そういう意見があるのは認めるが、そう簡単な問題じゃないんだ」
俺たちは玄関ホールへと向かった。既にホールでは、激しい物音が響いていた。
ドガァンッ!!
装飾された重厚な扉が、乱暴に蹴破られる。土煙の中に立っていたのは、二人の少年少女だった。一人は、燃えるような赤髪に、意志の強そうな瞳をした少年。手には安っぽい鉄の剣。身につけているのは布の服と、少しばかりの革鎧。まさに「初期装備」といった出で立ちだ。もう一人は、長い杖を持った栗色の髪の少女。勇者の幼馴染、僧侶であるニーナだ。二人とも大体俺と同い年くらいだろうか。
俺はこっそりと<鑑定>スキルで彼女を見る。
【名前】ニーナ
【職業】見習い聖女
【レベル】4
【HP】8
【MP】20
【筋力】2
【防御】2
【敏捷】1
【知力】8
【運】1
(……今はただの泣き虫な聖女もどきだが、将来化けるんだよな)
彼女は物語の中盤で本物の『聖女』として覚醒する。その回復魔法と支援魔法はチート級で、魔王戦には必須のキーキャラクターだ。つまり、ここにいる二人は、絶対に死なせてはいけない世界の希望なのだ。
まぁ聖女にも何パターンか育成方法があるのでプレイヤーは自分の好みの聖女を育成していたが。
「出やがれ、悪徳領主アークライト!オレは勇者アレクだ!この村のみんなを苦しめるお前を倒しに来た!!」
少年――アレクが、高らかに名乗りを上げる。おお、ゲームと同じセリフだ。だが、俺は少し安堵していた。
(……正面突破か)
本来のゲームシナリオでは、ヴェルトに虐げられたマリアが、復讐のために夜な夜な裏口の鍵を開け、勇者たちを屋敷内に手引きするはずだった。だが、今回彼らは真っ昼間に正面の扉を蹴破ってきた。そして何より、キーパーソンであるマリアは、今も俺の背後に控え、勇者に対して般若のような形相で殺気を放っている。
(よし……確定だ。マリアの裏切りイベントは消滅した。彼女は俺の味方だ)
俺は極力友好的な笑みを浮かべて彼らを見下ろした。
「やあ、ようこそアークライト邸へ。歓迎するよ、勇者君。」
「っ……!?き、貴様が領主の息子、ヴェルトか!?」
「そうだよ。確か…君はこの国の国教である聖教会から認定された者だっけ?勇者を名乗っているということは君がソレな訳だ」
アレクが目を剥く。
「立ち話もなんだ。お茶でもどうだ?美味しいクッキーもあるぞ。それとどんな噂を聞いたか知らないが領は至って平和で領民も楽しく暮らしている」
「騙されないぞ!その余裕ぶった態度……罠に決まってる!」
アレクが剣を構えた。ああ、やっぱりこうなるか。
「うおおおおっ!必殺、パワースラッシュ!!」
アレクが地面を蹴り、飛びかかってきた。俺は<鑑定>スキルを発動し、彼の実力を確認する。
【名前】アレク
【職業】勇者(?)
【レベル】5
【HP】32
【MP】8
【筋力】14
【防御】12
【敏捷】10
【知力】4
【運】30
(……弱すぎる)
俺から見たら、これではただの棒切れを持った子供だ。
ガキィィィンッ!!
俺は人差し指と親指で、剣身をつまんで止めた。
「……は?」
「いい太刀筋だ。……だが、軽すぎる」
俺は指先に少しだけ力を込めた。パキィッ。安物の鉄の剣の先端が、ビスケットのように砕け散った。俺はその隙に距離を詰め、彼の手首を掴み、軽く捻って地面に転がした。
ドスンッ!
「あがっ!?」
「アレク!!」
ニーナが悲鳴を上げる。俺は倒れたアレクを見下ろした。
「勇者アレク。今のままでは、世界どころか、うちの庭の雑草すら刈れないぞ」
「く、くそぉ……!なんなんだお前は!魔王の回し者か!?」
アレクが悔しそうに涙目で睨んでくる。その時。
ヒュンッ!
俺の背後から、明確な殺気と共にシルバーナイフとモップの柄が飛んできた。
「ヴェルト様に剣を向けるとは……万死に値します」
「殺しましょう。今すぐここで、首を刎ねて肥料にしましょう♡」
セバスチャンとマリア、そして武装した使用人たちがワラワラと湧いてくる。アレクとニーナが恐怖で抱き合って震え上がった。
「待て!殺すな!武器をしまえ!」
俺は慌てて使用人たちを制止した。ふう、危ない。彼らが死んだら世界が終わる。この世界には、ゲーム設定に基づいた絶対的な理が存在する。
『魔王は、勇者という職業を持つ者にしか倒せない』
これはステータスの高低の問題ではない。システム上の仕様だ。魔王には『勇者以外からの攻撃を99%カットする』という理不尽なバリアが常時展開されている。たとえ俺が物理攻撃で山を消し飛ばせる力を手に入れたとしても、勇者フラグが立っていなければ、魔王へのダメージはほぼ入らないのだ。つまり、最弱だろうがなんだろうが、勇者アレクがいなければ、俺たちは魔王に苦戦を強いられる。
と思ったが、1%入るならもしかしたらなんとかなってしまうかもしれない...いやいやそれは最終手段だ。そんな博打はしたくない。
俺は腰を抜かしているアレクに手を差し伸べようとした。和解し、彼を鍛えよう。そう思って一歩踏み出した、その時だった。
ドォォォォンッ!!
突如、玄関ホールに爆音が響き渡り、視界が真っ白な煙に包まれた。
「なっ!?煙幕か!?」 「ヴェルト様!下がってください!」
セバスチャンが瞬時に俺の前に立ちふさがる。煙の向こうから、低い、加工されたような不気味な声が響いた。
『……まさか、これほどとはな。悪徳領主の息子ごときが、勇者をあしらうとは』
「誰だ!?」
俺が叫ぶと、煙が晴れ始めた場所に、黒いローブを纏い、奇妙な仮面をつけた人物が立っていた。その腕には、気絶したアレクが抱えられている。
『予定が狂った……勇者は回収させてもらう。このままでは、貴様に壊されかねんからな』
「回収だと?ふざけるな、そいつは……!」
『安心しろ、殺しはせん。我々が正しく導き、育てる。……貴様のようなイレギュラーではなく、我々の手でな』
仮面の男が、懐から水晶のようなものを取り出し、地面に叩きつけた。魔法陣が展開される。転移魔法だ!
「待てッ!!」
俺は地面を蹴った。だが、魔法の発動の方が早かった。光の柱が立ち昇り、仮面の男と勇者アレクの姿を飲み込んでいく。
「あ、アレク……ッ!!」
ニーナが叫びながら手を伸ばすが、光は無情にも収束し、消失した。
……シーン。
玄関ホールに、静寂が戻る。残されたのは、壊された扉と、俺たち。そして――へたり込んで震えている、少女ニーナだけだった。
「……連れて行かれたのは、勇者だけか」
俺は舌打ちをした。何者かは知らないが、勇者を連れ去ったということは、彼らなりの目的があるのだろう。少なくとも「正しく育てる」と言っていた。殺されるよりはマシだが、シナリオは完全に崩壊した。というか、もしかしてゲームの序盤から勇者はあいつらに誘導されていたのだろうか?あの少年が悪徳領主相手とはいえ、いきなり殺しにかかるというのは今更ながら違和感がある...となると、聖教会が怪しいな
俺は、取り残されたニーナに歩み寄った。
「……おい、大丈夫か」
「あ、ぅ……アレク、が……アレクが……」
ニーナは涙を流し、ガタガタと震えている。勇者パーティが、まさかの解散(強制)。だが、俺にとっては一つだけ救いがあった。
将来の『聖女』はここにいる。
勇者が剣なら、聖女は盾であり生命線だ。彼女がいなければ、勇者がどれだけ育っても魔王の即死攻撃で終わる。ある意味、勇者と同じくらい重要なパーツが、俺の手元に残ったのだ。
「……セバス、マリア。客人を部屋へ案内しろ」
「ヴェルト様?この小娘も生かしておくのですか?」
マリアが不満げに頬を膨らませ、ニーナを睨んでいる。その目には「新しい女!?」「邪魔者!」「排除!」という物騒な文字が浮かんでいる気がする。
「ああ。彼女は大事な……」
「だ、大事な!?」
いかん、マリアの笑顔が引きつっている...
「そっ…そう、勇者に対する人質だ。丁重に扱え」
俺は適当な理由をつけて、マリアを納得させた。人質と聞いて、マリアは「なるほど、さすがヴェルト様♡」とコロッと表情を変えた。チョロくて助かる。俺は泣き崩れるニーナを見下ろし、小さくため息をついた。
(勇者は行方不明。聖女は俺の手元。……さて、俺が初回イベントを乗り越えて生き残った以上、平穏に長生きするためにどうやって世界を救うルートを再構築するか。まずはこの泣き虫な聖女様を一人前のヒーラーに育て上げるしかないか?)
俺の平穏な隠居計画は、またしても遠のいたようだった。
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