85.世界の真実と、不死王の懺悔
翌日の放課後。俺たちは誰にも見つからないよう、再び学園の地下ダンジョンへと潜り、地下五階の巨大神殿へと足を踏み入れた。
メンバーは俺、ネロ、ニーナ、クリス、アリシア、そして引率のジェシカ先生。
昨日の激戦の痕跡が残る神殿の中央、ひび割れた祭壇の上に、不死王アバドは静かに佇んでいた。
「……来たか。時間通りだな」
アバドは俺たちを見渡し、少しだけ口角を上げた。
「随分と大所帯だが……まあいい。君が信頼する者たちならば、聞く権利はあるだろう」
「もったいぶるな。さっさと本題に入れ」
俺が腕を組んで促すと、アバドは虚無の瞳を天井に向け、ぽつりぽつりと語り始めた。
「さて……単刀直入に言おう。今、君たちが戦っている、もしくは戦おうとしている『魔王』という存在。……あれは、教会が世界中からの信仰と権力を独占し続けるために作り出した『生物兵器』に過ぎない」
「……は?」
「な、なんですって……!?」
(予想通り...か。だが、魔王は教会が作りあげたものと、本来の意味での魔王がいるはずだが...知られていないのか、この世界では存在しないのか)
絶句したのは、生徒会長のアリシアとクリスだった。彼女たちの信じる『正義』と『論理』の根幹を根底から覆す言葉に、息を呑む音が響く。
「デタラメだわ!魔王は世界を脅かす邪悪そのもの、それを打ち倒すのが勇者とそれをサポートする教会の使命でしょう!?」
「その『邪悪』を自給自足し、『使命』という利権を独占し続けているのが、今の教会の正体だよ。魔王という飾りを置くことで民衆を操っている……実に効率的なマッチポンプだと思わないかね?」
「……なるほどな」
ジェシカ先生が、納得したように腕を組んだ。
「人間側から魔王にカチコミかけた記録はナンボでもあるけど、魔王自身が直接人間に手ぇ出した事例は圧倒的に少ないと気になっとったんや。ウチもSランク冒険者時代、依頼で魔王領域の奥深くまで行ったことがあってな。ついでに魔王のツラでも拝んでやろう思うて城まで行ったんやけど、見事にもぬけの殻やったわ」
「魔王は存在することに意味があるからね、そして魔王にたどり着けるのは教会が育てた勇者だけだ。ここらへんはおいおい語るとしよう」
アバドは淡々と、しかし残酷な事実を突きつけた。
「しかし、私が求めている『魔神』は違う。かつて神話の時代、世界の理を司り、我らと対話すら可能だった世界の管理者だ。……だが、勇者と呼ばれていた若き日の私は、教会の甘い囁きを盲信した。魔神こそが諸悪の根源であり、それを殺せば平和が訪れると……。そして私は、殺してしまったのだ。言葉を交わす余地すらあった、あの理知的な存在をね」
アバドの纏う空気が、一瞬だけ重く沈んだ。数千年の後悔が、その細い肩にのしかかっているように見えた。
「驚いた、あんた勇者やったんか」
ジェシカ先生が目を丸くして呟くと、アバドは自嘲気味に口角を歪めた。
「ああ……。だが、正義の皮を被ったただの愚かな操り人形に過ぎなかった、当時の僕は教会に作られた勇者って訳じゃなかったけどね。単純に人間の中では優れた死霊術と戦闘力を持っていたってだけさ」
アバドは虚無の瞳で、ひび割れた祭壇を見つめる。
(確かにアバドは初代勇者が変質したものって原作の設定資料に書いてあったが、おまけ程度の情報だったから物語に活かされることはなかった。まさかこんな形で絡んでくるとはな)
「その結果、世界はどうなったと思う?管理者を失い、理が暴走したその隙間に、教会は自作自演の『魔王』を放り込んだ。対話の不可能な、ただ破壊を撒き散らすだけの災害……。私は、自分の手で世界をこの果てしない悲劇へと叩き落としてしまったのだよ。……君たちの同級生である、あの哀れな勇者のようにね」
「アレクが……哀れ……?」
ニーナが震える声で呟き、両手を強く握りしめる。
「そう、あの子もまた、教会の新たな脚本に沿って改造された『兵器』に過ぎない。勇者は魔王と共に死んでこそ価値がある。君たちも王都で見たはずだ。枢機卿の人体実験……あれら全ては、魔神の力を備えた新たな『魔王』を作り出し、コントロールするための実験の一環だった」
(……なるほど、これで色々と説明がつく)
俺は心の中で、これまでの不自然な出来事を繋ぎ合わせた。
すべては、教会という組織がこの世界を支配し続けるための自作自演。勇者は魔王と共に死に、そして何らかの手段を得て、勇者と魔王が交わった新たな魔王が誕生する...だが教会はそこに魔神の力を取り込もうとしている。何のために?そんなことをしたら次の勇者が勝てないかもしれない、いや......勝てる絶対の自信となるモノでもあるのか?
そして......なぜアレクなんだ?俺が白亜の塔で見た実験体は全てアレクと名付けられていた。
(チッ、原作知識を持っていても分からないことだらけだ)
「……その全ての脚本を書き続けている女が、今も教会の奥底で微笑んでいる」
「……メルフィ・アンスバッハか」
俺がその名を口にすると、アバドの瞳に初めて、鋭い憎悪の火が灯った。ロザリアから聞いていたその名に、ニーナたちも反応する。
「そう……あの女だ。神話の時代から姿を変えず、人間の絶望を苗床に、この世界という『箱庭』を弄び続けている永遠の魔女。かつて私を騙し、魔神を殺させたのもあの女だ。……彼女がいる限り、この悲劇の連鎖は終わらない。だから私は、魔神の心臓を使い、魔神を再構築し、世界の理を彼女から取り戻したいのだ」
静寂が、地下神殿を包み込んだ。
神話の時代から続く、教会と不死王の重苦しい因縁。そのスケールの大きさと、教会の吐き気を催すほどの悪意に、アリシアは膝から崩れ落ちそうになり、クリスは青ざめた顔で思考をフル回転させている。
「……」
だが、俺は。
「ふぁあ……」
盛大な欠伸を一つ、噛み殺した。
「……君、話を聞いていたか?」
アバドが呆れたように眉をひそめる。
「ああ、聞いてたぞ。要するに、メルフィはババアで、あいつが全ての元凶で、一泡吹かせるために『魔神の心臓』が必要ってことだろ?」
「……ババア。まあ、端的に言えばそうなるが……」
「くだらねぇ」
俺は剣を肩に担ぎ、鼻で笑い飛ばした。
「数千年の因縁だか、世界の存亡だか知らねぇがな。……俺は世界を救うなんて高尚な趣味はねぇんだよ。俺がやりたいのは、俺の周りの連中と、美味い飯食って昼寝する程度の『平穏な生活』だ」
「……ほう?」
「魔王が作られた存在だろうが、勇者が洗脳されてようが、俺にとって一番の問題は、そのクソババアが、俺の平穏を脅かし、俺の大事な身内にトラウマを植え付けたってことだ」
俺の脳裏に、王都の瓦礫の上でゲインズの死を嘲笑っていたあの女の顔が浮かぶ。
「あいつは、俺のシマを荒らした。だから、俺がこの手で物理的にすり潰す。……お前の目的と、俺の目的。道筋が同じなら、乗ってやるよ。魔神の心臓探しでもなんでもな」
俺が不敵に笑うと、アバドは一瞬ポカンとし――それから、今日一番の、腹の底からの笑声を上げた。
「ククッ……ハハハハハハ!!何千年の因縁も、世界の存亡も、君にとっては『昼寝の邪魔』と同レベルか!やはり君は最高に不合理で、理不尽な規格外だ!」
アバドは楽しげに指を鳴らした。
すると、俺の目の前の空間が歪み、一通の漆黒の羊皮紙と、小さな骨の指輪が出現した。
「それは私の『召喚状』と、このダンジョンの一部を君の意のままに操るための鍵だ。魔神の心臓に関する情報を掴んだ時、あるいは私の力が入り用になった時……それに魔力を流し込みたまえ。君は魔力を扱えないようだが、君の仲間なら問題無いようにしてある。私はいつでも、君が世界の枠組みを壊す様を見届ける用意ができている」
「ああ。せいぜい特等席で震えて待ってな、不死王、いや初代勇者様」
「いや、不死王でかまわないさ。勇者と呼ばれる資格は私にはない」
俺がそのアイテムを受け取ると、アバドの姿が陽炎のように薄れていった。
「……では、また会おう。ヴェルト・フォン・アークライト。君の欲望が、いつかあの女の絶望に届くことを楽しみにしているよ」
不死王の気配が、神殿から完全に消え去った。
「……ヴェルト様」
ニーナが、決意を秘めた瞳で俺を見上げてきた。
「私、やります。……教会がアレクをあんな風にしたなら、私がこの手で、アレクを、教会を……ぶん殴ってでも目を覚まさせます!」
「カッカッカ!言うようになったやんけ、筋肉聖女!ウチも手伝ったるわ!」
ジェシカ先生がバンバンとニーナの背中を叩く。
「……はぁ。全く、論理の欠片もないわね。でも……この国の根幹を覆す悪意、見過ごすわけにはいかないわ。私も最後まで付き合うわよ」
「生徒会長として、真の巨悪を野放しにはできません!共に断罪しましょう!」
クリスとアリシアも、覚悟を決めた顔で頷く。
「ヒヒッ。神話の魔女と、魔神の再構築か。……研究対象としては最高に面白ぇじゃねぇか。俺様の解析で、あいつらの計画ごとひっくり返してやるよ」
ネロが片眼鏡を光らせ、不敵に笑う。
「よし。これで方向性は決まったな」
俺は漆黒の羊皮紙を懐にしまい、仲間たちを見渡した。
メルフィが何千年かけて作った仕組も、アバドが欲する「魔神の心臓」も、俺からすればただの経験値とクエストアイテムでしかない。
「さあ、帰るぞ。まずはこの指輪を使ってダンジョンのレベル上げと並行して、学園生活をこなしながら情報収集だ。……あのクソババアの面を引っ叩くその日まで、せいぜい力を蓄えておこうぜ」
最強にして最凶の「悪徳領主パーティ」。
世界の裏側を知り、真の敵を見定めた彼らの、新たな戦いが、ここから始まろうとしていた。




