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83.永遠を求める者と、今日を貪る悪徳領主

 地下五階の巨大神殿。


 その空間を支配していたのは、二つの異質な『理不尽』の衝突だった。


(……一応、見ておくか)


 俺は剣を構えながら、静かにスキル<鑑定>を発動した。


 視界に赤いノイズが走り、アバドの頭上に不吉なステータスウィンドウがポップアップする。


【名前】不死王アバド

【レベル】150

【HP】???

【MP】99999

【筋力】500

【防御】400

【敏捷】1000

【スキル】<不死の理><死霊術の極致><鑑定><死の指先>


(レベル150……。さすがは原作ゲームの裏ボス、MPに至っては実質カンストか?だが……)


 俺はステータスの下半分を見て、ニヤリと笑った。


(筋力500、防御900、敏捷1000。魔法に極振りしすぎて、物理ステータスは俺(筋力3200、敏捷3000)の足元にも及ばねぇ。……これなら、捕まる前に叩き潰せる。勝機は十分にある)


「――オラァッ!!」


 ドォォォォォォンッ!!


 俺の拳が、アバドの端正な顔面を真っ向から粉砕した。


 頭部を失ったアバドの身体が弾け飛び、神殿の太い石柱を三本へし折って瓦礫の山に突き刺さる。普通の生物なら即死。魔王軍の幹部クラスですら、原型を留めない純粋な物理の一撃だ。


 だが。


「……素晴らしい。実に素晴らしい質量だ。魔力を一切の術式に変換せず、ただ純粋な『暴力』としてぶつけるとは」


 瓦礫の中から、首のない胴体がゆっくりと立ち上がる。


 そして、切断面から溢れ出したドロリとした黒い魔力が、まるでビデオの逆再生のように瞬時に収束し――無傷の顔面を再構築した。


「だが、無駄だ。私の存在は常に『完全な状態』へと自動で上書きされる。君の物理的破壊力がどれほど絶大であろうと、この『不死のことわり』を越えることはできない」


 アバドが首をコキリと鳴らし、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。


「さあ、私の番だ。……『死の指先』」


 アバドの姿がブレた。


 常人には捕らえられない速度で俺の懐に潜り込み、その白く細い指先を俺の心臓へと突き出してくる。指先が対象に触れれば、レベル差によって即死判定が強制的に発動する防御力無視のチート魔法だ。触れられたら終わりの、文字通りの初見殺し。


 だが俺は知っている。ゆえに当たらない。


「遅ぇよ」


 ガシィッ!


 俺は迫り来るアバドの『手首』を、その指先が俺の胸に触れる数センチ手前で、下から素手で鷲掴みにした。


「なっ……!?」


 アバドの目が、驚愕に見開かれた。


「私の動きが、見えている……?いや、それ以前に、この私の腕を、力比べで完全に固定するほどの筋力だと!?」


「当たり前だろ。テメェのショボい物理ステータスじゃ、俺の極振りの筋力と敏捷にはついてこれねぇんだよ」


 即死判定を強制する呪いも、対象に触れさせなければ発動しない。俺の【敏捷3000】は奴の動きを完全に見切り、【筋力3200】の圧倒的な力でその腕を万力のように押さえ込んだ。


「指先にさえ触れられなきゃ、ただの手品だろ」


 俺は掴んだアバドの手首を強引に引き寄せ、今度はゼロ距離から回し蹴りを叩き込んだ。


 ズバァァァァァンッ!!


 アバドの上半身が吹き飛び、下半身だけがその場に残る。だが、それも一瞬。吹き飛んだ上半身から黒い魔力が伸び、瞬く間に全身を再構築して離れた場所に着地した。


「……ハハッ。ハハハハハ!」


 アバドが、自分の体をまさぐりながら狂ったように笑い出した。


「面白い!最高だ!君のような存在がいるとはな!圧倒的なまでの物理的な質量と密度で、私の動きを上回り力でねじ伏せる!膨大な時間を生きてきた私ですら、こんな『規格外』に出会ったのは魔王や教会の女狐以来だ!」


 彼は両腕を広げ、歓喜に震えながら俺を見た。その瞳は、究極の芸術品を発見した探求者のそれだ。


「鑑定、鑑定ェ鑑定ィ!フハハハハハ!君のその肉体!なんだその理不尽なまでのステータスは!素晴らしい、実に美しい!……だが、惜しいな。君は人間だ。その至高の器も、たかだか数十年で老い、腐り落ちてしまう」


 アバドは空中に浮かび上がり、両手から無数の黒い炎の槍を展開した。


「どうだ、ヴェルト・フォン・アークライト!君も『不死者』にならないか!いや...なるべきだ!」


「はぁ?」


「その肉体を、私と共に永遠のものにしよう!血肉の限界を捨て、魔導の深淵を無限の時間をかけて探求するのだ!君と私なら、この世界の真理すら解き明かせる!病も、老いも、死の恐怖もない!永遠の高みに至ろうではないかァ!」


 男の誘いは、本気だった。


 アレクの時とは違う「実験材料」を見る目ではない。彼なりの、同等の存在に対する最上級の敬意と、狂気的、狂信的なスカウト。


 だが、俺は肩を竦め、盛大な溜息を吐いた。


「……断る。気持ち悪い」


「……何?」


 アバドが、理解できないというように眉をひそめた。


「なぜだ!?死が怖くないのか?君ほどの力があれば、永遠を望むのが必然だろう!」


「バカ言え。死なねぇ人生なんて、地獄に決まってんだろ」


 俺は剣を肩に担ぎ、冷ややかに言い放った。


「永遠の時間がどうとか、真理がどうとか……そんなカビ臭いもんに興味はねぇんだよ。俺が欲しいのはな、あったかい布団と、うまい飯、そして俺の身内が笑って暮らせる『平穏』だけだ」


 限りがあるから、今日の飯がうまい。


 いつか終わるから、昼寝の時間が愛おしい。


 死の恐怖を知っているからこそ、今を必死に生き抜こうと思えるのだ。


「老いも病気も上等だ。俺は『今日』っていう時間を、欲望のままに貪り尽くす。……千年先の真理より、今日の飯と、明日食う新作アイスの方が俺には大事なんだよ」


「……」


 俺の言葉に、後方で控えていたニーナが「ヴェルト様……!」と感動の面持ちで両手を握りしめ、クリスが「論理的じゃないけど、貴方らしいわね」と呆れたように微笑み、アリシアが「その俗物さ、やはり私が横で更生させねば!」と謎の使命感を燃やしている気配がした。


「ふむ...理解できないな……」


 アバドが、本心からの困惑を表情に浮かべた。


「何故それほどの高みにいながら、そのような俗物的な……道端の虫と変わらぬ価値観を持てるのだ。君の思考は、あまりに短絡的だ」


「お前みたいな『死に逃げた臆病者』に理解されたくはねぇな。……さあ、問答は終わりだ。退かないなら、塵になるまで刻んでやる」


 俺が再び踏み込もうとした、その時。


「待つんや、ヴェルト!」


 後方でアレクたちを庇うように立ち回っていたジェシカ先生が声を張り上げた。


「アレは……通常の物理攻撃や魔法では殺しきれへん!奴の言う通り、存在そのものが『復元』されとる!ただの殴り合いじゃらちが明かんで!」


「ああ、分かってる」


 何度か殴って確信した。こいつの再生能力は、通常の「回復」ではない。ゲームの裏ボスとして設定された『不滅』のギミックだ。


(こいつを完全に殺し切るには……特定の『概念破壊のアーティファクト』を使うか、あるいは『完全に覚醒した聖女の最高位浄化スキル』を叩き込むしかない)


 俺はチラリと、ニーナを見た。


 彼女は果敢に『聖女の鉄甲』を構え、俺に加勢しようと身構えている。


 だが、今のニーナはまだ「筋肉に極振りした聖女もどき」の段階だ。メルザを救った時に奇跡的な光を放ち多少の成長はしているが、このレベルの裏ボスの存在を根源から消滅させるほどの『神聖力』にはまだ至っていない。


(勇者アレクでもダメだったんだ、ニーナには荷が重い)


 一方のアバドも、無傷に見えて焦りを感じていた。


(……おかしい。私の即死魔法も、呪詛も、この男には一切通じない。それどころか、ただの一撃で私の防御術式が全て粉砕されている)


 アバドは自身の魔力残量を確認する。


 「存在の自動上書き」は無敵に見えるが、膨大な魔力を消費する。ヴェルトの理不尽な攻撃を何度も受け続ければ、いずれ魔力枯渇を起こし、復元が追いつかなくなる。


 決定打がないヴェルトと、防御を突破できないアバド。圧倒的な強者同士の激突は、奇妙な『膠着状態』に陥っていた。


「……チッ。どうすっか」


 俺が剣を構え直した時、アバドがふっと空中の黒炎を収めた。


「……やめよう。これ以上の戦闘は、互いにリソースの無駄遣いだ」


 アバドが、不意に敵意を引っ込めた。


「あ?」


「私は無益な消耗を嫌う。君を殺す手段を今の私は持ち合わせていないし、君もまた、私を完全に消滅させる手段を持っていないようだ。……違うか?」


 アバドの指摘は的を射ていた。


 このまま何日も殴り合えば、俺のスタミナが勝つか、あいつの魔力が尽きるかの我慢比べになる。だが、ここはダンジョンの地下五階。他の生徒たちの安全や、倒れている勇者たちを考えれば、そんな悠長なことはしていられない。


「……で?逃げるってか、不死王サマ」


「ここまで来て挑発的な態度をとれるのは一種の才能だな。ふむ、一時休戦と言って欲しい。……それに、君とならば少しばかり『取引』ができそうだと思ってね」


 アバドが、ヒュンッと音を立てて地上に降り立った。


 その瞳から先ほどの狂気的な戦意が消え、理知的な探求者の顔に戻っている。


「取引だと?」


「ああ。君の目的は、その後ろで転がっている『勇者』とやらだろう?私は彼らに興味はない。連れて帰るがいい」


 アバドはそう言うと、俺に向かってスッと右手を差し出した。


「だが、その前に……君たちに一つ『依頼』をしたい。……私のような探求者にとって、喉から手が出るほど欲しい『ある物』を探してきてくれないか?時間はいくらかかってもかまわない」


 俺は剣を下ろさず、警戒したまま彼を見据えた。


 裏ボスからの、突然の依頼クエスト


「……何を探せって言うんだ?」


 アバドは三日月のように口角を吊り上げ、その言葉を口にした。


「――『魔神の心臓』。あの大罪の遺物を、私に提供してほしい」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。

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