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79.最凶パーティ、地下迷宮を蹂躙す

 王立魔法学園の地下深くに広がる『古き地下迷宮オールド・ラビリンス』。


 その入り口にある広場には、これから実習に挑む全学年の生徒たちが集まっていた。


 ひんやりとした冷気と、どこからともなく響く水滴の音が、冒険者気取りの新入生たちの緊張感を煽る。


 そんな中、臨時講師のエレナ先生が、壇上で最後の注意事項を説明していた。


「……えー、皆さん。これから入るダンジョンは、学園の管理下にあるとはいえ、本物の魔物が生息する危険な場所です」


 エレナ先生の声は、いつもの優しげな響きの中に、どこか切迫したものが混じっていた。


 彼女の顔色は悪く、目の下にはクマができている。ローブの上からでも分かるほど、体が微かに震えているのが見て取れた。


「特に、許可なく指定されたルートを外れることは絶対にしないでください。……深層には、強力な魔物だけでなく、予測不能な危険が潜んでいます。命に関わる事態になりかねません」


 彼女の言葉は、単なる注意喚起以上の重みを持っていた。まるで、自分自身に言い聞かせているかのように。


「……また、今回の実習は安全確保を最優先とします。そのため、各クラスの『代表パーティ』には、それぞれの担任教師が引率として一緒にダンジョンへ入ってもらいます。その他の皆さんも、何かあった場合はすぐに近くの教員か、私に連絡を……」


 説明を終えようとしたその時。


「おいおい、先生。そんなビビらせるようなこと言って、俺たちのやる気を削ぐつもりかよ?」


 Aクラスの集団から、茶化すような声が上がった。声の主は、金髪を派手に逆立てた、いかにもな不良貴族の男子生徒だ。その取り巻きたちも、ニヤニヤと笑っている。


「俺たちはAクラスのエリートだぜ?たかが学園のダンジョンごときで、そんな大袈裟な……。なぁ、みんな?」


「そうだそうだ!」「Fクラスの落ちこぼれと一緒にしないでほしいね!」


 彼らの言葉に、Fクラスの生徒たちがムッとする。

 

 だが、Aクラスの連中は意に介さず、エレナ先生を値踏みするような視線で見つめた。


「それにしても、先生。今日は一段とお綺麗ですねぇ。そんな怯えた顔も、そそるなぁ……」


「ひっ……!」


 男の言葉に、エレナ先生がビクリと体を震わせる。その様子を見て、男たちはさらに調子に乗った。


「へぇ、可愛い反応。……ねぇ先生、俺たちのパーティに特別参加しませんか?俺が守ってあげますよ?その代わり……」


 男がエレナ先生に近づこうとした、その時。


「……おい。調子に乗るなよ、三下」


 ドスッ。


 俺は男の前に割り込み、その胸倉を掴み上げた。


「ぐぇっ!?な、なんだテメェ……!?」


「俺の悪友が先生にお熱でね。これ以上、先生を困らせるような真似をしてみろ。そのふざけた髪型ごと、ミンチにしてやる」


 俺は【威圧】スキルを微かに乗せて、ドスの効いた声で脅した。

 

 男の顔が引きつり、脂汗が噴き出す。


「ひぃっ……!わ、悪かった!調子に乗りました!」


 俺が手を離すと、男は腰を抜かしてへたり込んだ。取り巻きたちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「……ありがとうございます、アークライト君」


 エレナ先生が、安堵したように息を吐く。その瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。


「気にしないでください。……それより、先生。顔色が悪いですよ。無理はしないでくださいね」


「ええ……大丈夫です。ありがとう」


 彼女は力なく微笑むと、再び壇上に戻っていった。


 その様子を、遠巻きに見ていた勇者パーティがいた。


 アレクは無表情のまま、俺とエレナ先生を交互に見つめ、何かを言いたげに口を開きかけたが……隣にいたセレスティアに腕を引かれ、そのままダンジョンの入り口へと消えていった。


「……胸糞悪い連中だ」


 俺は舌打ちをして、自分のパーティの方へ戻った。


       ◆


 そして、実習が始まった。


 俺たちFクラス(+α)の混合パーティは、他の生徒たちとは別のルートを進んでいた。


「……暗いですわね。湿気も多いですし、カビの臭いがしますわ。ですがご安心を!私が道を照らしますわ!」


 カッッッッ!!


 後衛の位置を歩く生徒会長アリシアが高らかに杖を掲げると、閃光弾のような強烈な光が通路を埋め尽くした。

 

 闇に慣れようとしていた網膜が焼かれる。


「ま、眩しいッ!?アリシア、光量を落とせ!敵に見つかるどころか俺たちの目が潰れる!」


「あら、ごめんなさい。闇を払うには、これくらいの輝き(正義)が必要かと思いまして。生徒会長たるもの、常に一番星のように輝いていなければなりませんので!!」


ドヤァと胸を張るアリシア。


「物理的に輝くな!加減を知りなさいよ、この脳内お花畑!」


 隣で涙目になりながら目を押さえているクリスが噛み付く。彼女は左手に地図、右手に魔導書を持ち、的確なマッピングを行っていた。


「順路はこっちよ。……それにしても、なんで私が引率みたいなことをしなきゃいけないのよ。論理的に考えて割に合わないわ」


「文句を言うなクリス。お前の『魔力探知』だけが頼りだ。この複雑な迷路で最短ルートを行けるのはお前しかいない。お前の頭脳に期待してるんだぞ」


「ふ、ふーん?まぁ?そ、そう言われると……悪い気はしないけど……。勘違いしないでよね!私は早くこんなカビ臭いところから出て、温かい紅茶が飲みたいだけなんだから!」


 チョロい公爵令嬢だ。褒めれば伸びるタイプで助かる。


 そして、先頭を歩くのは――。


「あ、魔物さんです!こんにちは!」


 キシャアアアアッ!!


 天井の岩陰から、巨大な影が降ってきた。


 『ケーブ・スパイダー』。体長2メートルを超える巨大蜘蛛だ。粘着性の糸と猛毒の牙を持つ中級下位の魔物で、新入生パーティならパニックに陥るレベルの奇襲。


 だが。


「邪魔ですっ!」


 ドゴォォォォンッ!!


 鈍い破砕音と共に、ニーナの裏拳が蜘蛛の顔面にめり込んだ。


 ただそれ一発。


 蜘蛛の巨体は悲鳴を上げる間もなく、ボールのように壁に叩きつけられ、ひしゃげ、光の粒子となって消滅した。


「……ハイ、次行きましょう!皆さん、怪我はありませんか?」


 ニーナは返り血(光の粒子)を浴びながら、満面の笑みで振り返る。その両手には、国宝級の聖遺物『聖女の鉄甲』が鈍く輝き、うっすらと湯気を立てていた。


「……」


 俺は天を仰いだ。


 前衛が物理特化の撲殺聖女。中衛が魔力ゼロの悪徳領主。後衛がツンデレ魔導師、そして光り輝く暴走生徒会長。


 ……なんだこのパーティ。


 他の生徒たちが慎重に進んでいるダンジョンが、俺たちにとってはただの散歩道でしかない。緊張感の欠片もなかった。


「カッカッカ!お前ら、ええ動きしとるやんけ!特にそこのナックルの嬢ちゃん、腰の入り方が最高や!その調子でガンガンいったれ!」


 そして一番後ろからは、今回の引率教師であるジェシカが、葉巻チョコを齧りながらゲラゲラと笑っていた。


 Fクラスの『代表パーティ』として(ジェシカが面白がって勝手に指名したのだが)、彼女はこのカオスな集団に同行しているのだ。


「ジェシカ先生、少しは教師らしく注意とかしないんですか?」


「アホ言うな。サバイバルの基本は『死ななきゃセーフ』や。怪我したらウチが助けに入ったるから、気ィ済むまで暴れとき!」


「出来れば、怪我をする前に助けて欲しいんですが」


 この元Sランク冒険者、完全に面白がって見物しているだけだ。


 まあ、余計な口出しをされないだけヨフセイよりは何百倍もマシだが。


       ◆


 俺たちがピクニック気分で地下三階まで降りてきた時のことだった。


(……アレクの奴、『気をつけろ。このダンジョン、何かありそうだ』って言ってたな)


 すれ違いざまの勇者の警告。アレクの瞳には、かつての熱血漢だった頃の光はなかったが、それでもあの言葉が単なる嫌がらせだとは思えなかった。


(可能性としては隠しボスか、もしくは...)


「……おい、ヴェルト」


 その時。俺の影から、ぬるりと灰色の髪の少年――ネロが顔を出した。


「うわっ!?で、出ましたわ!不審者です!浄化します!」


 アリシアが杖を構える。


「待て待て!俺はヴェルトの仲間だ!浄化すんな!」


 ネロは慌てて手を振る。どこから入ったのか分からないがコイツの実力ならダンジョンに潜り込むくらい訳ないのだろう。だが、その顔色が悪い。普段のふてぶてしい態度は消え失せ、脂汗をかいて焦燥にかられていた。


「なんだネロ。サボりか?」


「違ぇよ!……いや、それどころじゃねぇんだ」


 ネロが珍しく真剣な表情で、俺の腕を掴んだ。手が震えている。


「エレナさんが……予定のポイントにいない」


「……なに?」


「ヴェルトの話を聞いて、俺がエレナさんに護衛用に仕込んでおいた探知魔法が反応したんだ。引率で他のクラスを見て回っていたはずのエレナさんは、今、正規ルートを外れて『旧坑道エリア』にいるみたいなんだ。……あそこは立ち入り禁止区域だぞ?あんな所に一人で行くはずがねぇ」


 俺たちの空気が変わった。

 

 正規ルートを外れる。しかも、一人で?いや、教師がそんなことをするはずがない。

 

 連れ込まれたのだ。あるいは、何者かに拉致されたか。


「……相手は?」


「分からねぇ。だが、嫌な予感がする。……頼む。手を貸してくれ」


 ネロが頭を下げる。プライドの高い天才魔術師が、なりふり構わず助けを求めている。それが事態の深刻さを物語っていた。


 俺の脳裏に、ザイード伯爵というクソ貴族の名前が浮かぶ。原作ゲームの奴の性格なら、結婚を待たずして、このダンジョンの混乱に乗じて婚約者であるエレナ先生をどうにかしようとしてもおかしくない。さっきのAクラスの連中への態度といい、彼女は精神的に追い詰められている。


 俺はニヤリと笑い、腰の剣の柄を叩いた。


「頭を上げろよ……当たり前だろ?」


 俺はパーティメンバーを振り返った。


「進路変更だ。実習なんて優等生のお遊びはここまでだ」


「えっ?で、ですがルートを外れるのは校則違反で……。それに旧坑道は危険度が……」


 戸惑うアリシアに、俺は言い放つ。


「おい生徒会長。お前の言う『正義』ってのは、校則を守ることか?それとも、泣いてる教師を助けることか?」


「っ……!」


 アリシアがハッとして、そして瞳に強い光を宿して力強く頷いた。


「愚問でしたわね!行きましょう!困っている人を助けずして、何が生徒会長ですか!教師の危機を救うのも、生徒会の義務です!」


「論理的に考えて、実習の単位よりも人命優先ね。……仕方ない、付き合ってあげるわ。貴方たちだけじゃ迷子になるでしょうし」


 クリスが眼鏡を押し上げ、地図の「立ち入り禁止」と書かれたエリアを指差す。


「ヴェルト様が行くなら、地獄の果てまでご一緒します!」


 ニーナが拳を鳴らす。


「カッカッカ!オモロなってきたやんけ!特別授業やな、ウチも後ろから見届けたるわ!」


 ジェシカ先生もウキウキでついてくる気満々だ。


「よし、全会一致だ。……行くぞ、野郎ども!『害虫駆除』だ!」


 俺たちは正規ルートを外れ、テープで封鎖された脇道へと足を踏み入れた。


       ◆


 旧坑道エリアは、正規ルートよりもさらに薄暗く、カビ臭い空気が漂っていた。


 足元にはかつての採掘跡のレールが錆びついて残っている。


「……離して!離してください!」


 奥から、女性の悲鳴が聞こえた。その声を聞いた瞬間、ネロの目の色が変わり、足が加速する。


「エレナさんッ!?」


 俺たちが駆けつけた先。行き止まりの広場になっている空間で、数名の男たちが一人の女性を取り囲んでいた。


 蜂蜜色の髪を乱し、ローブを泥で汚しながら抵抗しているのは、間違いなくエレナ先生だ。そして、彼女を取り囲んでいるのは生徒ではない。全身を黒い革鎧で固め、顔をマスクで隠した男たち。その胸元には、悪趣味な『Z』の紋章が刻まれている。


「……ありゃあ、ザイード伯爵の私兵だな」


 俺は確信した。ザイード伯爵。通称『愛好家コレクター』。金に物を言わせて希少な美術品や生物、そして「人間」を収集する変質者。奴は、自分の婚約者であるエレナ先生を、こんなダンジョンの中でどうしようというのか。


「先生ェ。伯爵様が心配してたんですよぉ?こんな危険な場所ダンジョンで、万が一『商品』に傷がついたら大変だってねぇ」


 リーダー格の大男が、エレナ先生の細い腕を乱暴に掴み上げ、ねっとりとした視線で彼女の体を眺めている。


「だから俺たちが『保護』してやりますよ。さあ、こっちへ来なさい。地下深くにある『特別室』なら、誰にも邪魔されずに伯爵様の到着を待てますからねぇ」


「い、嫌です!私は生徒たちの監督がありますから……!それに、ここは立ち入り禁止区域です!」


「生徒ぉ?そんなもん、野垂れ死のうが知ったこっちゃねぇよ。あんたの仕事は、来月の結婚式まで『綺麗でいること』、そして伯爵様の『調教』を受けて、完璧な花嫁になることなんですからねぇ!」


「ひっ……!」


 男の言葉に、エレナ先生が青ざめる。

 

 調教。その言葉が意味するおぞましさは、想像に難くない。ザイード伯爵は、手に入れた女性をただの妻として扱うつもりはない。自分の好みの色に染め上げ、意思を持たない人形に作り変えるつもりなのだ。


「さあ、大人しく首輪をつけなさい。抵抗すれば、あの可愛い生徒たちがどうなっちゃうかなぁ……へへ」


 男が懐から取り出したのは、魔力を封じる『隷属の首輪』だった。

 

 その光景を見た瞬間。


 バチバチバチッ……!


 俺の隣で、空気が焦げる音がした。

 

 ネロだ。

 

 普段は飄々としている彼の全身から、制御しきれないほどのドス黒い魔力が噴き出している。瞳孔が開き、理性的な天才の顔が、怒りの鬼へと変貌していた。


「……あいつら、死にたいらしいな」


 低い、地を這うような声。


「待て、ネロ」


 俺は飛び出そうとするネロの肩を掴んで止めた。


「放せヴェルト!あいつら、エレナさんに……首輪だと!?ふざけんな!指を一本ずつへし折って、二度とあんな減らず口が叩けないように……!」


「お前がやると死人が出る。それに、お前は今『学園職員』の立場だ。生徒の前で殺し合いをすれば、エレナ先生の立場も悪くなる」


「ぐっ……!じゃあ、どうしたらいいんだよ!?」


 ネロが俺を睨みつける。その目には涙すら浮かんでいるように見えた。それほどまでに、彼は本気なのだ。


「まさか」


 俺はニヤリと笑い、腰の剣に手をかけた。


「なぁネロ、俺は『生徒』だよなぁ?実習中に不審者が乱入してきて、教師を襲っている。……ここはこの誉れ高い学園の生徒として悪漢共を成敗しないといけないよなぁ?」


「……ハッ。相変わらず悪知恵が回る野郎だ」


 ネロが毒気を抜かれたように笑うが、その殺気は消えていない。


「ということで......行くぞ!……『特別授業』だ」


 俺の号令と共に、俺たちは広場へと踏み込んだ。


       ◆


「おいコラ。神聖なダンジョンに、薄汚ぇドブネズミが紛れ込んでるぞ?」


 俺はわざとらしく声を張り上げ、男たちの背後に立った。


「あぁん?なんだガキ……」


 男たちが振り返る。


 その一瞬の隙を見逃す俺たちではない。


「失礼しますっ!そこ、どいてください!」


 ドガァッ!!


 ニーナのタックルが、エレナ先生を掴んでいた大男の横腹に直撃した。不意を突かれた大男は吹き飛ぶが、すぐに空中で受け身を取り、着地する。


「ぐっ……!?なんだこの馬鹿力は!」


 拘束が解け、エレナ先生がよろめく。それをすかさず、ネロが風魔法『エアクッション』で優しく支え、引き寄せた。


「大丈夫ですか、先生!」


「あ、貴方は……図書室の……?」


「ネロです。……遅れてすみません」


 ネロはエレナ先生を背に庇い、男たちに向き直る。


「て、テメェら!学生風情が、俺たちが誰だか分かってんのか!?ザイード伯爵の私兵だぞ!」


「悪事を働いておいて、自分から名乗っちゃうなんて理性が足りてないんじゃない?...うるさいわね」


 ヒュンッ!


 クリスが氷の矢を放つが、男たちは即座に剣を抜き、容易くそれを弾き落とした。


「チッ、生意気なガキどもが!殺せ!伯爵様の邪魔をする奴は皆殺しだ!」


 男たちが一斉に武器を構え、統率の取れた動きで殺到してくる。彼らのレベルは30前後。一般兵より強く、裏社会で実戦を積んできたプロの傭兵たちだ。


 対する生徒たち――クリスやアリシア、ニーナは才能こそあれど、レベルはまだ20前後。


「くっ、速い……!それに、魔法を防ぐ陣形を組んでいるわ!」


 クリスが舌打ちしながら魔力障壁を展開する。


「光のライトシールド!……くぅっ、重いですわ!」


 アリシアが光の盾で男たちの剣戟を受けるが、その重い一撃に顔を歪める。ニーナも持ち前の筋力で応戦するが、連携の取れた相手に手数を封じられ、次第に防戦一方に追い込まれていく。


 その様子を、最後尾からジェシカ先生が葉巻チョコを齧りながら眺めていた。


(……まぁ、そうなるわな。才能がある言うても、レベル20そこそこのヒヨッコどもが、レベル30の荒事を生業にしとるプロ相手に勝てるわけあらへん。実戦経験が違いすぎるわ。そろそろウチが手ェ出したるか……)


 ジェシカが腰の鞭に手をかけようとした、その時だった。


「……おい。カス共。誰の許可を得て、俺のパーティメンバーを苛めてるんだ?」


 ヴェルトが一歩、前に出た。


「あぁん? 次はお前か、坊ちゃん……ヒッ!?」


 男がヴェルトを嘲笑おうとした瞬間。


 ヴェルトが【威圧】スキルを解放した。


 枢機卿戦、そして魔人ゲインズとの死闘を経て強化された彼の殺気が、物理的な重圧となって広場全体を押し潰す。

 

 空気中の魔素が震え、男たちの動きがピタリと止まった。


「な、なんだ……この、殺気は……ッ!?」「息が……きねぇ……!」


 レベル30の男たちが、武器を持つ手を震わせ、膝をガクガクと笑わせている。


「『俺の』教師と仲間に手を出した落とし前は、高くつくぞ?」


 ヴェルトの低く冷たい声が響く。


 ジェシカは、その背中を見て目を見開いた。


(……なんや、あれ。ただの殺気ちゃう。Sランクのウチでも一瞬、背筋が凍ったで……。あのレベル30の連中が、ただの威圧だけで完全に戦意喪失しとる。あいつ、ホンマにただのボンボンか?……いや、あれは、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた『怪物』の背中や)


 ジェシカの口元に、面白そうな笑みが浮かぶ。


 彼女は鞭から手を離し、再び見物に徹することにした。この男がどう動くのか、最後まで見ていたくなったのだ。


「あ、悪魔だぁぁぁッ!!」


 耐えきれなくなった男たちが武器を放り出し、泡を食って逃げ出した。気絶した仲間を引きずる余裕もなく、蜘蛛の子を散らすように闇の中へと消えていく。


「……逃げたか」


 俺が殺気を収めると、生徒たちが安堵の息を吐き、エレナ先生が震えながらその場にへたり込んだ。


「あ、あの……アークライト君、ですよね?それに皆さんも……ありがとうございます。助かりました」


 彼女は気丈に振る舞っているが、その顔色は悪い。


 そして、乱れた襟元から覗く首筋には――隠しきれないあざと、魔力的な『刻印』のような紋様が浮かび上がっていた。


「……ッ」


 ネロがそれを見て、息を呑む。それは、ただの婚約ではない。彼女の尊厳を奪う、悪魔の契約の証だ。


「先生……その首……」


「……見ないでください」


 エレナ先生が首元を隠すように俯く。

 

 その姿を見て、俺は決意した。

 

 このダンジョン実習は、ただの単位稼ぎでは終わらない。

 

 これは、一人の女性の人生を賭けた、俺たちとクソ野郎ザイードとの戦争の始まりだ。


「……ネロ。ザイードの特別室ってヤツはこの先にあるんだな?」


「ああ。……今逃げた連中が言ってたな」


「よし。行くぞ」


 俺は剣を肩に担ぎ、ニヤリと笑った。


「追い込み漁の時間だ。……根こそぎ奪ってやる」

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