78.魔王と勇者のパーティ争奪戦
ネロとの密談、そしてエレナ先生によるダンジョン実習のオリエンテーションから一夜が明けた朝。
アークライト家の王都別邸(ホテル『金獅子亭』のスイート)にて、俺は鏡の前で憂鬱な溜息をついていた。
「……はぁ。今日からパーティ編成か。気が重いな」
今日から本格的に『全学年合同ダンジョン実習』に向けた準備期間に入る。表向きの課題は「信頼できる仲間を見つけ、4人1組のパーティを結成すること」。だが、俺たちにはその裏で進行する「エレナ先生救出ミッション」という重たい爆弾が控えている。
マリアに調べさせた情報によれば、エレナ先生の婚約者であるザイード伯爵は、この実習期間中に彼女を完全に「所有物」とするための儀式を行うつもりらしい。それを阻止し、逆に奴の悪事を暴く。失敗すれば、ネロの初恋も、一人の教師の人生も終わる。
「……ヴェルト様。溜息をつくと、幸せが逃げると言いますよ?」
背後から、氷のように冷たく、それでいて甘い声がかけられた。
メイドのマリアだ。情報収集から戦闘と最近は最早メイドの域に留まらない活躍を見せている......メイドの定義ってなんだっけ?
彼女は俺の制服の襟を整えながら、鏡越しにじっとりとした視線を俺に向けている。
「何か、悩み事でも? ……昨日のオリエンテーションの後、ネロ様と随分と長く話し込んでおられましたね。その後、あろうことか『女性教師』のことについて調査を命じられましたが……」
マリアの手が、俺のネクタイをきゅっと締める。少し苦しい。
「まさかとは思いますが……あのような薄幸そうな、守ってあげたくなるタイプの年上女性に、心を奪われたわけではありませんよね?」
「……ぐえっ、苦しい、マリア。...なんでお前がエレナさんの容姿を知っているかは置いておくとして、違うぞ。あくまで『人助け』だ。あのアホ(ネロ)が惚れた女を助けるために、俺が手を貸すだけだ」
「あら、そうですか。ネロ様が……ふふ、それは傑作ですわね」
マリアの手が緩む。彼女はコロッと表情を変え、完璧な笑顔を浮かべた。
「安心しました。ヴェルト様を侵害する泥棒猫であれば、即座にミンチにして畑の肥料にするところでしたが……ネロ様の想い人なら応援して差し上げましょう」
「お前、最近殺意の沸点が低すぎないか?」
「ヴェルト様をお守りするためなら、私は修羅にも悪鬼にもなりますわ。……さあ、行ってらっしゃいませ。お弁当には、ヴェルト様の好物を詰め込んでおきましたから」
マリアから渡されたやけに重たい弁当箱を受け取り、俺は宿を出た。
◆
学園に到着すると、校内は年に一度のビッグイベントの話題で持ちきりだった。
廊下のあちこちで「誰と組む?」「Aクラスの回復役が入ってくれたら激アツだよな!」といった会話が飛び交っている。
俺がFクラスの教室に入ると、そこはいつものように動物園のような騒ぎになっていた。
「魔王様! おはようございます!」「兄貴! 今日の実習、俺をパーティに入れてくださいよ! 盾になります!」「いや俺だ! 兄貴の荷物持ちは俺の役目だ!」
教室に入った瞬間、むさ苦しい野郎どもが雪崩のように押し寄せてきた。暑苦しい。筋肉の壁で視界が埋まる。
「……おい、お前ら。俺は静かに過ごしたいんだ。寄るな」
俺が冷めた目で牽制するが、彼らの忠誠心(という名の単位狙い)は暴走機関車だ。止まらない。
そんな騒がしい教室の空気が、キーンコーンカーンコーン……というチャイムと共に一変した。
ドォォォォォォンッ!!
教室の扉が、まるで攻城兵器でもぶつけられたかのような轟音と共に蹴破られたのだ。
静まり返る教室内。もうもうと舞い上がる土煙の中から現れたのは、燃えるような赤髪をなびかせた、スタイル抜群の美女だった。
胸元がはちきれんばかりに開いたシャツに、太ももまでスリットの入ったタイトなスカート。手には教鞭(という名の革ムチ)を持ち、口にはなぜか葉巻のような太いチョコを咥えている。
「よう、待たせたなぁ!ここがFクラス……通称『掃き溜め』か。ええ面構えしとるやんけ、ワレ達ィ!」
美女がニカッと笑った。コテコテの関西弁だ。今更ながら世界観どうなってんだ。
「あ、あの……貴女は?」
女生徒が恐る恐る尋ねると、彼女は教卓にドカッと座り込み、行儀悪く足を組んだ。
「ウチか? ウチは今日からアンタらの担任になった、ジェシカや。ヨフセイとかいう小物が空の彼方に飛んでいきよったから、急遽あてがわれたんや」
ジェシカ先生は教室を見渡すと、不敵に鼻を鳴らした。
「最初に言うとくけどな、ウチは元Sランク冒険者で『紅蓮のジェシカ』言われとったんや。教育方針は『スパルタ』やない、『サバイバル』や。ウチに喧嘩売るなら覚悟しときや? 骨の一本や二本、ヘシ折られる覚悟でかかってきな!」
バチンッ!
手にしたムチが机を叩き、真っ二つに裂いた。Fクラスの不良たちが「ヒェッ……」と縮み上がる。
「……ヴェルト様。強烈なのが来ましたね」
俺の席の隣(いつの間にか定位置になっている)で、ニーナが小声で囁く。
「ああ。だが、陰湿なヨフセイよりは話が分かりそうだ」
俺が苦笑すると、ジェシカ先生の鋭い視線が俺を射抜いた。
「おっ、アンタが噂の『魔王』ヴェルトか! ……ふーん、なるほど肝が据わっとる。なかなかエエ男やないか。ウチのタイプやわ」
「そりゃどうも」
「気に入った! アンタが大人しゅうしとる間は、ウチも目ぇ瞑ったる。……さて、自己紹介はこれくらいにして、本題いくで!」
ジェシカ先生は黒板を拳で殴りつけた。黒板にヒビが入る。
「全学年合同、ダンジョン実習や! ウチのクラスから脱落者出したら承知せぇへんで!他クラスとの混成も許可したるから、さっさとパートナー見つけて申請書出さんかい!」
その瞬間。教室の空気が、ガタッ! と音を立てて変わった。
「兄貴ィィッ!! 一生ついていきます! 俺をパーティに入れてくだせぇ!!」「いや俺だ! 魔王様の盾になるのは、一番筋肉がある俺だ!」
Fクラスの野郎どもが、ジェシカ先生の威圧も忘れて、雪崩のように俺の席へ殺到してくる。
俺はため息をつき、窓の外へ視線を逃がした。
(Sランク冒険者、か……)
俺は内心で舌を巻いた。
Sランク。冒険者ギルドにおける最高峰の位階だ。俺が知る限り、Sランクの冒険者に会うのはこれが初めてだ。あの『紅の戦乙女』と異名を持つメルザでさえ、Aランクだ。
その上を行くSランクとなれば、その実力は一騎当千どころの話ではない。まさに生ける災害だ。確か、Sランクともなれば国から直接指名依頼が来るレベルの、国家戦力級の扱いを受けると聞いたことがある。
そんな化け物が、なんでまたこんな掃き溜めの担任なんてやってるのか。
(原作だとイベントに関わらない冒険者は仲間としてギルドから借りられるシステムだったんだよなぁ。そのうちの一人なんだろうけど...聞いたこと無いな。まぁ気にしなくてもいいだろう)
◆
一方、Aクラスの教室前もまた、別の意味で地獄と化していた。
「勇者様! ぜひ私のパーティへ!」「アレク様、回復役なら私が務めますわ! 実家の秘伝のポーションも用意しましたの!」「いえ、攻撃魔法のエキスパートである僕こそが相応しい! 君のような回復しか能がない女はお呼びじゃないんだよ!」
勇者アレクの席は、色とりどりの制服を着たエリート生徒たちによって完全に包囲されていた。
Aクラスだけでなく、特待生(他行の王族や貴族などはこの枠)や他学年の生徒まで混じっている。彼らにとって勇者とコネを作ることは、将来の栄達へのパスポートなのだ。
だが、その中心にいるアレクの瞳は、死んだ魚のように虚ろだ。
「……誰でもいい。勝手に決めてくれ」
彼は感情のない声で呟き、頬杖をついている。その隣には、あの日以来、彼の監視役として張り付いている女子生徒――セレスティアが、氷のような笑顔で群がる生徒たちを選別していた。
「皆さん、落ち着いて。アレク様のパートナーに相応しい『格』と『能力』をお持ちの方以外は、下がっていただけますか?」
彼女は優雅な仕草で扇子を開き、生徒たちを一瞥する。
「貴方は魔力量が不足していますわ。……貴女は家柄が釣り合いません。……貴方は論外です、体臭がアレク様の集中力を乱します」
「横暴だ!」「なっ......た、体臭ですって!?」
冷徹な選別。
勇者の周りには、計算高いエリートたちの欲望が渦巻いている。対して、ヴェルトの周りには、純粋な筋肉と馬鹿な信仰心が渦巻いていた。
……どっちも地獄である。
◆
Fクラスの喧騒に話を戻そう。
ヴェルトが野郎どもの壁に圧殺されそうになっていた、その時。
「――どきなさい、筋肉ダルマたち! そこは私の席よ!」
凛とした声と共に、一陣の風が吹いた。
風圧魔法『エア・ハンマー』によって、俺の周りにいた男子生徒たちが物理的に吹き飛ばされる。
「うわぁっ!?」
現れたのは、Aクラスの制服を着た赤髪の公爵令嬢、クリスティーナ(クリス)だった。彼女は愛用の杖で男子生徒たちを器用に押しのけ、当然のように俺の前の席を陣取った。
「ヴェルト! パーティの申請書を持ってきたわよ。さっさとサインなさい」
「……なんでそうなる。お前、Aクラスだろ。勇者とでも組めばいいじゃないか」
「はぁ?あんなのと組んでも、学術的なデータなんて取れないわよ。私が観測したいのは貴方というイレギュラーなの!それに……」
もじもじと、クリスは少し顔を赤らめ、フンと鼻を鳴らした。
「約束したじゃない。私は貴方の『従者』になったんだから、主人の危機管理をするのは当然の義務でしょ? Fクラスの雑な環境で貴方の才能が腐らないよう、私が管理してあげるって言ってるの」
「その設定まだ有効だったのか。……まあ、お前は戦力としては悪くないが」
俺がため息をついた、その時だ。
「お待ちください、クリス様。その理屈で言うなら、ヴェルト様の隣は私の定位置です」
ドスッ。
重たい音と共に、大量のプロテイン缶が入った木箱を床に置いたのは、ニーナだ。彼女は可憐な微笑みを浮かべているが、その背後には不動明王のようなオーラが立ち昇っている。
「ダンジョンは危険がいっぱいです。ヴェルト様の身を守る『盾』となり、邪魔な敵を粉砕する『矛』となる……それは、筋肉と信仰を兼ね備えた私にしか務まりません」
「ニーナ、お前いつからそんなキャラになった?」
「ヴェルト様のおかげです!」
満面の笑み。
クリスがジト目でニーナを睨む。
「……物理特化の回復役なんて、前衛としては優秀だけど、魔法的なサポートが足りないわよ。罠の解除や魔力探知は誰がやるの?」
「罠は全部私が体で受け止めます! 魔力探知は……えっと、勘で!」
「論外ね。やっぱり私がいないとダメだわ、このパーティ」
とりあえず、前衛と後衛は確保か。あと一人は……。
「……んごー……むにゃ、アイス……」
教室の隅で、机に突っ伏して寝ているフィオナに目を向ける。
……ダメだ。あれをダンジョンに連れて行ったら、俺が背負って歩く羽目になる。それに、ネクロマンサーの能力はダンジョン内では強力だが、目立ちすぎる。俺の平穏なスローライフには似合わない。諦めていないぞ俺は。
なので、今回は置いていこう。
その時だった。
バーンッ!!
本日二度目の、教室の扉が破壊されそうな勢いで開かれた音。
「見つけましたわよ、ヴェルト様! こんなところに隠れているなんて、水臭いですわ!」
現れたのは、後光が差すほどキラキラしたオーラを纏った生徒会長、アリシア・ライト・クラインだった。
彼女はFクラスの薄暗い教室には不釣り合いな輝きを撒き散らしながら、ツカツカと俺の元へ歩み寄ると、仁王立ちして宣言した。
「さあ、申請書を出しますわよ! 私と貴方でパーティを組みます!」
教室中が「えぇっ!?」とざわめく。
生徒会長が、問題児クラスの魔王と組む? 前代未聞だ。
「……おい、アリシア。お前、正気か? 俺と組んだら、お前の経歴に傷がつくぞ」
「気にしませんわ!むしろ、これこそが私の『贖罪』なのです!」
アリシアは胸に手を当て、陶酔したように語り出した。
「私はヨフセイという悪徳教師に騙され、貴方を断罪しようとしました。……その罪は重い。だからこそ! 私は貴方の側で、貴方が『正しい道』を歩むように監督し、更生させる義務があるのです!」
「更生? 俺は今のままで十分完成されてるが?」
「いいえ! 貴方は放っておくと、すぐに悪だくみをしたり、教師を空へ飛ばしたり、女子生徒を侍らせたりするでしょう? そんな『危険な魔獣』の手綱を握れるのは、生徒会長である私しかいません!」
アリシアの目が据わっている。
この女、正義中毒から「介護中毒」にジョブチェンジしてやがる。というか、自分も侍る側に入ろうとしている自覚はないのか?
「ちょっと待ってよ、生徒会長!」
黙っていなかったのはクリスだ。
「監督なら私がやってるわよ! これ以上、面倒な人を増やさないでくれる?」
「あらクリスさん。貴女こそ、公爵令嬢としての務めがあるのではなくて? Aクラスへお戻りなさいな」
「失礼ね! 私はFクラス(泥)の中から真理を見つける研究者なの! 貴女みたいに、頭の中がお花畑な『押し掛け女房』とは違うのよ!」
「お、お花畑ですって!? これでも私は、全校生徒の支持を集めるカリスマ会長ですわよ!?」
バチバチと火花が散る。
Aクラスの天才と、生徒会長。学園の二大巨頭が、なぜかFクラスの教室で、俺を巡って口喧嘩を始めた。
周りの男子生徒たちが「魔王すげぇ……」「あの二人を従えるなんて……」と震えている。違う、従えてない。巻き込まれてるだけだ。誰か助けてくれ。
「……ヴェルト様。どうしますか? 二人ともまとめて気絶させて、麻袋に詰めて運びますか?」
ニーナが物騒な提案をして、ナックルを装着し始めた。
「いや、やめろ。……はぁ」
俺は天を仰いだ。
拒否しても無駄だ。このアリシアという女、一度言い出したら絶対に引かないタイプだ。それに、腐っても生徒会長。実力は確かだし、光魔法の使い手は希少だ。ダンジョン攻略において戦力になる。
「……わかった。分かったから喧嘩をするな」
俺は二人の間に割って入った。
「今回のパーティは、俺、ニーナ、クリス、アリシア。この4人で決定だ」
「「えっ?」」
二人が顔を見合わせる。
「文句がある奴は置いていく。……俺は、効率的にクリアしたいんだ。それに、なんだかんだお前達は強いしな」
俺がそう言うと、二人は一瞬きょとんとし、それからバッと顔を背け合った。
「……ふん。ヴェルトがそう言うなら、仕方ないわね。特別に許可するわ。……その代わり、私の研究には協力してもらうからね」
「そうですわね! 貴方の更生のためなら、多少の妥協は必要ですわ! 私がリーダーとして、このカオスなパーティを導いてみせます!」
「いやリーダーは俺だ」
素直じゃない連中だ。
教卓ではジェシカ先生が「カッカッカ! 青春やなぁ~! ドロ沼の三角関係...いや四角関係か?大好物やで!」とニヤニヤしながら葉巻チョコを齧っていた。止めろよ色ボケ教師。
「あ、あの……ヴェルト様。私の意見は……」
「ニーナ。お前は俺の『盾』だろ? 一番近くにいればいい」
「は、はいっ!もちろんです!お任せください!」
ニーナがパァッと花が咲くような笑顔になる。
こうして、史上稀に見るカオスなパーティが結成された。
……バランスが良いのか悪いのか、さっぱり分からんが。
◆
そして放課後。
申請書を提出しに職員室へ向かう途中、俺たちはAクラスの集団とすれ違った。
中心にいるのは、勇者アレク。
その隣には、プラチナブロンドの髪を揺らす美少女、セレスティアがぴったりと張り付いている。
周りには選別を勝ち抜いたと思われる、優秀そうな(そして高慢そうな)取り巻きが二人。完璧な布陣だ。
「……」
アレクが俺を見て、足を止めた。
その視線が、俺の隣にいるニーナを一瞬だけ捉え――すぐに興味なさそうに逸らされた。
だが、その瞳の奥には、押し殺したような苦悶の色が見える。
「……奇遇だな、悪徳領主。...いやアークライト」
「...ああ。お前らも申請か?」
「……フン。精々、足手まといにならないことだ」
アレクは冷たく言い放ち、通り過ぎようとする。
セレスもまた、俺たちを一瞥しただけで、人形のような微笑みを浮かべたまま会釈もしない。特にニーナを見る目は、ゴミを見るような冷徹さだった。
だが、すれ違いざま。
「……気をつけろよ。このダンジョン、何かありそうだ」
ボソリと、警告めいた言葉が風に乗って聞こえた。
「……アレク……」
ニーナが悲しげにその背中を見送る。
記憶を消された勇者。彼が何を感じ取ったのかは分からない。だが、その警告が「ただの嫌味」ではないことだけは、俺の本能が告げていた。
(アイツ...雰囲気が変わったか?)
「……行くぞ」
俺はニーナの肩をポンと叩き、前を向いた。
「まずはダンジョン攻略だ。……面倒ごとは、全部まとめてぶっ潰す」
最強にして最恐の「ドリームチーム」。
その初陣が、まもなく始まろうとしていた。
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