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76.恋する天才とダンジョンの歩き方

 ヨフセイの一件から数日が過ぎた。


 学級裁判という名の「公開処刑」を終え、ヴェルト・フォン・アークライトの学園内での評価は完全に二極化していた。


 一つは、俺を「暴力で全てを解決する魔王」と恐れる一般生徒たち。


 もう一つは、Fクラスの連中や一部のマニアックな層による「既存の権威をぶっ壊すダークヒーロー」という熱狂的な支持層だ。


 ……どっちにしろ、平穏な学園生活とは程遠いんだが。


 そんなある日の放課後。俺がFクラスの教室(魔王の玉座(仮))で、フィオナに餌付け(アイス)をしていると、唐突に扉が開かれた。



 バーンッ!!



「ごきげんよう、ヴェルト様!今日も素晴らしい『善行日和』ですわね!」


 教室に入ってきたのは、無駄にキラキラしたオーラを纏った生徒会長、アリシアだった。彼女は以前の「正義中毒」から脱却し……いや、方向性が変わって「慈愛と贖罪の中毒」になっていた。


「……おい。何しに来た」


「様子を見に来たのですわ!私の新しい『贖罪ライフ』の一環として、Fクラスの環境改善に取り組みますの!」


 アリシアは教室を見回すと、眉をひそめた。


「なんですの、この隙間風は!それに机も椅子もボロボロ……こんな劣悪な環境で勉強させるなんて、学園の恥ですわ!」


 そこまで言って、アリシアの視線が俺の隣の席で優雅に紅茶を飲んでいる人物に止まり、点になった。


「……って、あら?クリスティーナ・アー・ドラグノフさん?貴女、Aクラスの生徒じゃありませんこと?」


 アリシアが素っ頓狂な声を上げる。当然だ。ここは掃き溜めのFクラス。公爵令嬢のエリートが居ていい場所ではない。


「なぜ貴女が、我が物顔でここに馴染んでいるのです?まるで『ここが私の定位置です』みたいな顔をして」


「っ……!?」


 痛いところを突かれたクリスが、紅茶のカップをガチャンと鳴らして動揺した。


「べ、別に馴染んでなどいないわ!これは『監視』よ!ヴェルトという規格外の存在イレギュラーを一番近くで観測するための、学術的なフィールドワークなんだから!」


「監視……?にしては、机にお菓子とお茶セットが完備されていますけれど?」


「これは長期観測に必要な物資よ!勘違いしないでよね!」


 顔を真っ赤にして早口でまくし立てるクリス。俺は呆れてため息をついた。


「いや、こいつ休み時間のたびにAクラスから走ってきてるんだよ。もう席替えしてやろうか?」


「余計なお世話よ!……コホン。それより生徒会長、話が逸れたわよ」


 クリスが強引に話題を戻すと、アリシアは「ハッ!」として元のテンションに戻った。


「そうですわ!環境改善です!許せません!私が直談判してきます!今すぐ学園長に『予算をFクラスに回せ、さもなくば講堂での一件を詳細に公表して、学園の管理責任を問うぞ』と脅し……いえ、お願いしてまいりますわ!」


「おい待て、それは脅迫だ。やめろ」


 その暴走っぷりに、クリスが頭を抱えた。


「……ダメだわこの人。論理ロジックが破綻してる。怖いわ」


 一方で、俺の背後に控えていたニーナは、スッと無言で前に出ると、ボキボキと指を鳴らした。


「……ヴェルト様。あの方、目が逝っちゃってます。危険なら、今のうちに窓から投げ捨てておきましょうか?受け身くらいは取れるでしょうし」


「やめろニーナ。善意(?)で来てる奴を物理排除したら俺達が悪者になる。あとお前はお前で日に日に物騒になってる気がするぞ」


「止めても無駄です!貴方には借りがありますからね!最高の環境を用意して差し上げますわ!ではごきげんよう!!」


 嵐のように現れ、一方的に捲し立て、嵐のように去っていく。


 教室に残されたのは、ポカンとするFクラスの面々と、頭を抱える俺だけだった。


「……なんなんだ、あいつは」


 更生したのはいいが、ブレーキが壊れたダンプカーみたいになってないか?


 まあいい。今はそれどころじゃない。


 今日からいよいよ、全学年合同の『ダンジョン実習』が始まるのだ。


       ◆


 学園の地下ダンジョン入り口広場。


 そこにはFクラスだけでなく、勇者アレクのいるAクラス含め、全校生徒が集められていた。


 ざわざわと生徒たちが騒ぐ中、俺の横にスッと一人の影が並んだ。


「よう、悪徳領主。……相変わらず目立ってんな」


 声をかけてきたのは、性別不詳、灰色の髪――ネロだ。


 歓楽街ゾルダンで借金漬けになっているところを、俺に雇われる形で仲間になった天才魔術師。現在は俺のコネと金で『特別外部研究員』兼『古書庫管理補助』という肩書きを得て、学園に入り浸っている。


(こいつは本来、学園で勇者とライバルになり、将来的には仲間になるはずだった。俺に雇われ、結果的に学園には来ることになった訳だが……肝心の勇者との接点はほぼない)


 勇者の監視という名目で俺が学園に来ることになり、最初は原作の強制力のようなものを疑っていたが、今のネロの状況やこれまでの経緯を顧みるに、その線は薄いか。シナリオは既に、俺の手で書き換わっている。


(油断は出来ないか)


「研究は順調か?ネロ」


「へへっ、ボチボチだ。古い文献の整理ばかりで埃っぽくて敵わねぇよ。……だがな」


 ネロは急に声を潜め、ニヤニヤしながら俺に顔を寄せた。


「埃まみれの古書庫にも、一輪の花が咲いてたんだよ」


「……あ?」


「俺と同じ時期に入った臨時職員の女性なんだがな……マジで天使なんだ。優しくて、本が好きで、俺みたいな怪しい奴にも笑顔で接してくれるんだぜ……」


 ネロが完全にデレた顔をしている。


 普段は「女なんて研究の邪魔だ」「金寄こせ」とか言っているドライな奴が、どうしたことだ。


「へぇ。お前がそこまで言うなんて珍しいな」


「だろ?毎日、彼女が淹れてくれるお茶を飲むのが、今の俺の生き甲斐だ。……あー、また会いてぇなぁ」


 ネロは夢見心地で遠くを見つめている。


 まあ、堅苦しい学園生活の息抜きに恋をするのも悪くはないか。俺は軽く受け流し、前方で行われている開会式に意識を戻した。


「――えー、静粛に!今回の実習を担当する、外部講師の方を紹介する!」


 進行役の教師の声と共に、壇上に一人の女性が上がった。


 その瞬間、男子生徒たちが一斉にどよめいた。


「うおっ、美人……!」「すげぇ綺麗なお姉さんだ……」「癒やし系だ……」


 蜂蜜色の長い髪を緩くまとめ、ローブの上からでもわかる豊満なプロポーション。そして何より、どこか憂いを帯びた目が、男たちの庇護欲を強烈に刺激する「年上のお姉さん」だった。


「はじめまして。臨時講師のエレナ・フォスターです。皆さんが怪我をしないように、回復とサポートを担当させていただきますね」


 彼女が微笑むと、場がパァッと華やぐ。


 その瞬間。


「……ッ!!」


 隣にいたネロが、息を呑んで硬直した。


「悪徳領主……!見ろ!あいつだ!」


「ん?」


「俺が言ってた『古書庫の天使』だよ!エレナさんだ!まさか今回の実習担当だったなんて……これって運命だよな!?」


 ネロは顔を真っ赤にして、壇上のエレナ先生を凝視していた。完全に目がハートマークになっている。


(……エレナ・フォスターだと?)


 俺の脳内データベースが、最悪の検索結果を弾き出す。


 エレナ・フォスター。


 原作ゲームにおける「救われないサブキャラクター」の一人。没落寸前の男爵家の令嬢であり、金のために「ある貴族」へ嫁ぐことが決まっている悲劇の女性。


 俺は周囲を見渡した。生徒たちは彼女の美貌に夢中だが、俺だけはその背後に迫る「バッドエンド」の気配を感じ取っていた。


「……はぁ。面倒なことになりそうだ」


 俺はため息をついた。


 説明が終わり、各クラスごとに準備運動が始まる。その隙を見て、俺は浮かれているネロの首根っこを掴み、人気の少ない木陰へと引きずり込んだ。


「おい!何すんだよ!俺は今からエレナさんに挨拶を……」


「いいか、とりあえず聞け」


 俺は真剣な表情で、ネロの肩を掴んだ。


「ネロ。悪いが、その恋は詰んでる」


「は?ど、どういうことだよ。身分差か?それとも年齢か?俺は気にしねぇぞ!金だってある!俺の性別だって魔力で固定すれば問題ないし、エレナさんが女性趣味だって言われても対応出来るぞ!」


「違う。そんな理由じゃない。……あの人は、もう『売約済み』なんだ」


 ネロの動きがピタリと止まる。


「エレナ先生は、来月には結婚する。相手はザイードって伯爵だ」


「ザイード……伯爵?」


 その名を聞いても、ネロはピンときていない様子だった。だが、俺は知っている。


「通称『愛好家コレクター』。金に物を言わせて美しい女性を妻にするが、奴の性癖は異常だ。妻を『生きた調度品アクセサリー』として扱うカス……これ以上は言えないような仕打ちをして廃棄する、ド外道だ」


 原作では、エレナ先生は結婚後、半年で謎の「病死」を遂げることになる。その死体は、見るも無惨な状態だったというテキストだけの描写が、妙に生々しく記憶に残っていた。


(それにしても、いざこの原作ゲームの人物になってみると、ろくでもない世界だな。プレイヤーだった時は面白かったが、救えない場面が多すぎる)


「……結婚って……しかも、そんな奴と……その情報はマジなのか!?」


 ネロが絶句し、顔から血の気が引いていく。


「あぁ、大マジだ。姑息な奴だ、これまでも証拠を残さないから捕まりもしない。しかもその結婚は、先生が望んだものじゃない。実家の借金を返すための身売りだ。……このままだと、彼女は確実に壊される」


 俺は淡々と事実を告げた。


 普段なら、俺はここで「諦めろ」と言って終わらせる。他人の恋愛沙汰なんて面倒だし、ザイード伯爵は王都でも指折りの資産家で、権力もあり、敵に回すと厄介だ。それに今ここで動かなくても、将来的には禁制の薬物を商品として裏で売りさばいている事が露見して勇者によって捕まる。


 だが


 目の前のネロは、拳を白くなるほど強く握りしめていた。


 その目にあるのは、失恋の悲しみではない。理不尽な運命に対する、激しい怒りだ。


「……ふざけんな。あんな、本を読んでるだけで幸せそうに笑う人が……ザイードの餌食にされるだと?」


 ネロの周囲で、魔力がバチバチと音を立てて爆ぜた。


「……ふん。いい顔をするじゃないか」


 俺はニヤリと笑い、ネロの背中を叩いた。


「どうする?『高嶺の花だから諦める』か?それとも……『悪徳領主の手を借りてでも奪い取る』か?」


 俺の問いかけに、ネロが顔を上げる。その瞳には、天才魔術師としての矜持と、男としての覚悟が宿っていた。


「……決まってんだろ」


 ネロは広場の中央で生徒たちに囲まれているエレナを、今度は強い意志の籠もった瞳で見つめた。


「俺は、あんなイイ女が壊されるのは我慢ならねぇ。……悪徳領主...いやヴェルト、手を貸してくれ。そのクソ貴族から、彼女を奪い返す」


「奇遇だな、俺もちょうど金が欲しかったところなんだ。あの財布ザイードはたんまり貯め込んでいるらしいからな、商談成立だ」


 俺たちは暗い笑みを交わした。


 ダンジョン攻略よりも厄介な、ドロドロとした「貴族の婚約事情」への介入。実習の裏で、もう一つの戦いが始まろうとしていた。

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