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75.この判決に報復を!

 大講堂は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「キシャアアアアッ!!」


 ヨフセイの影から無尽蔵に湧き出した『影の魔物シャドウストーカー』たちが、蜘蛛のように床を這い、壁を走り、パニックに陥る生徒たちへと殺到する。


「逃げろ!出口へ向かえ!」


「キャアアアッ!来ないで!」


 悲鳴と怒号が交錯する中、一人の少年が影の群れの中へ飛び込んだ。


「――オイ。喚くな、耳障りだ」


 ザンッ!!


 冷徹な声と共に、先頭の影の首が宙を舞った。

 

 勇者アレクだ。彼は聖剣を逆手に持ち替え、独楽こまのように回転しながら影の群れを切り刻んでいく。


「……汚ねぇな。俺の服に触れるんじゃねぇよ」


 返り血(影の飛沫)を嫌がるように眉をひそめ、神速の斬撃を繰り出すその姿は、まさに人類最強の勇者。だが、斬り伏せたはずの影が、ドロリと再生を始めたのを見て、アレクは不愉快そうに舌打ちした。


「……あ?物理無効に再生能力か。……面倒な」


 アレクが苛立ちを露わにする。

 

 彼の剣技は圧倒的だが、影の魔物は実体を持たない。聖剣の光属性でしかダメージを与えられない上に、倒してもヨフセイが魔力を供給する限り無限に再生する。彼にとって、斬っても死なない敵は相性が最悪だった。


「きゃあっ!もう、なんなのよコイツら!」


 その近くでは、クリスもまた苦戦を強いられていた。彼女は逃げ惑う下級生たちを庇いながら、愛用のレイピアを振るう。だが、物理的な刺突は影をすり抜けるばかりだ。


「くっ、私の魔法剣じゃ相性が悪すぎるわ……!みんな、私の後ろから離れないで!」


 そんな彼らの姿を見て、壇上のヨフセイが狂喜乱舞した。


「クカカカ!素晴らしい!これは思わぬ拾い物デース!」


 ヨフセイは歪んだ瞳で、苛立つアレクを見下ろした。


「邪魔な生徒を始末するついでに、まさか『勇者の首』まで手に入るとは!これを魔王様に献上すれば、私は幹部……いや、将軍の地位すら夢ではないデース!ラッキーデースねぇ!」


 小物の思考回路だ。だが、今の彼にはそれを実現するだけの戦力差があった。


「さあ行け我が下僕たちよ!勇者をなぶり殺しにするデース!」


 ヨフセイが指を鳴らすと、講堂中の影が津波のようにアレクとクリスへ殺到する。

 アレクの目が、鋭く細められた。


「……チッ。数だけは一丁前かよ」


 アレクが低く構え、瞬時に臨戦態勢へと切り替わる。高速回転斬り。近づく影を肉片に変える暴風のような剣技。だが、倒しても倒しても次が湧いてくる。


「くそっ、キリがねぇ……!」


 さらに、手薄になった隙を突き、数体の影が後方でへたり込んでいるアリシアと、その近くでウトウトしていたフィオナへと襲いかかった。


「オイ!そっちへ行ったぞ!」


「フィオナさん!?生徒会長!」


 アレクとクリスが叫ぶが、敵の包囲が厚く、救援に向かえない。アリシアは虚ろな瞳で、迫りくる死の影を見上げていた。


(あぁ……私は、死ぬの……?信頼していた先生に裏切られ、無実の生徒を断罪しようとし……最後はゴミのように……はは、でもしょうがないわよね)


 彼女が最期の瞬間に瞼を閉じた、その時だ。


 ドォォォォォォンッ!!


 轟音と共に、アリシアの目の前の床が爆ぜた。


 飛び散る瓦礫。巻き起こる突風。


 恐る恐る目を開けたアリシアの視界に映ったのは――襲いかかってきた影の魔物を、素手で鷲掴みにし、地面に叩きつけて消滅させた男の背中だった。


「……え?」


 男――ヴェルト・フォン・アークライトは、汚い手袋を捨てるように手を払い、冷徹な声で告げた。


「おい、ニーナ、フィオナ」


「はい、ここにいます!」


「……んぅ……うるさい……」


 いつの間にかヴェルトの背後には、こきり、と首を鳴らして準備運動を始めたメイドのニーナと、寝ぼけ眼をこするフィオナが控えていた。


「ニーナ、雑魚の掃除は任せる。アレクの奴、相性が悪くてイラついてるみたいだ。手本を見せてやれ」


「わかりました!……アレクの事はまだ複雑ですが、筋肉でがんばります!」


「フィオナ。お前もいつまで寝てる。あのミイラ男、お前の焼きそばパンを踏み潰した張本人だぞ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 フィオナの虚ろな瞳が、カッ!と見開かれた。


「……あいつが、犯人ホシ……包帯で分からなかった」


 彼女の周囲の気温が急激に下がり、ドス黒い魔力が渦を巻く。


「……許さない。私の、安眠と……焼きそばパンの、恨み……」


 フィオナがゆらりと手を掲げた。それだけで、講堂内の空気が凍りつく。


「――『死霊の絶叫バンシーハウル』」


 キィィィィィィィィィン!!!!


 彼女の口から放たれたのは、物理的な音波ではなく、精神を直接削り取る呪いの波動。


 その波動が講堂を駆け抜けた瞬間、実体を持たない数百体の影の魔物たちが、一斉に断末魔を上げて霧散した。


「なっ……!? 一撃で……!?」


 クリスが唖然とする中、残った影たちが怯んだ隙を見逃さず、ニーナが動いた。


「筋肉の時間です!」


 彼女はアレクが苦戦している影の群れに突っ込むと――近くにあった重厚なオーク材の長椅子を、片手で軽々と引き抜いた。


「邪魔です。――『聖女インパクト』!」


 ブォンッ!!


 彼女は丸太のような長椅子を、ハエ叩きのように振り回した。その圧倒的な質量と『聖なる筋肉パワー』の前に、攻撃範囲外にいたはずの影も為す術なく弾け飛ぶ。聖女の力は、理屈すらねじ伏せるのだ。


「……偽聖女、ホントに女か?なんだそのデタラメな腕力は」


 アレクが若干引き気味に呟いた。繊細な剣技を好む彼にとって、その暴力的な戦い方は理解の範疇を超えていた。


「本物の聖女だもん!そのうち思いださせてあげるから!」


 アレクとニーナ。少しだけだが一緒に戦うことでわだかまりが和らいだ気がした。


「ば、馬鹿なデース!?私の可愛い下僕たちが、一瞬で……!」


 ヨフセイが狼狽える。自分が「落ちこぼれ」と見下していた生徒が、勇者すら手こずる敵を瞬殺したという現実に、思考が追いつかないのだ。


「さて」


 部下たちの働きに満足したヴェルトは、アリシアの方を振り向くこともなく、壇上のヨフセイへと歩みを進めた。


「き、貴様は何なんデースか……!影の魔物は物理無効のはずデース!なぜ素手で掴めるのデースか!?」


「あぁ。俺は魔力がないからな。代わりに『気合』で殴ってるんだよ」


「イ、イミがワカラナイデース!!」


 もちろん嘘だ。


 原作ゲーム知識の賜物だ。枢機卿戦で習得した『威圧プレッシャー』を発動しながら拳に乗せると、精神体にも物理ダメージを通すことが出来るってだけだ。逆に言うと俺の手持ちのスキルだとこれしか攻撃を通せないんだが、影の魔物程度には十分だ。


「来るな!来るなデース!私の出世の邪魔をするなぁぁっ!」


 ヨフセイが両手を突き出し、ありったけの魔力を練り上げる。


「死ねぇぇッ!最上級闇魔法『アビスジャベリン』!!」


 漆黒の槍が、ヴェルトの心臓めがけて放たれた。

 

 本来、上級魔族が使用する暗黒魔法。直撃すれば一定確率で即死。


 勇者ですら防御魔法を展開するレベルの一撃だ。


「オイ……クソ野郎。テメェ、その魔法……どこで覚えやがった!?」


「馬鹿っ、何してるのよ!」


 アレクとクリスが叫ぶ。だが、俺は避けない。避ける必要がない。


「あのお方から授かった力の一部デースヨ!朽ち果てろデース!ハッハー!」



 カィィィンッ...



 漆黒の槍は、俺の胸板に当たった瞬間、ガラス細工のように砕け散った。


「……は?」


 ヨフセイの目が飛び出る。


「俺とお前じゃレベルが違う。その程度の魔法じゃ、俺の服の埃も払えないぞ」


 彼女メルフィの言葉を思い出す。「学校で習いませんでしたか?即死や強奪これ系のスキルは、対象との『レベル差』で成功率が補正されるって」それはレベル差による成功率の絶対的な定義。


 戦闘中に鑑定したヨフセイのレベルは28、俺のレベルは80。50以上の差での成功率は0%だ。


(あの時は無我夢中だったが、冷静に考えるとメルフィのレベルは100以上ってことになる)


 俺は悠然と歩き続け、ついにヨフセイの目の前へと到達した。車椅子の上で震える「元教師」を見下ろす。


「ひ、ひぃぃっ……!ま、待つデース!は、話し合えばわかるデース!私は魔王軍の幹部候補……いや、未来の将軍デースよ!?私を殺せば組織が黙って……」


「あぁ?こんなところに魔王軍の幹部候補がいるなんて、俺はなんてラッキーなんだ」


 俺はヨフセイの胸倉を掴み、強引に立たせた。


「今から『ホームルーム』の時間だ。よく聞けよ、魔王軍幹部候補様?」


 ドゴォッ!!


 俺の拳が、ヨフセイの顔面にめり込んだ。鼻が砕け、歯が飛び散る。


「あべしっ!?」


「一発目は、俺の快適な昼寝を妨害した罪だ」


 俺は倒れそうになるヨフセイを再び引き寄せ、逆の手で殴りつける。


 バキィッ!!


「うげぇっ!?」


「二発目は、フィオナの焼きそばパンを粗末にした罪だ。食べ物の恨みは海より深いぞ...って、いやこの前もやったか?」


「……全然足りない。もっとやれ……」


 背後でフィオナが怨嗟の声を漏らす。ヨフセイの顔面は既に原形を留めていない。野望も出世欲も、理不尽な暴力の前には無力だ。


「そして三発目は……」


 俺はチラリと、背後でへたり込んでいるアリシアを見た。彼女は涙を流し、震えながらこの光景を見ている。


「自分の生徒を道具扱いし、あまつさえ絶望させた罪だ。……悪徳領主の俺が言うのもなんだが、お前は教育者失格だ」


「ゆ、ゆるし……」


課外授業じごくへ行ってこい」



 ドッゴォォォォォォンッ!!!!



 アッパーカット。

 ヨフセイの体は砲弾のように打ち上がり、大講堂の天井を突き破り、遥か彼方の空へと消えていった。


 キランッ☆


 空に光る星が一つ。……あ、生きて捕らえた方がよかったか?まぁアイツは大した情報も持ってなかったはずだし...いいか。


 静寂が訪れる。

 

 残されたのは、半壊した大講堂と、呆然とする全校生徒たち。


「……すげぇ」


「ワンパンで……空まで……」


 俺はパンパンと手を払い、振り返った。そこには、聖剣を持ったままアレクが立っていた。


「……悪徳領主。教会ははから、お前とは今は争うなと言われている。そこの偽聖女もだ。だが俺はお前と慣れ合うつもりはない」


 アレクは不愉快そうに鼻を鳴らし、剣を収めた。その態度はどこまでも不遜だが、その瞳にはヴェルトへの明確な警戒心が宿っていた。


「...おい、生徒会長」


 俺が声をかけると、アリシアがビクリと肩を震わせた。


 当然だ。彼女にとって今の俺は、勇者よりも恐ろしい「規格外の怪物」に見えているだろう。


「裁判は終わりだ。……判決は?」


 アリシアは震える唇を開き、蚊の鳴くような声で答えた。


「……無罪、です。……ですが、私は生徒会長を辞めます」


「あぁ?」


 俺は足を止め、冷ややかな視線を彼女に向けた。


「こんな……あんな男に操られて、貴方を断罪しようとした……私に、人の上に立つ資格はありません……」


 涙を流し、自身を責めるアリシア。


 だが、俺は鼻で笑い飛ばした。


「……ふん。操り人形の糸が切れたら、ただのゴミになるってか?」


「っ……」


「逃げるなよ。この騒ぎの後始末は誰がやるんだ?お前が招いた混乱だろ。辞めて楽になるなんて許さんぞ」


 俺は彼女を見下ろし、宣告した。


「不当な罪で裁いた奴らもいるんだろ?死ぬ気で働いて、学園を立て直せ。……それがお前への『罰』だ」


「……今更ですが、貴方が慕われている理由が分かった気がしますわ」


 アリシアが顔を上げる。その瞳に、僅かな光が戻った気がした。


 俺はニヤリと笑い、今度こそ立ち去るために背を向けた。


「じゃあな。俺は帰る、腹が減ったからな。……行くぞ、ニーナ、クリス、フィオナ」


「はい、ヴェルト様」


「もう!勝手に仕切らないでよ!……まあ、助かったけど」


「……パパ。お腹すいた……」


 俺たちは呆然とする勇者や生徒たちを残し、堂々と大講堂を後にした。

 

 背中で感じる視線は、もはや「軽蔑」ではない。「畏怖」、そして底知れぬ「恐怖」。


 こうして、波乱の学級裁判は幕を閉じた。



 ――だが、これで平穏が訪れるわけではない。



 俺の脳裏に、原作ゲームの次のスケジュールがよぎる。入学していくつかのイベントをこなすと発生する――学園名物、地獄の『ダンジョン探索実習』だ。


(……確か学園ダンジョンにはゲームクリア後のやりこみ要素ボスがいたな。メルフィの事もあるし、そろそろレベリングしておきたいところだが...はぁ、俺はいつになったら領地でゆっくり出来るんだ...)


 俺の安息は、まだ当分訪れそうになかった。

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