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74.この裁判に判決を!

 学園の大講堂。


 普段は入学式や卒業式に使われるその厳粛な場は、今は異様な熱気と殺気に包まれていた。


 壇上には裁判席が設けられ、生徒会長のアリシアが検察官席で仁王立ちしている。そして俺は、ステージ中央に設置された「鉄格子付きの被告人席」に入れられていた。動物園のパンダか俺は。


「これより!被告人ヴェルト・フォン・アークライトの『弾劾裁判』を開廷します!」


 アリシアが木槌ガベルをカーン!と叩く。


 観客席を埋め尽くす全校生徒から、ドッと罵声が飛んだ。


「辞めちまえ!」「暴力男!」「Fクラスの恥さらし!」 「魔王様ー!こっち向いてー!」「あのアウェー感を楽しんでおられる……さすがだ!」


 俺は檻の中から、うるさい外野(観客席)を何気なく見渡した。


 最前列付近に、見覚えのある赤髪の男が座っているのが見えた。


(……あいつもいるのか)


 勇者アレク。俺をこの学園に縛り付ける原因となった張本人であり、この世界の主人公様だ。奴は真剣な表情で、眉間に皺を寄せながら俺とアリシアを交互に見ている。どうせ「悪徳領主が、また問題を起こしたのか」とでも思っているんだろう。


 そのすぐ近くには、クリスとニーナの姿もあった。


「ちょっと!アンタたち、ちゃんと話を聞きなさいよ!これは不当な裁判よ!証拠もなしに!」


 クリスは周囲の野次に孤軍奮闘し、顔を真っ赤にして俺の弁護をしようと声を張り上げている。……公爵令嬢がそんな大声出すなよ。健気な奴だ。一方、ニーナは無表情のまま、スッと懐に手を伸ばしていた。


「……ヴェルト様。合図を。今なら混乱に乗じて、あの教師を『筋肉死』させられます」


 おい、聖女としてどうなんだ…筋肉死ってどんな死に方だ。


 あと勇者がすぐそこにいるのに、完全スルーか。いや人混みで気づいていないのか。


 ……まあいい。今はこいつらの相手をしている暇はない。


「静粛に!ではまず、原告の入廷です!」


 アリシアの合図と共に、舞台袖から車椅子に乗った男が現れた。全身を包帯でグルグル巻きにし、右足はギプスで固定され、首にはコルセット、さらに点滴スタンドまで自ら押して登場した。


「オオゥ……痛い……全身がバラバラになりそうデース……ゴホッ、ゴホッ!」


 ヨフセイ・バレッタ・ドーシ男爵だ。昨日はデコピン一発で飛ばしただけなのに、どう見ても「全治六ヶ月」の重傷患者を演じている。しかも咳き込むたびに、口元から赤い液体が垂れている。


「皆さん、見てください!この痛々しい姿を!血を吐くまで痛めつけられたのです!」


 アリシアが悲痛な声を上げた。


「被告人!何か申し開きはありますか!」


「いや。デコピン一発でそこまで重装備になるとは、随分と貧弱なオッサンだなと思っただけだ。あと、その吐血、トマトジュースの匂いがするぞ」


 キィィィィン……(青色の輝き)


 手元の『審判の宝珠』が青く光る。


「き、貴様ぁ……っ!私の神聖な血をジュース呼ばわりとは……!」


「審判の宝珠が『俺が本心からそう思っている』と証明してるんだが?」


「あの男の口車に乗せられないように、ヨフセイ先生。証言をお願いします」


 ヨフセイは震える手でマイクを握り、いつもの胡散臭い口調を少し抑え、涙声で語り始めた。


「わ、私はね……Fクラスの生徒たちが心配だったのデース……。落ちこぼれの彼らを更生させるため、少々熱血な指導をしようとしただけなのデース……。それを、あの悪魔が……邪魔をしたのデース!!」


 キィィィィン……(青色の輝き)



「……は?」



 俺は眉をひそめた。


 青く光った?こいつが「生徒を心配していた」ことが、「真実」だって?


(馬鹿な。昨日の殺気は本物だった。こいつは本気で俺やフィオナを焼き殺そうとしていたぞ?)


 俺の不審をよそに、ヨフセイは涙ながらに続ける。


「私は生徒を愛しているのデース……。暴力なんて大嫌いデース……。平和主義者なのデース……」


 キィィィィン……(青色の輝き)


 再び青い光。会場からは「なんて慈愛に満ちた先生なんだ」「ヴェルトは最低だ」という声が上がる。


 ヨフセイは包帯の隙間から俺を見て、ニチャアと勝ち誇った笑みを浮かべた。


(……なるほど。そういうことか)


 俺の中で、違和感とゲーム知識がパチリと繋がった。『審判の宝珠』は国宝級の魔道具だ。個人の思い込み程度なら誤魔化せるかもしれないが、明確な悪意ある嘘まで「真実」と判定するのは異常だ。


 だとすれば、答えは一つしかない。


「さらに!検察側は新たな証人を呼んでいます!」


 アリシアが得意げに宣言し、上級生の取り巻きたちが証言台に立つ。


「ヴェルトは普段からFクラスを『恐怖』で支配しているんです!」


「授業をしているヨフセイ先生をいきなりグーで殴り飛ばしたんだ!」


 キィィィィン……(青色の輝き)


 まただ。恐怖云々もそうだが、そもそも俺はヨフセイを殴り飛ばしてなんていない。デコピンだ。それは初めに証明されている。


 だが、魔道具は全てを「真実」として肯定していく。


「見なさい!これが真実です!ヨフセイ先生の慈愛も、生徒たちの恐怖も、全て魔道具が証明しています!」


 アリシアが勝ち誇ったように宣告する。


「ヴェルト・フォン・アークライト。貴方には退学処分と、貴族籍の剥奪を求刑します。これ以上、神聖な学園を汚すことは許されま――」



「――おい」



 俺は檻の鉄格子を掴み、低い声を出した。


「長い。長すぎる......これで茶番は終わったか?俺は腹が減ってきた」


「……は?茶番ですって?魔道具の結果が出ているのですよ!」


「ああ。『魔道具ガラクタの結果』はな」


 俺は冷ややかな目で、車椅子の上のヨフセイを見下ろした。


「おい、アリシア。お前のその『審判の宝珠』とやら、いつメンテナンスした?」


「は?国宝級の魔道具にメンテナンスなど必要ありません。このクラスの魔道具になるとメンテナンスは不要!常に正常ですわ!」


「だよなぁ?つーことは、近くに『干渉源』があるってことだ」


「干渉……?」


 俺は檻の中からヨフセイを指差した。


「あのミイラ男のギプスの中だ。そこに『欺瞞の黒水晶ミラージュクォーツ』を隠し持ってるぞ」


 ヨフセイの体が、ビクリと跳ねた。


「な、何を言っているのデースか……?す、水晶?言いがかりも甚だしいデース!」


「『欺瞞の黒水晶』……?禁制品の闇魔法具ですか?そんなものがここにあるはずが……」


 アリシアが困惑するが、俺は確信を持って告げる。


「あるんだよ。原作ゲーム……いや、魔族の諜報部隊が好んで使うアイテムだ。周囲にある『真偽判定』系の全ての魔道具に干渉し、結果を強制的に『真実(青)』へと書き換える。スパイが検問を抜けるための必需品だ、これは対象が国宝級の魔道具だろうが例外は存在しない」


 そう。原作ゲームの裏設定。学園に潜伏する魔族スパイは、このアイテムを使って身分を偽り、入試や身体検査をパスしている。ヨフセイの嘘がすべて「青」になったのは、こいつがそのアイテムを発動させていたからだ。


「ヨフセイ。お前、さっきから右手をギプスで庇ってるな?怪我じゃない。そこで水晶を握り込んで魔力を流してるんだろ」


「ヒッ……!?」


 ヨフセイが青ざめて右腕を隠した。その反応を見て、会場の空気が変わる。アリシアも疑念の目を向けた。


「……ヨフセイ先生?まさかとは思いますが……身の潔白のためにも、そのギプスの中を、見せていただけますか?」


「ち、違うデース!これは治療のための……!」


「見せるデースよ」


 俺は揶揄うように、ヨフセイの語尾を真似て言った。


「や、やめるデース!近寄るなデース!」


 ヨフセイが後ずさる。その必死な形相は、もはや「慈愛の教師」のものではなかった。


「往生際が悪いな」


 俺は足元に落ちていた小石を拾うと、指で弾いた。デコピンの要領で放たれた小石は、弾丸のような速度で檻の隙間を抜け――


 パコーン!!


 見事にヨフセイの右手のギプスを粉砕した。


「アッー!!」


 ボロボロと崩れ落ちる石膏。その中から転がり落ちたのは、ドス黒いオーラを放つ不気味な水晶だった。途端に、アリシアの机の上にある『審判の宝珠』が、バチバチと音を立てて真っ赤に染まった。


「あ……赤……!?『虚偽』……!?」


 アリシアが絶句する。


 今までの証言が、全て真っ赤な嘘へと反転した瞬間だった。


「……嘘、ですよね?先生」


 アリシアが震える声で問いかける。


「答えてください!私、貴方を尊敬して……貴方の強い推薦があったから、私は生徒会長になれたのに!私に『この学園を変える力がある』と言ってくれた言葉も、嘘だったのですか!?」


 悲痛な叫び。


 だが、それに対するヨフセイの反応は、残酷な嘲笑だった。


「オオゥ、バレちまったらしょうがなイデス!推薦デースか?」


 ヨフセイは砕けたギプスを払い落としながら、ニタリと歪んだ笑みを浮かべた。


「貴女みたいな『馬鹿正直な正義感』を持つ人間は、一番操りやすいから推薦したのデースよ!クカカ!」


「……え?」


「私の推薦でトップに立った人間なら、私の言うことを何でも信じマースからねぇ!私の邪魔になる生徒を『悪』だと吹き込めば、貴女は勝手に『正義の鉄槌』を下してくれる。……私の手を使わずに生徒を排除できる、最高の操り人形パペットデシタよ、貴女は!」


「……っ!?」


 アリシアの顔から血の気が引いていく。自分が信じていた「正義」が、実は「悪」の手のひらで踊らされていただけだったという事実。彼女の膝がガクリと折れ、その場に崩れ落ちた。


「あ、ああ……そんな……。私は……ずっと……」


「クカカカ!絶望した顔も傑作デース!そうだ、私はあの方々より命を受けた選別者!人間ごときが魔王軍に勝てるわけがないのデス!オオゥ、スッキリしたデース!」


 ヨフセイは開き直り、高らかに宣言した。


 会場が阿鼻叫喚のパニックに陥る。


「残念デースガ、計画変更デース!まずはここで一番目障りな、用済みの操り人形アリシアとソコの浅ましくも魔王様を騙る被告人クズを始末して逃げることにしマース!!」


 ヨフセイが結晶を掲げると、講堂の影からズルリと『影の魔物シャドウストーカー』たちが湧き出した。


「さあ絶望するのデース!この学園はジ・エンドデースネ!!」


 黒い影が、動けないアリシアに襲いかかる――その瞬間だった。


「――そこまでだ!!」


 凛とした声と共に、一陣の風が講堂を駆け抜けた。


 ザシュッ!!


 襲いかかろうとした影の魔物が、一瞬にして両断され、霧散する。


 生徒席の最前列から颯爽と飛び出し、アリシアの前に立ちはだかったのは、赤色の髪をなびかせた男――勇者アレクだった。


「大丈夫か、生徒会長。……遅れてすまない」


 アレクが聖剣を構え、ヨフセイを睨みつける。


「学園に巣食う闇……ヨフセイ、貴様の悪事はここまでだ」


「ゆ、勇者アレク……ッ!?」「おおっ、勇者様だ!」「勇者様が助けに来てくれた!」


 会場の空気が一気に「希望」へと変わる。さすがは主人公。一番おいしいところを持っていくタイミングを心得てやがる。


 その光景に、俺の共犯者たちは即座に反応した。


「遅いわよ、この目立ちたがり屋!」


 クリスが舌打ちしながら、ドレスの裾を翻してレイピアを抜いた。


「Fクラスのみんなは私の後ろへ!雑魚は私が引き受けるわ!」


 彼女は勇者の登場に浮かれることなく、即座にパニックになる生徒たちの護衛に入った。さすがは公爵令嬢、肝が据わっている。


 一方で、ニーナは。


「……アレク……」


 いつの間にか、混乱に乗じて俺の檻の前に移動していた彼女は、すがるような瞳でかつての幼馴染を見つめていた。その瞳には、一縷いちるの希望が灯っている。


 だが、英雄たる勇者の視線は残酷だった。


 アレクはチラリとニーナを一瞥いちべつすると、汚いものを見るかのように眉をひそめ、フンと鼻を鳴らしたのだ。


(……まだニーナを『聖女の名を騙る偽物』だと思ってやがるのか)


 教会の教育か、あるいはシナリオの強制力か。アレクの記憶から「幼馴染のニーナ」は未だに消え失せている。今の彼にとって、彼女はただの不審な俺の従者でしかない。


「……っ」


 ニーナが悲痛な表情で唇を噛み締め、胸元をギュッと握りしめる。それでも彼女は、彼から視線を逸らそうとはしなかった。忘れられてもなお、彼女の思いは死んでいないのだろう。


 だが今は優先すべきことがある。


「……はぁ。だから言っただろ、茶番だって」


 俺は背後で繰り広げられる勇者ショーを無視し、鉄格子を素手でグニャリと曲げてこじ開けると、気だるげに外へ出た。


「おい、アリシア。いつまで寝てんだ」


 へたり込む少女の前に立ち、俺は退屈そうに首を鳴らした。


「残念だったな。学級裁判は閉廷だ」


 俺はヨフセイと、その背後に蠢く無数の影を見据え、凶悪な笑みを浮かべた。


「判決は死刑。これからは――俺による『処刑』の時間だ。覚悟しろよ、ド三流教師」

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