72.魔王様、連行される
翌日。
俺が重い足取りでFクラスの教室に入ると、そこは劇的ビフォーアフターを遂げていた。
「おはようございます!魔王様!!」
ドスの効いた野太い声と、黄色い歓声が同時に響く。ボロボロだった床はピカピカに磨き上げられ、割れていた窓ガラスは修復され(ガムテープで)、そして教室の一番奥――かつてヨフセイが座っていた教卓の場所に、なにやら仰々しい『玉座』が鎮座していた。
黒塗りの木材に、どこから拾ってきたのか分からない動物の頭骨が飾られ、座面には真紅のベルベット(多分カーテンの端切れ)が敷かれている。
「……おい。なんだあのアホみたいな椅子は」
俺が指差すと、男子生徒の一人が誇らしげに胸を張った。
「へへっ!隣の倉庫から良さげな椅子を見つけてきて、俺たちでカスタムしたんスよ!背もたれのドクロ、カッコいいでしょ?ヴェルト様にぴったりだと思って!」
「捨ててこい。座り心地最悪だろアレ」
「ご謙遜を!ささ、どうぞ!」
俺は半ば強引に、その悪趣味な玉座に座らされた。……チッ、座り心地は意外と悪くないのが腹立たしい。すると、俺の膝の上に、当然のように何かが乗ってきた。
「……ん。ここ、特等席」
フィオナだ。彼女は眠そうな目をこすりながら、俺の膝の上で丸まり、口を開けた。
「……パパ。アイス」
「誰がパパだ。あと自分で食え」
俺はため息をつきつつ、ニーナから受け取ったカップアイスの蓋を開けてやった。フィオナは「あーん」と口を開けて待機している。
「……ヴェルト様。フィオナさんの教育的指導(物理)が必要でしたら、私が代わりますけれど?」
背後でニーナが般若の笑顔を浮かべている、マリアの英才教育の賜物だろうか。一方、クリスは「もうツッコまないわよ私は……」と遠い目をしていた。
「……ていうか、クリス。お前なんでまだここにいるんだよ」
俺はふと疑問に思って尋ねた。
昨日は勢いで流したが、こいつは公爵家の令嬢で、本来ならエリートが集まるAクラスのはずだ。
「あっちの教室に戻れよ。ここはお前みたいな優等生がいていい場所じゃねぇぞ」
「……何言ってるのよ。昨日言ったでしょ?」
クリスが心外だと言わんばかりに胸を張った。
「貴方を解明する責任が私にはあるわ。私もFクラスへ転入届を出したら……お父様に全力で止められたのよ。理事会に掛け合って『特別聴講生』が落としどころだったってわけ。忘れたの?」
「そこまでしてゴミ溜めに来たいのかお前は……。物好きな奴だな」
「勘違いしないでよね!あくまで学術的な興味よ!貴方のそのデタラメな強さの秘密を暴くまでは、絶対に離れないんだから!」
クリスが鼻息荒く宣言した、その時だった。
バーンッ!!
そんな騒がしい日常を打ち砕くように、教室の扉が乱暴に開かれた。
「――Fクラスの不届き者はどこですかッ!!」
凛とした、しかし怒気に満ちた声が響く。
現れたのは、眩しいほどに白く輝く制服に身を包み、腕に『生徒会』の腕章をつけた少女だった。光を織り込んだようなプラチナブロンドの長髪。意志の強さを感じさせる金色の瞳。その全身から、聖女とはまた違った種類の、鋭利な「正義」のオーラが立ち昇っている。
「……誰だ、ありゃ」
「……マズいわよ、ヴェルト」
クリスが顔を青ざめて囁いた。
「あれは生徒会長、アリシア・ライト・クライン公爵令嬢……!あらゆる悪を光魔法で断罪する『閃光の処刑人』って二つ名を持つ学園で一番融通が利かない相手だわ!」
アリシアは教室を見回し、玉座にふんぞり返る俺(と膝の上のフィオナ)を見て、眉をピクリとさせた。
「その狂暴そうな目...貴方がヴェルトですね?教師への暴行、器物破損、さらには教室の私物化……。報告は受けています」
彼女はカツカツと俺の前に歩み寄ると、冷徹な視線で見下ろしてきた。
「貴方を現時点で『退学処分』とします。弁明があるなら、今ここで聞き届けますが?」
教室が静まり返る。
Fクラスの連中が、不安そうに俺を見ている。……やれやれ。
(俺は仲間にしなかったが、こいつも原作でクリスの様な立ち位置にいたな。純粋で誰よりも正義を愛する少女って設定だったか?)
「退学、ねぇ」
俺はフィオナにアイスを突っ込みながら、鼻で笑った。
「そいつは実にありがたい提案だが……流石に横暴が過ぎるな。第一、俺は『正当防衛』をしただけだ」
「正当防衛?教師を空の彼方まで吹き飛ばすのが?ヨフセイ先生は今も重症で、寝たきりなんですよ!?」
「そもそも、アイツが先に手を出してきたんだぞ?教室で召喚獣まで出しやがって。危うく生徒達が消し炭だ。俺は害虫が飛んできたから払った。結果的に飛んでいった。それだけだ」
「ふざけないでッ!!」
アリシアが激昂し、全身から目映い光の粒子を放出した。
「ヨフセイ先生がそのような常識外れなことをするはずがありません!貴方のような暴力的な生徒が、我が校にいること自体が間違いなのです!自分の暴力を正当化するために、嘘をつくのはいけないことです!」
アリシアは聞く耳を持たない。典型的な「エリート脳」だ。彼女は顔を真っ赤にして、右手を掲げた。
「口の減らない男ですね……!いいでしょう、問答無用で連行します!光魔法『聖光の縛鎖』!」
アリシアの手から、目も眩むような光の鎖が射出される。
速い。
瞬きする間に俺の体に巻き付き、きつく締め上げた。
「……っ、おい。いきなり何しやがる」
「生徒会室でたっぷりと絞ってあげますから、覚悟なさい!さあ、立ちなさい!」
アリシアが鎖をグイッと引っ張る。俺の体が玉座からずり落ちた。
「ちょ、待て!アイス!フィオナのアイスがこぼれる!」
「……パパ、あーん」
「今それどころじゃねぇ!」
「ええい、抵抗するなと言っているのです!」
アリシアがさらに強く引っ張る。俺はそのまま床に転がった。
「……ふん。まあいい」
俺は抵抗するのをやめ、床に寝そべったまま、だらんと力を抜いた。
「なっ……!?な、何をしているのですか!立ちなさい!」
「いや、俺は無実を証明するために、あえておとなしく連行されることにした」
俺はズルズルと床を引きずられながら、クリスたちに親指を立てて見せた。
「安心しろ、こういうのは暴れるよりも誠実に疑いを晴らす方が効果的なこともあるんだ。摩擦で背中が熱いが、文句も言わん。これも『誠意』の証ってやつだ」
「……あんた、時々バカになるわよね」
クリスが心底呆れた声で呟いた。
「……ヴェルト様、それが『誠実』のポーズなのですか?え?新しい修行とかではなく?」
ニーナも困惑している。
「……パパ、バイバイ。使い魔アイス」
フィオナは興味なさそうに手を振り、ニーナに新しいアイスを要求している。
「ええい、歩きなさいよッ!重いんですけどッ!?」
アリシアが必死に鎖を引っ張るが、俺は脱力したまま動かない。もはやただの巨大な荷物だ。
「いやー、誠意を見せるって大変だなー」
ズザザザザ……
と、俺はアリシアに引きずられながら、埃まみれの廊下へと消えていった。教室に残されたFクラスの連中は、ポカンと口を開けてそのシュールな光景を見送っていた。
「……魔王様、捕まったぞ?」「いや、あれはきっと高度な計算の上での行動だ」「すげぇ、さすが魔王様!あえて情けない姿を見せることで油断させる作戦か!」
……どうやら、俺の評価はまた妙な方向に上がったらしい。
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