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71.Fクラスの魔王様

 Fクラスの教室に、爆炎が咲く。


 中級魔法『フレイム・ランス』。本来なら兵器としても運用されるほどの高火力な炎の槍が、至近距離で炸裂したのだ。


「ひぃっ!『風の障壁ウィンドバリア』!」「『炎のファイアシールド』!」


 取り巻きのエリート学生たちが、そしてクリスが、慌てて防御結界を展開する。それほどの熱量と衝撃波が、教室を襲ったのだ。視界が赤蓮に染まり、熱風が教室中の窓ガラスをガタガタと揺らす。


「ヴェルト様ァァァッ!!」「嘘でしょ……!?直撃……!?」


 ニーナの悲鳴と、クリスの絶望的な声が響く。教卓の側で、ヨフセイが高らかに、それはもう醜悪な笑い声を上げた。


「ハァーッハッハッハ!見たデースか!これがエリートの魔法!ゴミ掃除完了デース!跡形もなく灰になりマシタねぇ!」


 煙が立ち込める。誰もが最悪の結末を想像した。魔力ゼロの人間が、防御結界もなしに魔法を受ければどうなるか。答えは炭化だ。


 ――だが。



「……おい」



 煙の向こうから、不機嫌そうな、しかし呆れるほど平坦な声が響いた。


「煙いんだよ。換気くらいしろ」


 ヒュッ。誰かが息を呑む音がした。


 俺が軽く手を振ると、風圧だけで煙が一瞬にして霧散する。そこには、傷一つない――いや、制服にすす一つついていない俺が、退屈そうに立っていた。


「な……!?」


 ヨフセイの目が飛び出さんばかりに見開かれる。口をパクパクと開閉させ、金魚のように痙攣した。


「バ、バカな……!?直撃したはずデース!『封炎石』の中級魔法デースよ!?なぜ生きているンデースか!?」


「教師が殺人とは、世も末だな」


 俺はパンパンと手のひらを払った。


「ぬるい風が吹いたから、手で払った。それだけだ」


「て、手で払った……!?」


 教室中が静まり返る。クリスが「ありえない……魔法術式への物理干渉なんて、理論上不可能なのに……!もしかしてあの時も...ッ」とブツブツ呟き出し、ニーナだけが「流石ですヴェルト様!火遊びは危ないですからね!」と目を輝かせている。


「さて、と」


 俺はゆっくりと歩き出した。


 コツ、コツ、と靴音が響くたびに、ヨフセイがひきつった顔で後ずさる。


「く、来るな!来るなデース!この化け物がァ!」


 ヨフセイは錯乱したように懐から魔石を幾つも取り出し、デタラメに投げつけてきた。氷の矢、風の刃、雷撃。金に物を言わせて買い集めたであろう攻撃魔法の雨あられ。


 だが、俺は歩みを止めない。迫りくる魔法を、飛んできた蚊でも落とすように、裏拳で弾き、蹴りで粉砕し、あるいはただの指先だけで霧散させる。


「ヒィッ……!な、何なんデースか貴様はァァッ!」


 通常の魔法が通じないと悟ったヨフセイは、顔を引きつらせて後ずさりながら、懐をごそごそと探った。取り出したのは、禍々しい赤黒い光を放つ、ひときわ大きな魔石だった。


「こ、こうなったら、私のとっておきデース!実家の領地を担保に入れて手に入れた『魔獣の秘石』!いでよ、灼熱の化身!サラマンダー!!」


 ヨフセイが秘石を床に叩きつけると、爆発的な熱気とともに魔法陣が展開される。噴き上がる炎の中から現れたのは、体長3メートルほどの、全身が燃え盛る巨大なトカゲだった。


「ギシャァァァァッ!!」


 トカゲが咆哮を上げると、教室の気温が一気に上昇し、木製の机が焦げ臭い匂いを放ち始める。


「あれは中級魔獣『フレイム・リザード』!?精霊のサラマンダーじゃないけどBランク冒険者複数人で対応するレベルの魔獣よ、この狭い教室で暴れたら大惨事になるわ!」


 クリスが悲鳴を上げて、ニーナや他の生徒たちを庇うように前に出る。


 だが、召喚に成功したヨフセイは、先ほどの恐怖を忘れたかのように、再び醜悪な笑みを浮かべた。自分の力ではない、借り物のアイテムを手に入れた途端、気が大きくなったらしい。


「ハァーッハッハッハ!見たデースか!この圧倒的な威圧感!貴様のような魔力ゼロのゴミが、この私に逆らうなどあってはならないのデース!」


 ヨフセイは勝ち誇った顔で俺を指差し、唾を飛ばしながら叫んだ。


「これで終わりデース!さァ!地獄の業火に焼かれて死ぬがいいデース!これがエリートたる私の、真の力なのデースよォォッ!!」


「……おい」


「ギシャァァッ!」


 ヨフセイの命令を受けた炎のトカゲが、床を蹴って俺に向かって飛びかかってくる。


 口から灼熱のブレスを吐き出そうと、大きく顎を開いた、その瞬間。


「だから、暑苦しいって言ってるだろーが」


 グシャアァァァァッ!!!


 俺は面倒くさそうに、ただの右ストレートを放った。


 魔力も、スキルも乗せていない。ただの暴力的な拳圧の塊が、トカゲの顔面に炸裂した。


「ギ、ギャ……!?」


 断末魔すら上げる暇もなかった。炎のトカゲは、顔面から胴体、尻尾に至るまで、衝撃波によって瞬時に霧散した。爆ぜた火花が、まるで線香花火のように儚く散っていく。



 シーン……。



 後に残ったのは、砕け散った秘石の破片と、煙を上げる俺の拳、そして呆然と立ち尽くすヨフセイだけだった。


「は……?え……?私の、実家の領地が……全財産が……パンチ一発デ……?」


 ヨフセイが現実を受け入れられず、壊れた玩具のようにブツブツと呟いている。


「……一つ、教えてやるよ。糞ド三流」


 俺はヨフセイの目の前まで歩み寄ると、腰を抜かしてへたり込んだ彼の胸倉を掴み上げ、宙に吊るした。


「魔法の理屈なんぞ俺は知らねーがな……。『強さ』ってのは、金で買った石ころに頼って出すもんじゃねぇんだよ」


「ひっ、ひぃぃ……!」


「テメェ自身の力は空っぽか?……なんにもねーんだよ、中身が」


 俺はヨフセイの目を覗き込み、凄むように低い声で告げた。


「いいか?俺は以前、魔人まじんすらこの手でほふった男だ。それを知ってて喧嘩売ってんのか、テメェは」


「ひ、ひぃぃぃ……ッ!?ま、魔人……ッ!?」


 ヨフセイの顔から完全に血の気が引く。俺の瞳に宿る、修羅場をくぐり抜けてきた者特有の殺気を感じ取ったのだろう。


「そ、そういえば新聞で見たことがありマース……!王都で出現した魔人を倒したという記事……!で、でもアレは田舎者の与太話のはずデース……!デスが、この肌を焼くような殺気……圧倒的なこのパワー……ッ!?まさかッ!?ウソデース!アリエマセーン!」


「噂か真実か。テメェの目で見たものを信じるんだな……ま、今さら信じても手遅れだが」


「ひぃぃッ!た、助けてくだサァーイ!命だけはァァァッ!か、金なら払いマース!成績もオール5にしマース!推薦状も書きマースからァァッ!」


「……あ?いらねぇよ、そんなモン」


 俺は冷たく言い放つと、さらにドスの効いた声で続けた。


「俺は今、猛烈に機嫌が悪い。……テメェのせいで、昼寝の時間は減るわ、教室は暑くなるわで最悪だ」


 俺はチラリと、教室の隅に視線をやった。そこには、未だに潰れた焼きそばパンを見つめてメソメソと泣いているフィオナがいる。


「食べ物の恨みは恐ろしいぞ?……それに、俺の平穏な昼寝時間を邪魔した罪はめちゃくちゃ重い」


「ま、待つノデース!!!私は男爵デースよ!?教師デースよ!?こんなことをしてタダで済むと思うのデースカ……!」


「お前らがよく言う、教育的指導ってやつだ。ありがたく受け取れ」


 俺は右手を握りしめ――中指を親指に引っ掛けた。構えは、ただのデコピン。だが、そこには山をも穿つ理不尽な運動エネルギーが収束していた。


「今後は命が惜しければ、絡む相手はよく考えることだ。相手が格下だと舐めたのが運の尽きだったな」


 俺はニヤリと笑い、恐怖で顔を引きつらせるヨフセイを見下ろした。


「弱い者いじめってのは、俺のような『悪徳領主』の専売特許だ。……お前如きが俺のシマでデカい顔をするなよ」


 パチンッ!!


「さぁ、授業終了だ。失せろ」


 乾いた音が響いた瞬間。ヨフセイの身体は、砲弾のように水平に吹き飛んだ。


「デッ、デボォォォォォッ!!??」


 意味不明な断末魔と共に、ヨフセイは教室の扉を突き破り、廊下を滑空し、遥か彼方の壁に激突して星になった。キラーン、という幻聴が聞こえてきそうなほど見事な吹っ飛び方だった。



 シーン……。



 再び訪れる静寂。壁に空いた風穴と、彼が消えていった空の彼方を呆然と見つめ、クリスが震える声で呟いた。


「……嘘でしょ。あれってデコピンよね……?」


 彼女は顔を青ざめさせ、ガタガタと震え出した。


「私ですら決闘で何重にも守られた結界があって、ようやく死を免れたレベルの威力だったのよ……!生身で喰らったあの男爵、ミンチになって死んじゃったんじゃ……!?」


「安心しろ。手加減はした」


 俺はケロリと言い放った。


「死なない程度に、全身の骨が数本……いや、数十本折れる程度に力は抜いてある。回復魔法があれば三ヶ月で治るだろ」


「それが手加減!?貴方の基準おかしいわよ!!」


 クリスのツッコミを無視し、取り巻きの生徒たちが白目を剥いて逃げ出す中、俺は手を払ってフィオナの元へと歩み寄った。彼女はまだ、床の焼きそばパンを見て泣いている。


「……パン……私のパン……」


「……ほらよ」


 俺はニーナの方を向き、手を差し出した。


「ニーナ、例の鞄を貸せ」


「はいっ!どうぞヴェルト様!」


 ニーナが即座に、使い古された革の鞄を差し出す。一見するとただのボロ鞄だが、これはネロが作った特製の『保存鞄』だ。中に入れたものは、入れた瞬間の状態で時間の流れが緩やかになって保存される優れものだ。


 俺はそこから、冷気が漂うカップを一つ取り出して彼女の前に置いた。それは王女の心すら射止めた『最高級濃厚ミルクアイス』だ。ネロの鞄のおかげで、カチカチのままだ。


「焼きそばパンの代わりにはならんが、購買の争奪戦よりはレアだぞ。……泣き止め、鬱陶しい」


 フィオナが顔を上げる。涙で濡れた瞳が、冷たいカップと、俺の顔を交互に見た。


「……くれるの?死霊騎士……」


「俺はヴェルトだ。アホ言ってないんでさっさと食って寝ろ」


 フィオナはおずおずとカップを手に取り、恐る恐る蓋を開けた。付属の小さな木の匙で一口すくって口に運ぶ。その瞬間。彼女の虚ろな瞳が、カッ!と見開かれた。


「……んっ。冷たい……。……甘い……。なにこれ、魂の底まで凍てつく美味しさ……」


 彼女の周囲に漂っていた陰鬱な冷気が、スゥッと消えていく。


(……あ?)


 その光景を見て、俺の脳裏にふと、原作ゲームの記憶がよぎった。


 銀色の髪。虚ろな瞳。そして、周囲を無差別に凍てつかせる制御不能の魔力。


 確か、原作の学園パート終盤に登場する悲劇のイベントキャラ――水精霊と死霊術師のハイブリッド、フィオナ。


 強力すぎる精霊の血と、死を操る呪われた血が反発し合い、卒業式直前に魔力が暴走。多くの生徒を巻き添えに死傷させ、最後は勇者アレクに「殺してくれ」と懇願して討伐されるという、救いようのないトラウマメーカーだ。本当は水を操るはずが、そのあまりの不器用さと出力過多で、全てを氷に変えてしまうという設定だったはず。


(……まさか、コイツがあの『学園崩壊の元凶』フィオナか?いや、原作じゃもっとシリアスで神秘的な登場だったはずだが……)


 俺は目の前で、鼻の頭にアイスをつけながら「んふふ……」とだらしなく頬を緩ませている少女を見る。


(……悲劇の元凶が、焼きそばパンで泣いて、アイスで餌付け完了か...笑えねーな)


 フィオナは頬を赤らめ、空になったカップを宝物のように抱きしめると、俺を見上げてうっとりと呟いた。


「……決めた。貴方が私の新しい『契約者パパ』ね」


「は?」


「一生、このアイスを貢いでくれるなら……私の力、好きに使っていいわよ?」


「いらん。働け」


 俺が即答してチョップを入れると、フィオナは「あうっ」と声を上げて、また机に突っ伏した。だが、その表情は先ほどまでの絶望とは違い、どこか安らかな寝顔だった。


 やれやれ、と俺が息をついて振り返ると。


 クリスとニーナ、そしてFクラスの他の生徒たちが、信じられないものを見る目で俺を凝視していた。その目は、「落ちこぼれ」を見る目ではない。「触れてはいけないタブー」を見る目でも、もはやなかった。そこに宿っていたのは――純粋な称賛と、歓喜の光。数秒の沈黙。


 そして――。


「「「す、すげぇぇぇぇぇッ!!!」」」


 爆発的な歓声が、ボロ校舎を揺らした。


「おい見たかよ!あのクソ教師、星になって消えたぞ!」「デコピン一発だぜ!?防御結界ごとブチ抜いたぞ!」「あいつ、やっぱり噂の『魔人殺し』だったんだ!すげぇ!本物が俺たちのクラスにいるぞ!サインください!」


 生徒たちが、興奮冷めやらぬ様子で俺に詰め寄ってくる。


 その目に宿っているのは恐怖ではない。抑圧された環境で虐げられてきた者たちが、理不尽を打ち砕く「力」を目撃した時の、純粋な歓喜と憧れだった。


「あ、あんた名前は!?ヴェルトって言うのか!?」「やってくれたなオイ!最高の気分だぜ!」「一生ついていきます兄貴ィィッ!!」


「……おい、寄るな鬱陶しい」


 俺が顔をしかめても、お構いなしだ。むしろ「孤高でカッコいい!」とさらに盛り上がっている。


「はぁ……。もう誤魔化せないわよ、ヴェルト」


 クリスがやれやれと肩をすくめ、しかしどこか晴れやかな顔で笑った。


「あんなデタラメな強さを見せつけられたら、誰も貴方を『落ちこぼれ』だなんて思わないわ。……悔しいけど、私もスカッとしたわよ」


「素敵ですヴェルト様!今のデコピン、ヨフセイさんが吹っ飛んでいくときの回転が完璧でした!皆様もようやくヴェルト様の偉大さに気づいたようですね!」


 ニーナも誇らしげに胸を張り、なぜか生徒たちに向かって手を振っている。


 拍手と歓声。


 「魔人殺し!」「英雄!」誰かが、震える声で呟いた。「……いや、あのふてぶてしさ……英雄なんてタマじゃねぇ」「……あぁ、間違いない」「ありゃあ、『魔王』だ……!」


 その言葉が、さざ波のように教室中に広がっていく。


「魔王!魔王!魔王!」「俺たちの魔王万歳!!」


 こうして。俺の「静かに暮らす」という計画は、転入初日にして木っ端微塵に粉砕された。


 その代わりに――Fクラスの生徒たちによる熱狂的な「魔王」コールの中で、学園の異端児にして絶対的な支配者。


 Fクラスの「魔王(仮)」が、爆誕したのだった。

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