69.悪徳領主は最底辺クラスに入る
決闘からわずか数時間後。呼び出された学園長室で、派手なメイクと香水の匂いを漂わせた筋肉バキバキの学園長が、厚塗りのファンデーションがひび割れそうなほどの満面の笑み(ただし目は笑っていない)で宣告してきた。
目の前にいるのは、王立学園のトップ、ベルガモット学園長。
原作でも「心は純情乙女、体は鋼鉄の破壊神」として、プレイヤーの度肝を抜いた名物キャラだ。
はち切れんばかりの大胸筋にフリルのついたブラウスを無理やり纏い、丸太のような指先には繊細なネイルアート。その姿は「オネエ」というジャンルすら超越した物理的な圧力を放っているが、この世界でもその濃すぎるキャラクター性は健在だったらしい。
「――というわけでぇ、アークライト卿? 貴方には特設Fクラスへの転入を命じるわァ♡」
野太いバリトンボイスに、無理やり致死量の糖分をぶち込んだような猫なで声が鼓膜を震わせる。
俺は引きつりそうになる頬を必死に抑え、努めて冷静に切り返した。
「Fクラス……。確か、素行不良の貴族とか、魔力が欠落した落ちこぼれが放り込まれる旧校舎の吹き溜まりだよな?俺は一応、試験をパスして入った正規の生徒なんだが」
「なぁに寝ぼけたこと言ってるのかしらァ!?」
学園長がバァン!と机を叩き、クネクネと指を突きつけてくる。
「なかったでしょぉぉその魔力がぁぁぁ!入学試験の水晶判定、貴方の数値は測定不能のエラー!つまりゼロ!ゼロゼロのゼロなのよぉ!アナタ、自分の置かれてる状況分かってるのぉ!?」
「……おい、待てよ。俺は教会から『勇者アレクの監視役』として送り込まれたんだぞ?話が通ってないのか?」
俺は眉をひそめて問い質した。
俺がこの学園に入学したのは、勇者アレクの成長を見守り、暴走しないように監視するという密命を帯びてのことだ。当然、学園側にも話が通っているはず――だったのだが。
「はァ~?勇者の監視ィ?そんな夢の話はよしてちょーだいッ!」
学園長は呆れたように手をひらひらと振った。
「勇者様は聖なるAクラス!貴方みたいな魔力ゼロの落ちこぼれが、どうやって高貴な勇者様と関わるって言うのよォ!妄想も大概になさい!これだから田舎貴族は困るのよネェ……」
(……なるほど。そういうことか)
俺は瞬時に状況を理解し、内心で舌打ちをした。教会も一枚岩じゃない。俺を送り込んだ大司教派とは別の、俺を快く思わない対立派閥が裏で手を回したんだ。学園側に俺の情報の「肝心な部分」を伏せ、ただの「魔力なしの不適合者」として処理させたに違いない。
「……分かったよ。Fクラスに行けばいいんだろ」
「ウフフ、分かればいいのよォ。せいぜい、日陰でカビが生えないように気をつけることネ!」
こうして、学園最強の天才を打ち負かした俺は、その直後、学園側から「身の程知らずの妄想癖がある落ちこぼれ」と判断され、物理的に隔離された最底辺のFクラス行きを決定づけられたのだった。
◆
「……で、なんでお前が当然のように俺の横で頷いてるんだよ。ドラグノフ令嬢」
学園長室を出た俺が視線を向けると、そこには新調した(というより、実家から超特急で取り寄せた予備の)制服に身を包んだクリスが、鼻を高くして立っていた。
「当然でしょう?貴方を解明する責任が私にはあるわ。だから私もFクラスへ転入届を出したら……お父様に全力で止められたから、理事会に掛け合って『特別聴講生』としての許可をむしり取ってきたわよ!」
「そこまでしてゴミ溜めに来たいのかお前は……。物好きな奴だな」
「勘違いしないでよね!あくまでこれは学術的な調査目的!貴方の隣にいたいわけじゃなくて、貴方の異常な数値を一番近くでサンプリングしたいだけなんだから!」
「はいはい。……で、いつまで指を突きつけてるんだ、ドラグノフ」
「っ!だから!なんでさっきから頑なに『ドラグノフ』なのよ!クリスって呼びなさいよ!私は貴方の……その、一番近くでデータを取る人間になったのよ!?理論的に考えて名前呼びによる親密度の構築が妥当だわ!」
「親密度とかいらん。あと近い」
俺が手で追い払おうとした、その時だ。
ズンッ……ズンッ……。
地響きのような、重く、不穏な足音が背後から近づいてきた。
ギャーギャーと騒ぐクリスの横から、すっと控えめに、しかし質量を伴った不思議な重圧を放ちながらニーナが割り込んだ。
見た目は華奢で、守ってあげたくなるような可憐な美少女だ。制服も清楚に着こなしている。だが、彼女が一歩踏み出すごとに、廊下の床板が「ミシッ、ミシッ……」と悲鳴を上げ、物理的に沈み込んでいるのは気のせいではないだろう。
「……あの、クリス様。ヴェルト様を名前で呼ぶには、それなりの覚悟と……主従の『重み』が必要なんです。あまり馴れ馴れしくされると、私の心が少し……ざわついてしまいます」
ニーナは困ったように眉を下げ、潤んだ瞳でクリスを見つめた。
その表情は儚げだ。だが、胸の前でギュッと握りしめられたその拳からは、パキパキと骨が軋む硬質な音が漏れている。彼女の周囲だけ、重力が歪んでいるかのようなプレッシャーが漂っていた。
「な、なによ……」
クリスが本能的な生存本能に突き動かされ、顔を引きつらせて数歩後ずさる。
「見た目はこんなにか弱そうなのに、言ってることの物騒さと威圧感が熊か何かなんだけど……!?」
クリスの悲鳴に近いツッコミに、ニーナはハッとして、虚空を見つめながらガタガタと震え出した。
「……マリアさんが仰っていました。『ヴェルト様に色目を使う泥棒猫は、内臓をブチ撒けて豚の餌に……』あ、あわわ!違います!とにかく、不純な動機で近づく方は、私が身を挺して止めなきゃいけないんです!」
「い、言ってることの内容がサイコパスなんだけど!?っていうか、マリアって誰よ!?ヴェルト、貴方の家、どんな教育してるのよ!?」
「……俺も知りたいよ」
俺は遠い目をした。マリアの英才教育(洗脳)は、この純朴な聖女の精神(と筋肉)に深く刻み込まれてしまっているようだ。
「だ、だって、そうしないとマリアさんに『解体』されちゃう気がして……!ヴェルト様、私、この看板を磨いて心を落ち着かせますぅ!」
ニーナは涙目で叫ぶと、手に持っていた雑巾で「1-F」と書かれたボロボロの看板を拭き始めた。
ゴシゴシゴシッ!!
凄まじい速度と圧力だ。木製の看板が削れ、摩擦熱で煙が上がりそうだ。
「……ニーナ。磨くのはいいが、粉砕するなよ」
俺はこれ以上ここにいると頭痛が悪化しそうだったので、逃げるように教室の扉を蹴った。
◆
バンッ!
乾いた音と共に扉が開く。舞い上がる埃。カビ臭い空気。そこには、俺と同じように「学園の秩序に馴染めない」数人の生徒たちが、死んだような目で座っていた。
その中で、一際異彩を放つ場所があった。
一番窓際の席。本来なら陽の光が差し込む特等席のはずなのに、そこだけまるで北極圏のような冷気が漂い、窓ガラスにはびっしりと霜が張り付いている。
冷たい冷気を纏いながら、物凄く「働きたくなさそう」に机に突っ伏している少女がいた。
手入れのされていない長い銀髪をだらしなく垂らし、こちらの侵入者に気づくと、ナマケモノのような速度でゆっくりと顔を上げた。
色素の薄い肌。整ってはいるが、生気を全く感じさせない虚ろな紫の瞳。彼女は俺の顔をじっと見つめ――ふと、その瞳に微かな(そして間違った)希望の光を宿した。
「……あ。……来たのね」
少女はよろりと立ち上がると、震える指先で俺を指差した。
「私の『魂の代償』を捧げて呼び出した、異界の死霊騎士……」
「……は?」
俺が眉をひそめると、彼女はボロボロのローブを翻し、陶酔したように語り始めた。
「私はフィオナ。ただのフィオナ……見ての通り、世界を闇に染めるはずだったのに、魔力系統が狂って自室の扉すら凍りつかせて開けられなくなった、悲劇の死霊術師よ。……まさか、私の召喚に応えて、こんな『生意気そうな生者』が来ちゃうなんて……誤算だわ。召喚陣間違えたかしら……」
彼女がそう呟いた瞬間、感情の起伏に呼応したのか、彼女の周囲に漂う不浄な冷気が荒ぶり、机の上に置いてあった空の試験管がパキリと凍りついて割れた。
(……召喚?死霊騎士?いや、俺は普通に転入してきただけなんだが)
どうやらこのクラスには、まともな奴はいないらしい。俺はフィオナの前の席にどっかと腰を下ろし、盛大にあくびを一つした。
「あー……。悪いが、俺は死体じゃないし、お前に呼び出された覚えもない。ただ、学園から異分子認定されてここに放り込まれただけだ。よろしくな、勘違い死霊術師?」
俺がにべもなく否定すると、フィオナの表情が凍りついた。
「……え?召喚……じゃないの?」
「違うな。俺は生きてるし、足もある」
「じゃあ……じゃあ、私のこの一週間の引きこもり生活と、血の契約(ただの指のささくれ)は何だったのよ……」
フィオナの目から、スーッと光が消えていく。彼女は糸が切れた人形のようにガクリと崩れ落ち、再び机に顔を埋めた。
「……もういい。死にたい。やっぱり世界は私に優しくないのね。……ねぇ、そこの生者。私をその理不尽な腕力で葬り去って……苦しまないように一撃で……」
その姿は、生前かつてどこかで見た「働いたら負け」という信念が書かれたTシャツを思い出した。死霊術師というより、ただのニート予備軍だ。
「ヴェルト様!この方の魔力、すごく……不健康です!」
いつの間にか看板磨きを終えたニーナが、ドスドスと近づいてきた。彼女はフィオナの周囲に漂う冷気を見ても寒がるどころか、むしろ「整えがいがある」と言わんばかりに腕まくりをしている。
「魔力の流れが滞って、冷え性みたいになってます!私が『マッサージ』してあげた方がいいでしょうか!肩甲骨を剥がせば治るかもしれません!」
「ひっ……!や、やめて……!こわい!肩甲骨ごと魂も剥がされる……!」
フィオナが怯えて机にしがみつく。
「ちょっと!私を無視して勝手に盛り上がらないでよ!私はこの子のこの不規則な冷却現象もデータに取らなきゃいけないんだから!」
今度はクリスが割り込んできた。彼女は興奮した様子でノートを広げ、フィオナの至近距離で魔法計を振り回し始める。
「すごいわ……!彼女の周囲は氷点下なのに、体温は平熱を維持してる!これは魔力暴走による恒常的な吸熱反応ね!ねえ、ちょっと血液採取させてくれない?あと骨密度も測らせて!」
「……あ、やめて。私のパーソナルスペースを侵さないで。……死にたい、でも痛いのは嫌。……あ、そこの死霊騎士(仮)、パン買ってきて。焼きそばパン」
フィオナはニーナの暴力とクリスの狂気に挟まれながら、現実逃避するように俺に使い走りを要求してきた。
「誰が死霊騎士だ。自分で買いに行け」
「……無理よ。この教室から出たら、太陽の光で溶けちゃうもの。……あと、購買のおばちゃんが怖いの」
「知るか」
俺は頭を抱えた。勇者の監視。魔導理論解析娘。そして、自称ネクロマンサーの引きこもり。……静かな学園生活という目標は、入学初日にして完全に粉砕されたらしい。
ちなみにネロはといえば、裏で手を回して『特別外部研究員』兼『古書庫管理補助』として学園に潜り込んでいるはずだが。あいつのことだから、何かロクでもないことを企んでいるに違いない。まぁ、少なくとも今はここにいないので静かなのが救いだが、嵐の前の静けさのような気もする。
(『特別外部研究員』兼『古書庫管理補助』って何するんだろうか)
教室内を見渡せば、他にも隅っこでブツブツと独り言を呟きながら壁に数式を書き殴っている少年や、巨大な鉄球を枕にして熟睡している巨漢など、一癖も二癖もある連中ばかりだ。ここは教室というより、動物園だ。
「……学園生活、な。これ、卒業まで建物が保つのか?」
俺の虚しい呟きに答える者はなく、ただ廊下から聞こえるニーナの破壊的な足音と、クリスのヒステリックな叫び声、そしてフィオナの「……お腹すいた……働きたくない……来世はクラゲになりたい……」という呪詛のような呟きが、不協和音となって響き続けていた。
その時。
バーーーーーンッ!!
教室の扉が、誰かに蹴破られたかのように乱暴に、かつ無駄に優雅に開け放たれた。一瞬で静まり返る教室。入ってきたのは、フリルが過剰についた派手なコートを羽織り、神経質そうな細い顔立ちに三日月のような意地の悪い笑みを浮かべた男だった。
「……オオゥ!相変わらず、ここはドブ川のような臭いがしマースね!」
男はレースのハンカチで鼻を押さえ、露骨に顔をしかめた。その視線は、俺たち生徒を「生徒」として見ていない。ただの汚物を見るような目だ。
「席に着くデース、落ちこぼれ共!……今日から貴様らの担任をしてあげることになった、エリート中のエリート!ヨフセイ・バレッタ・ドーシ男爵デース!」
男爵――ヨフセイは、教卓に鞄をドンと叩きつけると、蔑むように教室を見渡した。
「いいデスカ?貴様らは学園の恥晒しなんデース。私の授業では、無駄口も、質問も、存在すらも許しマセン。ただ黙って、私の高貴な言葉を有り難く拝聴すればいいのデース!……特に!」
ビシィッ!とヨフセイの大げさなアクションと共に繰り出された指が、ニーナと俺を指差す。
「そこの平民上がりの薄汚い女と!魔力ゼロの欠陥品!」
「……欠陥品?」
「貴様らがここにいるだけで、教室の品格が下がりマース!息をするのも遠慮して欲しいデースね!……分かったら返事をしないカ、クズ共がァ!この後の午後の授業は覚悟するのデースね!」
最悪だ。生徒も生徒なら、教師も教師。どうやらFクラスには、まともな人間は一人もいないらしい。キャラの濃さが渋滞を起こしている。
俺は深く、深く椅子に沈み込み、目を閉じた。アークライト領での、モンスターと戦っていた日々の方が、よほど平和で文化的だった気がするのは、きっと気のせいではないだろう。
(いや、原作にこんな教師いたか?)
こうして、俺の悩みの種がまた一人増えたことを確信しながら、Fクラスでの波乱に満ちた授業が始まろうとしていた。
学園編、個人的には今ちょうどノってきた感覚なんですが、皆さん的には「どれくらい続くと嬉しい」ですか?
一言でも感想もらえると、今後の構成の参考になります。




