67.理論の天才 vs 物理の理不尽
第一訓練場。円形闘技場の周囲には、学園が誇る精鋭魔導師たちが等間隔で配置されていた。
彼らが展開しているのは、古代魔導具を核とした重層的な『結界』だ。
闘技場内で受けた致命的なダメージを瞬時に「疑似的な衝撃」へと変換し、肉体の損壊を防ぐ安全装置。これにより、生徒同士であっても文字通り「死ぬ気」での全力決闘が可能となっている。
観客席は、新入生から上級生、さらには一部の教師たちまでが集まり、異様な熱気に包まれていた。だが、その熱の正体は期待ではなく、残酷な処刑を待つ見物人の興奮に近い。
「……ヴェルト様、本当に大丈夫なんですかぁ?」
隣でニーナが不安そうに俺の袖を引く。彼女の指先は小刻みに震えているが、それは恐怖というより、周囲から向けられる悪意への戸惑いだろう。
「ルールは単純だ。どちらかが降参するか、あるいは行動不能と判断されるまで。結界があるから死にはしないが、痛みはそのままらしいな。ニーナ、お前は気楽にネロとあそこでアイスでも食べてろ」
「ヒヒッ。悪徳領主、あのお嬢様……本気だぜ。魔力の構成が『殺す気満々』だ。ありゃあ、理論だのなんだの言いながら、お前を消したくて仕方ねぇんじゃねーか?おっかね~」
ネロがニヤニヤと笑いながら指差す先。
クリスティーナ・アー・ドラグノフは、細剣の柄を白手袋の手で握り締め、精神を統一していた。彼女の周囲の大気が、数式に変換された魔力の粒子によって淡く白く発光している。
そこへ、恰幅の良い中年男が中央へ歩み寄る。先ほど受付で俺を追い出そうとした理事の男、バルザスだ。彼はこの学園の教師も兼任しており、今回の決闘の審判を自ら買って出たらしい。
「――静粛に!これよりアークライト卿とドラグノフ令嬢による決闘を行う。審判はこの私、バルザスが務める。双方、前へ!」
バルザスは俺を忌々しげに睨みつける。
その目は、俺が「最強」のクリスに無様に敗北し、絶望の中で学園を去る姿を今か今かと待ち望んでいた。
「……準備はいいかしら。野蛮人」
クリスが目を開ける。その碧い瞳には一切の迷いがない。
「貴方がどうやってあの水晶を壊したかは知らないけれど、私の前で『未知』は存在し得ない。全ての事象は私の理論によって解明され、制御される。貴方の勝率は、演算を繰り返すたびに収束していくわ。……限りなく、ゼロにね」
「そうか。じゃあ、その『ゼロ』をひっくり返してやるよ。……審判、さっさと始めろ。腹が減ってきた」
「ふん、その減らず口も今のうちだ。……決闘、開始ィッ!!」
バルザスが勝ち誇ったように腕を振り下ろした。
「『因果の連鎖』――起動!」
開始の瞬間、クリスの周囲から数十の火球が放たれた。
だが、それはただの火球ではない。それぞれが異なる質量、加速度、そして「俺の回避先」を完璧に先読みした軌道を描いている。
(流石、天才と呼ばれるだけはある。大したもんだ)
「右へ動けば重圧、左へ動けば真空、止まれば爆発。……逃げ道は計算上に存在しないわ!貴方がどれほど頑丈だったとしても限界がある、因果の網からは逃げられない!」
観客席がどよめく。
一拍。
爆発的な轟音が闘技場に響き、俺が立っていた場所は完全に炎と熱線に包まれた。土煙と魔力の残滓が視界を遮り、誰もが「終わった」と確信した。
「……。ふん、手応えすらないわ。やはり非論理的な人間は脆弱ね。エネルギー保存の法則に従って、灰に還りなさい」
クリスが勝利を確信し、細剣を収めようとしたその時。
「……おい。勝手に殺すなよ」
もうもうと立ち込める炎の中から、煤一つ付いていない俺が、あくびをしながら歩いて出てきた。
「な……っ!?直撃……。確かに座標は固定されてたわ!貴方の身体を貫いたはずよ!なぜ物理的な損壊が観測されないの!?」
「座標だのなんだの、小難しいんだよ。……ほら、次。もっとマシなのあるだろ?」
俺は、ほれほれと無造作に手招きする。その挑発的な態度に、クリスの顔が屈辱で赤く染まった。
「……貴方、まさか魔力抵抗すらしていないの?ただそこに立っていただけ!?」
「ああ。お前の魔法、なんて言うか……『密度』が足りないんだよな。もっとこう、ズシッとくるやつはないのか?」
事実、彼女が放った数千度の熱線は、俺の肌に触れる直前で霧散していた。Lv.80の防御力――。それが「成長率10倍」のデバッグ補正によって、本来の想定を遥かに超えた絶対的な強度へと変貌している。
もはやこれは「硬い」のではない。物理法則そのものが俺の肉体を傷つけることを拒絶していると言ってもいい。
(……確か、この時期の学園パートのキャラは大体Lv.20前後だったはずだ)
Lv.が全てというわけでは無いが、この世界において、このLv.は絶望的なまでの「差」となりえる数値だ。
「あり得ない……非論理的だわ、そんなの数学的に許されない!」
クリスの表情が、余裕から焦燥へ、そして狂気的な執着へと変わっていく。
「再演算よ!貴方の『存在の定義』を、私の魔導で、根底から書き換えてあげるわ!」
彼女は再び細剣を掲げ、魔法陣を幾重にも重ね始めた。その緻密な構築速度は、まさに天才のそれだった。
「物質には必ず固有の振動数があるわ。それを共振させれば、ダイヤモンドだって砂に変わる。貴方の肉体は耐えられるかしら!」
高飛車に言い放つクリスの背後に、見たこともないほど巨大で複雑な立体魔法陣が展開される。
彼女のプライドが、そして彼女が信じる世界の理が、俺というバグを排除するために牙を剥こうとしていた。
「おいおい......さっきからマジで殺しにきてないか?ルールに沿った決闘って忘れてるんじゃねーだろうな?」
ニヤリと笑い、俺は一歩、地を踏みしめた。
「……まぁいい、お前のその『理屈』ごとブチ壊してやるよ」
ただの足踏みが、闘技場の石畳を粉砕し、衝撃波を撒き散らす。絶叫に近いクリスの詠唱が、静まり返った闘技場に響き渡った。
「あんまり俺を舐めるなよ、お嬢様」
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