66.波乱万丈の入学試験
漆黒の魔法馬車が、王都『ルミナ・ガルディア』の喧騒を離れ、霧深い森の先にそびえる白の学府――王立魔法学園の巨大な鉄扉の前に停まった。
馬車から降り立つと、今期に入学する多くの新入生たちが既に集まっていた。刺繍の施された高価な法衣を纏う貴族の師弟、あるいは才能を見出された特待生。彼らが放つ希望と魔力の残滓が混じり合う中、俺の登場は一際異質な静寂をもたらした。
「……おい、あれを見ろ。アークライト家、悪徳領主の『豚』が本当に来やがったぞ」「なんか噂と違って随分と引き締まっているようだが、あのふてぶてしい目つき。新聞の『英雄』なんてのは、どうせ王家が担ぎ上げた虚像だろうよ」
突き刺さるような好奇の目と、隠しきれない蔑みの囁き。
だが、その冷ややかな空気は、俺の姿と隣に控える連中の姿が露わになるにつれ、一気に「失笑」へと変わっていった。
「な、なんだあの従者の女……運動着か……?神聖な学園の門を、あんな恰好でくぐるつもりか?」「ここは魔法を学ぶ場だぞ、アークライトの趣味も相当に低俗らしいな、ははっ」
周囲の貴族生徒たちが、袖で口元を隠しながらクスクスと笑い声を漏らす。ニーナはその重苦しい視線に耐えかねたように、俺の袖を不安げに引いた。
「ヴェルト様、すごい視線ですよぉ……。やっぱり私、この格好はマズかったんじゃ……。それに、ヴェルト様まであんなにボロカスに言われて……私、悲しいです……」
「ニーナ、気にするな。ジャージはお前のアイデンティティだろ。周りを見てみろ。あいつら、お前の姿を見て、俺のことを『常識すら教えられない無能な主』だと確信してる。俺の無能評価がうなぎ登りだ。お前はそのままでいい。お前のその『場違い感』こそが、俺が影としてひっそりと学園生活を過ごせる鍵になるんだ」
「そ、そういうものなんでしょうかぁ……?」
ニーナは首を傾げながらも、納得したように頷いた。
「……なんだあのガキ?魔法の『ま』の字も知らなそうな小僧じゃないか。」「どうせアークライトの遊び相手を無理やりねじ込んだんだろう、無能には無能がお似合いだ」
一方、反対側に立つネロは、欠伸をしながら古ぼけた魔導書をめくり、周囲を小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「ヒヒッ。聞こえるか悪徳領主?『無能には無能がお似合い』だってよ。身の程知らずの有能サマたちから最高のお墨付きを頂いたな」
「ああ。これ以上ない歓迎だな」
俺は口角をわずかに上げ、浴びせられる嘲笑の嵐を切り裂くように堂々と突き進む。そのまま、怯える受付係を無視して、恰幅の良い理事が待ち構えるデスクへと向かった。
◆
「アークライト子爵、ヴェルトだ。これが入学許可証だ」
俺は大司教ガリエルから突きつけられた、王家の紋章と教会の聖印が並ぶ羊皮紙を無造作に放り出した。
本来なら、これ一枚で全ての手続きは完了し、俺は静かな寮生活へ直行できるはずだった。
だが受付にいた恰幅の良い中年理事は、書類を一瞥もせずに鼻を鳴らした。
「……確かに本物のようですが。アークライト卿、困りますな。このような『紙切れ』一枚で、誰でも入学できるほど我が学園は安くないのですよ」
「……あ?入学証があるのに拒否するってのか?」
「『精査』が必要だと言っているのです。貴殿のように、魔法適性が疑わしい者が不当なコネで入学することは、真面目に努力してきた他の生徒への冒涜です。ましてや魔力放出値が『ゼロ』という噂まであるというじゃありませんか。魔法を扱えぬ者が何を学ぶというのです」
男は隣にいた教会の神官と目配せをし、不快な笑みを浮かべる。
「よって、貴殿が本当にその『推薦に値する力』をお持ちなのか、全生徒の前で『再試験』を受けて証明していただきたい。もし拒むなら、推薦状の内容に疑義があるとし、この場でその紙は没収。入学は却下となります」
目の前の理事が、さも名案だと言わんばかりに鼻の穴を膨らませて宣った。
俺は、差し出されたその「再試験の通達」を鼻先で笑い飛ばした。
(……はぁ。この馬鹿、自分が何を言ってるのか分かってんのか?)
この推薦状には大司教の直筆署名と聖印がある。教会の組織論で言えば、下位の役人がこれに異を唱えること自体が反逆にも等しい暴挙だ。
恐らくこの男、王都での枢機卿の末路も、俺が大司教と交わした「休戦」の重みも、何一つ理解していないのだろう。ただ、目の前の「気に食わない田舎貴族」を貶めるという目先の欲に目が眩み、組織の絶対的な序列すら忘れてしまっている。
(救いようのないアホだな。……ま、王都の狸どもに比べりゃ、こいつの悪巧みは幼稚園児の砂遊びだ。見え透きすぎてて、欠伸が出るぜ)
俺は、わざとらしく溜息を吐き、耳の裏を掻いた。
「いいだろう。受けてやるよ」
俺が不敵に笑うと、男は「罠に嵌まった」と確信したような下卑た笑みを浮かべた。
◆
案内された先は、学園最大の施設である『大講堂』だった。既に噂を聞きつけた数百人の生徒たちが観客席を埋め尽くし、壇上の巨大な『真理の水晶』を見守っていた。
「静粛に!これよりアークライト卿の再試験を行う!」
男が勝ち誇ったように叫ぶ。俺はのっそりと水晶の前に立ち、ひんやりとしたその表面に右手を置いた。
一秒、二秒、三秒。……沈黙。
通常なら、属性に合わせた魔力の光が溢れ出すはずの水晶は、不気味なほど沈黙を守っている。
「……ハッ。ハハハハハハ!」
男が耐えきれず、腹を抱えて笑い出した。それを合図に、講堂を埋め尽くす数百人の生徒たちからも、爆発的な嘲笑が巻き起こる。
「微量でも魔力が扱えれば子供でも反応する水晶が全く反応しないではないか!つまり数値は『ゼロ』だ!聞いたか諸君!この男、正真正銘の『無能』だ!マッチの火程度も出せぬゴミに、この学園に居る資格など――」
地鳴りのような罵声が降り注ぐ中、俺は冷めた目で、笑い転げる男を見据えた。
「……おい、試験官。そんなにこの水晶の反応が重要なのか?」
「当たり前だ!ここは『魔法』がすべてを決める場所だぞ?貴様に価値など――」
「そうか。……なら、その『魔法』とやらを見せてやるよ。破壊の魔法だ」
「何を馬鹿な、その水晶を破壊しようとでも言うのか?これだから学のない奴は。その水晶は国宝級のアーティファクト!魔王の一撃ですら破壊することは不可能ー」
俺は水晶に置いていた手に、わずかに「力」を込めた。魔力ではない。Lv.80、筋力3200。デバッグ用に放置された、世界の物理法則を根底からバグらせる「質量」の暴力。
――パキンッ。
小さな、しかし不吉な音が響いた瞬間。国宝級の硬度を誇るはずの『真理の水晶』に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
バキバキバキバキバキッ!!
「な……ッ!?水晶が……!?バカな、魔力はゼロのはずだ!どういうこ……ぐ、ああああっ!!」
俺が指先を軽く弾いた瞬間。
バリンッ!
巨大な水晶は、外部からの圧倒的な圧力に耐えかね――粉微塵の砂へと還った。
「ほら壊れたぞ。……弁償はアークライト家につけておけ」
静寂。絶句する全校生徒の間を、俺は堂々と歩き出した。
「魔法がすべてを決める場所」――その傲慢な常識を、物理という名の理不尽で粉砕した瞬間だった。
◆
「――そこまでよ。無礼な野蛮人」
凛とした、しかし研ぎ澄まされた刃物のような鋭さを持った少女の声だった。
「……なんだ、あんたは」
振り返ると、そこに一人の少女が立っていた。燃えるような長い赤髪を高い位置でポニーテールにまとめ、理知的で美しい顔立ちには、周囲を威圧するような気高さと、どこか神経質なまでの潔癖さが同居している。
「クリスティーナ・アー・ドラグノフよ。……周りには『クリス』と呼ばせているけれど。貴方にまでその許可を与える気は無いわ」
一度言葉を切り、彼女は冷徹な眼差しで俺を射抜く。
「それより……悪徳領主ヴェルト。貴方、自分が何をしたか、論理的に理解できているのかしら?」
クリスは腕を組み、すらりと伸びた長い脚を一歩踏み出した。
クリスティーナ・アー・ドラグノフ。
原作では、この国の魔導理論を塗り替えたと言われる天才であり、今年の新入生で「最強」と名高い、名門公爵家の令嬢だ。
(確か、学園パートのダンジョン探索で一時的に仲間になるお助けキャラだったな…物語の主軸には殆ど関わって無かったはずだ)
彼女の周囲には、意識せずとも漏れ出るほど濃密な火属性の魔力が陽炎のように揺らめいている。その気迫は、周囲にいた生徒たちが思わず後ずさるほどだった。
(…自分を『クリス』と呼ぶ許可は与えないとか言いながら、初対面の俺のことは『ヴェルト』と愛称で呼ぶのかよ。さすがは最強の令嬢サマだ、論理的な思考の中に『自分への甘さ』もしっかり組み込まれてるらしいな)
俺は心の中で毒づきながら、その「最強」とやらの顔をじっと見つめた。
「何をしたかって?……見ての通り、なぜか水晶が”勝手に“壊れただけだろ」
「白々しい。論理的に考えて、あの水晶に掛かっている強固な術式が自然に崩壊するなどあり得ないわ。貴方が何らかのイカサマをして、魔法そのものを侮辱した……。その事実に、私の理性が激しい嫌悪を覚えているのよ」
クリスは腰に帯びた細剣の柄に、白手袋をはめた指をかけた。
「納得いかないわ!なぜ貴方のような男に王家からの入学許可が下りているの?聞けば聖教会も一枚嚙んでいるらしいじゃない……」
「そんなこと、俺に言われてもな」
「しらばっくれようとしても無駄よ!ここから導かれる答えは一つ。貴方は不当なコネを使って入学しようとしている紛い物。この学園には『ふさわしくない』わ」
「……ふぅん。ふさわしくない、か」
「ええ。私と『決闘』なさい!もし私が勝ったら、貴方は自分の無能を認めて、今すぐこの学園から退学するのよ。魔法が使えない無能が、エリートの席を奪っていること自体が、知的冒涜なんだから」
彼女の碧い瞳が、冷徹な理性の光を宿して俺を射抜く。
俺は、重いため息をついた。
正直に言えば、これ以上目立つのは本意じゃない。
(……せっかく大人しく、静かに隠居生活を送るつもりだったのによ。どいつもこいつも、俺の平穏を邪魔しやがって……まぁ勇者がいる以上、どっかしらで面倒ごとには巻き込まれていただろうけどな)
「……負けたら退学、か。いいぜ。じゃあ、逆に俺が勝ったら何をしてくれるんだ?」
「……は?貴方が私に勝つ?」
クリスは心底心外だと言わんばかりに、鼻で笑った。
「貴方分かってるの?私はこの国の魔導理論を最適化した、自分で言うのも烏滸がましいけど天才よ。対して貴方は魔力放出値ゼロの無能。魔法を使えない人間が、魔法の極致に挑む……計算するまでもなく勝率はゼロよ」
「おいおい、そんなに断言していいのかよ。この世に絶対なんてないぜ?……万が一ってこともあるだろ?」
「…………万が一?」
その言葉が、彼女の「完璧な理論」を侮辱したように聞こえたのだろう。クリスはこめかみに微かな青筋を浮かべ、不敵に笑いながら身を乗り出してきた。
「……面白いわね。論理を否定して奇跡を夢見るその厚顔無恥さ。いかにも三流の野蛮人らしくて、反吐が出るほど不快だわ。そこまで言うなら、その『万が一』が起きた時のチップを用意してあげる」
クリスは長い赤髪を指先で弄りながら、冷ややかに宣告した。
「万が一、億が一にでも、隕石でも落ちてきて私が負けるようなことがあれば……貴方をその胡散臭い新聞記事通り『英雄』として認めてあげるわ。いいえ、それだけじゃ対価として不釣り合いかしらね」
クリスは不敵に口角を上げ、自身の胸元に手を当てて高らかに宣言する。
「ドラグノフ公爵家の名に懸けて誓うわ。もし私が負けたら、貴方の『従者』にでも何にでもなってあげる。私の将来も、この身の自由も、すべて貴方に委ねてあげると約束しましょう。……あり得ない仮定の話だけれど、これなら不満はないかしら?」
彼女は一歩踏み込み、獲物をいたぶるような笑みを深めた。
「どうしたの?……怖くなったのなら今のうちよ。今すぐ土下座して退学願を書きなさい。そうすれば、これ以上恥をかかずに済ませてあげるわ」
「いや。……その『従者』ってやつ、もし本当にそうなったら、うちのメイドのマリアとどっちが家事の効率がいいか競わせるのも面白そうだなと思ってな」
俺は肩をすくめ、彼女の挑戦を真正面から受け止めた。
「その決闘……買ってやる。お前さんのその完璧な理論とやらをブチ壊してやるよ。負けて泣き言を言うなよ、お嬢様?……世の中ってのは理論通りにはいかないんだぜ」
俺は一歩、彼女に向かって踏み出す。
魔力は一切感じられない。だが、俺の足元から伝わる微かな地響きが、講堂の空気を重く沈ませた。
「……魔法の限界ってやつを、教えてやるよ」
魔法不能の不適合者と、学園最強の天才令嬢。最悪の初日から、学園の歴史を塗り替える決闘の火蓋が切られた。
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