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65.王立魔法学園

 王都『ルミナ・ガルディア』の空は、抜けるような蒼天に恵まれていた。


 つい先日までこの街を覆っていた重苦しい空気は、今や欠片も残っていない。


 枢機卿グライア・バチカンの失脚と死、そして王都を震え上がらせた「悲劇の怪物」ゲインズの浄化。それらの衝撃的な出来事も、喉元を過ぎれば熱さを忘れる群衆にとっては、もはや酒の肴に過ぎず、平和を謳歌する日常へとすっかり戻っていた。


 場所は、最高級ホテル『金獅子亭』の最上階。


 防音結界が何重にも施された一室で、ヴェルト・フォン・アークライトは、テーブルの上に放り出された一通の羊皮紙を、まるで呪いのアイテムでも見るかのような冷めた眼差しで睨みつけていた。


「……で、これがその『監獄』への招待状か」


 純白の紙に金糸の刺繍。王家の双頭竜と、教会の聖印。


 『王立魔法学園・入学許可証』世間一般から見れば、それは輝かしいエリート街道のパスポートだろう。だが、ヴェルトにとっては違う。これは白亜の塔での「休戦」の際に、大司教ガリエルから突きつけられた強制的な契約の証。勇者アレクの暴走を止める「ブレーキ」という名の、厄介極まりない監視任務の通達だ。


「ヴェルト様、ため息など。貴方様ほどの方ならば、学び舎などという温室、三日で征服してしまわれるでしょうに」


 背後で、冷ややかな、けれどどこか熱っぽい声が響く。


 最強のメイド、マリアだ。彼女は今、ヴェルトの制服の最終チェックを行っていた。


「征服しに行くわけじゃないぞ。……あそこにはアレクがいる。あいつが教会に作り替えられ、人間性を失ったまま『兵器』として完成するのを防げ……それがガリエルの出した条件だ」


「フン……。あのような出来損ないの勇者のために、ヴェルト様の貴重なお時間が割かれるとは、全くもって不条理ですわ。いっそ学園ごと、物理的に『整理整頓』してしまいましょうか?」


「おい、お前はなんでも暴力で解決しようとするな」


 ヴェルトが呆れたように言うと、マリアは完璧な所作で一礼し、用意した特注の制服を掲げた。


「では、せめて装備だけでも万全に。こちらの制服、表地は最高級の魔法耐性を持つ『魔糸』で織られておりますが、内側には私の私物である『魔導銀のワイヤー』を編み込んであります。これは物理・魔法両面での防御力を極限まで高めるだけでなく、不届き者がヴェルト様に触れようとした際、微細な電流でその指先を焦がす機能も搭載いたしました」


「……」


「さらに襟元や袖口など十二箇所に隠し暗器を仕込みました。指先一つで周囲を肉片に変えられますわ。学び舎は、ヴェルト様を狙うメス猫どもが襲いかかる戦場……妥協など万死に値します」


「学校を何だと思ってるんだ、お前は……」


 マリアの瞳は、冗談抜きで据わっていた。学園には生徒しか入れない。つまり、メイドであるマリアは表立って同行できない。その不満と不安が、制服の「過剰武装化」という、殺意に満ちた執念へと昇華されていた。


「マリア……。もう一度言うが、俺は学園へアレクの監視と……あとは、卒業後の優雅なニート生活のためのコネ作りに行くんだ。目立たず、静かに、影のように過ごすのが俺の理想なんだよ」


「……ヴェルト様。貴方様ほどの輝きを放つ太陽が、影の中に隠れられると本当にお思いですか?」


 マリアの言葉を裏付けるかのように、隣の部屋から騒がしい足音が聞こえてきた。


「へっ!影のようにだと?冗談は顔だけにしておけよ、悪徳領主!」


 現れたのは、大量の魔導書や、見たこともないフラスコを浮かべながら闊歩する天才魔術師、ネロ・アリスだ。


「俺様は学園の『特別外部研究員』兼『古書庫管理補助』の役職を手に入れたぜ。悪徳領主の金……もとい、潤沢な研究予算をロンダリングして、貴重な魔導材料を買い漁ってやった。学園の地下には歴史的に価値のある古い術式が眠っているからな。これを解析すれば、俺様の魔法理論はさらに飛躍する。……ま、お前が学園でボコボコにされて泣きつきたくなった時のために、一番近い特等席で高みの見物をさせてもらうよ。ニシシ!」


 ネロは不敵に笑う。こいつもこいつで、学園を「教育の場」ではなく「巨大な実験場」としか見ていない。そしてもう一人、部屋の隅で不安げに自分の制服姿を鏡に映していた少女――ニーナが声を上げる。


「ヴェ、ヴェルト様……。私も『従者』としての編入が正式に認められましたけど……。本当に、こんなに短いスカートでいいんでしょうか? 蹴りを出す時に躊躇いが生まれるんですが……」


「ニーナ。聖女が蹴りを出すことを前提にするな」


「だ、だってマリアさんが『可動域が重要です』って言って、スリットを深めに入れてくれたんですよぅ!」


 ニーナが涙目で訴える。彼女もまた、ヴェルトのスパルタ教育によって、もはや聖職者の枠に収まらない「物理の怪物」へと変貌していた。その肉体には、かつての華奢な面影はなく、しなやかで強靭な筋肉が制服の下に隠されている。


「気にするなニーナ。魔法学園といっても、結局は魔力の多寡や血筋がモノを言う世界だ。お前のその聖魔法と筋肉があれば無双できる。……それより、問題は俺の方なんだよ」


 ヴェルトは重いため息をついた。


 枢機卿やゲインズを葬り、もはや人間としてのステータスは軽く凌駕している。


 だが、俺は――「魔法が一切使えない」。


 この世界の一般的な魔法適性とは、体内の魔力を「火」や「水」といった現象に変換し、外部へ放出する回路を指す。俺の魔力保有量(MP)は異常だ。だが、その膨大なエネルギーは全てスキルを使うためにしか使えていない。唯一、白亜の塔では例外的に魔力を出力することが出来たが、あれは場所の特異性が成せる技だ。


 指先から火花すら散らせない。炎も、水の球も、何一つ。魔法こそが全てとされる『王立魔法学園』。そこに、魔力を出力すら出来ない「無能」が入学する。それが何を意味するか、ヴェルトには手に取るように分かっていた。


(魔力がいくらあっても外に出せなかったら魔力無し扱いだ……間違いなく、エリート気取りの連中から笑いものにされて絡まれるだろうな。それも、俺が以前の『悪徳領主の豚』という評判を知っていれば尚更だ)


 前世のゲーム知識によれば、この学園編は本来、勇者アレクがヒロインたちと絆を深め、切磋琢磨する明るいパートだったはずだ。だが、今の状況はどうか。勇者は洗脳されてて不愛想だし。聖女は物理アタッカー。魔術師は性格破綻したギャンブラーで今回は生徒ですらない。そして俺は、魔法の使えない「無能な悪徳領主」だ。


「……ヴェルト様、何を不安な顔をしておられるのですか」


 いつの間にか、セバスチャンが扉の横に控えていた。


「もし、学園で貴方様を侮辱する不心得者が現れれば、私が……」


「お前もマリアと同じことを言うな、セバス。俺は平和に暮らしたいんだ。平穏こそが俺の報酬なんだよ」


「……左様でございますか。では、私とロザリア様は一度領地へ戻り、留守を預かるリュゼと合流し教会の情報を集めてみます。学園周辺の情報網は、マリアに構築させます。……ヴェルト様の安息を脅かす芽は、たとえ王都の裏路地のネズミ一匹たりとも見逃しません」


 セバスチャンの瞳の奥に、かつての『剣鬼』の光が宿る。ロザリアも外套のフードを被り、少し吹っ切れたような、けれど毒のある笑みを浮かべてヴェルトを見た。


「了解。任せといてよ、ヴェルト君。私、これでも元教会の処刑人だし?『口の軽いお坊ちゃん』の黙らせ方なら、いくらでも知ってるから」


 ロザリアはメルフィから受けたトラウマを、ヴェルトの助けによって、新たな忠誠へと昇華させていた。彼女にとって、ヴェルトこそが今の世界で唯一信頼できる主だ。


「……まったく。頼りにしてるよ、お前ら」


 ヴェルトは立ち上がり、窓の外、遠くそびえる学園の尖塔を見つめた。


 そこは、かつてゲーム画面の向こう側で楽しんでいた青春の舞台。だが今は、俺の生存と平穏を賭けた、政治と暴力が渦巻く新たな戦場。


「よし。行くぞ。……クソ運営が用意した、次のイベント会場だ」


 ホテルの前。


 アークライト家の家紋が大きく入った、漆黒の魔法馬車がその巨体を横たえている。


 見送りに集まったマリア、セバスチャン、ロザリア。


 それぞれの思いを背中に受け、ヴェルトは馬車に乗り込んだ。隣には、少し緊張したニーナ。そして対面には、魔導書にかじりつくネロ。


 自動操縦で馬車が動き出す。王都の石畳を叩く魔法馬の蹄の音が、軽やかに、けれど不吉に響く。


(まぁ……笑いたい奴は笑わせておくか。その余裕が、いつまで保つか見ものだな)


 ヴェルトは不敵に口角を吊り上げ、流れる王都の景色を眺めていた。

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