63.潔癖なる正義
ギンッ!!
甲高い金属音が、塔の最上階に響き渡った。
月光を裂いて振り下ろされた白銀の刃を、俺は愛剣で受け止める。
「……ぐっ、重いな……!」
腕に走る痺れに、俺は顔をしかめた。速いだけじゃない。一撃一撃の質量が、以前とは段違いだ。俺のステータスは『成長率10倍』のチートで底上げされている。並大抵の攻撃なら素手で弾ける自信がある。だが、今のこいつの一撃は、俺の防御の上から骨をきしませてくる。
「……チッ。汚い剣筋だ」
鍔迫り合いの最中、至近距離で見るアレクの瞳は、感情の抜け落ちた氷のように冷たかった。そこにあるのは、こびりついた汚れを見るような、底冷えする侮蔑の眼差しだ。
「ステータスに頼り過ぎで、無駄な動きが多い。……見ていて反吐が出る」
「ハッ!……フンッ!」
俺は剣を強引に弾き返し、バックステップで距離を取る。
「おいおい、冗談だろ?これが最初の試練だって?難易度設定、間違ってんぞ!」
「ヴェルト様、軽口を叩いている場合ではありません!魔力の出力が桁違いです!」
セバスチャンが叫びながら、俺の援護に回る。
ネロが横から援護射撃を放つが、アレクはそれを見ようともせず、片手で展開した聖なる障壁で無造作に弾き消した。
「『確率』への干渉か……。小細工だな」
アレクは冷ややかにネロを一瞥し、払うように手を振った。
「埃を撒き散らすな。俺の『聖域』を土足で汚すなと言っている」
アレクは淡々と告げ、再び地面を蹴る。
その動きは、かつての熱血漢だった彼のものではない。無駄を極限まで削ぎ落とし、最短距離で急所を狙う――熟練の掃除屋の動きだ。
「アレク!お願い、やめて!」
悲痛な声が響く。
ニーナだ。彼女はまだ、目の前の現実を受け入れられずにいた。
「私だよ!一緒に村で育ったニーナだよ!忘れたの!?木登りして落ちたアレクを私が治して……約束したじゃない!世界で一番立派な勇者になるって!」
ニーナの叫びは、俺たちの胸を締め付ける。
だが――。
「……うるさいな」
アレクは動きを止めることなく、冷徹に吐き捨てた。
「さっきからピーピーと……耳障りだ」
「え……?」
「お前、何の話をしてる?俺の故郷はこの清潔な塔であり、俺の使命は世界の『大掃除』だ。……お前のような薄汚い女と関わった記憶などない」
否定。完全なる拒絶。
それは、ニーナの存在意義そのものを「不要なゴミ」として踏みにじる言葉だった。
「そんな……嘘よ……だって、あんなに楽しかったのに……一緒に最高のパーティーを作ろうって........」
ニーナが膝から崩れ落ちる。その隙を、完成された勇者は見逃さなかった。
「隙だらけだ。――削ぎ落とすぞ」
アレクの聖剣が、回転しながらニーナの首を狙って閃く。
「――させるかよッ!!」
俺は全力で割り込み、その刃を剣で受け止める。ガガガガッ!と激しい火花が散る。
「……おい、勇者様。随分と口が悪くなったな」
俺は至近距離でアレクを睨みつけた。
「俺が知る昔のお前は馬鹿で無鉄砲だったが、女子供に剣を向けるようなクズじゃなかったはずだぞ」
「勘違いするなよ、悪徳領主。これは『害虫駆除』だ」
アレクは表情一つ変えず、さらに剣に力を込める。その瞳は、深淵のように暗く、冷たい。
「世界を汚す害悪を排除するのに、躊躇いなど必要ない。……王都の時と同じようにな」
「……あ?」
「あの時、貴様に剣を渡したのは情けじゃない。『汚物』と化した枢機卿と、教会からマークされている『異物』である貴様……まとめて処分するには、共倒れさせるのが一番効率的だった。ただそれだけだ」
アレクの言葉に、俺は思わず目を見開いた。
王都の大聖堂。あの時、フードの男が俺に剣を投げ渡した理由。
俺はもしあれがアレクだとしたら「勇者としての良心が残っていたから」だと思っていた。ーだが、違ったのか。
「……そうかよ。あれは共倒れ狙いだったってわけか」
「結果として貴様はしぶとく生き残った。まさか折れた聖剣でどうにかするとはな……本当に掃除のしがいがあるゴミだ。だが、計算外はここまでだ。今度こそ、俺の手できれいに拭き取ってやる」
ゾクリ、と悪寒が走る。
こいつは本気だ。かつての仲間も、恩人も、今の彼にとっては単なる「こびりついた汚れ」でしかない。
(……クソッ、マジで壊されてやがる)
人格、記憶、倫理観。人間としての根幹部分が、教会によって完全に書き換えられている。あの熱血馬鹿だった勇者はもういない。ここにいるのは、『アレク』という皮を被った、教会の掃除屋だ。
「……セバス、ネロ!ニーナを連れて下がれ!こいつは俺が引き受ける!」
「ヴェルト様!?無茶です!この状態の勇者とまともにやり合えば……!」
「ここでニーナを死なせるわけにはいかねぇんだよ!」
俺は吠え、全身の力を練り上げる。こうなったら仕方ない。チュートリアルだろうがラスボス戦だろうが関係ない。俺の平穏を脅かすなら――全力で叩き潰すまでだ。
その瞬間、ドクン、と心臓が早鐘を打った。
「……ッ!?」
俺は目を見開いた。
ただ力を込めただけだ。特定のスキルを意識して発動しようとしたわけじゃない。だが、俺の体内で眠っていた膨大な魔力が、筋肉の収縮と昂る闘志に引火するように、勝手に暴れ出したのだ。
バチバチッ!と音を立てて、黄金色の魔力が俺の身体から溢れ出し、剣へと絡みついていく。
(なんだ、これ……?スキルも使っていないのに、魔力が勝手についてくる……?)
今まで、俺は魔法が使えなかった。俺の持っている膨大な魔力は「スキル発動によって勝手に消費される」だけだった。だが今は違う。まるで手足の延長のように、濃密なエネルギーが意思に呼応して肉体に上乗せされていく感覚。あまりに唐突な変化だ。
いや――唐突、じゃないのか?
(……この『塔』か)
俺は周囲の空気を肌で感じ取り、戦慄した。
ここに入った時から感じていた異常な清潔さと、まとわりつくような魔力の濃度。ここは『勇者』を完成させるための製造工場だ。恐らくこの空間自体が、人の意思を魔力に変換しやすくするための特殊なフィールドになっているんだ。
(本来なら、ここにいる子供たちやアレクを強化するための環境……。だが、皮肉にも魔法が使えないはずの俺にも反応しやがった)
俺の肥大化したステータスと、追いついていなかった制御力。その隙間を、この塔の濃密すぎる魔力が埋めてくれた。敵の拠点であるがゆえの、予期せぬ恩恵。
「……へぇ。皮肉なもんだな。お前を作るための揺り籠が、俺の牙も研いでくれるとは」
全身に漲る全能感。
これなら、いける。
「来いよ、潔癖症の勇者様。……その澄ました顔、俺が泥沼に引きずり込んで目ぇ覚まさせてやるよ」
「……ほう。悪くない度胸だ」
アレクが初めて、侮蔑以外の感情――微かな闘志で目を細めた。彼は俺の纏うオーラを見て、剣を逆手に持ち替え、低く構える。
「ただの薄汚いドブネズミかと思ったが……どうやら、少しは噛みつく元気があるらしい」
「すぐに楽にしてやる。大人しくしてろ」
白亜の塔の最上階。
冷たい月の光の下、互いの魔力が膨れ上がり、衝突する。
二度目の「最初の戦い」が、本格的に幕を開けた。
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