62.チュートリアル再び
深夜。湖畔にそびえる『白亜の塔』は、月明かりを反射して不気味なほど白く輝いていた。
ネロの忠告通り、正面には松明を持った聖騎士たちが蟻の這い出る隙間もなく巡回している。まともにやり合えば、塔全体が蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろう。
「……ここなら死角だ。警備の巡回ルートからも外れてる」
俺たちは塔の裏手、切り立った断崖絶壁に張り付いていた。眼下には荒れ狂う湖の波が打ち寄せている。
「おいネロ。例の『穴』は開けそうか?」
「はんっ、愚問だな!天才の俺様にかかれば、こんな結界『確率』の綻びを見つけてこじ開けるくらい朝飯前だぜ」
ネロが不敵に笑い、塔の壁面に手を触れる。
指先から灰色の魔力が波紋のように広がり、強固な防御結界に干渉していく。
「……よし。『認識阻害』と『警報システム』の作動確率をゼロに固定した。今なら壁を爆破しようがバレねぇぞ」
「爆破はするな。……行くぞ」
俺の合図と共に、全員が音もなく塔の壁を登り、通気口から侵入を開始した。
メンバーは俺、ネロ、セバスチャン、そしてニーナだ。マリアとロザリアは、外で退路の確保と見張りを任せている。
◆
「……ヴェルト様。静かすぎます」
塔の内部へ滑り込んだセバスチャンが、警戒を露わにする。内部は清潔だった。あまりにも清潔すぎた。
石造りの冷たい廊下。白一色で統一された壁。塵一つ落ちていない床。そこは牢獄や修道院というより――まるで『病院』か『研究所』のようだった。
「……嫌な匂いです。消毒液と、魔力ポーションの匂いが充満してます」
ニーナが鼻を押さえて震える。
ネロが顔をしかめる。
中層階に差し掛かった時、ネロが足を止めた。鉄格子のついた大部屋。そこには、数十の粗末なベッドが並び、同じような白衣を着た子供たちが眠っていた。いや、眠っているのではない。虚ろな目を開けたまま、天井を見つめて微動だにしない者もいる。
「……生気がありませんね。薬で意識を混濁させられているようです」
セバスチャンが小声で告げる。
俺は鉄格子越しに、一番近くにいた少年の手首を見た。そこには、家畜の管理タグのような金属製のプレートが巻き付けられていた。
「……なんだ、これ?」
俺は目を凝らして、そのプレートの文字を読んだ。
『P-Model : ALEC - 014』
「……アレク、14番?」
俺の背筋に、冷たいものが走った。慌てて隣の子供を見る。
『P-Model : ALEC - 015』
「……う、そ……?どうして……?」
背後で、ニーナが息を呑む音がした。彼女もまた、鉄格子の隙間からその無機質なタグを見てしまったのだ。
「どうして、あの子たち……アレクの名前が……?まるで、モノみたいに……」
彼女の声が震え、その顔からはサァーッと血の気が引いていた。大切な幼馴染の名が、家畜の管理番号のように使われている。その冒涜的な光景は、聖女である彼女の心を物理的な暴力以上に抉るものだった。ニーナは口元を押さえ、その場に崩れ落ちそうになるのを必死にこらえている。
その隣も。そのまた隣も。全員が『ALEC』というコードネームと、連番の数字を刻まれていた。
先日の大司教の言葉――『反逆者の名はアレク』という言葉が脳裏をよぎる。勇者と同じ名の枢機卿。そして、この大量の子供たち。
俺の中で、最悪の推測が確信へと変わっていく。
(『アレク』を作っている……のか?)
あの枢機卿は、先代の、あるいは失敗した『アレク』だった。ここにいる子供たちは、その器になれなかった「失敗作」か、あるいは次代の「部品」か。つまり『アレク』とは個人名じゃなく、教会が管理する被検体の名だと考えれば全ての辻褄が合う。
だが、そこで俺は強烈な違和感に襲われた。
(……いや、待て。原作の設定じゃ、アレクはニーナと同じ辺境の村で生まれ育った『幼馴染』のはずだ)
思い出せ。二人の会話、回想シーン。そこには確かな「子供時代の思い出」があった。木登りをした記憶、祭りの夜の約束。それらは確かに存在したはずだ。もしアレクがこの塔で作られた存在なら、あの「村での生活」は何だったんだ?
だが、ふと脳裏に、以前シャルロットが語った何気ない言葉が蘇る。
『教会の方は仰っていましたわ。「勇者と聖女が同じ村から見つかるなんて、なんて幸運なのだ」と』
――幸運?
当時は、勇者と聖女が1つの村で同時に誕生するという奇跡的な確率を喜んでいるだけだと思っていた。だが、目の前の惨状を見た今、その言葉の意味が反転する。
もし、あの辺境の村が、最初から『アレク』という器を製造・培養するためだけに用意された場所だったとしたら?
(……この塔だけじゃないのかもしれない)
本来なら、勇者だけが収穫されるはずだった計画的な農場。
そこに、たまたま、イレギュラーとして『聖女』の素質を持つニーナが生まれた。だからこその「幸運」。計算外の「ラッキー」だったということか?
(……だとすれば、二人が過ごしたあの美しい子供時代は、一体……)
思考の深淵を覗き込みそうになり、俺は背筋が凍るのを感じた。
(……クソ胸糞悪いな)
俺は思考を打ち切り、ギリリと奥歯を噛み締めて足を速めた。
目指すは最上階。原作通りであればそこに、この塔で最も厳重な結界に守られた「特別室」があるはずだ。
◆
「……あそこです。凄い魔力を感じます」
ニーナが指差したのは、最上階の突き当たりにある、巨大な両開きの扉だった。
扉には、教会の紋章と、厳重な封印術式が幾重にも施されている。
「ネロ、頼む」
「へいへい。……『解錠』。確率は100%だ!」
カチャリ、と重い音が響き、封印が解かれた。俺は剣の柄に手をかけ、ゆっくりと扉を押し開けた。
――ギィィィ……。
開かれた視界。
そこは、広い広間になっていた。壁一面に古びた本が並び、中央には天蓋付きの豪奢なベッドと、執務机が置かれている。窓際、月明かりが差し込む場所に、一人の人影が立っていた。
「……誰だ?許可なくこの『聖域』に立ち入る鼠は」
涼やかな、しかし氷のように冷たい声が響く。人影がゆっくりと振り返る。
月光に照らされたその姿を見て、俺は息を呑んだ。燃えるような赤髪。意志の強そうな瞳。顔立ちは、間違いなく俺が知っている「彼」の面影を残している。
だが――決定的に「違う」ことがあった。
「……アレク、なのか?」
俺の声に、男は無表情で小首をかしげた。
そこにいたのは、少年ではなかった。
身長は俺(成長率10倍の今の俺)と同じくらい高く、肩幅は広く、筋肉は鋼のように引き締まっている。どう見ても、17歳から18歳前後の、完成された『青年』の姿だった。
「アレク……?なんで……?」
ニーナが呆然と立ち尽くす。
無理もない。最後に会ってから、まだ数ヶ月しか経っていないのだ。彼が本人なら、成長期などというレベルではない。これは明らかに、魔法か薬物によって無理やり『時間を進められた』姿だ。
「……侵入者か。警備は何をしている」
青年――アレクは、俺たちを見ても動じることなく、冷淡に言った。その目には、かつての熱血漢だった少年の色はなく、深淵のような冷徹な理性の光だけが宿っている。
「アレク!私だよ、ニーナだよ!助けに来たの!」
ニーナがたまらず駆け寄ろうとする。
だが、アレクは眉一つ動かさず、腰に帯びていた剣――白銀の聖剣を抜き放ち、その切っ先をニーナに向けた。
「……止まれ。それ以上近づけば、斬る」
殺気。
冗談や威嚇ではない。純粋な殺意が、肌を刺す。
「え……?」
ニーナが足を止める。
「ニーナ……?知らないな。今の教会の記録に、そんな聖女は存在しない」
アレクは無機質に告げた。
「いや……待て。そういえば、歴史の授業で習ったか。数年前に死んだ、未熟で愚かな『先代の聖女』が、確かそんな名前だったな」
「え……?」
「死人が蘇るわけもない。……貴様、名を騙る不届き者か?我が国の聖女は、慈愛深き『メルフィ様』ただ一人だ」
その言葉は、ニーナの心を切り裂くには十分すぎる鋭さを持っていた。
「死んだ……?私が……?」
その言葉を否定する力が、ニーナの中にはもう残っていなかった。ニーナが崩れ落ちそうになるのを、セバスチャンが支える。
(……なるほどな。記憶を消しただけじゃない。『本来の人格』ごと改竄したのか。一体どうやればここまで狂えるんだ?つくづく教会ってヤツは)
俺は瞬時に悟った。教会にとって、勇者と共に失踪した(置き去りにされた)ニーナは「不都合な存在」だ。だから、公的には「死亡した」ことにして処理し、空いた聖女の座には、あの狂信的な異端審問局長メルフィを据えたということか。確かにアイツも設定上では聖女の素質があるってことになっていたはず。
(ただ、少なくともグライア枢機卿はニーナを回収しようとしていたみたいだが.......教会も一枚岩では無いってことなのか?)
目の前にいるのは、かつての勇者アレクではない。
教会の教義と、都合よく書き換えられた偽りの歴史だけを詰め込まれた、悲しき『完成品』だ。
「……貴様、アークライト卿だな?」
アレクの視線が、ニーナを通り越して俺を捉えた。
「勇者様に知られているとは、光栄だね」
「.......教会より聞いているぞ。世界を乱す害悪。欲に塗れた悪徳領主。……そして、覚醒した俺が倒すべき『最初の試練』であるとな」
アレクが剣を構える。その構えには、かつての未熟さは欠片もない。
一切の隙がない、達人の構えだ。
(……そして、俺はこの構えに見覚えがある)
王都の大聖堂。魔人化した枢機卿の前で、俺に折れた聖剣を投げ渡した『フードの男』。
あの時の男と、目の前のアレクの気配が完全に重なる。
俺は思わず、乾いた笑いを漏らした。
(……ハッ、傑作だ。笑えねぇよ)
本来のゲームシナリオでは、レベル1の勇者が旅立ち、最初のボスとして俺(悪徳領主)を倒すことで物語が始まる。それが『チュートリアル』だ。
俺はその運命を回避するために必死で足掻いてきたはずだった。
だが、運命はどうあっても俺たちを戦わせたいらしい。教会は、記憶を奪い、作り変えた勇者に、再び俺を「最初の敵」としてあてがったのだ。
「……へぇ。随分といいように吹き込まれたもんだな」
俺は乾いた苦笑を漏らし、腰の剣をゆっくりと抜き放った。刀身が月光を弾き、冷たい輝きを放つ。
「ちゃんと会うのは俺の屋敷以来だな、勇者様。……感動の再会とはいかないようだが」
俺の言葉に、アレクは眉一つ動かさない。かつて俺に向けた、あの熱い怒りも、正義感もない。そこにあるのは、障害物を排除しようとする無機質な殺意だけだ。
「戯言を。……あいにく、貴様と出会うのは王都以来――だがこれで最後だ」
アレクが踏み込む。
その速さは、かつての比ではない。
「覚えて無いか。……ハッ、皮肉なもんだ」
俺は剣を構え、迎え撃つ覚悟を決める。
白亜の塔の最上階。
冷たい月光の下、作り変えられた虚ろな勇者と、運命をねじ曲げて生き残った悪徳領主が対峙する。
かつて全力で回避したはずの破滅の運命。
俺たちの救出作戦は、皮肉にも教会によって再現された『二度目のチュートリアル』として、最悪の形で幕を開けた。
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