61.もう一人のアレク
詐欺師たちを蹴散らし、俺たちは『白亜の塔』の正門へと続く長い石橋を渡った。
近づくにつれ、その巨大さが圧のようになってのしかかってくる。
塔の表面は継ぎ目のない一枚岩のようになめらかで、窓の一つも見当たらない。まるで巨大な墓標だ。
「……うわ、なんだコリャ。魔力の密度が濃すぎて吐き気がするぜ」
隣を歩くネロが、不快そうに鼻をつまんで顔をしかめる。
「見ろよ悪徳領主。あの塔の周り、何重にも結界が張り巡らされてやがる。事前に聞いてた『物理無効』に『魔法反射』まであるぞ?……おいおい、どんだけ性格悪い術式組んでんだ? アリ一匹入り込む隙間もねぇぞ」
「破れそうか?」
「はんっ、愚問だな!この天才ネロ様にかかれば、こんなもん『確率』の穴を突いてこじ開けるくらい朝飯前だ。……だが、正面からやり合うと警報が鳴り響いて、中からワラワラと聖騎士が出てくるだろうな」
「だろうな。だから、まずは正攻法でいく」
橋の突き当たり、塔の巨大な扉の前には、全身を黄金の鎧で固めた重装歩兵のような聖騎士たちが、十数名ほど横一列に並んで道を塞いでいた。関所にいた騎士たちとは装備の質が違う。ここを守るのは『聖堂騎士団』――教会最強の精鋭部隊なのだろう。
「止まれ! 何人たりとも、この先への立ち入りは禁じられている!」
先頭に立つ隊長格の騎士が、槍を交差させて俺たちを制止する。
「アークライト子爵、ヴェルトだ。国王陛下の命により、視察に参った」
俺は関所でやったように、懐から『王家の通行手形』を取り出し、これ見よがしに掲げた。
国王の署名と王家の紋章。これがあれば、国内のあらゆる場所への立ち入りが許可されるはずだ。
だが――。
「……確認した。本物の様だが、通すわけにはいかん」
隊長は手形を一瞥しただけで、無愛想にそう告げた。
「ほう? 国王の命令が聞こえないと?」
「ここは『聖域』の最奥、教会の総本山だ。俗世の権威は通用しない。お引き取り願おう」
騎士たちが一斉にガチャリと武器を構える。
殺気立っている。どうやら、ただの門番ではないようだ。
(強行突破は簡単だが……ここで戦闘になれば、それを口実にアレクを隠されるか、最悪の場合、人質に取られる可能性がある)
俺が次の一手を思案し、マリアが音もなくナイフを抜こうとした、その時だった。
「――おやめなさい。粗相があってはなりませんよ」
塔の扉が重々しく開き、奥から一人の男が現れた。
豪奢な法衣を身にまとい、手には長い杖を持った長身の老人だ。深く刻まれた皺の奥にある瞳は、蛇のように狡猾な光を宿している。
「大司教猊下!」
騎士たちが慌てて道を空け、敬礼する。
「お初にお目にかかります、アークライト卿。私がこの塔を預かる大司教、ガリエルです」
ガリエルは慇懃無礼に頭を下げた。口元は笑っているが、目は全く笑っていない。
「王家の使者殿に対し、部下が失礼を働きました。……ですが、どうかご容赦いただきたい。現在、我々もピリピリしておりましてな」
「ピリピリしている? 何故だ?」
「ご存知でしょう? 先日、王都にて我が教会の尊き身であらせられるはずの『枢機卿』が、恐るべき反逆を企てた件です」
ガリエルは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「あのような不祥事が起き、教会内部は大混乱に陥っております。現在、組織の浄化と内部調査を行っている真っ最中なのです。そのため、外部の方の立ち入りは――例え王家の使者であっても、固くお断りしております」
もっともらしい言い草だ。
だが、その本音が「証拠隠滅」と「時間稼ぎ」であることは明白だった。
「内部調査、ね。……だからこそ、第三者である俺が監査に来たんだが?」
「いいえ、これは『教義』の問題ですので。俗世の方には理解できぬ神聖な領域の話なのです」
ガリエルはにこやかに、しかし断固として拒絶の姿勢を崩さない。
「それに、我々には時間がないのです。あのような不祥事を起こした愚か者……『アレク枢機卿』の後始末に追われておりますゆえ」
「……あ?」
俺の思考が、一瞬停止した。
今、こいつはなんと言った?
「……おい、大司教。今、枢機卿の名をなんと言った?」
「おや? ご存知ありませんでしたか? 先日、獄中で亡くなった枢機卿、いえ......反逆者の名は『アレク』。忌まわしき罪人でございますよ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
(アレク……だと?)
俺の記憶が正しければ、王都の大聖堂で俺がぶっ飛ばし、その後牢獄で殺された枢機卿の名前は『グライア・バチカン』だったはずだ。ゲームの設定でもそうだ。枢機卿の名はグライアで間違いない。『アレク』なんて名前の枢機卿は、原作のどこにも存在しない。
勇者と同じ名の枢機卿。
単なる偶然の一致か?世界を救う勇者が、たまたま同じ名前だった?
いや、出来すぎている。
(……勇者アレクは、この塔に連れ去られた。そして今、大司教は反逆した枢機卿の名を勇者と同じ『アレク』だと言う)
俺の背筋に、得体の知れない悪寒が走る。
だとしたら、俺が倒したグライアは何者だったんだ?周りの反応や物証からもアイツが偽物だったとは考え辛い。
だが、この大司教が言う枢機卿は間違いなくグライアの事だ。
「……不吉な名前だな。勇者と同じ名を持つ罪人とは」
俺は動揺を押し殺し、探りを入れた。
「ええ、誠に嘆かわしい……ですが、この塔は現在、神聖な儀式の準備期間に入っております。不浄な……おっと失礼、部外者が立ち入れば、結界に乱れが生じ、何が起こるか分かりません。貴方様の身の安全を守るためにも、お引き取りください」
ガリエルは不気味な笑みを深め、会話を打ち切るように一歩下がった。
「『秘すれば花』と申しますゆえ。……アークライト卿、貴方のような賢明な貴族ならば、徒に蜂の巣をつつくような真似はなさらないと信じておりますよ?」
ガリエルの背後からは、塔から漏れ出る膨大な魔力と、数百名の聖騎士たちのプレッシャーが押し寄せてきた。
ロザリアが俺の袖を引く。
「ヴェルト君、一旦引きましょう。このジジイ、本気よ。今ここで事を構えれば、それを理由に『教会への宣戦布告』と見なして、国全体を巻き込む宗教戦争に発展させかねないわ」
「……チッ」
俺は舌打ちを一つ。
物理でぶち破るのは容易いが、政治的な泥仕合に持ち込まれるのは面倒だ。それに、この『名前の一致』が意味するものを、もう少し整理する必要がある。
「分かった。……そこまで言うなら、出直そう」
俺は手形を懐にしまい、ガリエルを冷ややかに見下ろした。
「だが、覚えておけ。俺は長く『待て』ができるほど気の長い男じゃない。……次にこの扉が開く時は、お前たちの破滅の時だ」
「くくく……。肝に銘じておきましょう」
ガリエルは余裕の笑みで一礼し、再び重厚な扉を閉ざした。
ズズズ……と閉じていく扉の隙間から、彼が最後に浮かべた嘲笑が見えた気がした。
◆
聖域の一角、宿屋の一室にて。
「……で? 凄んで帰ってきて、どうするんだよ悪徳領主。あの狸ジジイ、絶対に入れる気ないぜ」
ネロがテーブルに足を投げ出し、不満げにクッキーをかじる。
「ああ、正面からはな。……だが、収穫はあった」
俺は窓から、夜闇に浮かぶ白亜の塔を見上げ、目を細めた。
「なあセバス。王都で俺たちが相手にした枢機卿の名前、覚えてるか?」
「はい。『グライア・バチカン』と名乗っておりました」
「だよな。……だがあのジジイは『アレク』と言った。勇者と同じ名をな」
「……っ」
その場にいた全員の空気が凍りついた。
ニーナが不安そうに顔を上げる。
「ヴェルト様……それって、まさか……」
「分からん。偶然の一致か、教会の悪ふざけか。……あるいは、もっと最悪の『なにか』か」
原作ゲームの知識が通用しないイレギュラー。恐らくこの塔には、俺の知らない『真実』が眠っている。
「確かめるぞ。『入れてくれない』なら、『勝手に入る』までだ。……元々そのつもりだったしな」
「へっ、そうこなくちゃな! 泥棒稼業ってのを一度やってみたかったんだ!」
ネロがニシシと悪巧みをする子供の顔で笑う。
「今夜だ。――何があるかわからないからな、気を引き締めていくぞ」
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