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60.宗教都市『サンクチュアリ』

 王都を出てから数日。


 俺たちを乗せた漆黒の魔法馬車は、豊かな平原から徐々に険しい山岳地帯へと景色を変えながら、目的地へとひた走っていた。


「……空気が、変わりましたね」


 御者台から戻ってきたセバスチャンが、紅茶を淹れながら静かに告げる。


「ああ。ここから先は教会の直轄領――通称『聖域』だ。王国の法よりも教義が優先される、厄介な土地だからな」


 俺は窓の外を睨んだ。


 目指すは北の果て、湖畔にそびえる『白亜の塔』。そこに勇者アレクが囚われているはずだ。


「ねぇヴェルト君。本当に正面から入るの?」


 向かいの席で、ロザリアが不安そうに足を揺らしている。彼女は元・異端審問官だ。この先に待つ連中がどれほど話の通じない相手か、骨身に染みて知っているのだろう。


「検問があるはずよ。普通の貴族なら門前払い、怪しい奴ならその場で異端審問にかけられるわ」


「安心しろ。そのために『切り札』をもらってきた」


 俺は懐から、シャルロット王女から託された白金のプレート――『王家の通行手形』を取り出し、指先で弾いた。


       ◆


 数時間後。


 なだらかな丘を越えた先、街道を塞ぐようにそびえ立つ巨大な関所が現れた。


 純白の石材で組み上げられたその城壁は、城塞都市の入り口と言われても信じてしまうほどの威容を誇っている。壁面には教会のシンボルである天秤と剣のレリーフが彫り込まれ、ここが俗世の法が通じぬ『聖域』であることを無言のうちに主張していた。


「止まれ!この先は聖なる巡礼地である!許可なき者の立ち入りは……」


 馬車の前に立ちはだかった聖騎士が、威圧的に声を張り上げる。


 上質な白銀の鎧に身を包んだ彼は、御者台のセバスチャンや、窓から少し顔を覗かせた俺を値踏みするように見下ろしていた。ただの地方貴族の観光だろう――そんな侮蔑の色が隠せていない。


 俺はため息を一つつくと、無言で懐から取り出した『白金のプレート』を、騎士の鼻先に突きつけた。


 陽光を反射して眩い輝きを放つその金属板。中央には、この国で最も高貴な『双頭の竜』――王家の紋章が刻印されている。


「……なっ!?」


 騎士の目が点になり、次いで驚愕に見開かれた。


 彼の視線は、紋章の下に刻まれた流麗な筆跡に釘付けになっている。見間違えるはずもない、国王直筆の署名が入った最高ランクの通行証だ。


「アークライト子爵、ヴェルトだ。国王陛下の『名代』として、北の視察に来た。……通してくれるな?」


 俺がプレートを指で弾き、ニヤリと笑いかけると、聖騎士の顔からサッと血の気が引いた。


 額に玉のような冷や汗が浮かぶ。


「は、ハッ! し、失礼いたしました! ……総員、道を開けろ! 直ちにだ! 王家の使者であらせられるぞ!」


 騎士の号令が飛ぶと、周囲で様子を窺っていた他の衛兵たちも慌てて直立不動の姿勢を取り、敬礼を送る。



 ズズズズズ……。



 重厚な地響きと共に、鋼鉄で補強された巨大な門がゆっくりと開かれていく。


(……ふん。分かりやすいな)


 俺は鼻を鳴らし、再び窓を閉めた。


 今の教会はトップに近い枢機卿が失脚し、組織としての統率を失って混乱の極みにある。後ろ盾を失った彼らにとって、「復活した国王」の威光は絶対的な恐怖の対象だ。もしここで王の使者を無下に扱えば、それこそ国軍が介入する口実を与えてしまう。


「……ふん。権力ってのは便利だな」


 馬車は関所を抜け、いよいよ『聖域』の内部へと足を踏み入れた。


       ◆


 関所を抜けてしばらく進むと、霧の向こうに街が見えてきた。


 宗教都市、『サンクチュアリ』だ。


 俺たちは馬車を降り、街中へと足を踏み入れたのだが――入った瞬間、全員が違和感に眉をひそめた。


「……なんですか、この街は」


 マリアが、生理的な嫌悪感を隠そうともせずに呟く。街並みは美しかった。ゴミ一つ落ちておらず、建物は白で統一され、どこからともなく聖歌が流れている。行き交う人々もまた、白っぽい服を身に纏い、誰もが穏やかな笑みを浮かべていた。


 ――だが、その「目」が死んでいる。


「みんな、幸せそうに笑っていますけど……。なんだか、お人形さんみたいです」


 ニーナが自身の腕を抱いて震える。彼らは労働中も、歩いている時も、虚空を見つめてブツブツと祈りの言葉を呟いている。店先に並ぶ商品は質素なものばかりだが、店主も客も、それに不満を持つ様子が一切ない。


「洗脳……いえ、『教化』が進んでいるわね。ここじゃ教会の言葉が法律であり、世界の全てなのよ」


 ロザリアがフードを目深に被り直し、小声で警告する。


「ヴェルト君、気をつけて。この街の住人は全員が『監視者』よ。異物が入り込めば、すぐに……」


 ロザリアの警告が終わるより早く、俺たちの周りには異様な人だかりができていた。


「おい、そこの迷える若者よ!貴方の肩に、悪い霊が憑いているのが見えるぞ!」


「あらやだ、お兄さんイケメンねぇ!そんな貴方にピッタリの『超幸せになる水』があるんだけど、今なら初回無料よぉ!」


「お姉さん!筋肉が素敵!その筋肉を神に捧げれば、もっと輝けますよ!さあ、こちらの『入信セット』を受け取って!」



「……うざい」



 俺は額に青筋を浮かべながら、まとわりついてくる白装束の住民たちを手で払った。


 この街、一歩歩くごとに勧誘が飛んでくる。それも、目が笑っていない満面の笑みで。


「ヴェルト様……。斬り捨ててよろしいでしょうか?先ほどから私のエプロンの紐を『幸福の紐(1本10金貨)』に変えようとしてくる輩がいるのですが」


 マリアが般若のような笑顔でナイフを取り出す。


「待てマリア。ここで暴れると事件になる。……無視して進むぞ」


 俺たちは強引に人混みをかき分けようとした。


 だが、敵もさるもの。次なる刺客は、俺たちの良心(主にニーナ)を狙い撃ちにしてきた。


       ◆


「うわぁぁぁん!痛いよぉ~!」


 通りの真ん中で、小さな女の子が派手に転んだ。膝を擦りむき、大声で泣きじゃくっている。


「あっ!大変、怪我してます!」


 ニーナが反応した。彼女は(物理特化とはいえど)腐っても聖女だ。怪我をしている子供を見捨てられるはずがない。


「大丈夫!?痛くないよ、お姉ちゃんが治してあげるね!『ヒール』!」


 ニーナが駆け寄り、優しく回復魔法をかける。擦り傷は一瞬で消え去った。


「うぅ……ありがとう、お姉ちゃん!お姉ちゃんは天使様だね!」


 女の子は涙を拭い、満面の笑みでニーナを見上げた。


「お礼がしたいの!私、お金はないけど……せめて、恩人のお姉ちゃんの名前を『感謝のリスト』に加えたいな!一生お祈りするから!」


 そう言って、女の子は懐からクシャクシャになった紙とペンを取り出した。


「えぇ~?そんな、お礼なんていいのにぃ。……でも、名前くらいなら」


 ニーナはデレデレしながらペンを受け取り、サラサラと名前を書こうとして――。


「待て、馬鹿」


 ガシッ。


 俺は横からニーナの手首を掴み、その「紙」を取り上げた。


「え?ヴェルト様?」


「よく見ろ。これのどこが『感謝のリスト』だ」


 俺は紙を広げ、ニーナの目の前に突きつけた。


 一見するとただの芳名帳に見えるが、紙の下の方に、虫眼鏡でも読めないような極小の文字で、びっしりと何かが書かれている。


『……署名者は、全財産及び基本的人権を教団に譲渡し、魂の救済を以て対価とすることに同意するものとする(解約不可)』


「……え?」


 ニーナが凍りついた。


「な、なっ!?私、今、全財産と人権を放棄するところだったんです!?」


「……チッ」


 女の子が一瞬、舌打ちしそうになり――俺の視線に気づいて、慌てて可愛らしい笑顔を取り繕った。


「あ、あれぇ~?お兄ちゃん、目がいいんだね!でも、神様に全てを捧げるのは幸せなことなんだよ?」


 女の子は無邪気を装い、ジリジリと後ずさりながら言い訳をする。


 だが、俺はニヤリと口角を吊り上げ、その紙をヒラヒラと振ってみせた。


「……ほう。全財産と人権の譲渡か。素晴らしい心がけだ」


「えっ?(……あれ?もしかして新しいカモ?)」


 女の子が足を止める。俺は紙を持ったまま、彼女に一歩詰め寄った。


「だが、搾取する相手を間違えているな。……いいか、クソガキ」


 俺はしゃがみ込み、女の子の目線に合わせて、極上の「悪役スマイル」を向けた。


「俺の連れ(コイツ)は、俺の所有物だ。その財産も、権利も、労働力も……骨の髄まで、全て俺が管理している」


「……は?」


「つまり、お前がやろうとしたことは、俺の財布から勝手に金を抜こうとした『横領』だ。……教団への寄付?教団が神だとでも言いたいのか?笑わせるな。こいつから搾り取っていいのは、世界で唯一、飼い主である俺だけなんだよ」


 俺の背後から、ドス黒い独占欲と支配欲がオーラとなって立ち昇る(ように見えたのか)、ニーナが「ひぃっ!?」と震え上がる。


 女の子の顔から、営業スマイルが消え失せた。


「……な、なにこいつ。……キモっ」


 彼女はドン引きしていた。自分たちも大概な詐欺集団だが、目の前の男はそれ以上に「業が深い」と本能で悟ったのだ。


「おい、どこへ行く?契約の話はまだ終わってないぞ?」


 俺が手を伸ばすと、女の子は「ひいっ!?」と悲鳴を上げ、俺の手から紙をひったくった。


「い、いらない!アンタみたいなのがいるなら、この姉ちゃんからは取れないよ!……うわぁ、関わりたくねぇ~!」


 女の子は脱兎のごとく雑踏の中へ消えていった。


「……ふん。三流が。俺の所有物に手を出そうなんざ百年早い」


 俺が鼻を鳴らして立ち上がると、ニーナが涙目で俺を見上げていた。


「ヴェ、ヴェルト様……。助けてくれたのは嬉しいんですけど……今の言い方、なんかすごく複雑な気分です……!」


「事実だろ。ほら、行くぞ。ボサッとしてるとまたカモられるぞ」


 俺たちは呆れるロザリアとネロを連れ、再び宗教都市の奥へと歩き出した。


       ◆


「……ひどい街ね。子供まで洗脳して『集金マシン』にしてるなんて」


 ロザリアが顔をしかめる。元・身内として恥ずかしいのだろう。


「全くだ。……おっと、次は大物のお出ましだぞ」


 俺たちの行く手を阻むように、一人の恰幅のいい男が現れた。金糸で刺繍された法衣を着ており、いかにも高位の聖職者といった風体だ。


「おお、迷える子羊たちよ!私はこの地区を束ねる司祭、ボッタ・クリマです」


「名前からしてボッタくる気満々じゃねぇか」


 俺のツッコミをスルーし、司祭は恭しく、黄金に輝く「壺」を捧げ持ってきた。


「はて?貴方様からは、強大な『カルマ』を感じます……。このままでは、おお!なんと恐ろしい!3日以内に不幸が訪れるでしょう!足をタンスの角にぶつける、パンのバターを塗った面を下にして落とす、靴紐が固結びになる……あぁ、恐ろしい!」


「不幸のレベルが微妙過ぎる」


「ですが、ご安心を!この『聖なる幸福の壺』があれば、全ての厄災は払われます!通常価格、金貨100枚のところ……今ならなんと!特別モニター価格、金貨50枚!さらに、こちらの『開運数珠』もお付けします!」


 司祭が壺をグイグイと押し付けてくる。


 周りの信者たちも「買え!買え!」「幸せになれるぞ!」と囃し立てる。異様な同調圧力だ。


 だが、相手が悪かった。


「……ほう。金貨50枚か」


 俺は足を止め、興味深そうに壺を受け取った。


「ヴェルト様?まさか買うおつもりですか?」


 マリアが心配そうに覗き込むが、俺は片手で壺を持ち上げ、底をコンコンと叩いた。


「おい司祭。……いい仕事してるな」


「ほ、ほう!お分かりいただけますか!?」


「ああ。……素材はただの粘土に金メッキ。底上げして重量感を出しているが、重心がズレているから素人仕事だ。おまけに、内側には微弱な『幻惑』の術式が刻まれているな?壺を見ると幸せな気分になるように錯覚するのか?」


「なっ……!?」


 司祭の顔が引きつる。


「原価は……せいぜい銀貨5枚ってところか?それを金貨50枚で売るとは、100倍か。いい度胸だ」


 俺は<鑑定>スキルで看破した情報を並べ立て、冷ややかに見下ろした。


「俺は領主だぞ?領内の『流通品』の質にはうるさいんだ。……こんな粗悪品で俺を騙せると思ったか?」


 パリンッ。


 俺は指先に少しだけ力を込め、壺の口を握り砕いた。


「ひぃっ!?わ、私の商品が!」


「詐欺罪で衛兵に突き出してもいいが……ここは聖域だったな。今回は見逃してやる」


 俺は砕けた壺の破片と金貨1枚を、司祭の胸ポケットにねじ込んだ。


「その代わり、いいことを教えてやる。『本当に』人を騙して金を巻き上げたいなら……商品に頼るな。『不安』と『優越感』をセットで売れ。……壺なんて前時代的なアイテムを使ってる時点で、お前は三流なんだよ」


「……ッ!!」


 司祭は顔を真っ赤にし、パクパクと口を開閉させた後、「お、覚えていろぉぉ!」と捨て台詞を吐いて逃げ出した。


「……ふぅ。どいつもこいつも、工夫が足りないな」


 俺が呆れて肩をすくめると、横でロザリアが気まずそうに視線を逸らし、口笛を吹き始めた。


「……おい。なんだその態度は」


「え?べ、別にぃ?今日の天気はいいなぁって」


「そういえばロザリア。お前も俺に接触した時、『幸運の壺』を売る商人だとか言ってなかったか?」


 そう。彼女が馬車に乗り込んできた時の設定も、確か「北のいい土で作った壺」を売る商人だったはずだ。


「っ……!う、うるさいなぁ!あれはあくまで設定!伝統芸能みたいなものなの!べ、別に三流じゃないもん!」


「へぇ。プロの処刑人様が、詐欺師としてはあのボッタクリ司祭と同レベルだったわけか」


「むきーっ!一緒にしないでよ!私のはもっと……こう、味わい深い設定だったの!」


 顔を真っ赤にして抗議するロザリア。どうやら図星でダメージを負っているらしい。


「……あーあ。身内にも流れ弾当たってるよ」


 ネロが呆れたように肩をすくめる。


「時間の無駄でしたね。……ですがヴェルト様、あちらをご覧ください」


 セバスチャンが指差した先。


 執拗な勧誘の嵐を抜けた先の広場。そこには、街の雰囲気とは不釣り合いなほど巨大で、禍々しいほどの魔力を放つ『白亜の塔』が、鉛色の空に向かってそびえ立っていた。


「……あれが、目的の場所か」


「ええ。ですが……歓迎されているようには見えませんね」


 塔の周辺には、目に見えるほどの濃密な結界が幾重にも張り巡らされ、武装した聖騎士たちが蟻の這い出る隙間もなく警備を固めている。


「ここまでは茶番だったが……ここからが本番だ」


 俺は街の狂騒を背に、塔を見上げた。


 壺売りも、契約書詐欺も、すべてはこの都市の異常さを示す前座に過ぎない。この塔の中にこそ、本当の闇と、俺たちの目的アレクがある。


「行くぞ。……勇者サマのお目覚めの時間だ」


 俺の号令と共に、最強の「悪徳」パーティが、難攻不落の塔へと足を踏み出す。


 狂気の宗教都市に、本物の嵐が巻き起こるまで、あと少し。

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