56.蹂躙する悪意、咆哮する悲劇
「ウ、オォォォォォォォ……ッ!!」
幻術のリリィに拒絶されたゲインズが、頭を抱えて獣のように咆哮する。絶望がトリガーとなり、遺物の暴走が加速する。皮膚が裂け、そこからさらに鋭利な骨が突き出し、彼の体はもはや人型を留めていなかった。ただ破壊を撒き散らすだけの、肉の爆弾。
「あははっ!見事な変貌!これこそが『殉教』ですわ!」
瓦礫の上で、メルフィが指揮者のように杖を振るう。
「さあ、汚れ物は消毒しませんとね。その命、最後の一滴まで燃やし尽くして、教会の恥を雪ぎなさい……『狂える羊への福音』!」
ドス黒い光がゲインズを包む。
それは回復魔法ではない。対象の生命力を薪にして、一時的に身体能力を限界突破させる――そして効果終了後には確実に死に至る、禁忌の強化魔法。彼女はゲインズを救う気など微塵もない。暴走させて俺と共倒れにさせるか、自壊させて「処分」するつもりだ。
「……テメェ」
俺はギリリと奥歯を噛み締めた。だが、メルフィの悪意はそこで止まらなかった。彼女はクルリと杖を回し、今度はその切っ先を俺に向けた。
「さて、仕上げです。……怪物さん?よぉく見てごらんなさい。そこに立っている男が『誰』なのか」
パチン、と彼女が指を鳴らす。
瞬間、俺の周囲の空気が歪んだ。
「ア……?アアッ……!?」
ゲインズの視線が、俺に釘付けになる。その瞳に宿ったのは、先ほどまでの混乱ではない。明確で、ドス黒い、怨嗟の炎だった。
「オマエ……!……リリィヲ……ッ!!」
(……あ?)
ゲインズの殺気が、桁違いに跳ね上がる。
奴には俺がどう見えている?
リリィを奪った憎き『領主』か?かつて彼らを地獄に落とした、あの肥え太った貴族に見えているのか?
「リリィ……!!」
ゲインズが血の涙を流しながら絶叫する。
さっきの幻影――リリィに「汚らわしい」「死んで」と罵倒された記憶が、彼の心を切り刻んでいるはずだ。それでも、怪物は止まらない。
「オマエダケハ……殺スッ!!リリィヲ……返セェェェッ!!」
それは、あまりにも悲痛な愛の叫びだった。自分を拒絶した少女のために、自分の全てを奪った(と錯覚させられている)俺に向かって、命を燃やして特攻を仕掛けてくる。どんなに姿が変わろうと、どんなに心が壊れようと、彼の中にある「あの子を助けたい」という想いだけは、呪いのように張り付いて消えていなかったのだ。
「ぷっ……あはははは!傑作!なんて滑稽で醜い愛なんでしょう!」
その姿を見て、メルフィが腹を抱えて爆笑する。
「拒絶されたのに?あんなに酷いことを言われたのに?それでも助けようとするなんて、ストーカーもいいところですわ!あーキモチワルイ!……でも、その無様さが最高に『人間』らしくて、ゾクゾクしちゃいますぅ♡」
安全圏からゲインズの純粋な想いを踏みにじり、嘲笑う声。
その姿に、俺の中の導火線が完全に燃え尽きた。
「……上等だ」
俺はゆっくりと剣を構え直した。
「楽しいか?他人の純愛を脚本にして、特等席で見物するのは」
「ええ、最高ですわ!だって、報われない努力ほど美しいものはありませんもの!さあ領主様、神を信奉する教会に贖う愚か者!あの哀れなピエロに殺されてあげてくださいな!」
話が通じる相手じゃない。こいつは純粋な「悪」だ。神への信仰以外、他者の尊厳など欠片も認めていない。
「そうかよ。なら……教えてやる」
俺は地面を踏みしめ、力を込める。
「お前が好きな絶望ってやつを……今からテメェに叩き込んでやるよ!!」
ドンッ!!
俺は地面を爆砕させ、ゲインズの横をすり抜けるように突っ込んだ。狙うはメルフィの首。
「オオオォォォッ!!」
ゲインズが反応する。幻術によって「仇敵」に見えている俺を逃がすまいと、巨大な爪が迫る。
「邪魔だァッ!!」
俺は避けない。
真っ向から剣を振るい、ゲインズの腕ごと、その向こうにいるメルフィへの射線を切り開く。
ザンッ!!
一閃。ゲインズの剛腕が宙を舞う。
「ア゛ッ!?」
怪物が体勢を崩す。その隙間から、驚愕に目を見開くメルフィの顔が見えた。
「なっ……!?」
だが、俺の本能が警鐘を鳴らす。メルフィの輪郭が、陽炎のように揺らめいている。
(幻術で座標をごまかしてやがるな?この動揺も罠か?)
なら、視覚に頼るのはやめだ。
「逃がすかよッ!!」
俺は剣を持ったまま、空いた左足で、足元の石畳を思い切り踏み抜いた。
ドォォォォォンッ!!
爆音と共に地面が炸裂する。俺の踏み込みは、単なる足踏みではない。局地的な地震だ。砕けた敷石と大量の土砂が、衝撃波に乗って散弾のように全方位へ撒き散らされた。
「なっ……!煙幕ですか!?」
メルフィの幻影が声を上げる。
視界を奪うための目くらましだと思ったのだろう。だが、俺の狙いはそこじゃない。
(幻術で『視覚』は騙せても、『物理演算』までは誤魔化せねえだろ!)
俺は全神経を研ぎ澄まし、舞い上がる砂埃の「流れ」を凝視した。
瓦礫の上に立っているメルフィ。そこを通過する砂埃は、何かに衝突することなく、彼女の体をすり抜けて流れていく。――そこには「実体」がない。
だが、何も無いはずの空間の一点。そこだけ、舞い上がった土煙が不自然に弾かれ、何もない空間に「人の形」の空白を描き出した。
「――そこか」
俺は確信と共に、その「空白」へ向かって剣を投擲した。
ヒュンッ!!
「きゃっ!?」
悲鳴が上がった。何もない空間から血飛沫が舞い、メルフィの姿が実体化する。剣は彼女の頬を掠め、その背後の瓦礫に深々と突き刺さっていた。
「……っ、痛い……!あぁ、私の顔が……!」
メルフィが頬を押さえ、よろめく。指の隙間から、赤い鮮血が滴り落ちるのが見えた。
「見つけたぜ、カスが」
俺はゲインズの追撃を躱しながら、凶悪な笑みを向けた。当たり判定さえ掴めれば、殺せる。
「……その首、次は外さねぇ。」
「……」
メルフィが俯く。恐怖に震えているのか。
ざまあみろ。自分が狩られる側になった気分はどうだ――。
「――なぁんて♡」
そう思った、瞬間。メルフィが顔を上げ、ケラケラと笑った。
「え?」
彼女が頬から手を離す。そこには、傷一つなかった。血の一滴すらついていない、陶器のような肌がそこにあるだけだ。
「……う、そだろ?」
確かに斬った手応えはあった。血も出た。
だというのに、彼女は何事もなかったかのように、ペロリと舌を出してウィンクしてみせたのだ。
「演技ですわよ、バーカ。……まさか、その程度の『お遊び(オモチャ)』で、私に傷をつけられるとでも思いました?」
底冷えするような悪寒が走った。
幻術じゃない。斬った端から再生したのか、それとも最初から斬撃そのものを無効化したのか。俺の理解を、何かが一段超えている。
「野蛮人のお遊戯は退屈ですわね。はぁ……ゲインズ様、やっておしまいなさい。時間を稼ぐくらいできるでしょ」
メルフィは欠伸を噛み殺しながら、ゲインズに更なる幻術をかけ、後退りした。
撤退する気か?
だが、その前には暴走して膨れ上がったゲインズが、最後の壁となって立ち塞がっている。
「返セ……リリィヲ……返セェェェッ!!」
泣き叫びながら殴りかかってくる怪物。その姿はあまりに痛々しく、そして――もう手遅れだった。
(……クソッ。こいつを片付けないと、あいつには届かない)
俺は一度、メルフィへの殺意を抑え込み、目の前の悲しき怪物に向き直った。
「悪かったな、ゲインズ。……助けてはやれない」
俺は拳を握りしめた。
「だが、せめて……あんなクソ女の玩具のままで終わらせてはやらない」
俺は深く腰を落とし、剣の柄を握る手に渾身の力を込める。俺は魔法なんて便利なものは使えないし、奴の呪いを解く奇跡も起こせない。だから、これは「浄化」でも「救済」でもない。
ただの、圧倒的な暴力による「破壊」だ。
ミシミシミシッ……!
剣の柄が悲鳴を上げる。強靭な握力。魔力強化など必要ない。純粋な筋肉と運動エネルギーだけで、大気すら震わせる。
「ガアアアアッ!!」
ゲインズが迫る。俺は一歩も引かず、その懐へと踏み込んだ。
ドォォンッ!!
踏み込みだけで石畳が粉砕される。俺の脳内で、習得している剣術スキルが起動する。
(――悪いな、ゲインズ。痛む暇も与えない)
「『帝王剣術』スキル――」
俺は剣を振りかぶり、暴走する核が存在するであろう位置、一点を見据えた。
「――『一閃』!!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!
閃光のような縦一文字。
それは斬撃というより、剣の形をした質量兵器による断絶だった。魔法障壁も、再生する肉の鎧も、暴走する遺物も。全てを物理的な破壊力のみで叩き斬り、粉砕する。
パリンッ。
核が砕ける音が、戦場に響き渡った。
「…リ…ィ…」
ゲインズの巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。これが最後だ。
慈悲なき介錯。それが、俺にできる唯一の「救い」だった。
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