表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/71

54.悲しき獣

――ズドォォォォォンッ!!


 大聖堂前広場に、爆音が轟いた。


 俺の拳と、怪物化したゲインズの巨大な剛腕が正面から衝突した音だ。


「ア……ガ、アアアッ!?」


 競り負けたのは、怪物の方だった。建物ほどもある巨体が、風船のように弾き飛ばされ、瓦礫の山へと突っ込む。


「悪いな、騎士団長。……こっちはお前の行動パターン、全部頭に入ってるんだよ」


 俺は腕を軽く振り、土煙の中へ歩み寄る。相手はレイドボス。本来なら高レベルプレイヤーの集団で挑む強敵だ。だが、俺はこの『悲恋のゲインズ』戦を、前世で嫌になるほど周回している。攻撃の予備動作、クールタイム、HP減少によるモードチェンジ。全てが手に取るように分かる。


「オ、レ……ヲ……バカニ……ッ!!」


 瓦礫の中から、ゲインズが咆哮と共に飛び出してくる。


 その背中から、骨のような翼が展開され、無数の黒い魔弾が雨のように俺へと降り注ぐ。広域殲滅魔法『ダーク・レイン』。


(来るぞ。これは開幕の固定行動だ)


 俺は冷静に地面を蹴った。魔弾の弾道はランダムに見えて、安全地帯セーフティ・ゾーンが決まっている。俺は最小限の動きで弾幕をすり抜け、一瞬で懐へと潜り込む。


「らぁっ!!」


 ボディへの膝蹴り。ドゴッ! という鈍い音が響き、ゲインズの鎧が腹部からひしゃげる。


「ガハッ……!?」


 怪物が血反吐をぶちまけて膝をつく。俺は追撃の手を緩めない。次は右腕の振り下ろし。その次は咆哮からの全方位衝撃波。分かっているなら、避けるのは造作もない。


「遅い!」


 俺はゲインズの攻撃を紙一重で躱し、カウンターで肘打ちを叩き込む。


 バキボキッ!


 ゲインズの腕の骨が砕ける音がする。だが、怪物の再生能力スキルが即座に発動し、折れた骨がメリメリと音を立てて元に戻っていく。


(再生速度が速いな……。だが、削りきれる。次のフェーズはHP50%を切った時の『突進チャージ』だ。予備動作は右足の踏み込み――)


 俺は勝ちを確信し、迎撃の体勢を取った。


 ゲインズが右足を踏み込む。予想通りだ。俺は左へステップし、カウンターの準備をする。


 問題無い。このまま押し切れる。


 ――その時だった。


 ズリュッ。


 踏み込んだゲインズの右足が、ありえない方向に膨張した。


 突進ではない。


 踏み込んだ足そのものが、巨大な「杭」となって、地面を波打たせながら全方位へ爆散したのだ。


「なッ……!?」


 攻略情報にない攻撃。ゲームの挙動アルゴリズムには存在しない、暴走した遺物が引き起こした未知のスキル変異なのか。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


 回避スペースがない。


 全方位からの飽和攻撃。


 俺は思考を切り替え、とっさに腕をクロスさせ、防御体勢を取るしかなかった。


 ――ズドォォォォンッ!!!!


 衝撃が走った瞬間、全身の骨がきしむ音が脳内に響いた。まるで巨大なプレス機で全身を挟まれたような重圧。俺の体は枯れ葉のように吹き飛ばされ、広場の石畳をバウンドしながら転がり、商店の壁を突き破ってようやく止まった。


「が、はっ……!!」


 口から大量の鮮血が溢れ出る。


 腕の感覚がない。骨にヒビが入っているのが分かる。内臓がひっくり返ったような吐き気。


(……死...ねる...か!)


 俺は感覚の消えかけた指でポーションを鷲掴みにし、栓を噛み千切って一気に煽った。 喉を焼く猛烈な苦味。直後、内側から肉が沸騰するような再生熱が駆け巡り、傷口を塞いでいく。 傷はある程度癒えた。だが、震えは止まらない。 止めどなく溢れる冷や汗が、たった今、死の淵を覗き込んだ恐怖を冷酷に突きつけていた。



 ――死にそうになったのなんて、いつ以来だ?



 脳裏に、古い記憶がフラッシュバックする。転生した直後のあの日。まだレベル1の肥満児だった俺が、屋敷の庭で遭遇した『キラーマンティス』。あの時、俺は動けなかった。ただのカマキリの幼体相手に、腰を抜かし、食われるのを待つだけの餌だった。あの時の、内臓が凍りつくような冷たい感覚。生物としての格の違いを見せつけられた絶望感。


 あれ以来、俺は強くなった。


 レベルを上げ、ワイバーンを落とし、魔人を倒し……いつしか忘れていた。自分が「死ぬ生き物」であるということを。この世界が、コンティニューのない現実であるということを。



(……思い出した。これが『死ぬ恐怖』だったな)



 今の俺のステータスはゲインズにとって防御は紙同然。一発。たった一発、ガードの上からでも、HPの半分をごっそり持っていかれた。もし直撃していたら即死。次にガードしても、二発目は耐えられないだろう。


 つまり、ここからは――『被弾=死』だ。


 ガチガチと奥歯が鳴る。


 だが、あの日の庭とは違う。今の俺の足は、すくんでいない。


「……ハッ、上等だ。ゲーム通りにいかねぇのが、現実リアルの醍醐味だよな、すっかり忘れてたぜ」


 俺は口元の血を拭い、ニヤリと笑った。恐怖で足がすくみそうになるのを、ゲーマーとしての意地で無理やりねじ伏せる。極限の緊張感に脳が研ぎ澄まされていく感覚。もう、予備動作など信じない。全てを「初見」として対応する。


 俺は剣を抜いた。ここからは力押しじゃない。針の穴を通すような、精密な殺し合いだ。



「来いよ、騎士団長。……もう当たらねぇぞ」



 ドンッ!!



 俺とゲインズが同時に動いた。


 怪物の爪が、風を切り裂いて迫る。速い。さっきよりも数段速くなっている。HPが減ってモードチェンジしたのか。だが、俺には見える。見えなきゃ死ぬ。


(右、左、薙ぎ払い……そこだッ!)


 迫りくる死の暴風雨。その僅かな隙間を、俺は紙一重ですり抜ける。風圧だけで肌が切れる。鼻先を死が掠めていく。


 一歩間違えばミンチになる恐怖を、あえて楽しむように、俺は怪物の懐深くへと滑り込んだ。


「邪魔だッ!」


 斬り上げる。


 狙うは胸部を覆う分厚い白銀の鎧。だが、深く斬りすぎれば中の心臓ごとゲインズを殺してしまう。かといって浅ければ再生される。皮膚一枚、鎧一枚だけを削ぎ落とす、神業の斬撃。


 ガガガガッ!!


 剣花が散る。俺の剣が、ゲインズの胸部装甲を削り取っていく。


「ウオオオオオッ!!」


 ゲインズが暴れる。全方位への衝撃波。


 俺はそれをバックステップで躱し、着地と同時に再加速。


 斬る。躱す。斬る。躱す。


 息をする暇もない攻防。汗が目に入る。筋肉が悲鳴を上げる。だが、止まらない。止まれば死ぬ。この綱渡りを、あと数秒続けなければならない。


 そして――。


 パカンッ。


 乾いた音が響き、ゲインズの胸を覆っていた最後の装甲が弾け飛んだ。


 その下から、ドクンドクンと脈打つ、赤黒く禍々しいコアが露わになる。


「ア……ガ……ァ……?」


 ゲインズが動きを止めた。急所を晒された本能的な恐怖と、核に直接外気が触れたことによるショック状態。



(……入った!)



 俺は剣を捨て、拳を握りしめた。


 この一瞬。この隙だけが、唯一の勝機。


 俺は全身の力を右拳に集中させる。


 殺すな。破滅させるな。


 ただ、その「呪い」だけを叩き出し、彼を人間に引き戻す。


「終わりだ、ゲインズ!!」


 俺は地面を蹴り、トドメの一撃を放つべく跳躍した。


 怪物の瞳に、人間だった頃の理性の光が微かに戻りかけた、その瞬間だった。

【応援よろしくお願いします!】

 「面白かった! 続きが気になる!」と思ったら

 下にある☆☆☆☆☆から作品への応援お願いいたします。

 面白かったら★5、つまらなかったら★1など正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!

 ブックマークもいただけると本当にうれしいです。

 執筆を続ける力になりますので、なにとぞお願いいたします。

 続きが気になる方はブクマしてもらえると励みになります(´・ω・`)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ