54.悲しき獣
――ズドォォォォォンッ!!
大聖堂前広場に、爆音が轟いた。
俺の拳と、怪物化したゲインズの巨大な剛腕が正面から衝突した音だ。
「ア……ガ、アアアッ!?」
競り負けたのは、怪物の方だった。建物ほどもある巨体が、風船のように弾き飛ばされ、瓦礫の山へと突っ込む。
「悪いな、騎士団長。……こっちはお前の行動パターン、全部頭に入ってるんだよ」
俺は腕を軽く振り、土煙の中へ歩み寄る。相手はレイドボス。本来なら高レベルプレイヤーの集団で挑む強敵だ。だが、俺はこの『悲恋のゲインズ』戦を、前世で嫌になるほど周回している。攻撃の予備動作、クールタイム、HP減少によるモードチェンジ。全てが手に取るように分かる。
「オ、レ……ヲ……バカニ……ッ!!」
瓦礫の中から、ゲインズが咆哮と共に飛び出してくる。
その背中から、骨のような翼が展開され、無数の黒い魔弾が雨のように俺へと降り注ぐ。広域殲滅魔法『ダーク・レイン』。
(来るぞ。これは開幕の固定行動だ)
俺は冷静に地面を蹴った。魔弾の弾道はランダムに見えて、安全地帯が決まっている。俺は最小限の動きで弾幕をすり抜け、一瞬で懐へと潜り込む。
「らぁっ!!」
ボディへの膝蹴り。ドゴッ! という鈍い音が響き、ゲインズの鎧が腹部からひしゃげる。
「ガハッ……!?」
怪物が血反吐をぶちまけて膝をつく。俺は追撃の手を緩めない。次は右腕の振り下ろし。その次は咆哮からの全方位衝撃波。分かっているなら、避けるのは造作もない。
「遅い!」
俺はゲインズの攻撃を紙一重で躱し、カウンターで肘打ちを叩き込む。
バキボキッ!
ゲインズの腕の骨が砕ける音がする。だが、怪物の再生能力が即座に発動し、折れた骨がメリメリと音を立てて元に戻っていく。
(再生速度が速いな……。だが、削りきれる。次のフェーズはHP50%を切った時の『突進』だ。予備動作は右足の踏み込み――)
俺は勝ちを確信し、迎撃の体勢を取った。
ゲインズが右足を踏み込む。予想通りだ。俺は左へステップし、カウンターの準備をする。
問題無い。このまま押し切れる。
――その時だった。
ズリュッ。
踏み込んだゲインズの右足が、ありえない方向に膨張した。
突進ではない。
踏み込んだ足そのものが、巨大な「杭」となって、地面を波打たせながら全方位へ爆散したのだ。
「なッ……!?」
攻略情報にない攻撃。ゲームの挙動には存在しない、暴走した遺物が引き起こした未知のスキル変異なのか。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
回避スペースがない。
全方位からの飽和攻撃。
俺は思考を切り替え、とっさに腕をクロスさせ、防御体勢を取るしかなかった。
――ズドォォォォンッ!!!!
衝撃が走った瞬間、全身の骨がきしむ音が脳内に響いた。まるで巨大なプレス機で全身を挟まれたような重圧。俺の体は枯れ葉のように吹き飛ばされ、広場の石畳をバウンドしながら転がり、商店の壁を突き破ってようやく止まった。
「が、はっ……!!」
口から大量の鮮血が溢れ出る。
腕の感覚がない。骨にヒビが入っているのが分かる。内臓がひっくり返ったような吐き気。
(……死...ねる...か!)
俺は感覚の消えかけた指でポーションを鷲掴みにし、栓を噛み千切って一気に煽った。 喉を焼く猛烈な苦味。直後、内側から肉が沸騰するような再生熱が駆け巡り、傷口を塞いでいく。 傷はある程度癒えた。だが、震えは止まらない。 止めどなく溢れる冷や汗が、たった今、死の淵を覗き込んだ恐怖を冷酷に突きつけていた。
――死にそうになったのなんて、いつ以来だ?
脳裏に、古い記憶がフラッシュバックする。転生した直後のあの日。まだレベル1の肥満児だった俺が、屋敷の庭で遭遇した『キラーマンティス』。あの時、俺は動けなかった。ただのカマキリの幼体相手に、腰を抜かし、食われるのを待つだけの餌だった。あの時の、内臓が凍りつくような冷たい感覚。生物としての格の違いを見せつけられた絶望感。
あれ以来、俺は強くなった。
レベルを上げ、ワイバーンを落とし、魔人を倒し……いつしか忘れていた。自分が「死ぬ生き物」であるということを。この世界が、コンティニューのない現実であるということを。
(……思い出した。これが『死ぬ恐怖』だったな)
今の俺のステータスはゲインズにとって防御は紙同然。一発。たった一発、ガードの上からでも、HPの半分をごっそり持っていかれた。もし直撃していたら即死。次にガードしても、二発目は耐えられないだろう。
つまり、ここからは――『被弾=死』だ。
ガチガチと奥歯が鳴る。
だが、あの日の庭とは違う。今の俺の足は、すくんでいない。
「……ハッ、上等だ。ゲーム通りにいかねぇのが、現実の醍醐味だよな、すっかり忘れてたぜ」
俺は口元の血を拭い、ニヤリと笑った。恐怖で足がすくみそうになるのを、ゲーマーとしての意地で無理やりねじ伏せる。極限の緊張感に脳が研ぎ澄まされていく感覚。もう、予備動作など信じない。全てを「初見」として対応する。
俺は剣を抜いた。ここからは力押しじゃない。針の穴を通すような、精密な殺し合いだ。
「来いよ、騎士団長。……もう当たらねぇぞ」
ドンッ!!
俺とゲインズが同時に動いた。
怪物の爪が、風を切り裂いて迫る。速い。さっきよりも数段速くなっている。HPが減ってモードチェンジしたのか。だが、俺には見える。見えなきゃ死ぬ。
(右、左、薙ぎ払い……そこだッ!)
迫りくる死の暴風雨。その僅かな隙間を、俺は紙一重ですり抜ける。風圧だけで肌が切れる。鼻先を死が掠めていく。
一歩間違えばミンチになる恐怖を、あえて楽しむように、俺は怪物の懐深くへと滑り込んだ。
「邪魔だッ!」
斬り上げる。
狙うは胸部を覆う分厚い白銀の鎧。だが、深く斬りすぎれば中の心臓ごとゲインズを殺してしまう。かといって浅ければ再生される。皮膚一枚、鎧一枚だけを削ぎ落とす、神業の斬撃。
ガガガガッ!!
剣花が散る。俺の剣が、ゲインズの胸部装甲を削り取っていく。
「ウオオオオオッ!!」
ゲインズが暴れる。全方位への衝撃波。
俺はそれをバックステップで躱し、着地と同時に再加速。
斬る。躱す。斬る。躱す。
息をする暇もない攻防。汗が目に入る。筋肉が悲鳴を上げる。だが、止まらない。止まれば死ぬ。この綱渡りを、あと数秒続けなければならない。
そして――。
パカンッ。
乾いた音が響き、ゲインズの胸を覆っていた最後の装甲が弾け飛んだ。
その下から、ドクンドクンと脈打つ、赤黒く禍々しい核が露わになる。
「ア……ガ……ァ……?」
ゲインズが動きを止めた。急所を晒された本能的な恐怖と、核に直接外気が触れたことによるショック状態。
(……入った!)
俺は剣を捨て、拳を握りしめた。
この一瞬。この隙だけが、唯一の勝機。
俺は全身の力を右拳に集中させる。
殺すな。破滅させるな。
ただ、その「呪い」だけを叩き出し、彼を人間に引き戻す。
「終わりだ、ゲインズ!!」
俺は地面を蹴り、トドメの一撃を放つべく跳躍した。
怪物の瞳に、人間だった頃の理性の光が微かに戻りかけた、その瞬間だった。
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