53.圧倒的な力
王都の大通りは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「逃げろぉぉぉ!大聖堂の方から化け物が来るぞぉぉ!!」 「いやだ、死にたくない!押すな!」
石畳を砕きながら進む巨大な影。
それは、かつて人間だったモノの成れ果てだ。
聖騎士の白銀の鎧が内側から膨張した肉塊に食い込み、背中からは折れた剣のような骨が翼のごとく突き出している。顔の半分は溶解し、残った片目だけが、憎悪と後悔に赤く爛々と輝いていた。
「ア……ァ……。オレ、ヲ……ミト、メ……ロ……ッ!!」
ドォォォォォン!!
怪物が腕を振るうたび、建物が紙細工のように吹き飛ぶ。
遺物『魔人の心臓』。早い話、枢機卿が使用した『魔神の心臓』の劣化版だ。
使用者の負の感情を糧に、肉体を異形へと作り変える呪物。原作では、レイドボスとしてプレイヤーたちを絶望の淵に叩き込んだその姿が、今、現実となって目の前にあった。
そんな地獄の中を――俺は一人、全速力で逆走していた。
「どけえぇぇぇッ! 邪魔だ邪魔だァ!!」
【敏捷2500】。枢機卿を倒し、以前に増して成長した脚力で石畳を踏み砕き、逃げ惑う群衆の波を縫うように駆け抜ける。魔法など必要ない。ただの身体能力だけで、風よりも速く疾走する。まぁそもそも俺に魔法は使えないが。
目的地は、爆心地である大聖堂前広場。怪物の正面だ。
「おい見ろ!あの方、さっきの貴族様だぞ!?」 「馬鹿な!そっちは化け物がいるんだぞ!戻れ!」
すれ違う市民たちが、血相を変えて俺を止めようとする。
うるさい。知ってるよ。だから行くんだよ。
「関係ねぇ!俺は忙しいんだよ!そこでモタモタしてると巻き添え食うぞ、さっさと失せろ!!」
俺は邪魔な避難民を怒鳴りつけ、足止めになりそうな巨大な瓦礫を、素手で殴り飛ばしながら進んだ。一刻も早く現場に着いて、あの怪物を単独で叩きのめさなければならない。時間が経てば経つほど、ゲインズの魂は遺物に食い尽くされ、救済ルートのフラグが折れてしまうからだ。
だが、俺の罵倒を聞いた市民たちの反応は、予想外のものだった。
「……なんてことだ。俺たちを逃がすために、あえて悪態を……!」 「自分一人が囮になって、時間を稼ぐつもりなんだわ!」 「あの背中を見ろ!恐怖など微塵も感じさせない、堂々たる走り!あれは噂のヴェルト様では……!」
「……あぁ!?」
走りながら背後をチラ見すると、涙ぐみながら俺の背中に手を合わせている集団が見えた。違う。俺は単に、お前らが進路妨害で邪魔だっただけだ。
「……ッ、俺たちも急げ!あの方の覚悟を無駄にするな!」 「騎士団の誘導に従え!子供と年寄りを優先だ!」
俺の意図とは真逆に、市民たちの避難速度が劇的に向上した。恐怖によるパニックが収まり、奇妙な連帯感が生まれている。
……まあ、結果的に避難がスムーズになるなら、それでいいけど。
◆
一方、混乱の渦中にある大聖堂近くの路地裏。
我先にと逃げ惑う聖職者たちの流れに逆らい、一人の女性が立っていた。かつて『断頭台』と呼ばれた元・異端審問官、ロゼ。
今はただのロザリアだ。彼女は今、街に溶け込む地味な外套を羽織り、冷え切った瞳で大聖堂を見上げていた。
彼女は、金目の物を抱えて逃げようとしていた初老の司祭を見つけると、その胸倉を乱暴に掴み上げ、路地の壁に叩きつけた。
「ひぃっ!?な、何をする!私は司祭だぞ!」
「黙りなさい、この豚」
ロザリアの声は、氷のように冷徹だった。かつて見せていた「ドジな行商人」の演技など欠片もない。あるのは、腐敗した古巣への軽蔑と、抑えきれない嫌悪感だけだ。
「あそこで暴れている化け物は何?聖騎士団が守っていたはずの大聖堂から出てきたようだけど?」
「し、知らん!ゲインズ様が……団長が地下の封印を解いて、あのような姿に……!わ、私は悪くない!逃がしてくれ!」
「……はっ。聖騎士の頂点が、禁忌に手を出して魔人化?呆れて物も言えないわね」
ロザリアは侮蔑の鼻息を漏らすと、ゴミを捨てるように司祭を突き飛ばした。
「失せなさい。二度と神の名を口にするな」
這うように逃げ去る司祭を冷ややかな目で見送り、ロザリアは巨大な影が暴れる広場へと視線を向けた。
(やっぱり、ヴェルト君が言った通りだわ。この組織はもう、救いようがないほど腐りきってる)
彼女の脳裏に、自分を拾い上げた悪徳領主の顔が浮かぶ。教会に裏切られ、使い捨てにされかけた自分に、「居場所」を与えてくれた男。
「……知らせなきゃ」
このふざけた事態を収拾できるのは、神でも聖騎士でもない。あの規格外の男だけだ。ロザリアは外套のフードを目深に被り直すと、ヴェルトの姿を探して駆け出した。
◆
王城のバルコニー。
「放してください、セバスチャン!ヴェルト様がお一人で戦場へ向かっているのですよ!?」
身を乗り出そうとするマリアの腕を、セバスチャンが静かに、しかし鉄のような力で掴んでいた。
「なりませぬ。ヴェルト様の命令です。『ここに残れ』と」
「ですが!ここからでも感じるあの怪物の力は異常です!いくらヴェルト様でも、万が一ということがあれば……!」
「マリア。貴女はヴェルト様を信じていないのですか?」
セバスチャンの低い声に、マリアがハッと息を呑む。
「……信じて、います。誰よりも」
「ならば待ちましょう。ヴェルト様には考えがあるのです。あえて我々を遠ざけ、単独で向かった意味が」
セバスチャンの眼鏡の奥の瞳が、遠く土煙の上がる市街を見据える。
その背後では、急遽運び込まれた錬金器具を展開し、ネロが不敵な笑みを浮かべながら薬瓶を振っていた。
「はんっ、泣き言言ってんじゃねーぞメイド。相手はあの悪徳領主だぞ?あんなデカブツごとき、デコピン一発で沈めるに決まってんだろ」
ネロは完成したばかりの黄金色のポーションを、これ見よがしに掲げた。
「この天才であるネロ様が、特製の回復薬を作ってやってるんだ。あの悪徳領主が万が一ドジ踏んで怪我しても、これさえあれば一瞬で完治だ。……ま、俺様の薬を使うまでもないだろうがな!」
「ニーナさんが、城門前で瓦礫の撤去と怪我人の搬送を手伝っているわ!『ヴェルト様が守ろうとした人たちだから』って!」
騒ぎの鎮静化を図るため、城内の指揮を執っていたシルヴィア王女が慌ただしく部屋に入ってきて叫んだ。
その横には、国王陛下に肩を貸すシャルロット王女と、二人の王妃の姿があった。
「……父上。無理です、お体に障ります!」
「よい、シャルロット。……王として、余にはなさねばならぬことがある」
国王は青白い顔ながらも、毅然とした足取りでバルコニーへ向かい、手すりへと歩み寄った。
眼下には、混乱する王都と、不安に怯える多くの民の姿がある。
「……もう、終わりだ……」 「神よ……」
瓦礫に座り込む者、泣き叫ぶ子供を抱きしめる者。絶望の色が、疫病のように街を覆い尽くそうとしていた。
国王は大きく息を吸い込み、魔道具で拡声された声を、王都中に轟かせた。
『我が愛しき国民よ! 顔を上げよ!!』
王の声に、逃げ惑う人々が足を止め、城を見上げる。
『恐れることはない。余は知っている。この程度の絶望など、彼にとっては“通過点”に過ぎぬことを!』
王は力強く、土煙の上がる大聖堂の方角を指差した。
『見よ!今、其方らのために剣を取った者がおる! 彼はたった一人で、あの災厄に立ち向かった。それは無謀ではない。皆も記憶に新しいはずだ。先日の聖なる夜、教会を乗っ取り、魔神と化した枢機卿をたった一撃で討ち果たした英雄の姿を!』
おおぉぉ……!と、どよめきが広がる。あの日、大聖堂で起きた奇跡。直接見た貴族、新聞で知った者、その記憶が民衆の脳裏に蘇る。
『彼こそが、その英雄――アークライト卿だ!彼が単騎で挑むのは、確固たる勝算と、其方らを守りたいという高潔な魂故の行動だ! 我らは彼を信じ、今は己の命を守ることに専念せよ!アークライト卿が居る限り、王都は決して滅びぬ!!』
王の宣言。それは、絶望に染まりかけていた王都に灯った、確かな希望の光だった。
わぁぁぁぁぁっ!!
地鳴りのような歓声が湧き上がる。「英雄アークライト」の名を呼ぶ声が、恐怖の悲鳴を塗り替えていったのだった。
◆
「……陛下、ハードル上げすぎですよ」
大聖堂前広場。
王城から風に乗って聞こえてくる王の演説と、それに呼応する民衆のどよめきを聞きながら、俺は頭を抱えた。あんな大見得を切られたら、無様に負けることなど許されない。いや、負ければ死ぬだけだから関係ないか。
俺は視線を前へと戻す。
そこには、崩れ落ちた尖塔の瓦礫の上に立つ、建物ほどの高さに膨れ上がった肉塊――かつてゲインズだったモノが、荒い息を吐きながらこちらを見下ろしていた。
「オレヲ……バカニ……ヤツラ…コ゚…ロシ……」
理性を焼かれ、憎悪だけを垂れ流すその姿。放たれるプレッシャーは凄まじい。だが、不思議と俺の心臓は落ち着いていた。
(大丈夫だ、今の俺のスペックは人間を遥かに超越している...)
「鑑定」
俺は迫りくる巨大な腕をバックステップで躱しながら、スキル<鑑定>を発動した。視界に赤いノイズが走り、怪物の頭上に不吉なステータスウィンドウがポップアップする。
「……表示が揺れてる。正確な数字じゃないのか?」
【名前】堕ちた聖騎士ゲインズError...
【レベル】85Error...
【HP】200000Error...
【MP】130000Error...
【筋力】3000Error...
【防御】300Error...
【敏捷】500Error...
【スキル】<限界突破Lv.-><怨嗟再生 Lv.9><広域破壊 Lv.8>Error...
【状態】暴走/呪いError...
(っ......流石は腐ってもレイドボスだな。いくつかのステータスに関しては俺を凌駕していやがる。魔神だった枢機卿よりゲインズの方が強いんじゃないか?)
しかし、たった一人で?タンクもヒーラーもなしで、この肉塊を削り切るのか。
(……骨が折れそうだな、こりゃ)
「よお、騎士団長。随分と派手なイメチェンだな」
俺は腰の剣を抜き、不敵に笑ってみせた。切っ先がピタリと怪物の眉間に定まる。その腕に、微塵の揺らぎもない。
「部下に逃げられ、主君に裏切られ、最後は化け物か。……同情はするぜ。だがな」
俺は剣を構え、言い放つ。
「俺の安眠を妨害した罪は重い。――さっさと楽にしてやるから、覚悟しな」
グアアアアアアアアアアアアッ!!!!
呼応するように、怪物がその巨大な腕を振り上げ、鼓膜を破るほどの咆哮を上げた。
原作屈指の鬱イベント『悲恋のゲインズ』。救済不可能と言われた運命をねじ曲げるための、たった一人のレイドバトルが今、幕を開ける。
【応援よろしくお願いします!】
「面白かった! 続きが気になる!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から作品への応援お願いいたします。
面白かったら★5、つまらなかったら★1など正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
執筆を続ける力になりますので、なにとぞお願いいたします。
続きが気になる方はブクマしてもらえると励みになります(´・ω・`)




