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52.勇者不在のレイドバトル

「……ふぅ。これでようやく、静かになりそうだな」


 国王陛下の寝室。


 感動の再会(主に暑苦しい筋肉王子による一方的な抱擁)と、それを俺が蹴り飛ばしたことによるドタバタが一段落し、部屋には奇妙な安堵感が漂っていた。


 ベッドの枕元には、二人の高貴な女性が涙を拭いながら佇んでいた。


 一人は、燃えるような赤髪を結い上げた、凛々しい顔立ちの女性。第一王子マクシミリアンと隣国へ嫁いだとされる第一王女の母である、第一王妃だ。もう一人は、月光のような銀髪を垂らした、儚げで美しい女性。シルヴィアとシャルロットの母である、第二王妃だ。


 彼女たちとはこれが初対面となる。聞けば、国王が伏せっている間、代行として公務に忙殺されていたらしい。彼女たちが国を支えていたからこそ、王城は完全に崩壊せずに済んでいたわけだ。


 第一王妃が、毅然とした態度で、しかし潤んだ瞳で俺を見つめ、深々と頭を下げた。


「アークライト卿……。夫を、そしてこの国の未来を救ってくれたこと、心より感謝します。今まで公務にかまけて挨拶もできず、申し訳ありませんでした。……あの暑苦しい息子マクシミリアンがご迷惑をおかけしたでしょうが、貴殿のような方がいてくれて、本当に良かった」


 続いて、第二王妃も娘たちと同じ宝石のような碧眼を細め、震える声で礼を述べた。


「ヴェルト様……。娘たちの笑顔だけでなく、私の愛する人の命まで救ってくださいました。……あの気難しいシルヴィアが心を許した殿方ですもの、私も貴方様を信頼しております。この御恩は、生涯忘れません」


 二人の王妃、そして娘たちに囲まれ、ベッドの上の国王陛下も穏やかな表情を浮かべていた。顔色はまだ青白いものの、その瞳はしっかりと開かれている。



「……礼を言うぞ、若きアークライトの当主よ」



 国王陛下が、掠れた声で俺に視線を向けた。その瞳には、病み上がりとは思えないほどの老獪な知性と、底知れぬ威厳が宿っている。さすがは一国の王といったところか。


「余を蝕んでいた『呪い』が消えた。……まさか、伝説ともされる『竜の因子』を、こうもあっさりと御してみせるとはな。まるで、最初から全てを知っていたかのような手際だ」


「いえいえ、たまたまですよ。運が良かっただけです」


 俺は適当に肩をすくめた。


 もちろん、建前だ。俺は最初から知っていた。『竜の因子』による暴走は、天才魔術師による解析と、聖女による物理的浄化があれば治せるということを。原作の知識通りに最強のカード(ネロとニーナ)を揃え、それを適切なタイミングで切っただけだ。


 だが、この古狸のような王の目は、そんな俺の思考の奥底まで探っているように見える。


「運、か。……聖女の奇跡と、至高の魔術。その二つを同時に手元に置き、己の手足のように使いこなす者を、余は『運が良い』だけとは呼ばんよ」


「買い被りすぎです。それに、私はただの領主ですから。王家の揉め事にこれ以上首を突っ込むつもりはありません。あとは身内で仲良くやってください」


「ふっ……欲のない男だ。だが、そうもいくまい」


 国王は楽しげに笑うと、ベッドの脇に控えていた二人の娘――シルヴィアとシャルロットに視線を移した。


 氷のようだったシルヴィアは、頬を朱に染めてモジモジと指先を合わせている。計算高いシャルロットは、扇子で口元を隠しているが、その瞳は熱っぽい視線で俺を捉えて離さない。


「見ろ。娘たちがこれほど信頼した目で見ている男は初めてだ。あの気難しいシルヴィアが心を許し、誰にもなびかなかったシャルロットが熱を上げている。……どうだ? アークライト卿。国を救った褒美に、この際二人まとめて嫁にもらってくれんか?」


 国王が、とんでもない爆弾発言を投下した。


「ち、父上ッ!? 何を仰るのですか!?」


 シルヴィアが顔を真っ赤にして叫ぶ。だが、その手は無意識に俺の袖を掴んでいた。


「わ、私は別に……! ただ、こいつがいないと『アイスクリーム』の供給が止まってちょこーっと困るだけで……! そ、そうです! これは私の生存に関わる契約の問題であって、嫁とかそういうのでは……!」


 必死に早口で言い訳をするが、その視線はチラチラと俺の方を見ている。「まんざらでもない」というのが顔に書いてあるぞ、氷禍の姫様よ。


「あら、素敵ですわ父上。わたくしは大賛成です」


 対照的に、シャルロットは扇子を開いて優雅に微笑んだ。


「ヴェルト様ほどの英雄なら、姉妹二人で支えるくらいが丁度よろしいかと。……ねえ、ヴェルト様? アークライト領の別邸で、三人仲良く暮らすのも悪くありませんわよ?」


「シャルロットまで……! いけません、抜け駆けは許しませんよ! アイスの配給権は私が筆頭なのですから!」


「ふふ、お姉さまったら素直じゃありませんこと」


 キャッキャと騒ぐ美人姉妹。その光景に、国王だけでなく第二王妃までもが、口元に手を当てて嬉しそうに頷いた。


「ええ、ええ。ヴェルト様なら安心ですわ。……ですが、子爵という位では王女二人を降嫁させるには釣り合いが取れませんね。最低でも公爵……いえ、いっそ『大公』の位を授けるべきでしょう」


「うむ、母上の言う通りだ! ヴェルト殿なら私の弟(義弟)になる資格は十分にある!」


 マクシミリアン王子まで暑苦しくサムズアップしてくる。待て待て、話が飛躍しすぎだ。外堀を埋めるな。


 俺が頭を抱えそうになった、その時だった。


 ギチチチチチ……。


 背後から、何かがきしむような、不穏な音が響いた。


「……おやおや。困りましたわね」


 振り返ると、ヴェルトの指示で陛下のために果物を切っていたマリアが満面の笑み(目は笑っていない)を浮かべながら、手にした果物ナイフを飴細工のようにねじ切っていた。


「ヴェルト様の平穏を守るはずが……王家の皆様方が寄ってたかって、ヴェルト様の自由(と貞操)を奪おうとなさるとは。……害虫駆除の対象リストに『王族』を追加すべきでしょうか? それとも、物理的に口を塞げば静かになりますか……?」


 ドス黒いオーラがマリアから噴出し、室温が急激に下がる。


「ひぃっ! マリアさん、落ち着いてください! 殺気が漏れてます! 筋肉が萎縮しちゃいます!」


 ニーナが涙目でマリアを抑えようとするが、マリアの目は完全に据わっていた。


「やれやれ……。モテる男は辛いですな」


 セバスチャンが呆れたように肩をすくめる。


 その時、扇子で口元を隠していた第二王妃が、殺気などどこ吹く風といった様子で、ポンと手を打った。


「あら、それなら解決策は簡単ですわ。そのメイドの方――マリアさんも、一緒に娶ってしまえばよろしいのではなくて?」


「……へ?」


 マリアの動きがピタリと止まった。


 部屋に充満していた殺気が、瞬時に霧散していく。


「側室でも、あるいは第三夫人でも。ヴェルト様がそれほど信頼されている方なら、王家としても歓迎いたしますわよ?」


「私が……ヴェルト様の……お嫁さん……?」


 マリアの顔がボッと音を立てて沸騰した。さっきまでの般若のような形相はどこへやら、今は両手で頬を押さえ、クネクネと身をよじらせている。


「あぁん……♡ ヴェルト様と結婚……毎朝のお目覚めから夜の寝室まで……合法的にずっと一緒……うふ、うふふふふ……♡」


「……チョロいな」


 俺は思わずボソリと呟いた。だが、これでひとまずは収まったようだ。


 国王の冗談、娘たちの色めき、王妃の画策、そしてメイドの妄想。


 カオスだが、そこには確かな「平和」があった。死の淵にあった王が目覚め、家族が笑い合う。俺が守りたかった、ただの平穏な日常の一コマだ。


「……はぁ。陛下、勘弁してくださいよ。私は忙しいんです。領地の畑の様子も見なきゃいけないし、マリアの機嫌も取らないといけないし、あと寝たいし」


「ヴェルト様、畑仕事などしたことないではありませんか」


 セバスチャンの冷静なツッコミをスルーし、俺は苦笑いしながら踵を返そうとした。


 ――その時だった。



 ズズズズズズズズ…………。



 王城全体が、いや、王都の大地そのものが震えた。地震? いや、違う。もっと局所的で、爆発的な振動だ。


「な、なんだ!?」


 マクシミリアン王子が剣に手をかける。窓ガラスがビリビリと音を立てて震え、棚から花瓶が落ちて割れた。第一王妃がとっさに第二王妃を庇い、騎士たちが王のベッドを囲む。


 直後。



 グオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!!!



 遠くから、鼓膜を直接殴りつけるような、おぞましい咆哮が轟いた。


 獣のようでいて、どこか人間の怨念が混じったような、聞く者の精神を逆撫でする不快な音。


「ひっ……!?」 「な、今の声は……!?」


 シルヴィア王女が怯え、国王の顔色が再び悪くなる。俺は窓辺に駆け寄り、外の様子を確認した。


 王城から少し離れた場所――教会の大聖堂がある方角だ。そこから、もうもうと巨大な土煙が上がっているのが見えた。立派な尖塔が崩れ落ち、その瓦礫の中から、何かが這い出そうとしている。


「……あー?」


 俺は目を細めて蠢く何かを凝視した。


「セバス。あれ、何だと思う?」


「…………断定はできませんが。位置と枢機卿の事例を鑑みるに、地下の『宝物庫』に封印されていた何かしらの遺物が、何者かの手によって解き放たれたのかと。……そして、その『何者か』が、遺物の力に飲み込まれて暴走している状態と推察します」


 セバスチャンが眼鏡の位置を直し、淡々と分析する。


「ただ、それなりに厳重に管理されていると思いますので、一般人がおいそれと入れる場所ではないはずですが」


「とすると、心当たりがあるのは宰相か聖騎士団長あたりか?力に溺れるにはおあつらえ向きの素材だな」


 俺は頭をガシガシと掻きながら、脳内の知識を高速で検索する。


 地下宝物庫、遺物、そして宰相か騎士団長。……可能性があるとすれば.....これは原作に存在するサブイベントの一つ、『悲恋のゲインズ』だろう。


 本来はマルチプレイで発生する高難易度のレイドバトル(複数人でボスを倒す)イベントで、特段メインストーリーに関わるものでは無いので気にしていなかったが……まさか、こんなタイミングで発生するとはな。


 このイベントは以前のメルザと同じ、普通に倒せばゲインズが醜く果てるだけの、いわゆる「鬱イベント」……だが、違うのは、攻略方法として実現可能な運命を変える隠しルートが存在している点。


 その条件は――『勇者がたった一人で対峙すること』。


 多勢で挑めば怪物は暴走を加速させるが、個の武勇で圧倒した場合のみ、その魂に届く可能性がある。


 だが、今の王都に勇者はいない。


(……なら、俺がやるしかないか)


 俺は小さく息を吐き、覚悟を決めた。


「ヴェルト殿! あれは一体……!?」 「マクシミリアン、直ちに騎士団を向かわせよ! 市民の避難が最優先だ!」


 国王と王子が慌ただしく指示を出し始める。だが、それでは駄目だ。騎士団が束になってかかれば、あの怪物はより凶悪化し、救いようのない結末を迎えることになる。


「……仕方ない」


 俺はボキボキと首を鳴らした。


「――お前たちはここに残れ。騎士団は避難誘導だけ頼む。あれは俺がやる」


「「「!?」」」


 俺の言葉に、配下が目を見開いた。


 マリアが一歩前に出る。


「なっ……何を仰るのですか、ヴェルト様! あの規模の怪物、お一人では……!」


「いいから聞け。お前たちの任務は、ここの護衛だ」


 俺は、不安そうに身を寄せ合う王妃や王女たち、そして病み上がりの国王へと視線を流した。


「せっかくの家族団らんだ。外のきな臭い空気で、この部屋を汚させたくない。……それに、あの程度の掃除に、わざわざアークライト家の総力を挙げるまでもないさ」


 それは半分本音で、半分は嘘だ。


 本当は、この「勇者単独クリア条件」を俺が満たせるかどうかの賭けだ。だが、そんなメタな事情を説明するわけにはいかない。


「ちょ、待てヴェルト! まさか一人で行く気か!?」


 呼び止める筋肉王子を無視して、俺は窓枠に足をかけた。


「決まっているだろう。――俺はお前らを救った英雄だぞ?心配するな」


 俺はニヤリと不敵に笑い、窓から外へと身を躍らせた。


「ヴェルト様――ッ!!」


 背後でマリアやシルヴィアたちの悲鳴のような声が聞こえたが、俺は振り返らない。


 眼下には、黄昏の朱と夜の闇が混ざり合う混乱する王都の街並みと、その中心で暴れ回る悲しき「怪物」の姿。


(悪いな、聖騎士団長。勇者じゃないが、代役が相手をしてやる)


 風を切りながら、俺は右手に力を込めた。


 やれやれ。悪徳領主も楽じゃないな。さっさと片付けて、今度こそ安眠を手に入れてやる。

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