5. 異常な成長と、歪み始めた献身
夕暮れ時。森の木々が長い影を落とす頃、俺とセバスチャンは屋敷への帰路についていた。
「はぁ……はぁ……。流石に、やりすぎたか……」
俺の足取りは重い。全身の筋肉が悲鳴を上げ、泥と汗、そして魔物の体液で服はぐちゃぐちゃだ。だが、その表情は晴れやかだった。
今日の戦果。
フォレスト・スライム:5体
ワイルド・ラット(巨大ネズミ):3体
ホーン・ラビット(角付きウサギ):1体
これだけ倒して、レベルは『5』まで上がった。たった数時間でレベル5。普通のRPGなら序盤のサクサク進行だが、命がけの現実でこれを達成するのは並大抵のことじゃない。
そして、肝心のステータスは――。
【名前】ヴェルト・フォン・アークライト
【レベル】5
【HP】440
【MP】202
【筋力】105
【防御】90
【敏捷】98
【知力】85
【運】41
【スキル】<忍耐 Lv9><剣術 Lv.9><解体 Lv.9>
「……やりすぎだろ」
歩きながらステータス画面を見て、思わず乾いた笑いが漏れる。筋力100超え。これはゲーム中盤、レベル30前後の前衛職に匹敵する数値だ。今の俺は、10歳のデブでありながら、素手で熊を絞め殺せる怪力を有していることになる。
「ヴェルト様、大丈夫ですか?おんぶしましょうか?」
隣を歩くセバスチャンが声をかけてくる。彼は無傷だ。俺の危ない場面を的確にフォローしつつ、経験値は全て俺に譲ってくれた。優秀すぎる。
「いや、歩く。これもトレーニングだ」
「……左様でございますか。それにしても、末恐ろしい才能ですな。まさか初陣で、ホーン・ラビットの突進を剣で受け止めるなど」
「まぐれだよ」
まぐれじゃない。筋力でゴリ押しただけだ。だが、セバスチャンの目を見るに、俺への評価が「手の掛かるドラ息子」から「得体の知れない可能性を秘めた主君」へと変わりつつあるのを感じる。よしよし、順調だ。
◆
屋敷に到着すると、玄関ホールには既にマリアが待機していた。俺たちの姿――特に、ボロボロになった俺の姿を認めた瞬間、彼女の顔色がサッと青ざめた。
「ヴェ、ヴェルト様……ッ!?」
マリアが弾かれたように駆け寄ってくる。その勢いは凄まじく、俺がよろめくほどだった。
「そのお怪我……!服もボロボロで……血が……!」
「あ、ああ。大丈夫だマリア。これは返り血がほとんどで――」
「すぐに手当てを!お湯と包帯を準備しています!さあ、こちらへ!」
マリアは俺の言葉を遮り、半ば強引に俺の手を引いて歩き出した。その手は小さく震えているが、握る力は痛いほどに強い。
(……前までは俺に触れるのも怖がっていたのに、随分と積極的になったな)
俺の「誠実キャンペーン」が功を奏している証拠だろう。俺は抵抗せず、マリアに引かれて自室へと戻った。
◆
風呂で汚れを落とした後、俺はベッドに腰掛けていた。マリアが救急箱を持って、俺の頬の傷の手当てをしてくれている。最初のスライム戦で浴びた、溶解液による火傷の痕だ。
「……痛みますか?」
消毒液を染み込ませたガーゼを当てながら、マリアが心配そうに覗き込んでくる。至近距離にある彼女の瞳は、潤んでいて、どこか熱っぽい。
「いや、平気だ。これくらいの名誉の負傷がないと、男らしくないだろ?」
俺が軽口を叩くと、マリアの手がピタリと止まった。
「……名誉、ですか?」
彼女の声のトーンが、ふっと低くなった気がした。
「ええ、そうですね。ヴェルト様は立派です。あんなに弱かったのに……たった一人で、こんなに傷ついて、強くなって……」
マリアの指先が、ガーゼの上から俺の頬を愛おしむように撫でる。その感触に、俺は少し背筋がゾクリとした。なんだろう。くすぐったいような、それでいて、蛇に見入られたような感覚。
「でも、許せませんね」
「え?」
「ヴェルト様のお体に傷をつけた、下等な魔物たちが、です」
マリアはニッコリと笑っていた。笑っているのだが、その目は全く笑っていなかった。瞳の奥に、暗くて重い、底知れない何かが渦巻いている。
「もし私がその場にいたら……その魔物たち、一匹残らずミンチにして、火にくべて、灰になるまで踏み潰して差し上げましたのに」
「マ、マリア……?」
「あ、いえ!失礼いたしました!言葉が過ぎました!」
俺が引いたのを感じ取ったのか、マリアはハッとしていつもの弱気な表情に戻った。……今の、なんだったんだ?普段の小動物みたいなマリアからは想像もつかない、ドス黒い殺気が漏れていたような。
「治療、終わりました。……あの、ヴェルト様」
「ん?なんだ?」
「この、血のついたガーゼと、破れたお洋服……私が処分しておきますね」
マリアは俺の返り血と、スライムの体液が付着したボロボロのシャツ、そして今使ったガーゼを大事そうに胸に抱えた。普通なら汚がってゴミ箱に直行させるものだ。だが彼女は、それをまるで宝物か何かのように、うっとりとした手つきで撫でている。
「……ヴェルト様が頑張った証ですから。私が、責任を持って『処理』いたします」
「あ、ああ……頼む」
俺は得体の知れない圧に押され、頷くしかなかった。
マリアは恭しく一礼すると、血まみれの洗濯物を抱えて部屋を出て行った。扉が閉まる直前。隙間から見えた彼女が、抱えたシャツに顔を埋め、深く息を吸い込んでいるのが見えたのは――きっと、俺の気のせいだろう。
「……よし、寝よう!疲れてるんだ、俺は!」
俺は嫌な予感を振り払うように、布団を頭まで被った。
その夜。俺は夢を見た。勇者アレクに殺される夢ではない。暗闇の中で、マリアが俺の血がついたガーゼを瓶詰めにして、怪しく微笑んでいる夢を。
(……まさかな。あんな良い子が…いやゲームでもマリアは序盤にしか出てこなかったちょい役だし、意外に俺はマリアのことを何も知らないのかもしれないな…え?)
そう、俺はまだ知らない。俺の異常な成長速度が、周囲の人間を惹きつけ、そして狂わせ始めていることを。死亡フラグをへし折った代償に、別の「重たいフラグ」が立ち始めていることを。
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