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41.聖なる夜の断罪劇

 晩餐会へ出発する直前。


 ホテル『金獅子亭』のスイートルームにて。俺は窓の外、夕闇に沈む王都を見下ろしながら、かつてプレイしたゲームの「あるサブイベント」を思い出していた。


(……確か、ゲーム本編とは違うルートだが、教会内の『反勇者派閥』が画策した陰湿なイベントがあったな)


 それは、勇者の名声を地に落とすための自作自演。

 

 教会は暗部を使って王女を誘拐し、それを「勇者が王女を連れ去った」と偽装して指名手配するという、胸糞の悪いシナリオだ。勇者は無実を証明するために奔走することになるのだが……。


(奴らの手口はワンパターンだ。今回も同じ手を使ってくるなら……俺たちがホテルを出た瞬間、あるいは道中で『王女奪還』という名目の襲撃部隊を差し向けてくる可能性はある)


 目的は、シャルロットの身柄確保。


 もしここでシャルロットを奪われれば、俺は「王女を誘拐した悪党」として処断され、シャルロットは教会に「保護」という名目で軟禁され、口を封じられる。枢機卿は、その「既成事実」を作った上で、晩餐会で俺を断罪するつもりだろう。


「……セバス、マリア。少し予定を変更する」


 俺は振り返り、従者たちに短く指示を出した。


「出発と同時に、ネズミが湧くかもしれん。……徹底的に『掃除』しろ。ただし、シャルロットには指一本触れさせるな」


       ◆


 そして、予想は的中した。


 ホテルを出て馬車に乗り込もうとした瞬間、周囲の路地から覆面の男たち――教会の暗部とおぼしき集団が雪崩れ込んできたのだ。


「王女殿下を確保せよ! 悪徳領主から奪還するのだ!」


 大義名分を叫びながら襲いかかる刺客たち。だが、俺たちにとっては準備運動にもならなかった。


「……あらあら。ゴミ出しの時間にはまだ早いですのに」


 マリアがため息混じりにナイフを閃かせ、セバスチャンが流れるような体術で男たちを無力化していく。襲撃はわずか数分で鎮圧された。


「……やはり来ましたわね。ヴェルト様の読み通りですわ」


 シャルロットが扇子で口元を隠し、冷ややかに転がる男たちを見下ろす。


「ああ。これで確信した。枢機卿は『お前を確保した』という報告を待っているはずだ。……あるいは、連絡が途絶えたとしても『混乱に乗じて確保したはずだ』と思い込むだろう」


 俺はニヤリと笑った。


「今更気にはしませんが、随分と枢機卿の性格にお詳しいのですね?」


「ただの勘さ、だから、少し遅れて来てくれ。俺が先に乗り込んで、奴に『王女は手元にいない(奪われた)』と錯覚させる。……奴が勝ち誇った瞬間に、お前が登場して梯子を外すんだ」


「ふふっ。性格が悪いですわね。……ええ、乗りましたわ」


 こうして、俺たちは別々の馬車で大聖堂へと向かった。


       ◆


 ――そして現在。聖教会大聖堂。


 馬車を降り、巨大な正門の前まで来た俺の足を止めたのは、見覚えのある嫌な顔だった。


「……ようこそ、アークライト卿」


 昼間の検問で、俺たちに難癖をつけてきたあの聖騎士隊長だ。


 彼は数十名の部下を背に従え、勝ち誇ったようなニヤついた笑みを浮かべて俺の前に立ちはだかった。


「田舎領主にしては、随分と遅い到着だな。……もしや、怖気づいて逃げ出そうとしていたのかな?」


「生憎だが、道端のゴミ掃除に手間取ってな」


 俺が襲撃部隊のことを暗に匂わせると、隊長は「やはりな」と言わんばかりに鼻を鳴らした。彼は、自分の放った手勢が王女の確保に成功し、俺が手ぶらでここに来たのだと思い込んでいるようだ。


「フン。減らず口を叩けるのも今のうちだ。枢機卿猊下がお待ちだ。……精々、粗相のないようにな。犯罪者予備軍の田舎者」


 すれ違いざま、隊長が俺にだけ聞こえる声で嘲笑う。


 俺は足を止めず、その耳元で、氷のような殺気を込めて囁き返した。


「ああ、気をつけるよ。……床が汚れると悪いからな。お前たちの血で」


「あ?」


 隊長が顔をしかめるより早く、俺は正面の大扉に手をかけた。


 ギィィィィィ……。


 重厚な扉が開くと、パイプオルガンの音色と、数百の視線が俺たちを出迎える。


 俺はニーナとロザリア、セバスチャンだけを連れて、大聖堂のホールに足を踏み入れた。


 正面の祭壇前。


 豪奢な椅子に座る枢機卿は、俺の背後に「シャルロット王女がいない」ことを確認すると、口元に勝利の笑みを浮かべた。


(ククッ……。愚かな若造め。王女を連れてこられなかったか。……やはり、我が暗部が奪還に成功したか、あるいは隠さざるを得ない状況に追い込まれたようだな)


 枢機卿の思考が手に取るように分かる。


 彼は立ち上がり、両手を広げて朗々と言い放った。


「……よく参られました、アークライト卿。この私こそが枢機卿、グライア・バチカンです」


 その目は、完全に俺を見下していた。


「遠路はるばる、教会の『迷える子羊』を送り届けてくださったこと、神に代わり感謝いたしますよ」


 枢機卿の視線が、俺の背後に隠れているニーナを射抜く。


「さあ、戻っておいで、聖女ニーナ。……外の世界は怖かっただろう? 神も、君の帰還を待ち望んでいるよ」


 その声は慈愛に満ちているように聞こえるが、中身は強制だ。『所有物』を返せという圧力。


「……お言葉ですが、猊下」


 俺は一歩前に出て、ニーナを背に庇った。


「彼女は怯えています。貴方方が守るべき勇者を失い、彼女を置き去りにしたあの日からずっとね。……神が聖女ニーナの帰還を望んでいる?それは随分と都合の良い言葉だ」


 会場がざわつく。一介の地方領主が、教会の最高権力者に口答えをしたのだ。


「ほう……。若さゆえの無知とは恐ろしい。何を勘違いしているかは知りませんが、我々は勇者を失ってなどいませんよ。彼は修行の旅に出ているだけです」


 枢機卿は表情一つ変えず、息をするように嘘を吐いた。


 そして、本題へと切り込む。


「それに、貴殿には別の容疑もかかっている。……報告によれば、貴殿は行方不明のシャルロット王女殿下を誘拐し、屋敷に軟禁しているそうですね?」


 来た。


 枢機卿は、自分の手勢が王女を確保した(あるいはヴェルトが王女を隠した)と確信しているからこそ、ここで「誘拐犯」として俺を糾弾し、一気に潰しにかかってきたのだ。


 聖騎士たちが一歩踏み出し、会場の出口を塞ぐように展開した。完全に包囲されている。


「貴殿の馬車に王女のお姿がないのが何よりの証拠。……さあ、正直に白状なさい。王女殿下をどこへやったのですか? 教会が責任を持って保護いたします」


 枢機卿が手を差し出す。拒否すれば、即座に「反逆者」として処断される構図だ。会場の貴族たちも「まさか誘拐とは」「なんて恐ろしい」とヒソヒソ噂し始めている。枢機卿のシナリオ通りに空気が醸成されていく。


 ――だが、俺は慌てず騒がず、パチンと指を鳴らした。


「誘拐? 軟禁? ……人聞きの悪い」


 その合図と共に、聖堂の入り口の扉が再び大きく開かれた。


「誰が誘拐されたと仰るのですか? 枢機卿」


 凛とした声が響き渡り、ざわめきがどよめきに変わる。


 現れたのは、銀髪を美しく結い上げ、純白のドレスを纏ったシャルロット王女だった。その背後には、護衛のマリアが不敵な笑みを浮かべて控えている。


「王女殿下……どこから!?」 「ご無事だったのか……!」 「なぜここに……!?」


 貴族たちが驚きの声を上げる中、シャルロットは優雅に歩み寄り、呆然とする枢機卿を見上げた。


「な……ッ!?」


 枢機卿の顔が引きつる。


 あり得ない。自分の暗部が確保したはずではなかったのか。なぜ、彼女が自らの足で、しかもヴェルトの味方のような顔をして現れるのだ。


「わたくしは、アークライト卿に『招待』されて、バカンスを楽しんでいただけですわ。……それを誘拐だなんて。教会の情報網は、随分と曇っているようですわね?」


「……っ、バ、馬鹿な……」


 枢機卿の計算が音を立てて崩れ去る。誘拐という大義名分が消滅した瞬間だ。


 だが、古狸はすぐに体勢を立て直し、脂汗を拭いながら不気味な笑みを深めた。


「……おお、これは失礼いたしました。殿下がお元気そうで何よりです。手違いがあったようですな」


 苦しい言い訳だ。だが、彼はまだ終わっていない。


「ですが、聖女の件は別です。彼女は教会の……いえ、神の使徒。即刻、引き渡していただきましょう。一介の領主風情が独占してよいものではないのですから」


 王女がダメなら聖女だ。彼は強引に話を戻し、権力で押し切ろうとする。


「…スゥー」


 俺はふいっと枢機卿から視線を外し、天井の美しいフレスコ画を見上げながら、わざとらしいほど大きな声で独り言を呟き始めた。


「あーあ、それにしても不思議だなぁ! 最近、妙な噂を耳にしましてねぇ。あくまで『独り言』なんですが……」


「……は?急に 何をブツブツと……。気でも触れましたか?」


 枢機卿が鼻で笑う。


 だが、俺は構わず、聖堂中に響くような声量で続けた。


「教会の御用達である『ベネディクト商会』! あそこへの先月の支払名目が『大聖堂修繕費』になっていましたけど……私の見たところ、この聖堂に工事が入った形跡は欠片もない! いやぁ、私の目が節穴なんですかねぇ!?」


「……ん?」


 枢機卿のグラスを持つ手が、ピクリと止まる。


「それから、北部の飢饉救済のために集められたという支援物資! あれも妙だなぁ! 輸送ルートが被災地ではなく、なぜか国境付近の闇市へ向かう『裏街道』を通っている! 担当したのは……確か『銀の天秤シルバー・スケール組合』でしたっけねぇ!?」


「な……」


 枢機卿の表情から、徐々に余裕が剥がれ落ちていく。頬が引きつり、額に脂汗が滲む。『ベネディクト商会』に『銀の天秤組合』。それは彼しか知り得ない、裏帳簿の中だけの名前だ。なぜ、外部の人間がそれを知っている?


 俺はチラリとも彼を見ず、虚空に向かって決定的な言葉を放った。


「極めつけは、ゾルダンの闇組織『金喰いゴールド・イーター』への定期的な送金だ! 名目は『廃棄物処理』となっていたが……ハッ、笑わせる! まさか、神に仕える身が、亜人の奴隷や人体実験の被験者を『廃棄物』と呼んでいるわけじゃありませんよねぇ!!?」


「き、貴様ぁ……ッ!!」


 ガシャンッ!!


 枢機卿がグラスを取り落とし、床で粉々に砕け散った。


 会場が静まり返る中、枢機卿の絶叫が響く。


「だ、黙れッ!! 何を訳のわからん妄言を!!」


 俺はそこで初めて枢機卿の方を向き、氷のような冷笑を向けた。


「……おや、どうされました? ただの『独り言』ですよ?」


「ぐっ……うぅ……!」


「俺はただ、彼女ニーナを守っているだけですよ。……こんな『汚れた組織』からな」


 俺は懐から、一束の羊皮紙を取り出した。


 ドサリ。


 俺は偽造した裏帳簿の束を、枢機卿の目の前のテーブルに放り投げた。


「……こ、これは?」


「見ての通りだ。今、俺が独り言で言った『免罪符の売上流用』、『支援物資の横流しルート』、そして……『亜人奴隷の売買記録』。全て網羅させてもらった決算書だよ」


 枢機卿が震える手で帳簿を掴む。その目は泳ぎ、脂汗が滝のように流れている。


「……馬鹿な。これは……捏造だ! 教会を貶めるための卑劣なデマだ! こんなもの、何の証拠にもならん!」


 枢機卿が叫び、帳簿を床に叩きつける。


 当然の反応だ。偽物は所詮偽物。だが、俺はニヤリと笑い、ロザリアの背中を押した。


「デマかどうかは、そこの彼女が知っている。……なぁ、ロザリア?」


 ロザリアが、意を決したように前に出た。彼女は首元に手をかけ、ドレスの下に隠していた『銀の十字架』のチャームを引きちぎるように取り出し、衆目に晒すように高々と掲げた。


「……っ!」


 それを見た瞬間、周囲の高位聖職者たちが息を呑む。銀色に輝く十字架には、剣の意匠が刻まれている。それは、枢機卿の直属だけに与えられる、絶対的な身分証だったからだ。


「あの証は!?」 「まさか、あの女は教会の……?」


 貴族たちの間に衝撃が走る。


 ロザリアは震える手で十字架を握りしめ、枢機卿を睨みつけた。そして、決死の覚悟を込めた「嘘」を吐いた。


「……その帳簿の内容は、事実です。私は……この十字架を授かったあの日から、『金喰い虫』への支払いと、実験体の運搬を命じられていましたから」


「ロ、ロザリア……!? 貴様ッ、裏切ったのか!?」


 枢機卿が絶句した。


 当然だ。彼はロザリアにそんな極秘任務を命じた覚えはない。彼女はただの処刑人であり、資金の流れなど知らされていなかったはずだからだ。


 だが、証拠(銀の十字架)を見せつけられた会場の貴族たちには、それが「教会の人間による真実の暴露」にしか見えない。


「……なっ、で、でたらめだ! 私はそんな命令など貴様には下していない! 何も知らないはずだ!」


 枢機卿が慌てて否定するが、それが墓穴だった。


 「貴様には命令していない」ということは、「命令そのものが存在する」ことを認めたようなものだ。


 ロザリアは悲痛な表情で(内心では舌を出しながら)首を振った。


「いいえ、猊下。……もう、終わりにしましょう」


「黙れッ! この女はアークライトに買収されている! ……そうだ、本物の帳簿など存在するはずがない!あれは....っ!」


 枢機卿が口を滑らせかけ、ハッとして口をつぐむ。


 俺とロザリアによる「偽物の証拠」と「嘘の証言」に揺さぶられ、つい口走ってしまったのだ。


(……今だ)


 俺は心の中でカウントダウンをした。人間は、自分の秘密が暴かれそうになった時、無意識に「一番大切な隠し場所」を確認してしまう生き物だ。今、枢機卿の思考は、混乱の中で一つの場所に集中している。


『まさか、本物の帳簿が盗まれたのか? いや、あそこは絶対に見つからないはずだ。地下三階、祭壇の裏にある隠し金庫は……』


 その思考の揺らぎ、視線の先、魔力の乱れ。それら全てを、聖堂の外から見つめる「目」がある。


       ◆


 ――大聖堂の屋根の上。


 夜風に吹かれながら、一人の薄汚い男が、酒瓶を片手に聖堂の内部を「透視」していた。


「……見えたぜ」


 『千里眼』のガストン。彼の瞳は今、壁も結界も透過し、枢機卿の網膜の動きと魔力の流れを完全に捉えていた。


「地下三階。祭壇の裏側、女神像の足元だ。……隠蔽の術式が解けた一瞬の隙間。あそこに『本物』がある」


 ガストンはニヤリと笑い、懐からネロの作成した通信用の魔石を取り出した。


「おい、ネロ。聞こえるか? ……座標を送る。仕事の時間だ」


       ◆


 一方、聖堂の地下深く。


 通気ダクトの中に潜んでいた灰色の魔術師――ネロ・アリスは、耳元の魔石が光った瞬間に不敵な笑みを浮かべた。


「へっ、待ちくたびれたぜ」


 ネロはダクトを蹴り破り、警報が鳴り響く回廊へと飛び降りた。


「さあて、天才のお通りだ! 邪魔な結界は全部、確率ごとねじ伏せてやるよ!」


       ◆


 再び、聖堂内。


 追い詰められた枢機卿が、なりふり構わず叫んだ。


「ええい、問答無用! 衛兵! 聖騎士! このふざけた詐欺師たちを捕らえろ! 神聖な場所を汚す異端者だ! 抵抗したら全員斬り捨ててかまわん!」


「……やれやれ。神聖な場所で刃傷沙汰とは。神も嘆いておられますよ」


 セバスチャンが前に出て、手首のスナップだけで数本のナイフを投擲する。先頭の騎士たちの剣が弾き飛ばされた。


「なっ……!?」


「おのれ、小細工を! 道を開けろォォッ!」


 混乱する部下たちを押しのけ、先ほどの聖騎士隊長が躍り出た。


 彼は血走った目で俺を睨みつけ、身の丈ほどもある大剣を振りかぶる。


「まずは貴様からだ、田舎領主! その減らず口ごと叩き斬ってやる!」


 殺気と共に振り下ろされる必殺の一撃。だが、俺は眉一つ動かさなかった。



 ガギィンッ!!



 硬質な金属音が響き、大剣が空中で静止する。


 隊長の目が見開かれた。彼の大剣を受け止めたのは、セバスチャンが手にした一本の細いシルバーナイフ――それも、晩餐会のテーブルから拝借したディナーナイフだったからだ。


「な……ッ!? た、ただの食器で、聖剣を受け止めただと!?」


「おや、手入れが行き届いていないようですな。刃毀れしておりますよ?」


 セバスチャンは涼しい顔で微笑むと、手首を軽く返した。ジャリッ、と嫌な音がして、隊長の大剣が根本からへし折れた。


「ば、馬鹿なッ!?」


「アークライト家の執事たるもの、無粋な鉄屑の処理はお手の物でございます」


 セバスチャンは流れるような動作で懐に入り込むと、隊長の鳩尾に掌底を叩き込んだ。


「がはッ……!?」


 巨体がくの字に折れ曲がり、隊長は血を吐きながら後方の騎士たちの群れへと砲弾のように吹き飛んでいった。


「た、隊長が一撃で!?」 「あいつ、ただの執事じゃねぇぞ!」


 そこに、二人の影が滑り込む。


「あらあら。まだゴミが残っていましたのね」


 一人は、ミッドナイトブルーのドレスを揺らすマリア。彼女は優雅にスカートを翻しながら、手にした短剣で、襲い来る騎士の鎧の隙間――腱や関節を正確に貫いていく。


「ヴェルト様のお召し物に、返り血一つ付けさせはしませんわ」


 そしてもう一人は、元処刑人、ロザリア。彼女が漆黒のドレスの裾を翻すと、何本ものナイフが仕込まれていた。


「悪いわね同僚。……私、転職したの」


 冷ややかな呟きと共に、ロザリアの手が霞む。


 放たれた銀閃が、マリアが打ち漏らした騎士たちの手首や足首を縫い止める。


「ぐぁっ!? 動けな……!?」


 かつて『断頭台』と恐れられた処刑人が、氷の微笑を浮かべて舞う。マリアが防ぎ、ロザリアが狩る。


 最強のメイドと処刑人のコンビネーションの前に、聖騎士たちは為す術もなく崩れ落ちていく。



「ひぃぃぃ! こ、来ないでくださいぃぃ!」



 一方、後方ではニーナが涙目で叫んでいた。彼女に向かって、大柄な騎士が剣を振り下ろす。


「悪魔に魂を売った堕ちた聖女め! 神罰を受けろ!」


 ギンッ!!


 鈍い金属音が響いた。


 騎士の目が点になる。彼の全力の斬撃は、ニーナが顔の前でクロスさせた腕――『聖女の鉄甲』によって受け止められていたからだ。傷一つない。


「むー……お返し、しますっ!」


 ニーナが踏み込む。石畳がクモの巣状にひび割れるほどの踏み込み。放たれたのは、聖なるオーラを纏った右ストレート――ニーナ曰く、通称『聖女の鉄拳ホーリー・ナックル』。


 ドゴォォォォォォンッ!!!


 騎士の鎧の腹部がひしゃげ、その体が砲弾のように後方へ吹き飛んだ。巻き込まれた後続の騎士たちもろとも、聖堂の壁に激突して動かなくなる。


「ば、化け物か……!?」


 会場の貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 その混乱の中、突然頭上のステンドグラスが派手に砕け散った。


 ガシャァァァンッ!!


 降り注ぐガラスの雨と共に、一人の少年が舞い降りてくる。灰色の髪をなびかせ、不敵な笑みを浮かべたネロ・アリスだ。彼は着地と同時に、懐から取り出した分厚い帳簿を、テーブルの上に叩きつけた。


 ドンッ!!


「……お待たせしました、悪徳領主様。........これが地下から『回収』してきた、特上のネタだ!」


 あえてだろう、キザなセリフとともにネロがニヤリと笑う。


 俺は帳簿を手に取り、真っ青になった枢機卿に見せつけるように掲げた。表紙には、枢機卿しか知り得ない封印の紋章。


「……ば、馬鹿な!? なぜそれが……!?」


 枢機卿の顔から、完全に血の気が引いた。


 偽物ではない。彼自身が隠し、守り抜いてきた「本物」の裏帳簿だ。


「さあ、答え合わせの時間だ、猊下」


 俺はページを開き、先ほどの偽造帳簿と並べて掲げた。


「俺の記憶が正しければ……内容はほぼ一致しているはずだが?」


 そこには、偽造帳簿に書かれていた通りの、いや、それ以上に詳細で醜悪な取引の記録が刻まれていた。

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