38. 悪徳領主の悪巧み
ホテル『金獅子亭』のスイートルーム。
重厚な扉の向こうで、俺たちはテーブルに置かれた一通の招待状を囲んでいた。
「……『歓迎する、若き領主殿。今宵、大聖堂にてささやかな晩餐会を用意した。友人たちと共に来られたし』……か」
俺は招待状の文面を読み上げ、鼻で笑った。今宵。つまり、猶予はあと数時間しかない。文面は丁寧だが、その行間には『今すぐ聖女を連れて出頭しろ。さもなくば、王都にいる貴様らの安全は保証しない』という強烈な殺気が滲んでいる。
「あうぅ……。あそこに戻るのは嫌です……。また毎日、朝から晩までお祈りと、美味しくないパンだけの生活なんて……」
ニーナが青ざめた顔で震えている。彼女は元々、教会の認定を受けた正規の聖女だ。あの日、勇者アレクと共に俺の屋敷へ討伐に来て、アレクが連れ去られた際に置き去りにされた。教会からすれば、俺は「勇者を失い、心の折れた聖女を不当に監禁している悪党」ということになるだろう。
「甘いな、ニーナ。それだけじゃ済まないぞ」
俺は冷酷な事実を突きつけた。
「祈りや粗食で済めば御の字だ。勇者が俺を討伐出来なかった以上、どうなってるかわからん。つまり奴らはなりふり構わずお前を骨まで使い潰しに来る。……最悪、地下牢に繋がれて一生出られない魔力タンク扱いや、次代の聖女を産ませるための『母体』にされる可能性だってあるんだぞ?」
「ひぃぃぃっ!? ぜ、絶対に嫌ですぅぅ!!」
「安心しろ、ニーナ。お前を渡すつもりはない。だが......現状は『詰み』に近い」
俺は視線を、窓際で優雅に紅茶を飲んでいるシャルロットに移した。
「教会の上層部は、アークライト家が『第三王女』を匿っていることも察知しているはずだ。昼間の検問で、聖騎士隊長に顔を見せちまったからな」
「あの隊長、すでに上へ報告したでしょうね。……わたくしがここにいると分かれば、この招待をどう扱うかによって彼らは『保護』という名目で聖騎士団を送り込んでくるでしょう」
シャルロットが悪びれもせず微笑む。
「つまり、今夜の晩餐会は二重の罠ってことになる。俺から『聖女』を回収し、さらに『王女誘拐』の罪を着せてアークライト家を社会的、物理的に抹殺する。……真っ向から行けば、俺たちは大聖堂という名の処刑台に上ることになる」
「……終わった....はは」
ロザリアが乾いた笑いを漏らす。彼女の顔色は、化粧でも隠しきれないほど悪い。教会の処刑人である彼女にとって、この状況は「組織(教会)と、得体の知れない怪物」の板挟みだ。どちらに転んでも、自分の命はないと思っているのだろう。
「普通ならな。……だが、俺は座して死を待つ趣味はない」
俺は懐から、一束の『羊皮紙』を取り出し、テーブルの上に無造作に放り投げた。ドサリ、と重い音が響く。
「はは……?ヴェルト君。それは?」
ロザリアが怪訝な顔をする。
「これか? ……俺が書き上げた、とある『創作小説』だよ」
「小説……?」
「ああ。ずばりタイトルは『堕ちた聖職者の末路』。……読んでみるか?」
ニヤリと笑い、俺が顎で促すと、ロザリアは恐る恐る帳簿を手に取り、パラパラとめくった。数秒後。彼女の顔色が、恐怖で白く染まった。
「なっ……!嘘?」
彼女の手が震え、カサリ、と帳簿が擦れる音が静寂な部屋に響いた。
それは小説というにはあまりにも無機質だったから。
「この日付、この金額……。それに、支払先に記されているこの名前……ッ!」
ロザリアの目が、ある一行に釘付けになり、凍りついた。
「『ベネディクト商会』に、『銀の天秤組合』……!? な、なんで、外部の人間がこれを知っているのよ……!?」
(ってヴェルト君だったわね....でも改めて見ると信じられないわ)
それは、表向きは敬虔な信徒が運営する貿易会社や労働組合とされている組織だ。だが、その実態は教会が法に触れる汚れ仕事を請け負わせるための、完全なダミー会社である。
そこに記されていたのは、あまりにも精巧で、致命的な記録の数々だった。
貧民救済の名目で集められた『免罪符の売上』が、架空の修繕費として『ベネディクト商会』へ送金され、枢機卿の個人口座へ還流されている記録。戦災孤児への支援物資として集められた食料や衣類が、国境付近の闇市へ横流しされている輸送ルートの明細。
そして何より、ロザリアの目が点になったのは、その資金の流出先の一つに記された、見覚えのある悪名高い名前だった。
「……嘘でしょ? 『金喰い虫』……!? 闇金融組織とも繋がっていたの!?」
そこには、教会が『異端者の処分』や『非合法な実験体の調達』を、あの『金喰い虫』へ外注していた依頼料の支払記録が、生々しい数字として刻まれていたのだ。
「ああ。ゾルダンで俺たちが潰したあの組織だ。奴らのバックにいたスポンサーの一つが、聖教会だったというわけだ」
俺は淡々と告げた。ロザリアが呆然と顔を上げる。その表情は、恐怖というより、底知れない困惑とショックに彩られていた。
「潰しっ!?ええ?....し、知らなかった………教会が、あんな外道な組織と手を組んで、人身売買や薬物実験に加担していたなんて……」
彼女の声が震えている。『断頭台のロゼ』。教会の暗部として恐れられた彼女ですら、この事実は知らされていなかったようだ。彼女はあくまで「神の敵を排除する」という大義名分のもとで動かされていただけ。その裏で、上層部が私腹を肥やし、犯罪組織と癒着しているという「本当の闇」からは遠ざけられていたのだろう。
「……なるほどな。お前、意外と上からの信用がなかったんだな」
俺は憐れむように鼻を鳴らした。
「都合のいい刃物としては優秀だが、金庫の鍵を預けるほどには信用されていなかったってことだ。所詮は使い捨ての『道具』扱いだったわけだ」
「……っ」
ロザリアが唇を噛み締め、帳簿を握りしめる。
否定できない。彼女自身、薄々は感じていたのだろう。重要な決定事項からは外され、現場の殺し合いだけを押し付けられていたことに。
「……ははっ。傑作だわ」
ロザリアが乾いた笑いを漏らし、長い沈黙の後、ぽつりぽつりと自嘲気味に呟いた。
「..........私、これでも教会の暗部……『断頭台のロゼ』なんて呼ばれる処刑人なの。組織の幹部、いいえ 幹部気取りで、教会の裏のことは全部知ってるつもりだった。まぁヴェルト君には全部バレてたみたいだけどね」
彼女は隠していた牙を、自ら折るように言葉を吐き出した。
「汚い仕事も、暗殺も、貴族を殺すことが私みたいな人間を救う事だと信じてやってきたのに……。結局、肝心なことは何も知らされていない、ただの都合のいい『飼い犬』だったってことね」
重い沈黙が流れる。彼女の告白に、仲間たちが反応した。
「えっ……ロザリアさんが、処刑人……?」
ニーナが目を見開き、後ずさる。
「じゃあ、あのドジな商人さんっていうのは……全部、演技だったんですか? 私たちのこと、騙してたんですか……?」
「ド、ドジ.......ま、まぁそうよ、聖女様。私はあんた達を殺すか、弱みを握るために送り込まれた刺客よ」
ロザリアは投げやりに笑った。だが、ニーナは軽蔑するでもなく、ただ悲しげに眉を寄せただけだった。
「あら。ようやく認めましたわね、泥棒猫」
マリアが冷ややかな視線を向ける。
「最初から気づいておりましたわ。貴女から漂う血と鉄の臭い。……ヴェルト様、やはりこの場で処分しておきますか? 今なら生ゴミの日に間に合いますけれど」
マリアが懐からナイフを取り出し、光らせる。
「まあまあ、待ちなさいな」
シャルロットが扇子でマリアを制した。
「わたくしも薄々は感づいておりましたけれど……まさか『断頭台のロゼ』とは。裏社会ではそれなりに名の通った処刑人ですわね。……ふふ、そんな大物が、随分と可愛らしい道化を演じていたものですわ」
シャルロットは楽しそうだが、その目は笑っていない。王女として、暗殺者を警戒するのは当然だ。
四面楚歌。ロザリアは諦めたように肩を落とした。
「殺すなら殺しなよ。……どうせ教会に戻ったって....任務も失敗しちゃったし、ヴェルト君の帳簿の内容を知ってるってバレたら難癖付けられて処分されるだけだし。もう、どうでもいいや~」
彼女の瞳から、生きる意志が消えかけている。だが、俺はそんな彼女の顎を掴み、強引に上を向かせた。
「勝手に終わらせるな。俺は言ったはずだ。『俺の領地は逃げ込んだ者には寛容だ』とな」
「……ヴェルト、君?」
「お前が処刑人だろうが、教会の犬だろうがどうでもいい。重要なのは、お前が『教会の内部事情』を知っていて、かつ『組織に裏切られた』という事実だ」
俺はニヤリと笑った。
「その絶望と怒り、俺が有効活用してやろう。……飼い犬が飼い主の手を噛みちぎるってのも面白いだろう?」
「……っ」
ロザリアの瞳に、微かな熱が戻る。それは忠誠心ではない。復讐心に近い、暗い炎だ。
「……性格悪いわね、ほんと」
「最高の褒め言葉だ。……さて、この帳簿をどうするつもりか、だったな?」
俺は話題を戻し、帳簿を指先で弾いた。
「これを今夜、枢機卿に突きつければ、面白いことになるだろうな。……だが、それじゃあ足りない」
俺は帳簿を指先で弾いた。
「これはあくまで俺が書いたもの、つまりは『偽物の帳簿』だ。筆跡も、紙質も、近づける努力はしたが教会の公式なものではない。奴らが『でっち上げだ』としらを切り、本物を確認されたらそれで終わりだ」
そう。この帳簿は強力な武器だが、弾丸が入っていない銃のようなものだ。相手を脅すことはできても、引き金を引いて殺すことはできない。これを本物にするには、もう一つ、重要なピースが欠けている。
「だからこそ、確保しなきゃならないんだよ。『本物』のありかを暴くための、最高の『目』をな」
その時。部屋の空気がふわりと動き、影から一人の男が現れた。
「――お待たせいたしました、ヴェルト様」
セバスチャンだ。いつの間にか戻っていたらしい。その燕尾服には、埃ひとつ、血の一滴すらついていないが、わずかに王都のスラム特有の、腐った水と安酒の匂いがまとわりついていた。
「お帰り、セバス。……どうだ、『あの男』は見つかったか?」
「はい。王都の下層街、賭博酒場『片目のジャック』にて発見いたしました」
セバスチャンが静かに報告する。流石セバスだ、仕事が早い。
「ですが……少々、厄介な状態です。酒に溺れ、理性も摩耗しきっております。私の言葉など届かぬほどに腐りきっておりましたためヴェルト様に知らせた方が良いと思い、早々に切り上げてきました。連れてくるには、少々手荒な『治療』が必要かと」
「……そうか。まあ、想定内だ」
俺は頷いた。俺たちが探している男――名は『ガストン』。かつては王宮筆頭魔術師の座に最も近いと言われた男であり、あらゆる隠蔽を見破り、千里先を見通すユニークスキル【千里眼】の持ち主。ゲーム内では、ある事件をきっかけに絶望し、スラムで酒浸りになっている重要キャラクターだ。
「ガストン……? まさか、『千里眼のガストン』のこと?」
ロザリアが目を見開く。
「教会の異端審問官ですら、彼に見つかれば隠れ家どころか、何から何まで特定されると言われている、あの?」
「そうだ。まぁ千里眼と言っても万能では無いがな。今夜の晩餐会。俺たちがこの『偽物の帳簿』で枢機卿を揺さぶった時……動揺した奴は、必ず無意識に『本物の隠し場所』を確認するはずだ」
俺は地図を広げ、大聖堂を指差した。
「視線、魔力の揺らぎ、あるいは思考。……その一瞬の隙を、ガストンに【千里眼】で捉えさせ、本物の証拠のありかを特定する。それが俺たちの勝ち筋だ」
逆に言えば、ガストンがいなければ、この偽造帳簿はただの紙屑。俺たちの作戦は画餅に帰す。
「だが、晩餐会まで時間がない。今からスラムへ行って、間に合うのですか?」
マリアが時計を気にする。あと数時間しかない。
「間に合わせるんだよ。……俺が直接行って、あの腐れ外道を叩き直して、首根っこ掴んで連れてくる」
俺は立ち上がり、黒いロングコートを羽織った。
「ロザリア、お前も来い。……教会の裏事情に詳しいお前の知識が役に立つかもしれん」
「えぇぇぇ!? 私もぉ!? スラムなんて行ったら汚れるよぉ!」
「文句を言うな。嫌なら置いていくが……その間にマリアが『お留守番の相手』をしたそうにこっちを見ているぞ?」
「い、行きます! お供しますぅ!」
ロザリアが涙目でついてくる。俺はニヤリと笑い、振り返った。
「ネロ、ニーナ。お前たちもだ。……天才と聖女の顔を見れば、あの酔っ払いも少しは目が覚めるかもしれん」
「ケッ。酔っ払いの相手かよ。俺様の高貴な鼻が曲がっちまうぜ」
「わ、私は……お酒の匂い、苦手なんですけど……」
文句を言いながらも、仲間たちは立ち上がる。
決戦は数時間後。それまでに、最強の「目」を手に入れ、盤面をひっくり返す準備を整えなければならない。
俺たちの夜は、まだ始まったばかりだ。
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