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35.怪物は直ぐ傍に

「……それで、王都での滞在先なのですが」


 出発を明日に控えた昼下がり。俺は執務室で、シャルロットと地図を広げて打ち合わせをしていた。


「父上……いえ、陛下が体調を崩されている以上、あまり派手に動いて反王政派の貴族たちに目をつけられるのは避けたいのですが……」


 シャルロットが憂いを帯びた表情で地図上の王城を指差す。その仕草、言葉の端々に滲み出る気品は、どう隠しても隠しきれていない。まあ、俺は最初から彼女が王女だと知っているから気にならないが、初対面の人間なら「ただの貴族の娘にしては、やんごとないオーラがありすぎる」と不審に思うレベルだ。


「安心しろ。宿は王都でも指折りの高級ホテル『金獅子亭』の最上階を押さえてある。セキュリティは万全だ」


「まあ! あそこは予約が数ヶ月待ちだと聞いておりますのに……さすがはヴェルト様ですわ」


 シャルロットが花が咲いたように微笑む。というか、そこは父上が愛人を囲うのによく利用していた場所らしい。セバスに王都の宿について確認したら、アークライト名義で常時1部屋を押さえてあるとのことでそこになっただけだ。


 ……まあ、そんな裏事情をあえてシャルロットに言う必要はない。


 そんな俺たちのやり取りを、部屋の隅で聞き耳を立てている人物がいた。ロザリアだ。彼女は、何故かアークライト家の高価な壺を布で磨くフリをしながら、背中で二人の会話を聞いていた。


(……父上? 今、この女、国王陛下のことを『父上』って言いかけたわよね?)


 ロザリアの手が止まる。


 彼女の脳内で、バラバラだったピースが急速に組み上がっていく。輝くようなブロンドの髪。宝石のような碧眼。教養と気品。そして、教会で背信者として小耳に挟んだ、行方不明の第三王女シャルロットの年齢と身体的特徴の一致。


(嘘……嘘でしょ? まさか、この女がシャルロット王女!?)


 ロザリアは戦慄した。教会により誘拐されたとも、暗殺されたとも噂されている王女が、なぜこんな辺境の領主の屋敷にいるのか。しかも、まるでここが実家であるかのように寛いでいる。


(第三王女のシャルロットは社交の場にも殆ど現れず、有名とは言えないとはいえ……情報通の私が今まで気が付かないなんて。つまり、アークライト家は王女を保護……いいえ、囲い込んでいる? 王家を取り込むつもり? ……ヴェルト君、一体どこまで……)


 彼女が驚愕のあまり、持っていた壺を滑らせそうになった、その時だ。


「おい、ロザリア」


「ひゃいっ!?」


 突然、背後から声をかけられ、ロザリアは漫画のように飛び上がった。手から滑り落ちた壺が宙を舞う。


「あ、終わっ――」


 ガシャン! という音が響く……はずだった。



 ヒュンッ。



 風を切る音と共に、ヴェルトの手が壺をキャッチしていた。【敏捷820】の反応速度だ。落ちる壺など、止まって見える。


「っと。危ないな。これ、特に高いやつだぞ」


 俺は壺を元の位置に戻し、呆れたようにロザリアを見た。


「へ……?」


 ロザリアはポカンとしている。無理もない。背後から声をかけられた瞬間に壺を落とし、それを俺がキャッチするまでの一連の流れは、恐らくコンマ数秒の出来事だ。


(今何が起こったの……?)


「ロザリア、お前……もしかして疲れてるのか? 目の下のクマも酷いし」


「え、あ、いや! その、昨日はちょっと寝不足でぇ~!」


 ロザリアが慌てて誤魔化す。実際は、昨夜ブラッドに追い回されて一睡もできなかったせいだろう。可哀想に。あとでブラッドにはきつく言っておくか……いや、まぁでもこいつ暗殺者みたいなもんだしなぁ。アホ過ぎて時々忘れそうになるが。


「まあいい。お前には頼みたいことがある。俺たちが王都へ行く間の荷造りを手伝ってくれ」


「は、はぁい……」


(心臓止まるかと思った……今の動き、ど、どういうことなの!? 人間じゃないわよ……え?)


       ◆


 その後、俺は自室に戻り、壁に掛けられた絵画をずらして隠し金庫を開けた。そこには、この3年間、俺がレベル上げのついでに領内の店舗で購入したり、ダンジョンを荒らし回って素材を集め、合成した戦利品たちが眠っている。


 俺はそこから、いくつかのアイテムを無造作に取り出し、ベッドの上に並べた。


「まずは、これか」


 手に取ったのは、薄く虹色の光を放つ小瓶。『世界樹の雫もどき』。どんな病気や呪いも瞬時に癒やす、伝説の万能薬……の模造品だ。とはいえ、「もどき」と侮るなかれ。欠損した手足くらいなら一瞬でニョキッと生えてくるくらいの効果はある。王都の老人貴族どもには、喉から手が出るほど欲しい代物だろう。


 次に、赤黒く脈打つような輝きを持つ、握り拳大の結晶。『賢者の石もどき』。魔力を爆発的に増幅させる触媒であり、錬金術の到達点と言われている賢者の石の模造品。実態は、領内の鉱山で採れた魔鉱石を『世界樹の雫もどき』でコーティングして魔力を馴染ませただけの代物だが、見かけの魔力数値だけは本物に匹敵する。


 そして、一枚の巨大な鱗。鋼鉄よりも硬く、羽毛のように軽い。『古竜の鱗もどき』。最高級の武具の素材となる、国宝級のアイテム……のこれまた模造品だ。これは領内に現れたワイバーンの鱗に『世界樹の雫もどき』を以下略。


 これらは全て、ゲーム時代の知識から生成方法が分かったものばかりだ。


(というか、基本的に『世界樹の雫もどき』が万能すぎるんだよな)


 大体の合成アイテムにはこれが必須となる。ただし、ゲームでは全クリ後の周回特典というか、入手難易度がべらぼうに高いアイテムだった。本来は高いんだが……なぜかアークライト領の道具屋に、生成素材が売っていたのだ。「薬草もどき」という、ふざけた名前で。


 しかも価値が認知されていないのか、ゴミみたいな値段ときたもんだ。これさえあれば、あとは濃縮ポーションに数日漬け込むだけでいい。ポーションはブラッドに用意してもらったから、すんなりと『世界樹の雫もどき』は完成した。


(俺の隠しステータスの件もあるし、これも恐らく開発者のテストデータがそのまま消し忘れられていたんだろう……。店主に仕入れ先を聞いても「いつの間にか店に並んでいた」としか言わなかったし。まあ、魔法があるような世界だから、多少不思議なことがあっても誰も気にしないんだろうが)


 よく分からないものを客に売るのはどうなんだ? と思いながら、俺はアイテムを厳選していく。今の俺には不要なコレクションだが、王都の欲深い貴族や有力者への「賄賂」や「取引材料」としては、最強のカードになるだろう。


「あとは、ゾルダンで買った『身代わりの指輪』も念のためにシャルロットに持たせておくか」


 俺は地味な銀色の指輪をポケットに入れた。即死攻撃を一度だけ無効化するレア装備だ。めちゃくちゃ値は張ったが、ゲーム内でもランダムでしか店舗に並ばない超希少品だ。


「ただ、一介の領主が王女に指輪を渡すっていうのは体裁が良くないよなぁ……まあ、後で考えるか。よし、準備完了っと」


 独り言を言いながら、俺は装備の点検をする。


 ――その時。


 わずかに開いたドアの隙間から、青ざめた顔のロザリアがその光景を覗いていた。


(な、なにあれ……!? 世界樹の雫!? 一滴で城が買える伝説の霊薬じゃない! え? 本物? それをあんな、飲料水みたいに無造作に投げて……えええ……!)


 ロザリアは扉の影でガクガクと震えていた。この男の底が見えない。戦力だけじゃない。財力も、保有するアーティファクトの質も、聖教会の宝物庫を凌駕しているかもしれない。



「……そこにいるのは分かってる、ロザリア。遅かったな。もう殆ど荷造りは終わってるぞ?」



 俺は振り返らずに言った。気配を消しているつもりだろうが俺にはバレバレだ。


「ひぃっ! ご、ごめんなさぁい! お、お茶をお持ちしましたぁ~!」


 ロザリアが引きつった笑顔で、ワゴンを押して入ってくる。しかし、動揺していたのか、彼女の足がカーペットの端に引っかかった。


「あ」


 ドテッ!!


 盛大な音と共に、ロザリアが転ぶ。ワゴン上のティーセットが宙を舞い、熱い紅茶が彼女の頭上へ――


「ったく、お前は本当にドジだな」


 俺はため息をつきつつ、瞬動。


 空中のティーポットとカップを全て指先で弾いて軌道を変え、ソーサーの上に優しく着地させた。一滴もこぼさずに。


「え……?」


 床に這いつくばった体勢のまま、ロザリアが目を白黒させている。


「怪我はないか? ほら、立て」


 俺は手を差し伸べた。ロザリアはおずおずと俺の手を取り、立ち上がる。その手は小刻みに震えていた。


「あ、ありがと……ございますぅ……」


(なんにも、なんにも見えないよぉ。ヴェルト君がどう動いているか、しかも風圧で髪がちょっと切れた....風圧で?)


 彼女は完全に涙目で怯えていた。まあ、無理もない。こんな化け物じみた動きを見せられたらビビるだろう。だが、そろそろ彼女にも「分からせて」おいた方がいいかもしれない。王都へ行くにあたり、彼女が変な気を起こして裏切ったり、教会の仲間を引き入れたりすると面倒だ。


 適度に泳がせてこちらが情報を得るのがベスト。とは言っても前提として俺のゲーム知識がある以上そこまで拘る必要は無いんだがな、ただゲームのストーリーを逸脱した事が起こっている事を考えれば、情報はあって越したことはない。


 俺は少しだけ声を低くして、ロザリアに問いかけた。


「ところで、ロザリア。お前は教会には詳しいか?」


「えっ? ……ま、まあ、商売柄、少しは……」


 ロザリアが警戒心を強める。だがあくまで商売人を装う返答だ。


「そうか。なら知っているか? 王都の聖教会本部の地下にあるという『嘆きの回廊』の話を」


「ッ!?」


 ロザリアの肩が跳ねた。『嘆きの回廊』。それはゲーム内設定で、教会の暗部が異端者を尋問・処理するために使っている秘密地下施設の名称だ。一般には知られていないトップシークレットである。


「噂では、そこの最深部には『第十三使徒の書』が封印されているらしいな。なんでも、教会の不都合な真実が記されているとか」


「な……なん、それ……い、いや知らないなぁ~」


 ロザリアの顔色が、青を通り越して白紙のように白くなり、震える声で返事をする。『第十三使徒の書』。この中二病みたいな名称の書物は、異端審問官の中でも上層部しか知り得ない絶対禁忌の情報だ。現存する魔王のさらに上ともいえる化け物について記されているらしい。


 なぜ「らしい」かというと、この書物、ゲームでは魔法を習得するのに使用する消費アイテムなのだ。  


 しかも、習得できる魔法が微妙で、使うと消滅してしまうため、プレイヤーの間では大して思い入れのあるアイテムでもなかった。のちに公式ファンブックによって「実は上記の様なヤバい情報が書かれている書物だった」と判明したが、だからどうしたという非常に残念なアイテムなのだ。


 しかし、この世界の特に教会の人間にとっては違う。なぜ、一介の領主がそんな極秘事項を知っているのか理解出来ないだろう。


(この男……もしかして全て知っているの!? 私が審問官であることも、教会の暗部も……!一体なんなの!?怖い....)


 俺はさらに畳み掛けるように、悪い顔でニヤリと笑った。


「俺は歴史マニアでね。そういう裏の歴史には目がないんだ。……王都に行ったら、是非ともその『回廊』を見学させてもらいたいものだなぁ?」


 もちろん、これはゲームの聖地巡礼的な意味での発言だ。実は『嘆きの回廊』は隠しダンジョンになっている。教会の奴らはそうとも知らず浅い階層を使っているだけだが、隠し扉から下層へ行くと結構なレアアイテムや魔物がいるので、それを回収・討伐に行きたいだけである。


 だが、ロザリアには違って聞こえた。


 ――『お前の組織の急所は握っている。下手な動きをすれば、俺自ら教会本部へ乗り込み、全てを白日の下に晒して壊滅させてやる』


 そう、宣告されたのだと。


「あ……あぅ……」


 ロザリアは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。瞳からは涙が滲んでいる。


「わ、分かりましたぁ……。私、いい子にしてますぅ……。だから、殺さないでぇ……」


「? なんだ、大袈裟だな。殺しなんてしないさ」


 俺は笑って彼女の頭をポンポンと撫でた。なんかよく分からないが、怯えているようなので安心させてやろうと思ったのだ。


(ヒィッ! 頭蓋骨を握り潰されるぅぅ!!)


 ロザリアは白目を剥きかけながら、心の中で誓った。この男には絶対に逆らわない。王都への道中、何があっても大人しくしていよう、と。


「よし、それじゃあ荷造りの続きを頼むぞ。俺は少し、マリアの様子を見てくる」


 俺は部屋を出て行った。残されたロザリアは、涙目で散らばった荷物を片付け始める。


「少し漏れ…ぅぅ…もうお家帰りたいよぉ……」


 彼女の悲痛な呟きは、誰にも届かなかった。

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主人公視点のナレーションが語ってる事と主人公が考えてる事にズレがあるように読めるので違和感ある
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