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33.閑話 処刑人、怪物と出会う

(……さてと。そろそろ時間だね)


 荒野の街道脇。乾いた風が吹き抜ける枯れ木の下で、私は懐からナイフを取り出した。躊躇いはない。刃先を自分の袖に当て、勢いよく引き裂く。ビリッ、という音と共に上等な生地が裂け、みすぼらしい布切れへと変わる。ついでに足元の泥をすくい、頬や首筋、髪の毛に無造作になすりつけた。鏡はないが、手触りで分かる。「可哀想な被害者」の出来上がりだ。


 私の名はロゼ。聖教会の異端審問官。通称『断頭台』。表向きの顔は、ドジで人懐っこい行商人ロザリア。


 遠くから、砂煙を上げて近づいてくる馬車が見えた。車体にはアークライト家の紋章。今回のターゲットだ。


 報告書の内容を思い出し、心の中で鼻を鳴らす。どうせ親の権力を笠に着た、世間知らずのボンボンだろう。そんなガキの相手をするために、わざわざ私が派遣されるなんてね。教会の上層部も心配性なこって。


(タイミングはバッチリ。……さあ、お仕事の時間だ)


 私はスッと息を吸い込み、冷徹な思考回路に「ドジっ子」の皮を被せる。表情筋を緩め、目尻を下げ、髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。


 そして、馬車が目視できる距離まで近づいた瞬間、私は道の中央へと飛び出した。


「おーい! おーい! 頼むよぉ、止まってくれぇ~!」


 必死な形相で手を振り、叫ぶ。馬車が私の前で急減速し、御者の制止の声と共に、キキーッという音を立てて停止した。土煙が晴れると、窓から一人の少年が顔を出した。黒髪に、整っているが生意気そうな顔立ち。今回の標的、ヴェルト・フォン・アークライトだ。


「……何か用か?」


 警戒心バリバリの冷たい視線。いいね、ゾクゾクする。そのすかした顔が、恐怖で歪む瞬間が楽しみだ。


 私はその場にへなへなと座り込み、涙目で彼を見上げた。


「……た、助かったぁ。もう干からびて死ぬかと思ったっスよぉ……」


 私は「ロザリア」の仮面を被り、少し砕けた口調で話し出す。


「私、行商やってるロザリアって言うんスけど……聞いてよお兄さん! さっき野盗に出くわしちゃってさぁ!」


 私は身振り手振りを交えて大げさに語る。いきなりドカーン! とやられて、荷物も馬車も全部置いて命からがら逃げてきたのだと。もちろん全部嘘だけど。


「へぇ、野盗ですか」


 ヴェルト君が眉をひそめた。食いついた。


「そーなの! 怖かったなぁ、あれ。私みたいなか弱い乙女を襲うなんてさぁ。……ねぇ、お兄さん。もしよかったら、次の街まで乗せてってくんない?」


 私は立ち上がり、媚びるような笑顔で馬車に近づく。


「お礼は……私の体で、とか?」


 冗談めかしてウインクし、彼の腕に触れようとした。男なんてチョロいもんだ。こうやって隙を作って、懐に入り込んでしまえばこっちのもの――。


 ――ヒュンッ。


 その指先が彼に触れる寸前、一本のナイフが私の足元に突き刺さった。


「……あら、ごめんなさい。手が滑りましたわ」


 馬車から降りてきたメイドが、氷点下の笑顔で立っていた。


「ひゃっ!? あ、危ないなぁもう! 殺す気!?」


「ええ。……いえ、冗談ですわ。ですが、その汚い手でヴェルト様に触れるなら、次は指を切り落とします」


(……へぇ。面白い番犬飼ってるじゃん)


 私は心の中で舌を出しつつ、表面上はビビったフリをする。ま、乗せてくれさえすればいい。


「……乗せてあげましょう。困っている女性を見捨てるのは、アークライト家の名折れですからね」


 ヴェルト君が許可を出す。カモがネギ背負って鍋に飛び込んできたね。


「わぁ、ありがと~! お兄さん、大好きっ!」


 私は歓声を上げて馬車に乗り込む。その拍子に、懐に入れていた金属片がポロリとこぼれ落ちた。


 チャリン。


 乾いた音が車内に響く。私は凍りついた。落ちたのは、聖教会の異端審問官にのみ支給される、銀の十字架チャーム。見られたら一発アウトの代物だ。


「あ、やっべ」


 私は瞬時に思考を加速させ、笑顔を貼り付けたまま、自然な動作(に見えるはずの高速ステップ)でチャームを足の裏で踏みつけた。


(ふぅ……危ない危ない。初手で正体晒すとか、笑えない冗談になるとこだったわ)


 内心で冷や汗を拭い、私はグリグリと証拠品を靴底で隠滅する。完璧だ。私のリカバリー能力に死角はない。


(……ふーん。こいつがターゲットかぁ)


 ガタゴトと揺れる馬車の中。私は何食わぬ顔で頬杖をつきながら、目の前に座る少年――ヴェルト・フォン・アークライトを値踏みし始めた。


 今回の任務は、この『悪徳領主』の調査と処分。勇者をイジメて、聖女様を誘拐した悪い子ちゃんだって聞いてたけど……。


(顔はいいじゃん。ま、田舎のボンボンって感じ? 私の好みじゃないけど)


 私は心の中で冷めた笑いを漏らす。私にかかれば、こんなガキども、首をへし折るのに10秒もいらない。全員まとめて『処理』して、ハイ終わり。簡単な仕事だと思ってたんだけど……。


(……ちょっとだけ、面倒くさいのが混じってるなぁ)


 私は視線を巡らせる。


 まずは、ターゲットの隣に座るメイド――。こいつはヤバい。さっき私がヴェルト君にボディタッチしようとした瞬間、ナイフを投げてきた。あの速度、あの殺気。ただの使用人じゃないね。私と同類……しかも、かなり『手際が良い』タイプだ。ま、私なら殺れるけど。ちょっと骨が折れるかな?


 次に、隅っこで小さくなってる少女――。聖魔力を感じる。恐らく教会から報告のあった『誘拐された聖女』だね。怯えて震えてるし、精神的には脆そう。……なんだけど。その腕に嵌めてるの、国宝級の聖遺物『聖女の鉄甲』じゃない? なんであんな鈍器を、あんなオドオドした子が装備してるわけ?それに、服の上からでも分かる筋肉の密度。聖職者っていうより、格闘家モンクに近い肉体をしてる。……歪んでるねぇ。何させたらああなるんだか。


 窓際で本を読んでる灰色の髪のガキ――。魔力は高そうだけど、所詮はガキだ。接近戦に持ち込めば一瞬で終わる。


 最後に、私の隣に座ってる銀髪の女――。上等なドレス着て、優雅に扇子パタパタさせちゃってさ。ヴェルト君が現地調達した貴族の愛人ってとこ?顔はいいけど、温室育ちの匂いがプンプンする。危機感ゼロだし、私が『野盗に襲われた』って嘘ついた時も面白がってたし。戦闘になったら真っ先にパニックになって足手まといになるタイプだね。無視していいや。


(結論。……メイドさえ不意打ちで始末すれば、あとは狩り放題)


 私は勝利を確信して、少し遊んであげることにした。


「ねぇ、ヴェルト君。私みたいなのが近くにいたら、邪魔?」


 私は上目遣いで甘えた声を出しながら、テーブルの下で靴の爪先で彼の足をツンツンとつつく。男なんて単純だもん。こうやって少し色仕掛けすれば、すぐにデレデレになって隙を見せる。その隙に、喉元を掻き切ってあげる。


 ――ヒュンッ。


 刹那。私の足の指スレスレに、銀色のナイフが突き刺さった。


「……お客様。車内での不貞行為は禁止されております」


 マリアだ。能面みたいな笑顔で、二本目のナイフを取り出してる。


「もしこれ以上、ヴェルト様の玉体に気安く触れるようでしたら……その綺麗な足、二度と歩けなくして差し上げますわよ?」


「ひゃっ!? あ、危ないなぁもう! 冗談だってばぁ~」


 私は大げさに足を引っ込めて、怖がってみせた。……チッ。やっぱりこのメイド、邪魔だねぇ。今の、本気で腱を切りに来てたよ。


「マリア、よせ。……邪魔だなんてとんでもない。旅の退屈しのぎには、ちょうどいい」


 ヴェルト君がマリアを制して、意味深に笑いかけてくる。


「そっかぁ。よかったぁ。……ふふっ」


 私も笑い返す。『退屈しのぎ』扱いかぁ。いい度胸してるじゃん。その余裕、いつまで保つかな? お前らの寝首を掻く時、どんな顔をするか楽しみだなぁ。


       ◆


 数日後。馬車は峠を越えて、いよいよアークライト領に入った。


「ヴェルト様。見えてまいりました」


 御者台の執事(こいつも気配が薄くて不気味なんだよね)が声をかける。私は窓の外を覗き込んだ。教会の事前情報じゃ、『重税に喘ぎ、土地は痩せ、民は泥水を啜っている地獄のような領地』って話だったけど。


 ――は?


「……え、嘘。これが……悪徳領主の街?」


 眼下に広がってたのは、地獄とは真逆の光景だった。整備された石畳の街道。黄金色に輝く小麦畑。行き交う領民たちはみんな小綺麗で、肌艶も良くて、楽しそうに笑ってる。街全体が、微かな光に包まれてキラキラしてるし。


(報告と全然違うじゃん……! なにこれ、王都より豊かそうなんだけど?)


 私の困惑をよそに、ヴェルト君が得意げに語りだした。


「どうだ? 俺が効率よく税を搾取するために作り上げた『牧場』だ」


「……牧場?」


「全ては、俺が効率よく税を徴収するための『投資』だ。家畜は、健康で太っていた方がいいだろう? 痩せた羊からじゃ、肉も毛も取れないからな」


 ヴェルト君は淡々と、でも狂気じみた『改革』の内容を語る。魔物を肥料に? スライムを下水に?言ってることは無茶苦茶だ。普通なら土壌汚染でアウトだよ。でも、目の前の光景が成功してるって証明しちゃってる。


(……こいつ、ただのボンボンじゃない。発想がぶっ飛んでる)


 私は少し背筋が寒くなった。民を生かさず殺さず搾取するのが普通の悪徳領主だ。でもこいつは、『極限まで肥え太らせてから骨までしゃぶり尽くす』っていう、もっと合理的で恐ろしい思考回路をしてる。


 やがて馬車は、丘の上に建つ巨大な領主館に到着した。重厚な鉄門が、ギギギ……と音を立てて開く。


「お帰りなさいませ、ヴェルト様」


 出迎えたのは、二列に整列した使用人たちだ。一糸乱れぬ動き。足音一つ立てない所作。全員の視線が鋭い。……プロだ。あの使用人たち、全員が何らかの戦闘訓練を受けてる。ただの屋敷じゃない。ここは軍事要塞だっけ?。


(……マズい。これ、とんでもない『魔窟』に入り込んじゃったかも)


 余裕ぶってた私の顔から、スッと血の気が引いていくのが分かった。馬車の中なら何とかなると思ってたけど、ここは敵の本拠地。しかも、予想以上に戦力が厚い。


 とりあえず、本部に報告しなきゃ。私は服の陰でこっそり指を動かして、印を結んだ。教会への定期連絡。『到着した』っていう合図を送るだけの、微弱な魔力通信。これくらいならバレないはず――。


 ――ブウン。


 指先から放った魔力が、空に飛ぶこともなく、その場で黒い霧みたいに掻き消された。


「……え?」


「おや、どうされました? お客様」


 出迎えの列から進み出てきた、眼鏡の男――リュゼとか言ったっけ。彼が氷みたいな冷たい目で私を見下ろした。


「当家の敷地内には、特殊な『魔力阻害結界』を張り巡らせております。外部への無許可の魔力干渉は、全てノイズとして処理されますので」


「……!」


 心臓がドクンと跳ねた。通信遮断。それはつまり、ここに入った瞬間、外部との連絡手段を絶たれたことを意味する。助けは来ない。情報も送れない。完全な『檻』の中だ。


「……き、聞いたことないよ、そんなの!」


 私は商人の演技も忘れて声を荒らげちゃった。だってありえないでしょ。特定の魔力だけ選んで消す結界なんて、王都の大聖堂レベルの儀式魔法が必要なはずだよ? それを、こんな個人の屋敷で、しかも自然に常時展開してるなんて。


「……何をそんなに驚いている?」


 ヴェルト君がきょとんとして首を傾げる。


「ただの効率化だ。不審な電波……いや、魔力波をカットするくらい、防犯の基本だろう?」


 基本なわけないじゃん。こいつにとっての『基本』は、私たちの『常識』を遥かに超えてる。目の前の少年が、単なる『強い領主』じゃなくて、世界のことわりすら逸脱した『未知の怪物』に見えた瞬間だった。


「……あ、あはは。そうなんだ。すごいセキュリティだねぇ」


 私は引きつった笑顔で誤魔化すのが精一杯だった。額に冷や汗が流れる。隣で銀髪の令嬢シャルロットが、扇子で口元を隠してクスクスと笑ってるのが見えた。


「あらあら。ロザリアさん、顔色が優れませんわよ? 旅の疲れかしら?」


「……そ、そうかも。ちょっと貧血気味でさぁ」


 この女、何も分かってない。ただの貴族娘には、この状況の異常さが理解できないのか。私たちは今、猛獣の胃袋の中に飛び込んだんだよ?


「さあ、着いたぞ。……ロザリア、お前もゆっくりしていくといい」


 ヴェルト君がニヤリと笑って、私の肩にポンと手を置いた。その手は温かいはずなのに、死神の鎌を首筋に当てられたみたいに冷たく感じた。


「俺の領地は逃げ込んだ者には寛容だ。……ただし、牙を剥く『害獣』には容赦しないがな」


 ……バレてる?いや、カマをかけられてるだけだ。落ち着け私。私はプロだ。


「あはは、怖いなぁ。私はただのか弱い商人だってば~」


 私はへらりと笑って見せた。でも、心臓のバクバクが止まらない。


(前言撤回。……こいつらは『獲物』じゃない。ここは、王都の地下牢なんかよりよっぽど危険な場所だ)


 こうして、私の――『断頭台のロゼ』の、命がけの潜入任務が幕を開けた。まずは脱出ルートの確保。そして、この底知れない領主の弱点を探る。


(……生きて帰れる保証あるのかなぁ~?もう帰りたいなぁ......)

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