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30. 嘘つきと狼たち

 乾いた風が吹き抜ける街道を、アークライト家の馬車は進む。


 俺は対面の席で、狸寝入りを決め込んでいたロザリアを横目で見ながら、思考を巡らせていた。


(……さて、どう料理してくれようか)


 彼女を馬車に乗せたのは、単なる慈悲ではない。『断頭台のロザリア』。教会の処刑人が、なぜこんな回りくどい方法で俺たちに接触してきたのか。その思惑をはっきりさせておく必要がある。単なる暗殺か? それとも監視か? あるいは、もっと別の目的があるのか。


 泳がせるとは言ったが、ただ漫然と飼っておくつもりはない。


 主導権はこちらが握る。彼女が吐いた「野盗に襲われた」という嘘。まずはこれを突き崩し、ボロを出させて精神的に追い詰める。彼女がどう動くか、あるいはどう誤魔化すか。その反応を見れば、教会の本気度も測れるというものだ。


(よし……一芝居打ってみるか)


 俺はマリアに目配せをし、さらにセバスチャンにも合図を送った。阿吽の呼吸。優秀な部下たちは、俺の意図を瞬時に察してくれたようだ。


 車内には、マリアが淹れたコーヒーの香りが漂い始めていた。ロザリアが鼻をひくつかせ、ゆっくりと目を開ける。さあ、開演だ。


「ん~っ、いい香り。このコーヒー、どこの豆? すごく美味しいんだけど」


 ロザリアがカップを両手で持ち、上目遣いで俺を見てくる。その態度には、自分が「保護された被害者」であるという演技と、隙あらば俺の喉笛を食い破ろうという殺意が同居している。


「マリアがブレンドした特製品だ。口に合ったようで何より」


 俺は対面の席で足を組み、優雅にコーヒーを啜った。まずはジャブからだ。


「ところでロザリアさん。先ほど野盗に襲われたと仰っていましたが……具体的にはどの辺りで?」


 俺が外面良く切り出すと、ロザリアは「あちゃー」という顔で大げさに肩をすくめた。


「それがさぁ、必死すぎて覚えてないんだよねぇ。いきなりドカーン! って感じで馬車ごとひっくり返されてさ。私、荷物放り出して走って逃げたの。……怖かったなぁ、あれ」


 彼女は身を震わせてみせるが、その瞳は全く笑っていない。嘘だ。そもそもこいつなら、そこらの野盗程度、あくびをしながら皆殺しにできるはずだ。


「それは災難でしたわね」


 隣のシャルロット王女が、扇子の隙間から冷ややかな視線を送る。彼女もまた独自にロゼリアの違和感に気が付き、くしくもこの「芝居」に参加している形になっていた。


「ですが、不思議ですわ。馬車ごとひっくり返された割には、貴女の服……泥汚れが『表側』にしかついておりませんのね。転がったのなら、背中も汚れるはずですけれど?」


 鋭いツッコミだ。ロザリアの眉がピクリと跳ねる。


「あ、あはは……。私、受け身が得意でさ! 背中は守ったんだよ、乙女だし?」


「へぇ。乙女の嗜みにしては随分とアクロバティックですこと」


 シャルロットは楽しそうに目を細める。逃げ場を塞いでいくのがお好きなようだ。


「ふむ。しかし聞き捨てなりませんね」


 そこで、俺はあえて真剣な表情を作って身を乗り出した。ここからが本番だ。


「我がアークライト領の近隣に、そのような凶悪な野盗団が潜んでいるとは。……領主として、見過ごすわけにはいきません」


「え?」


 ロザリアがカップを止める。


「セバス! 馬車を止めろ! Uターンだ!」


 俺が御者台に声を張り上げると、キキーッ! と馬車が急停止した。


「えっ、ちょ、ちょっと!? なんで止まるの!?」


 ロザリアが慌てて俺を見る。


「決まっているでしょう。その野盗を討伐しに行くんですよ」


 俺は正義感に燃える(フリをした)領主の顔で言った。


「私の領民や、今後この道を通る旅人が襲われては大変です。ロザリアさん、案内してください。ついでに貴女の荷物も取り返してあげましょう」


「は、はぁぁぁ!?」


 ロザリアが素っ頓狂な声を上げる.......やはり嘘だったか。


 それならこの態度も当然だ。野盗なんて最初から存在しないのだから、案内などできるわけがない。現場に行けば「襲われた痕跡がない」ことがバレてしまう。


「い、いいよいいよ! 悪いってそんなの! 私の荷物なんて安い壺ばっかりだし!」


「遠慮は不要です。困っている民を助けるのが貴族の務め。……ニーナ、出番だぞ」


 俺が話を振ると、隅っこで小さくなっていたニーナが、ガタッと立ち上がった。


「は、はいっ! 私、許せません! 女の子を襲うなんて……私が鉄拳制裁してきます!」


 ニーナが両手のナックルを打ち鳴らす。その目はマジだ。絶対この流れを分かってない。物理的に解決する気満々だ。


「そ、そうかぁ~。お姉さん強いんだねぇ……って、違うの! そうじゃなくて!」


 ロザリアの額に脂汗が浮かぶ。彼女の計算では、俺たちは「面倒ごとを避けて先を急ぐ」はずだったのだろう。だが、俺が予想外に「善人ムーブ」をかましたせいで、逆に追い詰められている。


「あいつら、すっごい強いんだよ!? クマとか素手で倒しちゃうくらい! 危ないから行かない方がいいって!」


「クマですか。ニーナ、勝てるか?」


「余裕です! この前オーガを殴り倒しましたから!」


「だ、そうです」


「ぐっ……!」


 ロザリアが言葉に詰まる。野盗の設定を盛れば盛るほど、こちらの脳筋聖女がやる気を出してしまう悪循環。


「それに、貴女は商人でしょう? 商品を失ってはどうやって生計を立てるのです?」


 マリアが冷たい声で追い打ちをかける。


「在庫管理もできない商人に、明日はありませんわよ?」


「うっ……そ、それは……」


 ロザリアの目が泳ぐ。  


 完全に包囲網が完成している。俺は心の中で笑いを堪えながら、彼女の反応を観察した。


(さて、どうする? 『断頭台のロザリア』。ここで正体を現して俺たちを殺そうとするか? それとも、ボロを出して自滅するか?)


 彼女の手が、微かに太腿のナイフホルダーへと伸びる。殺気レベルが上がる。お、やる気か?


 だが、その殺気がピークに達する寸前、ロザリアはふっと力を抜いた。


「……あー、もう! 実はさぁ!」


 彼女は両手を上げて、降参のポーズをとった。


「嘘ついてました! ごめん!」


「……ほう?」


「野盗なんていなかったの! 実は私……借金取りから逃げてきたんだよねぇ~」


 ロザリアはテヘッと舌を出して誤魔化した。


「商売に失敗しちゃってさ。追手から逃げるために、こんな嘘ついちゃった。だから戻りたくないの! 戻ったらドナドナされちゃう!」


 ……苦しい。苦しすぎる言い訳だ。だが、一応の筋は通っている。これ以上「現場に行こう」と俺が言えないようにするための、咄嗟の嘘としては及第点か。


「なんだ、そうだったんですか」


 俺は残念そうに肩を落としてみせた。


「それなら仕方がない。野盗がいないなら、討伐の必要はないですね」


「そーなの! だから進もう? ね? 王都の方まで行けば、私もなんとかなるからさ!」


 ロザリアが必死に媚びてくる。俺はセバスチャンに「出せ」と合図を送った。


 再び馬車が動き出すと、ロザリアは座席に深く沈み込み、あからさまに安堵の息を吐いた。


「ふぅ……。焦ったぁ……」


 小声で呟いているが、丸聞こえだ。この女、教会の処刑人としては一流かもしれないが、潜入工作員としてはガチでポンコツなんじゃないか?


(……だが、目的はなんだ?)


 俺はコーヒーを啜りながら思考を巡らせる。ただの暗殺なら、夜営中に寝込みを襲えばいい。あるいは、先ほどの停車中に俺たちを急襲することもできたはずだ。こいつは鑑定も持っていないし、俺達の実力は分からない。


 なぜわざわざ「商人」として潜り込み、同行しようとする?


 考えられる可能性は......『情報収集』と『監視』か?


 教会は、俺が「何をしようとしているのか」を見極めようとしている。だから、すぐに殺さず、懐に入り込んできた。


(いや、だったらコイツを送り込んでくるのは不自然だが……一体泳がされているのは、どっちかな)


 俺はチラリと隣のネロを見た。ネロは我関せずといった様子で魔道書を読んでいるが、その指先は微かに動いている。先ほどの会話、恐らく全て『音声記録』しているはずだ。流石、自分を天才と言うだけあって頭は回るようだ。


「……ねぇ、お兄さん」


 ロザリアが気を取り直したように、再び笑顔で話しかけてきた。


「ヴェルト君って言ったっけ? 領主様なんでしょ? 強いの?」


「いやぁ、護衛に守られているだけの、ただのボンボンですよ」


「ぶぅー。なんかさぁ、他人行儀じゃない? その『ですよ』とか『ます』とか、堅苦しいってば。もっと普通に話してよぉ」


 ロザリアが頬を膨らませて抗議してくる。距離を詰めたいという意思表示か。まあいい。猫を被り続けるのも疲れるし乗ってやろう。


「……そうか? なら、こっちの方がいいか?」


 俺は足を組み直し、少しだけ背もたれに深く寄りかかって、不敵な笑みを向けた。


「あいにく、表向きは『良い領主』を演じるのが癖になっていてな。……だが、望みなら合わせてやる」


「ん~! そっちの方が断然いい! なんか『ワルい男』って感じでドキドキしちゃうな~」


 ロザリアは嬉しそうに手を叩く。その瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように妖しく細められた。


「でも、さっきのは嘘でしょ? 『守られてるだけのボンボン』なんてさ」


 彼女はニヤニヤと笑いながら、ちらりとマリアの方を見た。


「あのメイドちゃんとか、すごく強そうだけど、ヴェルト君には気を使っているし。きっとヴェルト君の方が強いんでしょ!?」


「メイドが主に気を遣うのは当然だろ?」


「うーん、それはそうなんだけどぉ……ねぇ、私みたいなのが近くにいたら、邪魔?」


 ロザリアが艶っぽい声で囁き、靴の爪先で俺の足をツンツンとつつく。


 ――ヒュンッ。


 その爪先が俺の膝に這い上がろうとした瞬間、一本のシルバーナイフが床に突き刺さった。ロザリアの足の指、わずか数ミリ手前に。


「……お客様。車内での不貞行為は禁止されております」


 マリアが氷点下の笑顔で、二本目のナイフを取り出していた。


「もしこれ以上、ヴェルト様の玉体に気安く触れるようでしたら……その綺麗な足、二度と歩けなくして差し上げますわよ?」


「ひゃっ!? あ、危ないなぁもう! 冗談でもナイフなんて投げないでよぉ」


 ロザリアが大げさに足を引っ込める。だが俺は知っている。マリアは冗談でナイフを投げるような女じゃない。


「マリア、よせ。……邪魔だなんてとんでもない。旅の退屈しのぎには、ちょうどいい」


 俺はマリアを目線で制しつつ、ロザリアへ意味深に笑い返した。


「そっかぁ。よかったぁ。……ふふっ」


 ロザリアも笑う。その笑顔の下で、「お前らの弱点、全部丸裸にしてやるからな」という声が聞こえてきそうだ。


 馬車は進む。アークライト領までは、まだかかる。


 この狭い箱庭の中で、化かし合いの旅は続く。

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