29. 街道の拾いもの
ゾルダンでの騒動を終えた俺たちは、アークライト領への帰路についていた。目的は、屋敷に残してきたシャルロット王女の護衛騎士たちを回収し、万全の体制で王都へ向かうためだ。
大型の馬車が、乾いた荒野の街道をゴトゴトと進む。車内は、定員オーバー気味の人口密度だった。
「……狭いな」
俺は眉間を押さえた。向かいには優雅に扇子を仰ぐシャルロット王女と、その横で難しい顔をして魔道書を読んでいる振りをしているネロ。俺の隣には、ピッタリと体を密着させてくるマリアと、隅っこで小さくなっているニーナ。御者台にはセバスチャンとグランがいるとはいえ、車内はカオスだ。
「あら、そうですか? わたくしは賑やかで楽しいですわよ」
シャルロットが悪戯っぽく微笑む。
「それに、これから『国王陛下』と『勇者』を救いに行くのですもの。この密室で培われるチームワークは必要ですわ」
「ケッ! 俺はまだ納得してねぇぞ。なんで天才の俺様が、馬車の揺れに耐えながら古臭い魔道書の解読をしなきゃならんのだ」
ネロが不満げに足を組む。その手には、ボロボロの表紙をした魔道書が握られている。
「文句を言うな。せっかくゾルダンの魔道具屋で見つけて、買い与えてやったんだぞ。ちゃんと読めよ、流し読みしてるのバレてるぞ」
「うっ、わかったよ!めんどくせーな!」
『ドラグーン・ファンタジア』は典型的なRPGの世界だ。どんな街にも武器屋や道具屋があり、そこには必ずと言っていいほど「その時点では微妙だが、後のイベントで必須になるアイテム」が売られている。この魔道書もその一つだ。
「……『音声記録』の魔法なんて、地味すぎて欠伸が出るぜ。攻撃魔法ならともかく、何に使うんだよ、こんなの」
ネロがパラパラとページをめくりながら鼻を鳴らす。確かに、戦闘には役に立たない生活魔法の一種だ。だが、この魔法は「言質を取る」という点において最強の武器になる。
「まあ、覚えておいて損はない。……後々、決定的な『証拠』が必要になる場面が来るからな」
例えば、悪徳貴族の密談や、教会の異端審問官が口を滑らせた瞬間とかな。
「あぁん? また意味深なこと言いやがって。……ま、クッキー代だと思って覚えてやるよ」
ネロは不貞腐れながらも、俺が買い与えた高級クッキーを齧りつつ、再び本に視線を落とした。素直じゃないが、やる気はあるようだ。
「……それにしても、平和ですわね」
シャルロットが窓の外を眺める。俺がため息をつき、同じく窓の外へ視線を向けようとした――その時だった。
「ん……? ヴェルト様、前方に人影が」
マリアが鋭く反応し、視線を前方へ向けた。街道の脇、一本の枯れ木の下に、誰かがうずくまっている。
「……女性、ですね。身なりはボロボロですが」
馬車が近づくと、その女性が俺たちに気づき、必死に手を振り始めた。
「おーい! おーい! 頼むよぉ、止まってくれぇ~!」
赤茶色の髪を無造作に束ね、旅商人のような服を着た若い女だ。服のあちこちが破け、泥だらけになっている。
(……野垂れ死に寸前か? だが、関わっている暇はないな)
俺たちは急いでいるし、何より俺は悪徳領主だ。行き倒れをいちいち拾うような慈善事業はしない。俺は冷徹に無視を決め込み、そのまま通り過ぎようとした。
――だが。
馬車が横を通り過ぎる一瞬。その女の顔――特に、首筋にある特徴的な黒子と、独特の気だるげなタレ目が見えた瞬間。
「……っ!?」
俺はぎょっとして、心臓が跳ね上がるのを感じた。
(おい、嘘だろ……? あの特徴、まさか……!)
見間違いようがない。俺が何度ゲーム画面で見たと思っている。俺は慌てて窓から身を乗り出し、御者台へ叫んだ。
「セバス! 止めろ! 今すぐ馬車を止めるんだ!!」
キキーッ!!
急ブレーキがかかり、馬車が停止する。
「……助かったぁ。もう干からびて死ぬかと思ったっスよぉ」
女は馬車に駆け寄ると、へなへなと座り込んだ。顔立ちは整っている。少しタレ目気味の瞳と、首筋にある黒子が、妙な色気を醸し出していた。
「どうなされたのですか?」
俺が馬車から降りて声をかけると、女は上目遣いで俺を見上げ、頬をほんのりと赤らめた。
「あ、えへへ……。ちょっとドジ踏んじゃってさぁ」
彼女は照れくさそうに頭を掻いた。
「私、行商やってるロザリアって言うんスけど。……野盗に出くわしちゃって。荷物も馬車も、全部置いてきぼりで逃げてきたんスよ。命からがらってやつ?」
ロザリアと名乗った女は、「怖かったなぁ」と大げさに身を震わせてみせた。
「へぇ、野盗ですか」
「そーなの! 酷いよねぇ。私みたいなか弱い乙女を襲うなんてさ。……ねぇ、お兄さん。もしかして貴族様? 随分と立派な馬車だもんねぇ」
ロザリアは立ち上がると、距離を詰めてきた。甘い香水のような匂いと、微かな鉄の臭いが鼻をくすぐる。
「もしよかったらさ、次の街まで乗せてってくんない? お礼は……私の体で、とか?」
彼女は冗談めかしてウインクし、俺の腕に触れようとした。
――ヒュンッ。
その指先が俺に触れる寸前、一本のナイフが俺と彼女の間に突き刺さった。地面に。
「あら、ごめんなさい。手が滑りましたわ」
馬車から降りてきたマリアが、氷点下の笑顔で立っていた。
「ひゃっ!? あ、危ないなぁもう! 殺す気!?」
「ええ。……いえ、冗談ですわ。ですが、その汚い手でヴェルト様に触れるなら、次は指を切り落とします」
「うわぁ、怖いメイドさんだねぇ……」
ロザリアは肩をすくめて苦笑いしたが、その瞳の奥が一瞬だけ、爬虫類のように冷たく光ったのを俺は見逃さなかった。
(……ロザリアねぇ)
俺は内心で舌打ちをした。知っている。この顔、この喋り方。こいつはただの商人じゃない。
原作ゲームの中盤、教会の暗部として登場する処刑人。『断頭台のロゼ』。普段は飄々とした態度だが、戦闘になると巨大な鎌を振り回し、対象の首をコレクションする狂人だ。
(なんでこんなとこで、教会のネームドキャラが出てくるんだ? しかも、こんな古典的なハニートラップで)
俺はこっそりと<鑑定>を発動した。
【名前】ロザリア
【職業】行商人
【レベル】5
【HP】15
【MP】18
【筋力】8
【防御】6
【敏捷】14
【知力】20
【運】22
【スキル】
<商売 Lv.2><荷運び Lv.2>
(……ふーん?)
表示されたのは、ごくありふれた村人のステータスだ。だが、騙されない。俺の目は誤魔化せない。表示されている文字の周囲に、微かなノイズのような魔力の揺らぎが見える。
(『偽装の指輪』か、あるいは『認識阻害の護符』か……。高価なマジックアイテムでステータスを偽装してやがるな)
普通の鑑定スキル持ちなら、この偽装ステータスを信じて「なんだ、ただの商人か」と油断するところだろう。教会もそこそこ金を使っているようだ。だが、相手が悪かった。俺は魔力を目に集中させる。俺の<鑑定>スキルは、レベルアップの恩恵を受けて既に常人の域を超えている。この程度の偽装工作、薄皮一枚剥がすより簡単だ。
(……悪徳領主である俺を騙そうなんて高慢だな。見え透いてんだよ)
心の中で呟き、俺は視界に力を込めた。
パリンッ。
脳内で、偽りのステータスウィンドウがガラスのように砕け散る音がした。そして、その下から真実の数字が浮かび上がる。
【名前】ロゼ
【職業】行商人(偽装)/ 異端審問官
【レベル】48
【HP】1500
【MP】300
【筋力】320
【防御】200
【敏捷】300
【知力】70
【運】45
【状態】鑑定阻害(看破済み)
【スキル】
<鎌術 Lv.7><演技 Lv.2><拷問 Lv.6><誘惑 Lv.4><異端審問官の権能>
……真っ黒だ。当然、名前も偽装......能力だけならそこらの奴じゃ相手にならない、まさに化け物だな。
隠す気があるのか疑わしいレベルだ。<演技 Lv.2>ってなんだよ。低すぎるだろ。商人に化けるならもっと話術とか交渉とかあるだろうに。偽装アイテムに頼りすぎて、肝心の中身がおろそかになっている典型だ。
「ねぇ、いいでしょ? このままここにいたら、私、こわ~い狼に食べられちゃうよぉ。……お兄さん、優しそうな顔してるし、助けてくれるよね?」
ロザリアが媚びるような視線を送ってくる。その背中に隠した手元が、微かに動いているのが見えた。暗器か何かを仕込んでいるのだろう。
(……狙いは俺か?教会の差し金と考えて間違いないな)
アークライト領での勇者騒動。俺が勇者アレクを返り討ちにした件で、教会が俺を危険視し、俺を確実に屠れる刺客を送ってきたということか。だが、詰めが甘い。俺のステータスはロザリアを凌駕しているし、そもそも野盗に襲われて荷物を奪われたという割には、服の汚れが不自然だ。泥がついているのは表面だけで、靴底はあまり擦り減っていない。それに、商人なら商売道具を奪われたらもっと悲壮感が漂うはずだが、こいつからは「めんどくせぇ仕事だなぁ」というダレた空気しか感じない。
「……ヴェルト様。捨て置きましょう」
マリアが耳元で囁く。彼女も気づいているのだ。この女が堅気ではないことに。
「いえ、乗せてあげましょう、ただし行くのはアークライト領ですが」
俺はあえて丁寧に、ニッコリと笑った。
「えっ!?」
マリアと、馬車の中にいたニーナたちが驚く。ロザリア自身も、一瞬「え、マジで?」という顔をした。
「困っている女性を見捨てるのは、アークライト家の名折れですからね。……どうぞ、狭いですが歓迎しますよ」
「わぁ、ありがと~!そこで全然OKだよ! お兄さん、大好きっ!」
ロザリアが歓声を上げて馬車に乗り込もうとする。その際、彼女の懐から、小さな金属片がポロリと落ちた。
チャリン。
それは、教会のシンボルである十字架のチャームだった。
「あ、やっべ」
ロザリアが小声で呟き、慌てて足で踏んで隠そうとする。……ポンコツか?もしかしてこいつ、殺しの腕は一流だが、潜入工作に関してはド素人なんじゃないか?というかコイツいま教会のシンボルを踏みつけたぞ?
(……まあいい。ここで斬り捨てるのは簡単だが、教会の狙いと情報を引き出すには、泳がせた方が得策だ)
俺は気づかないフリをして、彼女を馬車に招き入れた。
◆
再び走り出した馬車の中は、人数オーバーでぎゅうぎゅうとなり、さらにカオスな空間となっていた。
「へぇ~、お兄さんたち、ゾルダンからの帰りなんだぁ。いいなぁ、私もカジノで一発当てたいなぁ」
ロザリアは図々しくも俺の正面――シャルロットの隣に座り、ペラペラと喋り続けている。
「……貴女、商人と仰っていましたが。何を扱っているのです?」
シャルロットが扇子で顔を隠しながら、冷ややかな視線を送る。
「え? あー……壺? そう、壺っスよ! 幸運の壺! めっちゃ売れるんスよ~」
「壺、ですか。どこの産地の?」
「えっと……北の方? なんか土がいい感じのところ!」
雑だ。雑すぎる。隣でネロが「こいつ馬鹿なのか?」という目でロザリアを見ている。
「ふふ、そうですか。大変でしたわね」
シャルロットも完全に気づいているようで、楽しそうに目を細めている。これは新しいオモチャを見つけた子供の目だ。
「ねぇねぇ、お兄さん。名前なんて言うの? 私はロザリア。ローザって呼んでいいよん」
ロザリアが靴を脱いで座席の上で胡座をかき、身を乗り出してくる。その無防備な仕草の隙間から、太腿に巻かれたナイフホルダーがチラリと見えた。隠す気ゼロかよ。
「ヴェルトです、好きなように呼んでください」
「ヴェルト君かぁ。いい名前だねぇ。……ねぇ、ちょっと暑くない? 私、服脱いじゃおっかな~」
ロザリアがシャツのボタンに手をかける。
ギチチチチ……。
俺の隣で、マリアがハンカチを引き裂く音がした。
「……お客様。車内での脱衣はご遠慮ください。もし肌を晒すようでしたら、その皮ごと剥いで差し上げますが?」
「うわっ、冗談だよぉ。怖いなぁ、メイドちゃんは」
ロザリアはケラケラと笑いながらも、その視線は鋭く俺の首筋や心臓の位置を確認している。隙あらば殺る気満々だ。だが、このメンバーの中で殺れると思っているあたり、彼女の情報収集能力はお粗末と言わざるを得ない。
(……レベル48。確かにステータスは化け物だが、それはあくまで一般人に対してのものだ。今の俺(レベル65)やマリア(レベル45)、それにシャルロットの護衛であるグラン(恐らくレベル50相当)がいるこの馬車の中で暴れれば、一瞬でミンチになるのはお前の方だぞ)
俺は心の中で同情した。彼女は自分が「狼の群れに飛び込んだ羊」であることに、まだ気づいていない。
(勇者をけしかけられた時とセバスが対応した以外に教会とは接触してないからな、こちらの実力をよく分かってないんだろうなぁ)
「……ふぁあ。なんか眠くなってきちゃった。少し寝てもいい?」
ロザリアが大きな欠伸をする。
「ええ、構いませんよ。ごゆっくり」
俺が許可すると、彼女は「ありがと~」と言って目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。……狸寝入りだろうが。
俺は窓の外を見る。アークライト領までは、まだ数日かかる。このポンコツな刺客が、いつ牙を剥くのか。あるいは、自爆するのか。退屈な旅路に、少しばかりスリリングなスパイスが加わったようだ。
「……マリア。コーヒーを頼む。濃いめだ」
「かしこまりました」
俺たちの奇妙な道中劇は、まだ始まったばかりだった。
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