表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/54

24. 解き放たれた紅き厄災

 ヴェルトたちが去った後の事務所には、重苦しい沈黙が漂っていた。床には粉砕された金庫の残骸と、切り裂かれたゴズのズボンが散乱している。


「……あ、あの、ボス……」


 部下の一人が、恐る恐る声をかけた。


「あいつら、ただの貴族じゃありませんぜ。あの執事とメイド……それに、あの男。金庫をひしゃげさせるなんて、人間業じゃねぇ。ここは大人しく引いた方が……」


 ドゴッ!!


 鈍い音が響き、部下が吹き飛んだ。ゴズが蹴り飛ばしたのだ。


「引く? 引くだとぉ?」


 ゴズはズリ落ちたズボンを気にも留めず、充血した目で部下たちを睨みつけた。その額には青筋が浮かび、屈辱と恐怖、そしてそれを上書きするほどの激しい怒りが渦巻いていた。


「テメェらは知らねぇのか。あの『アークライト』って名前をよぉ」


「え……?」


「俺も最初はただのボンボンだと思ってた。だが、思い出したぜ。……最近、裏社会こっちの同業者の間で流れてる『イカれた噂』をな」


 ゴズは忌々しげに床に唾を吐いた。


「アークライト領の『悪徳領主』。……表向きは領地を富ませてる名君だが、裏じゃ逆らう奴を素手でミンチにして畑の肥料にしてるって噂の『人食い鬼』だ。なんでも、ドラゴンの首を素手でへし折ったとか、魔族を奴隷にしてこき使ってるとか……」


 部下たちがゴクリと生唾を飲み込む。裏社会の住人にとって、暴力と恐怖で支配する者は畏怖の対象だ。ヴェルトの悪名は、かなりの尾ひれがついて、このゾルダンにまで届いていたのだ。


「相手は俺たち以上の『本職ワル』だ。……だからこそ、ここで引けねぇんだよ!」


 ゴズの目に、狂気じみた野心が宿る。


「もし俺たちが、あの『悪徳領主』を殺ったとしたらどうなる? 俺たち『金喰いゴールド・イーター』の名声はうなぎのぼりだ!」


 恐怖を野心で塗りつぶし、ゴズは事務所の奥にある、さらに厳重な鉄扉の方へと歩き出した。その扉には『立入禁止』の札と共に、いくつもの呪術的な封印が施されている。


「どうするかって?くはは、化け物には……化け物をぶつけりゃいいのさ!」


 ゴズの言葉に、部下たちの顔色がサァーッと青ざめた。


「ボ、ボス……まさか、『彼女』を使う気ですか!?」


「やめてください! もうアレは制御できません! 前回もやばかったじゃないですか!もう一度解き放ったら終わりですよ!」



「うるせぇな! 責任は俺が取る!!」



 ゴズは震える手で鍵束を取り出し、震える手で解錠した。重い扉が開くと同時に、獣のような異臭と、肌を刺すようなドス黒い殺気が漏れ出した。


 そこは地下牢へ続いていた。その最奥の檻に、それはいた。


 暗闇の中で、鎖の音がジャラリと響く。繋がれているのは、ボロボロの布切れを纏った一人の女だ。かつては美しかったであろう長い赤髪は乱れ、泥と血にまみれている。だが、その四肢の筋肉は異常なほど肥大化し、血管が不気味に脈動していた。


 ――メルザ。


 かつて『紅の戦乙女』と呼ばれ、その高潔さと強さで知られた冒険者。彼女は決して負けなかった。正面からの戦いでは。だが、『金喰い虫』は卑劣だった。人質を取り、毒を盛り、罠に嵌めて彼女を捕縛したのだ。そして、屈辱的な人体実験を繰り返し、彼女の誇り高い精神を薬物でドロドロに溶かしてしまった。


 もはや今の彼女に理性はない。あるのは、自分をこんな姿にした世界への呪詛と、破壊衝動のみ。


「……ヒヒッ。腹が減ってるか、メルザ。仕事だ。」


 ゴズが安全圏から声をかける。


「お前をこんな目に遭わせたのは俺じゃねぇぜ。外にいる貴族のガキだ。……そうだろ? だから行け。あいつらを殺せば、お前を自由にしてやる」


 ゴズは、メルザに残った僅かな理性に期待した。あるいは、薬物による条件付けを過信していた。彼は最後の錠前を外し、拘束具マズルを解いた。


「さあ、行け! 俺の命令をき――」


 ゴズの言葉は、最後まで続かなかった。


 バチュンッ。


 水風船が割れるような音がした。次の瞬間、ゴズの首から上が消失していた。メルザの腕が、霞むほどの速度で一閃されたのだ。


「え……?」 「ボ、ボス……?」


 部下たちが凍りつく。首のないゴズの巨体が、噴水のように血を吹き上げながらゆっくりと、スローモーションの様に倒れる。その後ろに立つメルザは、返り血を浴びて紅く濡れていた。  


 その瞳に、敵味方の識別などない。ただ、目の前に動くもの全てを屠る、殺戮の光だけが灯っていた。


「ア……ガ……ァァァ……」


「ひ、ひぃぃぃぃ!? に、逃げろぉぉぉ!!」


 部下たちが悲鳴を上げて出口へ殺到する。だが、遅い。


「グルルルルァァァァァァァァッ!!!」


 狭い事務所の中で、紅い嵐が吹き荒れた。悲鳴は一瞬で途絶え、肉が裂け、骨が砕ける音だけが響く。『金喰い虫』たちは、自分たちが作り上げ都合のいい道具としていた怪物によって、文字通り「骨まで」喰らい尽くされたのだ。


 数分後。静寂が戻った血の海の中で、メルザは鼻をひくつかせた。まだだ。まだ足りない。もっと強い、もっと質の高い「獲物」の匂いがする。


 怪物は壁を突き破り、夜の街へと飛び出した。


       ◆


 一方その頃。


 そんな惨劇が起きているとは露知らず、ヴェルト達はゾルダンのメインストリートにある高級レストランにいた。


「うっひょー! なんだこの肉! 柔らかっ! 口の中で溶けるぞぉ!」


 ネロが行儀悪くナイフとフォークを使い、最高級ステーキを頬張っている。


「こら、もう少し上品に食べなさい!シャルロット様やヴェルト様の前ですよ!」


「うるせぇ筋肉女! 俺は成長期なんだよ! 魔力を使うと腹が減るんだ!」


 ニーナに注意されながらも、ネロの食欲は止まらない。俺はその様子をワイングラス(中身はブドウジュース)片手に眺めていた。


「……まあ、よく食うことはいいことだ。これからの労働分だと思っておけ」


「けっ! 恩着せがましい奴め。……だが、このソースの味だけは評価してやる」


 憎まれ口を叩きながらも、ネロの表情は明るい。借金という重圧から解放され、久しぶりのまともな食事。小動物のような警戒心も少しは解けてきたようだ。


「平和ですわねぇ」


 シャルロットが優雅に紅茶を啜る。


「ええ。……ですが、嵐の前の静けさかもしれませんよ」


 セバスチャンが窓の外、夜の闇を見つめて呟く。その言葉に呼応するように、遠くから何かが崩れるような轟音と、女の悲鳴のような、あるいは獣の咆哮のような音が聞こえてきた。


「……ん?」


 俺が顔を上げると同時に、マリアが音もなく立ち上がった。ナイフを持つ手が微かに震えている。武者震いか、あるいは警戒か。


「ヴェルト様。……どうやら、お出ましのようです」


「それも、とびきり質の悪いやつですね」


 セバスチャンも目を細める。どうやら、夜のデザート(トラブル)はまだ終わっていなかったらしい。

【応援よろしくお願いします!】

 「面白かった! 続きが気になる!」と思ったら

 下にある☆☆☆☆☆から作品への応援お願いいたします。

 面白かったら★5、つまらなかったら★1など正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!

 ブックマークもいただけると本当にうれしいです。

 執筆を続ける力になりますので、なにとぞお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ