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22. 交渉

 ドォォォォォンッ!!


 裏路地を揺るがした爆発。黒煙が晴れると、そこには直径数メートルのクレーターが出来ていた。周囲を取り囲んでいたゴロツキたちは、爆風で壁に叩きつけられたり、モザイクをかけなくてはいけない惨状になったりして全滅している。


 その中心で、一人の小柄な影がゲホゲホと咳き込んでいた。


「けほっ! けほっ! ……み、見たか愚民ども! これぞ我が『確率変動魔法ジャックポット・マジック』の威力!」


 灰色の髪を煤だらけにしたネロ・アリスは、震える足で立ち上がり、死屍累々となったゴロツキたちに向かって勝ち誇ったように杖を突きつけた。


「ふんっ! 本来なら『目眩まし』程度の出力にする予定が、うっかり『爆裂』のフラグを引き当ててしまったようだが……結果オーライだ! これもまた、俺の不運という名の強運!」


 強がっているが、その膝はガクガクと笑っているし、目尻には恐怖で滲んだ涙が溜まっている。


「さあ、今のうちに戦略的撤退トンズラを……」


 ネロが逃げ出そうとした瞬間。煙の向こうから、二つの影が音もなく現れた。


「……掃除の手間が省けましたね。ゴキブリどもが一掃されています」


「ええ。ですが、少しばかり派手にやりすぎですわ。これでは近所迷惑になります」


 漆黒の燕尾服を着た老紳士セバスチャンと、純白のエプロンが眩しいメイドのマリア。その姿は一見すると優雅だが、彼らから放たれる『気配』は、先ほどのゴロツキたちとは次元が違った。


「ひっ……!?」


 ネロの野生の勘が警鐘を鳴らした。  

 

 こいつらはヤバい。借金取りなんてレベルじゃない。本職の『殺し屋』だ、そうに違いない。


「く、来るな! 新手の追手か!? 俺の臓器はやらんぞ!」


「ご安心を。臓器は頂きません。ただ、少しばかりお話を……」


「問答無用! 食らえ、俺の必殺奥義!」


 ネロは半泣きになりながら、歪な杖を二人に向けて振り回した。


「出ろ! なにか凄い魔法! 『ランダム・エレメント・バースト』!!」


 詠唱破棄どころか、魔法名すら適当。だが、杖の先端からは、炎と氷と雷が混ざり合った、極めて不安定で凶悪な魔力の塊が射出された。直撃すれば人間一人が消し飛ぶ威力だ。


「消し飛べぇぇぇ!!」


 ネロの絶叫と共に放たれた魔弾。しかし。


「――雑ですね」


 ヒュッ。  


 マリアが表情一つ変えず、スカートから取り出した短剣を一閃させた。ただそれだけで、魔力の塊が真っ二つに切り裂かれ、左右の壁へと霧散した。


「は……?」


 ネロがぽかんと口を開ける。


「ま、魔法を、物理で、切った?」


「魔力構成がデタラメですわ。これではただの『エネルギーの塊』。料理し甲斐もありません」


「おや、マリア。私の方には飛び火させないでくださいよ」


 霧散した雷の一部がセバスチャンの方へ飛んだが、彼はハンカチで汗を拭うついでに、それを手で払いのけてしまった。まるで羽虫でも払うように。


「ひぃぃぃ!? バ、バケモノだぁぁぁ!?」


 ネロは腰を抜かしかけた。魔法を切るメイドに、素手で雷を弾く執事。どう考えても勝てる相手ではない。


「に、に、に逃げ……逃げなきゃ……!」


 ネロが踵を返して走り出そうとした、その時だ。


 ガシッ。


 逃走経路を塞ぐように、その首根っこを鋼鉄のような手が掴んだ。


「ひゃうっ!?」


 ネロが素っ頓狂な悲鳴を上げて振り返ると、そこにはジャージ姿の聖女――ニーナが立っていた。


「か、確保しました! もう暴れちゃダメですよ!」


 ニーナは心配そうに、しかし絶対的な拘束力を持ってネロを捕まえた。


「は、放せ! お前も仲間か! この筋肉女!」


「き、筋肉!? ち、違います、私は聖女です!」


「嘘をつけ! その握力はゴリラのそれだ! 痛い痛い、首が締まる!」


 ネロはジタバタと手足を暴れさせる。その動きはまるで、水に濡れるのを嫌がる猫のようだ。だが、ニーナの腕力の前では、貧弱な魔術師の抵抗など、赤子の駄々こねに等しい。


「……チッ。往生際の悪い小動物ですね。ニーナ様、押さえていてください。少しばかり『お灸』を据えて差し上げます」


 マリアが絶対零度の視線で短剣を光らせながら近づいてくる。


「ヒィッ!?」


 ネロの「ひねくれセンサー」が最大の危機を感知した。このメイド、本気で刺す気だ。


「た、盾! お前、盾になれ! あのメイド、目が笑ってないぞ! 俺を解体する気だ!」


 ネロはとっさに、自分を拘束しているニーナの背中に回り込み、しがみついた。


「あら、ご名答。頭脳は良いようですわね」


「ぎゃあああ! 助けてくれ筋肉の人! 俺はまだ死にたくない! 次のルーレットなら勝てる気がするんだぁぁ!」


 ニーナのジャージをギュッと掴んで震えるネロ。口は悪いし攻撃的だが、生存本能には忠実らしい。ニーナは苦笑しながら、背中の小動物を庇うように立った。


「マリアさん、いじめちゃダメですよ。この子、怯えてます」


「怯えているのではなく、媚びているのです。……あざといですね。その中性的な見た目を利用して庇護欲を誘うとは、計算高い」


 マリアの分析は的確だった。実際、ネロは「こいつらの中では、この筋肉女が一番チョロそうだ」と計算して隠れているのだから。


 そこへ、表通りからヴェルトとシャルロットが到着した。


「……なんだこの騒ぎは」


 ヴェルトが呆れたように現場を見渡す。吹き飛んだ路地裏、切り裂かれた魔法の残滓、そしてニーナの背中に隠れてフーッ!と威嚇している少女?いや少年?。


「あ、ヴェルト様! 確保しました! ……でも、すごく暴れるんですけど」


 ニーナが困ったように言う。ヴェルトはため息をつき、ネロの前に立った。


「おい、そこの灰色の」


「あぁん!? なんだお前は! 悪党の親玉みたいな顔しやがって! 俺に説教なら聞かんぞ!」


 ネロがニーナの影から顔だけ出して吠える。


「……初対面でいきなり失礼な奴だな。俺はヴェルト・フォン・アークライト。お前をスカウトしに来た」


「スカウトぉ? けっ! どうせ俺の美貌目当てか、あるいは魔法の才能を利用して金儲けか? 人間なんてみんな欲望の塊だ、信用できるか!」


 ネロはふんと鼻を鳴らす。完全に心を閉ざしている……ように見えて、その目はチラチラとヴェルトの懐(財布)を見ている。


(……分かりやすい奴だな)


 ヴェルトはニヤリと笑い、懐から革袋を取り出した。



 ジャラッ。

 


 重たい金貨の音が響く。


「……!」


 ネロの耳がピクリと動いた。


「借金、あるんだろ?」


「……い、いくらかはな。それがどうした!」


「この金で、お前の借金を全部肩代わりしてやる。さらに、アークライト家専属の魔術師として、研究費も保証してやる」


 ヴェルトが袋を放り投げると、ネロは反射的にそれをキャッチしてしまった。ずっしりとした重み。袋の口から覗く黄金の輝き。


「くっ……! き、汚いぞ大人! 金で俺の心を釣ろうなんて!」


「釣られないのかぁ?今なら寝床と三食昼寝付きという好待遇で雇ってやるぞ?」


「……ぐぬぬぬぬ」


 ネロは金貨の袋と、自身のプライド(?)を天秤にかけるように唸り、やがてバッと顔を上げた。


「……勘違いするなよ! 俺は金に屈したわけじゃない! お前のその『悪党面』に、シンパシーを感じただけだ!」


 ネロは素早く金貨袋を懐にしまい込んだ。その手際はプロのそれだ。


「俺はひねくれ者だ、だけど悪党は嫌いじゃない。偽善者よりはマシだからな! ……それに、飯がちゃんと三食出るなら話は別だ」


 最後の一言が本音だろう。ネロは「ふん!」と胸を張り、ニーナの背中から恐る恐る出てきた。


「いいだろう、雇われてやる! だが言っておくが、俺は扱いにくいぞ? 天才ゆえにな!」


「ああ、知ってるよ。……よろしくな、問題児」


 ヴェルトが手を差し出すと、ネロは警戒しつつも、その手を握り返してきた。その手は小さく、やはり小動物のように震えていた。


「さて、まずはネロの借金を返しに行くか」

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