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21.閑話 ニーナ

 ――ドォォォォォォォォンッ!!!!!


 歓楽都市ゾルダンの路地裏。目の前で巻き起こった紅蓮の爆発。その衝撃と熱風が、私の記憶の蓋をこじ開けました。


 かつて、私がまだ何も知らない「ただの少女」だった頃。そして、私が教会から「硝子の聖女」と呼ばれ、全てを失った日のことを。


       ◆


 私の故郷は、ここから遠く離れた小さな村でした。そこには、いつも一緒に遊んでいた幼馴染の男の子――アレクがいました。私たちは兄妹のように育ち、将来を誓い合った……そんなありふれた幸せの中にいました。


 運命が狂ったのは、教会が私たちの「才能」を見つけた日です。私には『聖女』の魔力が、そしてアレクには伝説の『勇者』の魂が宿っていることが判明したのです。私たちは「世界を救う希望」として教会に引き取られました。


 けれど、待っていたのは地獄のような訓練の日々。そして下された最初の使命は――『悪徳領主ヴェルト・フォン・アークライトの討伐』でした。


 私たちは信じていました。それが正義だと。だからあの日、私たちはアークライト領主邸の重厚な扉を蹴破ったのです。


『出やがれ、悪徳領主アークライト! オレは勇者アレクだ!』


 土煙の中、アレクは高らかに名乗りを上げました。 現れたのは、私たちと同い年くらいの少年。黒髪に、冷たい瞳をした領主の息子、ヴェルト様でした。背後には殺気を放つ執事とメイドを従えながら、彼は不敵に微笑んでいました。


『やあ、ようこそアークライト邸へ。歓迎するよ、勇者君』


 その余裕が、罠に見えました。アレクは剣を構え、必殺の『パワースラッシュ』を放ちました。岩をも砕く勇者の一撃。  


 けれど。


 ガキィッ。


 ヴェルト様は、それを素手で――たった二本の指で受け止めたのです。そして、クッキーでも砕くように剣をへし折り、アレクを赤子のように捻じ伏せました。


『勇者アレク。今のままでは、世界どころか、うちの庭の雑草すら刈れないぞ』


 圧倒的な絶望。力の差。その時、執事さんとメイドさんが恐ろしい殺気と共に私たちを殺そうとしました。もう駄目だ、殺される。そう思った瞬間、止めたのはヴェルト様でした。


『待て! 殺すな!』


 彼はアレクに手を差し伸べようとしました。……でも、その手は届きませんでした。


 ドォォォォンッ!!


 突如響いた爆音と煙幕。現れたのは、黒いローブと仮面の男。彼らは一瞬でアレクを拘束しました。


『予定が狂った……勇者は回収させてもらう 。安心しろ、殺しはせん。我々が正しく導き、育てる』


 ヴェルト様が止めようと走りましたが、謎の男は転移魔法でアレクを連れ去ってしまいました。残されたのは、壊された扉と、へたり込んで泣いている私だけ。


 勇者は連れ去られ、聖女は敵地に残された。殺される。震える私に、ヴェルト様が歩み寄ってきました。


『……おい、大丈夫か』


 その声は、悪魔の囁きのように聞こえました。そして、ヴェルト様は私を値踏みするように見下ろし、私の人生を変える言葉を告げたのです。


『……なんだこのクソみたいなステータスは』


『え……?』


『さっきも思ったが、このレベルで?...魔力重視で体力が一桁? おまけに防御が紙切れレベルじゃねぇか。これじゃ魔法を撃つ反動で自壊するぞ。……教会は何を考えてこんな欠陥ビルドを組んだんだ?』


 彼は、私の「聖女としての価値」ではなく、「生き物としての弱さ」を見抜きました。そして、アレクを失った絶望に浸る暇さえ与えず、私の口に無理やり何かをねじ込みました。……それは、最高級の回復薬と、プロテインでした。


『いいか聖女。よく聞け。お前は「器」が脆すぎる。魔力タンクがデカいのに、ボディが軽自動車なんだよ。……なら、ボディを戦車に作り変えればいい』


 何を言ってるのか私には殆ど理解出来ませんでしたが何故だか私の事を思って言ってくれている。そう思いました。


 そういうと「……セバス、マリア。客人を部屋へ案内しろ」と言い、私は怖いメイドさんと執事さんに案内されるまま豪華なお部屋へ連れていかれました。


 しかし、そこから始まったのは、教会よりも過酷な、しかし確実に私を救ってくれる日々でした。


『アレクは連れ去られたが、生きてはいる。あいつが戻ってくるまで死にたくなければスクワットだ! 筋肉は裏切らない。大胸筋は鍛えれば常にそばにいて、魔力の反動を受け止めてくれる!』


 何を言っているのかよく分からず、最初は恨みました。なんでこんな辛いことをさせるの、と。でも、ヴェルト様は決して私を見捨てませんでした。気づけば呼吸は深くなり、力が漲り……私は、教会の騎士が持つ剣よりも重い『聖女の鉄甲』を、自分の手足のように扱えるようになっていました。


 アレクとの約束は、今も大切に覚えています。でも、実際に死の淵から私を引きずり上げ、生きるための「鋼の肉体」をくれたのは、勇者ではなく、この口の悪い領主様です。


       ◆


「……ッ!」


 回想は一瞬。私は現実へと意識を引き戻しました。


 目の前には、爆煙の中に立つ『灰色の魔女』ネロ。暴走した魔力。自分では制御できない力に振り回され、怯えているその姿は……かつての私そのものでした。


(あの子も……同じなんだ)


 強すぎる力と、脆い心と体。放っておけば、あの子は自壊してしまうかもしれません。


 硝子であった昔の私のように。


「グラン様、下がっていてください」


 私は一歩、前へ出ました。  


 もう、誰かの背中に隠れて震えているだけの少女ではないのです。


「ニーナ殿!? 危険ですぞ!」


「大丈夫です」


 私は両手の鉄甲を打ち鳴らしました。カァンッ、と澄んだ音が路地裏に響きます。


「ヴェルト様が教えてくれました。……脆いなら、鍛え直せばいいと。壊れそうなら、筋肉で補強すればいいと!!」


 私は構えました。かつてアレクが連れ去られた時、私は何もできませんでした。  



 でも今は違います。



確保ほごします! ……多少、手荒になりますけど!」


 硝子の聖女はもういません。ここにいるのは、物理で運命をねじ伏せる、撲殺聖女ニーナなのですから。

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