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16. 王女の来訪

 街道には破壊されたオーガの肉片と、襲撃者たちが転がっていた。惨状の中心で、第三王女シャルロット・ヴァン・ドラグーンは、扇子で口元を隠しながら、まるで美術館の展示品を品定めするかのように戦場を歩いていた。


 横にはおろおろとしたグランと呼ばれる従者が付き添っている、姫様のやんちゃには苦労しているのだろう


「……驚きましたわ。オーガの腕が、まるで熟れた果実のように内側から破裂しているなんて」


 シャルロットは優雅な足取りでオーガの死体に近づき、その惨状を観察する。そして、クルリと振り返り、興味深げな視線を俺たちに向けた。


「それに、あちらの盗賊の方々。全員、頸動脈や心臓を一撃で断たれていますわね。無駄な傷が一つもない。……ふふっ、ユニークな従者をお持ちですこと」


 彼女の視線が、まずはマリアに向けられる。マリアは血濡れた包丁をスカートの裏で拭い、何事もなかったかのように淑女の礼をとった。


「お褒めにあずかり光栄です、殿下。私はただのメイド。屋敷の『ゴミ掃除』が得意なだけにございます」


「あら、謙遜なさって。これほどの手練れをただの掃除婦と呼ぶなら、王宮の騎士団は全員、箒すら握れない素人ということになってしまいますわよ?……欲しいですわね、貴女のような優秀な『刃』は」


 シャルロットは試すように微笑んだが、マリアは表情一つ変えずに受け流した。王女は肩をすくめ、次にニーナへと視線を移した。ニーナはジャージ姿で、両手に銀色に輝くミスリルのナックルを嵌めている。


「そして、そちらの方は……その白銀の輝き、それに刻まれた聖なるルーン文字。まさか伝説の『聖女の鉄甲』ではありませんか?王家の書庫にある聖遺物図鑑で見たことがありますわ。それを使いこなせるということは…」


「ひっ!?あ、あの、これは……その……」


「彼女はニーナ。うちの屋敷の……庭師兼、害獣駆除係です」


 俺は咄嗟に嘘をついた。見習い聖女だと言えば、教会との関係を怪しまれる。今のニーナは物理特化しすぎて聖女に見えないのが幸いした。


「害獣駆除、ですか……。ふふっ、なるほど。手練れを軽く屠る掃除婦に、伝説の聖遺物を使いオーガを害虫の様に軽く粉砕する庭師。……アークライト領というのは、常識というものが通用しないワンダーランドなのですか?」


 シャルロットは楽しそうにクスクスと笑う。嘘だとバレバレだが、あえて追求せずに乗っかっているようだ。食えない人だ。


「それで、シャルロット殿下。このような場所で何を?護衛が手薄なようですが」


「ええ。実は『お忍び』で、北にある教会の修道院へ向かう途中でしたの。……ヴェルト様、貴方もお気づきでしょう?最近、教会の動きがきな臭いということを」


 彼女の瞳から笑みが消え、鋭い知性の光が宿る。


「勇者アレク殿が行方不明になり、各地で不穏な動きがある。わたくし、じっとしているのは性に合いませんの。自分の目で確かめないと気が済まないタチでしてね。……まあ、その結果がこの襲撃というわけですけれど」


 さらりと言ったが、それは王族が単独で動くには危険すぎる案件だ。ゲームでは学園という箱庭に守られていた彼女も、俺の影響で変わった世界では自ら動かざるを得ない状況にあるのか。


「勇者様が.....それは心配ですね。その様な重要な情報を私如きに聞かせてしまってもよろしいのでしょうか?」


(.....勇者アレクが失踪しているという情報はもう王族まで流れているのか、まぁ王族としても教会が認定した勇者の動向は追っていても不思議では無いが)


「ええ、いずれわかることですし問題ありませんわ。それに、ヴェルト様は無暗に言い触らすような事はしないと信じておりましてよ?」


「ええ、それはもう」


(この王女、どこまで知っているんだか)


「ですが、馬車も車輪をやられましたし、護衛の騎士も負傷しております。このまま野宿というわけにもいきませんわ。……ヴェルト様、厚かましいお願いですが、今宵一晩、貴方様の屋敷に厄介になってもよろしいかしら?」


「……光栄です。むさ苦しい場所ですが、歓迎いたします」


 断れるはずがない。相手は王族だ。それに、ここで恩を売っておくのは戦略的にも悪くない。俺は騎士たちに手早くポーションを配り、負傷者を俺たちの馬車に乗せ、王女の馬車を応急処置して牽引することにした。


       ◆


 アークライト邸への道中。俺の馬車の中は、シャルロットの独壇場となっていた。


「ねえ、ヴェルト様。先ほどの動き、素晴らしかったですわ。」


「と、おっしゃいますと?」


「一瞬で相手の背後に回った時のことです、一体どうやったのかしら?そういった魔法やスキルがあるのかしら?」


「ああ、あれはただ走っただけですよ」


「まぁ...魔法も使わず、ただの脚力だけで音速に迫るなんて。……貴方、一体どのような教育を受ければ、あのような怪物……いえ、英雄になれるのです?」


 対面に座ったシャルロットが、身を乗り出して俺の顔を覗き込む。距離が近い。甘い香水の香りが鼻をくすぐる。


「……田舎で走り回っていただけですよ」


「嘘はお嫌いですわ。ふふっ、でも秘密が多い殿方は魅力的です。……わたくし、強い男性は嫌いではありませんのよ?もし貴方が王都にいらしたら、わたくしの専属騎士に推薦してもよいくらいです。アークライト家の噂は色々聞いていましたが当てにならないものですね」


 王女特有の社交辞令か、それとも本気か。彼女の蒼い瞳は魅惑的で、男なら誰でも惹きつけられる魔力がある。


「あら?……なんだか、急に寒気がしますわね」


 シャルロットが扇子で口元を覆う。


 ギチチチチ……。


 俺の隣で、何かがきしむ音がした。マリアだ。彼女は膝の上で拳を握りしめ、笑顔のまま完全に気配を消していた。だが、スキル<嫉妬 Lv.9>を持つ彼女の周囲には、視認できないほどのどす黒いオーラが渦巻いている。シャルロットの「専属騎士にしたい」という言葉が地雷を踏み抜いたのだ。


(……泥棒猫。王女だろうと関係ありません。ヴェルト様を王都へ連れ去ろうなどと……その綺麗な口、縫い合わせて差し上げましょうか……?)


 心の声が聞こえてきそうだ。だが、シャルロットはその殺気に気づいている上で、楽しんでいる節がある。


「マリアさん、でしたっけ?……ふふ、素敵な目ですわね。主人のためなら、国すら敵に回しそうな情熱的な瞳。わたくし、そういう重い愛も嫌いではありませんわ」


「……恐縮です。ヴェルト様のためなら、地獄の業火すら生ぬるいと感じておりますので」


「まあ、頼もしい。アークライト領は人材の宝庫ですわね」


 火花が散っている。間に挟まれたニーナは、隅っこで体育座りをしてガタガタと震えていた。


「ひぃっ……!お、お腹痛いですぅ……帰りたいですぅ……」


 マリアの殺気と、王女の覇気。その板挟みになった小動物の心労は計り知れない。


「……マリア。お茶の用意を」


「はい、ただいま♡」


 俺が声をかけると、マリアは一瞬で殺気を霧散させ、完璧なメイドの所作で水筒のお茶を注いだ。この切り替えの早さが逆に怖い。


 やがて、馬車はアークライト邸の正門をくぐった。


「おかえりなさいませ、ヴェルト様」


 玄関ホールでは、既にセバスチャンが整列して待っていた。俺たちが到着する数分前に気配を察知していたのだろう。彼は馬車から降りてきたシャルロットを見るなり、眉一つ動かさずに最敬礼を行った。


「これはこれは。予期せぬ来訪者様がいらっしゃるとは。……シャルロット・ヴァン・ドラグーン王女殿下とお見受けします」


「あら、名乗る前に見抜かれるとは。……貴方のその立ち振る舞い、そして隙のない重心。ただの執事ではなさそうですわね」


 シャルロットが目を細める。


「...確か数年前、王宮騎士団から姿を消した『剣鬼』の話を聞いたことがありますけれど……まさか、こんな辺境で執事服を着ているとは思いませんでしたわ」


「おや、何のことでしょう。私はただの執事、セバスチャンでございます。……少々、昔の記憶力が良いだけで」


 セバスチャンは恭しく頭を下げ、しらを切った。シャルロットは「ふふっ、狸だらけですわね、この屋敷は」と小さく笑った。


「お部屋の準備は整っております。さあ、どうぞこちらへ」


 セバスチャンの完璧なエスコートにより、シャルロットたちは客室へと案内されていった。嵐のような一行が去り、玄関ホールには俺とセバスチャン、そしてマリアとニーナが残された。


「……ふぅ。どっと疲れたな」


「お疲れ様でした、坊ちゃん。まさか、ダンジョン帰りに王女様を拾ってくるとは。坊ちゃんの『運』のステータスは、良いのか悪いのか分かりませんね」


 セバスチャンが苦笑する。


「それで、セバス。留守の間に何かあったか?」


「ええ。一匹ほどネズミが入り込みましたが、処理済みです。……それと、お土産がございます」


 セバスチャンは懐から、ハンカチに包まれた青白く光る石を取り出した。


「こいつの持っていた物です。おそらく、勇者の居場所を示す手がかりかと」


「これは……『月光石』か?」


 俺は目を見張った。この石は特定の場所でしか採れない。


「『迷わずの渓谷』……。なるほど、敵のアジトはそこか」


「ご明察です。……それと、マリア」


 セバスチャンが視線をマリアに向けた。


「はい、セバスチャン様」


「王女殿下の警護という名目で、監視をお願いします。ただし……くれぐれも『毒』を盛らぬように。アークライト家が王殺しの汚名を着ることになりますからね」


「……チッ。承知いたしました」


 マリアが舌打ちをして下がっていく。その背中には、「監視」というより「獲物を狙うハンター」の殺気が漂っていた。


「……さて。役者は揃ったな」


 俺は手の中の月光石を握りしめた。勇者の行方、教会の陰謀、ひねくれ者の魔女、そして予定外の王女の介入。シナリオは崩壊した。だが、手札はこちらにもある。


 レベル45の暗殺メイド。オーガを撲殺する筋肉聖女。元・剣鬼の執事。そして、悪徳領主(転生者)の俺。


「不謹慎ながら少し面白くなってきたな。……平穏な生活とは程遠いが」


 俺は不敵に笑い、自室へと足を向けた。明日から忙しくなりそうだ。

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