13.聖女の鉄拳(物理)
あれから数週間、ニーナの修行をある程度終わらせ、北のダンジョンへ出発する朝。屋敷の玄関で、俺は人員配置の最終確認を行っていた。
「セバス。お前は屋敷に残れ。教会に不審な動きがある。勇者の一件、裏で糸を引いている連中の情報を洗ってくれ」
「承知いたしました。留守は私が死守します。……それに、ネズミが入り込まぬよう、罠も張り巡らせておきましょう」
セバスチャンは頼もしく頷く。彼は諜報活動も得意分野だ。勇者を攫った仮面の男たちについて、何かしらの尻尾を掴んでくれるだろう。問題は、もう一人だ。
「マリア。お前もセバスの手伝いを……」
「お断りします」
食い気味だった。マリアは旅行鞄(中身は凶器と俺の着替えとお手製のお弁当)を抱え、テコでも動かない構えだ。
「ヴェルト様のお世話は私の生き甲斐。それに……この泥棒猫と二人きりの旅など、私が嫉妬で発狂して死んでしまいます。いえ、その前にあの娘を殺してしまうかもしれません」
「ひぃっ...」
「おい、本音が漏れてるぞ。ニーナが怯えてるじゃないか」
「とにかく、絶対についていきます。地の果てまでも」
彼女の瞳は漆黒で、拒否権がないことを雄弁に語っていた。ここで置いていけば、本当に後からストーキングしてきそうだ。
(まあ、ダンジョンは危険だが……今の俺のレベルなら、マリア一人くらい余裕で守りきれるか。それに、ニーナの監視役(サボり防止)も必要だしな)
俺は甘い判断を下した。
「……わかった。許可する。だが、俺のそばを離れるなよ。必ず守ってやるからな」
「はいっ!一生離れません♡」
マリアが花が咲いたような笑顔を見せる。こうして、俺と筋肉聖女、そしてヤンデレメイドの奇妙な三人旅が決まったのだった。
◆
アークライト領の北外れ。そこに、かつて聖女が修行したと伝えられる古い地下遺跡、『清めの霊廟』がある。なんでここにあるかは俺も知らん。たぶんゲーム進行上の都合だろうな、俺を倒した勇者パーティをスムーズに強化出来るようにとかそんなところだろう。
まぁ、ともかくこれが今回の俺たちの目的地だ。じめじめとしたカビの臭いと、死者の気配が漂う石造りの通路を、俺たちは進んでいた。
「ひぃぃ……!暗いです、怖いですぅ……!お化けが出ますよぉ!」
先頭を歩かされているニーナが、松明の明かりを頼りに涙目で進んでいく。その背中には、修行で培われたしなやかな広背筋が見え隠れしているが、中身は相変わらずの泣き虫のままだ。
「当たり前だ。ここはアンデッドの巣窟だからな。お前の装備を取りに来たんだ、文句を言うな」
俺は後ろからニーナの尻を叩くように急かす。
「ニーナ様。背後を気にしている暇があったら前を見てください。……足を滑らせたら、私が介錯して差し上げますから」
殿を務めるマリアが、暗闇の中で包丁をキラリと光らせた。その殺気は、このダンジョンのどのアンデッドよりも濃厚で禍々しい。ニーナにとっては、前から来る魔物より、後ろのメイドの方がよほど恐怖だろう。
カラン、カラン……。
その時、前方の闇から乾いた音が響いた。現れたのは、錆びついた剣を持ったスケルトンの群れだ。
「ひっ!?が、骸骨ぅ!?」
「よし、接敵したな。ニーナ、やれ」
「む、無理です!『浄化』を使います!」
ニーナが杖を構えて祈ろうとする。だが、俺はすかさず指示を飛ばした。
「馬鹿者!MPは攻撃に使うな!全て『身体強化』と『自己再生』に回せ!」
「ええええっ!?聖女なのに!?」
「聖女だからだ!スケルトンごとき、骨密度で勝てば問題ない!いけ、撲殺しろ!」
「そ、そんな無茶なぁぁぁ!」
ニーナが絶叫する。だが、スケルトンは待ってくれない。錆びついた剣がニーナの頭上に振り下ろされる。
「ひっ……!あ、危ない!」
ニーナは反射的に動いた。マリアから逃げ回る訓練で培われた【敏捷】が火を吹く。彼女は最小限の動きで剣をかわすと、パニックのあまり、教えられた通りの行動を取った。
「主よ、我に鋼の力を!『フィジカル・ブースト』ぉぉぉッ!!」
カッ!とニーナの身体が白銀のオーラに包まれる。彼女は目を瞑ったまま、我武者羅に右拳を突き出した。
「寄るなぁぁぁぁッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
爆音が洞窟内に木霊した。ニーナの拳がスケルトンの頭蓋骨を捉え――いや、通り越して胴体ごと粉砕したのだ。骨の破片が散弾銃のように飛び散り、背後にいた別のスケルトンをも巻き込んで吹き飛ばす。
「……あ?」
ニーナが目を開ける。そこには、上半身が消滅し、下半身だけで立ち尽くすスケルトンの残骸があった。
「す、すごい……。骨って、意外と脆いんですね」
「違うぞニーナ。お前の拳がハンマーより重いだけだ」
俺は感心して頷いた。さすがは聖女。対アンデッド補正が乗っているのか、ただのパンチに『聖なる衝撃』が付与されている。これぞ撲殺聖女の真骨頂。
「マリア、見たか?あれがアークライト流の聖女だ」
「……チッ。生意気に活躍して」
マリアが小声で舌打ちしたのを俺は聞き逃さなかった。まあ、ニーナが強くなれば俺の安全で優雅な生活も確保されるのだから我慢してくれ。
その後も、俺たちは順調に進んだ。
「せぇいッ!」
「ふんっ!」
「どいてくださいぃぃぃ!」
最初は怯えていたニーナも、何度か敵を粉砕するうちに快感を覚えたのか、あるいは「やられる前にやる」というバーサーカー思考に目覚めたのか、積極的に前に出るようになっていた。ゾンビを裏拳で吹き飛ばし、ゴーストを聖なるオーラを纏ったラリアットで蒸発させる。その姿は、とても慈愛の聖女には見えない。
そして、最深部。祭壇の上に鎮座する宝箱の前に、そいつはいた。
ガーディアンである『リビング・アーマー』。全身が鋼鉄の鎧でできた、身長3メートルほどの巨体だ。
「ヴェ、ヴェルト様……。あいつ、硬そうです……」
「ああ。物理耐性が高い敵だ。生半可な打撃は通じない」
俺はニヤリと笑った。ここが正念場だ。
「ニーナ。あの鎧を倒せば、宝箱の中身はお前のものだ」
「中身って……?」
「そりゃ当然『聖女の鉄甲』だ。ミスリル製で、殴った相手に回復魔法の逆転現象(過剰治癒によるダメージ)を与える、対魔物用の最終兵器だ」
「なんでそんな物騒なものが聖女の装備なんですか!?」
「さぁ…?昔の聖女は武闘派だったんだろうなぁ。……さあ、見せてみろ。お前の修行の成果を」
ニーナがゴクリと唾を飲み込む。リビング・アーマーが巨大なハルバードを振り上げ、突進してきた。
ズゥゥゥン!
床が揺れる。ニーナは逃げない。いや、逃げられない。背後にはマリアが仁王立ちしているからだ。
「やるしか……ないの!?」
ニーナが覚悟を決める。彼女は杖を投げ捨て、両手で構えを取った。
「『ハイ・フィジカル・ブースト』!『リジェネレーション』!うおおおおおっ!」
ニーナが吼える。彼女はハルバードの一撃を、あろうことか『額』で受け止めた。
ガギィィィンッ!!
金属音が響く。だが、ニーナの額には傷一つない。常時展開された回復魔法と、異常に発達した首の筋肉が衝撃を吸収したのだ。
「い、痛ったぁ……!でも、死んでない!」
「今だニーナ!懐に入れ!」
俺の指示に合わせて、ニーナが踏み込む。床石が砕けるほどの踏み込み。そして、渾身の力を込めた右ストレートが、鎧の鳩尾に突き刺さる。
「神の御許へ還りなさぁぁぁいッ!!」
メキョッ……!
分厚い鋼鉄の鎧が、内側からひしゃげた。衝撃波が鎧の内部を駆け巡り、魔法で動いていた核を粉砕する。
ドォォォォォン!!
リビング・アーマーは膝から崩れ落ち、やがてバラバラの鉄屑となって崩壊した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
残心をとるニーナ。その拳からは湯気が立ち上っていた。
「……やりやがった。本当に素手で倒しやがった」
俺は戦慄と興奮で震えた。これだ。これなら、勇者不在でも戦線は維持できるだろう。
「ヴェルト様ぁ……!勝ちました!私、勝ちましたよ!」
ニーナが満面の笑みで振り返り、俺に抱きつこうと駆け寄ってくる。
「おお、よくやったぞニーナ!」
俺も両手を広げて迎えようとし――。
ヒュッ。
俺の眼前、数センチのところを、一本のナイフが横切った。
「……おめでとうございます、ニーナ様。ですが、汗臭い体でヴェルト様に触れるのは重罪ですよ?」
マリアが氷の微笑で立ちはだかる。ニーナは「ひぃっ」と急ブレーキをかけ、直立不動になった。
こうして、俺たちは無事に『聖女の鉄甲』を入手した。これを装備したニーナは、攻撃力補正がさらに跳ね上がり、名実ともに『撲殺聖女』として一歩完成に近づいたことになる。竜皮の道着も必要だがこれはまだ遺跡に入る準備が出来ていないから後回しだな。あそこは管理してる領主の許可が無いと入れないからなぁ...
帰り道。新しいナックルを嬉しそうに磨くニーナ(完全に毒されている)を見ながら、俺は次の手について考えていた。
ともかく前衛は確保した。だが、まだ足りない。 この世界には、勇者と聖女とあともう一人、重要な重要人物がいる。
勇者パーティの魔法使い枠。 原作ではアレクのライバルキャラとして登場する、あの『ひねくれ者の魔女』を確保しなければ。
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