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98.クリス出陣

96.世界合同武術大会、開幕 で審判のキャラクターを修正しています。

もし、読んでいない場合はこちらを読んでからの方が良いかと思います(´・ω・`)すんません

 大闘技場の熱気は、第一回戦でのヴェルトの「拳の風圧による結界粉砕と3人抜き」という異常事態を経て、畏怖と興奮が入り交じった異様なものへと変貌していた。


 観客席からは、もはやFクラスを嘲笑する声は消え失せ、次に何が起きるのかと固唾を飲んで見守っている。


「さあ、第一回戦の衝撃も冷めやらぬ中、続いて第二回戦が行われます!対戦カードは……王立魔法学園チームVS魔導国『アルカニア』チームです!!」


 魔法拡声器の実況と共に、闘技場の中央にアルカニアチームの三人が進み出た。


 アルカニアは、魔法科学の最先端を行く国だ。魔導工学と古代魔法の融合を研究しており、魔法の複雑さと精密さにおいては世界一を自負している。彼らは揃って、幾何学模様が刺繍された純白のローブを身に纏い、手には禍々しい魔力を放つ長杖スタッフを握っていた。


「……アルカニア」


 待機エリアで、クリスの碧い瞳が鋭く細められた。


 彼女にとって、アルカニアの魔術師たちは単なる対戦相手ではない。かつて彼女が『魔導理論の最適化』に関する論文を国際魔法学会で発表した際、「魔法には情緒と伝統が必要だ」「論理だけで魔法を語るなど、神への冒涜である」と頭ごなしに否定し、彼女を学会から追い出した因縁の相手なのだ。


「...次は私に行かせて」


 クリスは、ベンチで長椅子に寝転がり、フィオナをクーラーボックス代わりにしているヴェルトに向かって志願した。


「……あ?面倒くせぇ。勝手にしろ」


「なによその適当な態度は!ええ、一回戦であんた一人に見せ場を全部持っていかれたんだから、次は私たちがやるわよ!私が論理的かつ美しく勝利して、あいつらの時代遅れなプライドをへし折ってやるんだから!」


 クリスはレイピアを抜き放ち、颯爽と闘技場の中央へ向かって歩き出した。


(...なんだあれ?...ああ、相手がアルカニアだからか荒れてるのか、原作ゲームでも目の敵にしてからなぁ)


 その背中を、アリシアが「頼みましたわよ、クリスさん!」と見送る。


 闘技場の中央では、先ほどのヴェルトのデタラメな物理蹂躙から立ち直りきれていない特級審判のアステリアが、パンッと両頬を叩いて気合を入れ直していた。


「さあ、気を取り直して第二回戦よ!王立魔法学園・先鋒クリスティーナ・アー・ドラグノフVSアルカニア・先鋒!両者、構え!……今度は特級エリートの私の前で、まともな魔法戦を見せなさいよね!」


 アステリアがビシッと腕を振り下ろし、銅鑼が鳴り響いた。


「試合開始!」


「古代の英知よ、我が力となれ!……『多重魔導障壁マルチエイジス』!!」


 アルカニアの先鋒が長い詠唱と共に杖を掲げると、彼の周囲に何重もの複雑な魔法陣が浮かび上がり、分厚い光のドームが展開された。物理攻撃を反射し、魔法攻撃のエネルギーを吸収・拡散する、アルカニアが誇る鉄壁の防御結界だ。


「さあ、どうする?君の細剣や、薄っぺらい魔法でこの障壁が破れるか……」


「……はぁ。やっぱり、貴方たちは何も分かっていないわね」


 クリスはため息をつき、空中に複雑な魔導演算式をホログラムのように展開した。


「防御結界の強度は、注ぎ込む魔力総量と術式の複雑さに比例する……それが貴方たちの古い常識。でも、論理的に考えれば、複雑にすればするほど、魔力の『継ぎ目』には必ず干渉のラグが生じるわ」


クリスの碧い瞳に、数式が高速で流れていく。


「魔力の流れを解析。……術式の干渉ポイントを特定。最適化された魔法陣を展開。……『碧き星屑の穿孔アストラルピアス』!!」


 クリスがレイピアを真っ直ぐに突き出す。


 放たれたのは、巨大な魔法ではない。極限まで圧縮され、針のように細く鋭い、一本の碧い閃光だった。


「そんな貧弱な魔法で……なっ!?」


 閃光は、アルカニア先鋒の誇る『多重魔導障壁』に触れた瞬間、爆発することなく、結界の魔力の「継ぎ目」を縫うようにスルスルとすり抜けていった。


 そして、障壁の基点となっていた術式の核を、ピンポイントで貫いたのだ。



 ...パリンッ!



ガラスが割れるような音と共に、何重にも張られていた魔導障壁が一瞬にして霧散した。


「ば、馬鹿な……!?我が国の古代障壁が、たった一撃で……!」


「無駄が多いのよ。……チェックメイト」


 クリスがレイピアを振り抜くと、発生した衝撃波がアルカニア先鋒を吹き飛ばし、彼は白目を剥いて場外へと転がった。


「しょ、勝者、クリスティーナ・アー・ドラグノフ!ふん、やればできるじゃない。これぞ正統派の魔法戦よね!」


 アステリアが満足げに宣言し、観客席がどっと沸き返る。第一試合のヴェルトの理不尽な暴力とは違う、あまりにも美しく、洗練された魔法戦の決着だった。


「見たか!これが私の『最適化魔法』よ!」


 クリスは得意げに胸を張り、アルカニアの待機エリアを挑発的に見据えた。


「次鋒、さっさと出てきなさい。貴方たちの非効率な魔法を、私が片っ端から添削してあげるわ」


 続く次鋒戦も、クリスの独壇場だった。


 相手が放つ巨大な火炎魔法や氷結魔法に対し、クリスは最小限の魔力で相殺し、相手の魔法の構造の弱点を突いて次々と撃破していく。


 まさに「魔法の極致」を体現するような戦いぶりに、他国のエリートたちも息を呑んで見入っていた。


「……ぐぬぬ。おのれ、我がアルカニアの魔法科学が、あのような小娘の屁理屈に敗れるなど……!」


 ついに、アルカニアチームの大将が闘技場に降り立った。


 彼は顔を真っ赤にして怒り狂い、手にした巨大な魔導書をパラパラと猛烈な勢いでめくっている。


「認めるものか!魔法は奇跡だ!圧倒的な魔力と複雑な儀式こそが、真理なのだ!見せてやる……我が国が極秘裏に開発した、この究極の殲滅魔法を!」


 大将が杖を天に掲げると、闘技場の上空に、これまでの比ではない禍々しい赤黒い魔法陣が展開され始めた。空気がビリビリと震え、周囲の魔素が急速に吸い上げられていく。


「なっ……!あれは禁忌指定の広域殲滅魔法!?大会で使うような代物じゃないわよ!」


 クリスが顔色を変え、レイピアを構え直す。


 さすがに、あれほどの質量を持った魔法を「最適化」で完全に相殺するのは不可能に近い。防御結界を最大展開し、耐え凌ぐしかない。


「ハァーッハッハッハ!灰になれ、異端の小娘!『終焉の紅蓮クリムゾンメテオフォール』!!」


 大将の狂ったような叫びと共に、巨大な炎の隕石が、闘技場全体を飲み込もうと落下を始めた。


 観客席から悲鳴が上がる。特等席のメルフィは、目を輝かせてその破壊の光景を見つめている。


「……くっ、防御術式展開……!」


 クリスが魔力を振り絞ろうとした、その瞬間だった。


「――おい」


 闘技場の空気を震わせる、信じられないほど不機嫌な、底冷えするような声が響いた。


 王立学園の待機エリア。ベンチでフィオナを枕に寝転がっていたヴェルトが、ゆっくりと上半身を起こしていた。


「うるせぇ。……人が気持ちよく昼寝してんのに、熱気と騒音で邪魔すんじゃねぇよ」


 ヴェルトは首をコキリと鳴らすと、面倒くさそうに右手の指をパチンと弾いた。


 ――ただの、デコピン。


 だが、放たれたのは物理の法則を完全に無視した、理不尽な暴風。


 圧縮された空気の弾丸が、音速を遥かに超えて上空へと打ち出される。


ドォォォォォォォォンッ!!!!!


 落下してきていた巨大な炎の隕石が、ヴェルトの放った風圧と正面から衝突し――次の瞬間、まるでシャボン玉が割れるように、いとも容易く空中で弾け飛んだ。


「……は?」


 アルカニアの大将が、ぽかんと口を開けて空を見上げる。


 だが、ヴェルトのデコピンの余波はそれだけでは終わらない。上空で弾けた風圧の残滓が、巨大なダウンバーストとなって闘技場に降り注ぎ、アルカニアの大将を、展開していた魔導書や杖もろとも、もろに壁まで吹き飛ばしたのだ。


 ズガァァァァンッ!!!!


「げはぁっ!?」


 大将は壁に深々とめり込み、白目を剥いて気絶した。


 救済結界が真っ赤に点滅し、またしても「即死」ダメージを無効化したことを知らせている。


「……あー、すまん。つい手が滑った。……続き、やっていいぞ」


 ヴェルトは欠伸をしながら、再びベンチにゴロンと横になった。


「……ん。おやすみ」


 フィオナが再びヴェルトの頭の下に潜り込み、冷気を放ち始める。


 闘技場は、死に絶えたような静寂に包まれた。


 古代魔法の極致も、禁忌の大魔法も、全てが「昼寝の邪魔」という理由で、ただのデコピンの風圧で消し飛ばされた。


「って、ちょっと待ちなさいよ!あんた、バカなの!?」


 最初に硬直から解けたのは、特級審判のアステリアだった。彼女は顔を引きつらせ、壁にめり込んだ大将とベンチで寝ているヴェルトを交互に指差して絶叫した。


「今の、明らかに外野からの物理的な横槍じゃない!結界も魔法も、全部ただの風圧で吹き飛ばすなんて……どんなデタラメよ!あぁもう、せっかくの美しい魔法戦が台無し!私のエリート審判としてのキャリアがメチャクチャよ!」


 アステリアが紅い髪を振り乱してパニックに陥る。しかし、アルカニアチームの大将が完全に気絶して壁にめり込んでいる以上、試合続行は不可能だった。


「……だ、大将が戦闘不能……!しょ、勝者!王立魔法学園チームゥゥッ!!」


 アステリアのヤケクソ気味な宣言が響き渡る。


「……」


 クリスは、自分の頭上で霧散した魔法の残滓と、壁にめり込んでいる相手の大将を交互に見つめ――プルプルと肩を震わせた。


「……ちょっと、ヴェルトォォォォォォッ!!」


 クリスがレイピアを振り回し、ベンチで寝ているヴェルトに向かって怒鳴り込んでいく。


「何してくれてんのよ!私の見せ場だったじゃない!あと少しで論理的に防御して、華麗に反撃する計算が立ってたのに!!なんで貴方の物理的な横槍で終わらせちゃうのよ!」


「あぁ?感謝しろよ。危なかっただろ。お前も丸焦げになってたかもしれねぇんだぞ」


「余計なお世話よ!貴方という不確定要素のせいで、私の美しい勝利の方程式が台無しじゃないの!責任取りなさい!」


「うるせぇな。勝ったんだからいいだろ。……おいニーナ、プロテインでこいつの口塞いでおけ」


「はいっ!クリスさん、怒りで消費したカロリーを筋肉で補いましょう!」


「やめなさい!近寄らないで筋肉女!」


 待機エリアで繰り広げられる、王立学園代表チームのあまりにも締まらない内輪揉め。


 だが、他国の代表チームの目には、それはもはや「強者の余裕」という名の、底知れない恐怖の光景として映っていた。


「……あんな化け物どもの集まりに、俺たちはどうやって勝てばいいんだ……」


「魔法が……魔法の概念が壊れていく……」


「てか、あれ反則負けじゃないのか?...ちょっと俺抗議してくるわ...」「俺も!俺も!」


 絶望の色が闘技場を覆う中、特等席に座るメルフィだけが、扇子の奥で恍惚とした笑みを浮かべていた。


「ああ……素晴らしい。魔法の極致すらも嘲笑う、あの圧倒的な暴力。……ヴェルト様、貴方は本当に、私を飽きさせませんわね♡」


 武術大会は、まだ第二回戦。


 だが、魔法の常識をへし折るFクラスの魔王とその一派の蹂躙は、止まる気配を一切見せていなかった。

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