ファミチキ心理戦
会社帰り、夜風に肩をすくめながら、私はコンビニの明かりに吸い込まれた。
目的はひとつ――ホットスナックのコーナー。
レジ横のガラスケースを覗くと、そこにあった。
ファミチキ、ラスト一個。
胸の奥が小さく高鳴る。今日一日、上司に小言を食らい、客に理不尽を押し付けられ、それでも耐え抜いた。このファミチキは、私の小さなご褒美だ。
だが、運命はそう簡単ではなかった。
私の前に並ぶ、紺色の作業着姿のおじさんが――同じケースを見た。そして、同じタイミングで、ほんのわずかに口角を上げた。
――まさか、狙ってる?
私の心拍数が上がる。
順番はおじさんが先。けど、レジが二つ空いたら、チャンスはある。
タイミングを見計らう。
「お次のお客様どうぞー!」
同時に、左右のレジが開いた。
私とおじさん、反射的に別々のレジへ。
勝負は一瞬だった。
「ファミチキひとつ」
「……っ、ファミチキ――」
言葉の途中で、店員が微笑んだ。
「すみません、今ちょうど最後でして……」
負けた。
ほんの一呼吸分、遅かった。
おじさんが嬉しそうに会計を済ませ、レジ袋を受け取っている。
くっ。
でも、すぐに店員が続けた。
「もしよければ、すぐ揚げますよ。3分ほどでできます」
――逆転の一手。
「お願いします」
思わず笑みが漏れた。
おじさんは隣のレジで会計を終え、袋をぶら下げたまま、私のほうをちらりと見る。
少しだけ気まずそうな顔。
でも、ほんのちょっと、うらやましそうでもあった。
店を出ていく背中を見送りながら、私はレジ横のベンチで待った。
油の弾ける音。漂う香ばしい匂い。
勝者の香りだ。
「お待たせしました、揚げたてです」
差し出された紙袋は、ホカホカだ。
戦利品を手に、近くの公園のベンチに腰掛ける。
袋を開けて、一口かじる。
じゅわ、と油が広がる。衣はカリカリ、中はジューシー。
――最高。
けど、ちょっと複雑。
だって、あのおじさんの食べてるのは、さっきまでここにあった最後の一個なんだ。
勝負には負けた。でも、私は揚げたてを手にした。
おじさんは最後のを食べて、私は新しいのを食べる。
どっちが勝ちかなんて、きっと価値観次第だ。
でも――私は少しだけ、優越感に包まれていた。
熱々のファミチキを、そっともう一口。




