8話 想定外
○土曜の朝、家
ベッド。
いまだ布団の中にいた侑斗は、寝ぼけたまま頭上にある自身の携帯を一度タップする。
現在の時刻を見るとすぐに、パッと焦りを覚え、驚いたように目を見開く。
侑斗「は……ッ!?」
腰を下ろし被っていた布団を払うとともに、地べたへと降り立つ。
勉強机に置いてある置き時計を見て、もう一度時間を確認する。
侑斗「はぁぁ……」
それが夢でないと確信するとともに、侑斗は呆れた顔を浮かべた。
侑斗「最悪」
侑斗はドスドスと音を鳴らしながら、慌てた様子で自室から出ていった。
○二階、廊下
階段へと向かうその先、突然扉が開いた。
唐突な出来事に侑斗は目を見張るも、そこに現れた妹・愛梨のだらしないパジャマ姿が目に入り、再び元の目つきへと戻る。
彼女の手にはスマホがあった。
おそらくまた友達とメールのやりとりをしているのだろう。今日が土曜なのをいいことに夜更かしして、しまいには「今から寝る」なんてことをほざくのだ、きっと……
ここ最近の妹の調子の乗りっぷりを見てきたあまりか、大分決めつけがましい憶測を立ててしまう。
侑斗は妹に呆れた顔を向けながら、仕方なく口を開きだす。
侑斗「お前、今日メシいらないんだろ?」
愛梨「え……なんで」
兄の唐突な質問に、思わず眉を寄せる愛梨。
しかし質問には答えてくれず、妙な間が生まれるのを嫌がるように再び口を開く。
愛梨「いるけど」
侑斗「いるのかよ……」
愛梨「……?」
侑斗「おれ、今から急ぎの用あるから……悪いけど昼はひとりでなんか食っといてくんねーか?」
愛梨「はぁ……!?」
驚いていた束の間、兄はせかせかと階段を下りていく。
愛梨「って、ちょっと待って―――ッ」
一瞬、侑斗を追いかけようとするものの、すぐに姿が見えなくなり思わず足が止まる。
侑斗「メシくらい自分で作れるようにしろ〜」
唖然とした表情を浮かべる愛梨。
愛梨「なんなの……?」
止まった足が逆の方に向かう。
愛梨「機嫌ワル」
再び、愛梨は部屋に引き籠っていった。
○廊下
さっさと準備を済ませて外に出よう―――今まで急ぎ足だった侑斗の足がピタリと止まる。
侑斗はリビングにいる人物を見るとともに、思わず目を丸めた。
侑斗「お母さん……」
母はエプロン姿のまま、キッチンを陣取っていた。
母「ん?」
母は一瞬振り返ったが、特に驚くこともなくすぐに顔を元に戻す。
侑斗「あーいや……ちょっと今日友達と遊んでくる」
母「そう」
「夜はいるの?」
侑斗「うん。多分夕方には帰ってきてると思う」
母「はーい」
侑斗は自室に戻ると、謝罪とともに遅れるという旨のメールを送る。
侑斗「よかった……お母さん家にいて」
すぐに準備を済ませた侑斗は、急ぎ足で階段を駆け下りる。
靴を履き、ちょうど玄関の扉を開けようとしたその時―――
母「あっ、侑斗待って……!」
突然と、母が近づいてきた。
侑斗「……?」
怪訝な表情を浮かべながら、侑斗は振り返る。
母「ちょっと言い忘れてたことがあって……」
侑斗「……?」
母「昨日、侑斗に用があるって子がウチに来たんだけど」
侑斗「おれに?」
母「うん。……でも、いないって伝えたらすぐに引き返しっちゃった」
(誰だそれ……?)
母「それだけ、言いたかったのは」
「もう行っていいよ」
侑斗「……あ、うん」
取っ手を握り、侑斗は扉を開ける。
侑斗「いってきます」
母「いってらっしゃい~」
―――ガチャンッ。
外に出た侑斗は、すぐさま自転車がある場所へ移動し、やがてまたがる。
侑斗「まさか、な……」
○ショッピングモール、昼前
ようやく約束をしていた人物のいる場所まで辿り着いた侑斗は、書店で本を読む彼の前で「はぁ、はぁ……ッ」と、膝に手をつける。
侑斗「ほんっとゴメン……っ! うっかり寝坊して……っ!」
そんな侑斗に対し、俊大はいまだ立ち読みを続けている様子で
俊大「そこまで待ってないから大丈夫だよ」
「それよりどうする? 一旦メシでも食いに行くか? ちょっと早いけど」
侑斗「あ、ああ……」
「お前の好きにしろよ。おれは別に構わないから」
俊大「…………」
侑斗「あっ……もちろんメシ代はおれが全部―――」
俊大「いらねーよ、そんなもん」
驚いたように目を見開く侑斗。
俊大「大体、遅刻したくらいで何だよその態度」
俊大は立ち読みしていた本を元の場所に戻しながら、そう言葉にする。
俊大「俺たち、別にそんな仲じゃないだろ?」
侑斗「……まぁ、そうだけど」
俊大「ならいつもらしく振る舞ってくれ~」
侑斗を置いていくように歩きだす俊大。
侑斗「…………」
(やっぱ怒ってるよな、遅刻したこと……)
そんな彼の背中を、侑斗は急いで追いかけた。
○一日のダイジェスト
その後昼食を済ませたふたりは、ゲーセンに行ったり、映画を見たり、もう一度書店に行ったりと、いわゆる友達らしい一日を過ごした。
最後は、テキトーにそこらに設置されてあるソファに腰かけ、たわいもない雑談を交わしていた。
気づいた頃にはもう夕方になっていて、侑斗たちは予定より少し遅く帰路につくことに。
○別れ際、駅を出てすぐのところ
時間帯的にたくさんの人が混雑する中、ふたりは邪魔にならない端の方に佇んでいる。
俊大「今日のことは気にすんな」
侑斗「………」
そうやって優しい口調で言い寄る俊大。
それに対し侑斗は、俊大の方を見ず、やや俯き気味だった。
俊大「………」
「また遊ぼう。な?」
侑斗「………ああ」
少しの間はあったけれど、侑斗は短くそう返した。
俊大はホッとしたように頬を緩めると、すぐに足を動かしだす。
俊大「じゃ、またな侑斗」
片手を上げながら、彼は別れを告げるとそこを去った。
やがて独りになった侑斗は、いまだそこに立ち尽くしたままだった。
○家に帰宅
玄関を開け、ゆっくり靴を脱いだ侑斗。
その音に気づいたらしい母は、すぐにリビングの方から近づいてくる。
母「おかえり侑斗」
「遅かったねー、帰り」
侑斗「……うん」
母「……?」
何だか元気のない侑斗を見て、母は少し首を傾げる。
侑斗は心ここにあらずといった様子で、階段を上り始めた。
母「侑斗……? 何かあった―――」
侑斗「ごめん」
「今日は横になってる」
母「…………」
侑斗「ご飯、明日食べるから」
母「あ、うん。わかった……」
侑斗は振り向くことないまま、階段を上っていった。
○夕食、リビング
やがて始まった夕食。
そこに侑斗の姿はなく、愛梨と勇介と母親だけがテーブルに居座っている。
食べ出して五分ほど経つが、三人とも会話することなくただ黙々と料理を口にしていた。
母「パパ、今日遅くなるって」
そんな中、母は唐突にそう口にする。
それは、子どもたちふたりに向けての言葉だった。
―――カチャ、カチャ。
興味もないのか、ふたりは特に反応することなく、ただただ食器の音だけが食卓に鳴り響く。
愛梨「お兄ちゃんは? さっき帰ってこなかった?」
母「うん。でも疲れてるっぽくて、今日はご飯いらないみたい」
愛梨「あー、やっぱり? お兄ちゃん朝も機嫌悪かったし」
母「そうなの?」
愛梨「どうせアレでしょ?」
母「……?」
愛梨「思春期」
母「…………」
それを愛梨が言う?
そんなことを思いながら、母は娘のことを多少引き気味に見つめる。
逆に愛梨はというと、まるで自分が思春期真っただ中なことに気づいてないというように、平然と料理を口にしていた。
母「ママは違うと思うなぁー」
「きっと友達と何かあったんだよ」
どこか心配そうに口にする母。
対し愛梨は、小さく首を振って
愛梨「ないない。あれは絶対思春期」
まるで他人事のように言うのであった。
その間、黙々とご飯を食していた勇介は、会話をする彼女らの顔を見向きもしなかった。
○学校、朝
翌日の月曜日、いつも通り学校に登校してきた侑斗は下駄箱にひとりでいる。
ちょうど上履きを履いたそのタイミングで、突如女子ふたりの喋り声が聞こえてききた。
前澤イチカと、南根ユカ。
イチカたちは一瞬侑斗の方に視線を向けるも、すぐに何もないように話を続ける。
そんなふたりを横目に見つめる侑斗。
靴を履き替えた彼女たちは、やがて移動しようと近づいてきた。
視線を外す侑斗。
会話に夢中な様子のふたりは、いまだに下駄箱とにらめっこしたままの侑斗をそのまま通り越し、そのまま廊下へと足を進めた。
「おはよー、鳴見くん」
すると突然横から声が聞こえてきて、侑斗は驚きながら振り返る。
衝動的に振り返ったその先には、みよりがいた。
侑斗「おはよう……」
侑斗が慣れない挨拶をする間に、みよりは彼の方へと近く。
みより「ねぇ、今イチカたちいなかった?」
侑斗「うん」
みより「やっぱりそうだったかぁ」
侑斗「………」
そう言いつつも、みよりは歩きだす侑斗に歩幅を合わせる。
侑斗「……追いかけなくていいの?」
みより「あーうん、大丈夫」
そして自分たちも、教室に繋がる廊下へと足を踏み入れる。
みより「ねぇねぇ鳴見くん」
侑斗「……?」
急に呼びかけてきたみよりに、侑斗は思わず顔を向ける。
みより「もうすぐ定期試験があるって知ってる?」
侑斗「え、もう……!?」
みより「うん。ゴールデンウィーク明けにあるんだって……」
(ゴールデンウィーク……)
侑斗「……そうなんだ。大変だね、せっかく休みなのに」
みより「…………」
みよりの唇と唇の間に、ほんの少しだけ隙間が空く。
みより「そう! 私、ただでさえ部活でほとんど休みないのに―――」
〈そう
これでいい
おれが間違ってないって
証明してやる〉
来週は休載します。
相変わらず執筆速度は遅いままです。




