7話 返事
○休憩時間
三限目が終わって、次の四限に移るこの十五分の休みの間、イチカとユカはいつも通り自分らの席で雑談を交わしていた。
イチカ「はぁぁ、まだ三限かよぉー。もう一限あんのダリぃー」
ユカ「次の授業って何だったっけ? また移動かな」
イチカ「次はここじゃない? 多分……。何の授業かは覚えてないけど」
ユカ「そっか。ならよかった」
イチカ「ところでさ―――」
ユカ「……?」
座った状態のイチカは机で頬杖をついたまま、目線だけチラッと教室の外へとやる。
対して、ユカは不思議そうに首を傾げる。
イチカ「みより、戻ってくるの遅いよねー」
ユカも思わず教室の外へと顔を向ける。
ユカ「たしかに。もう授業休み時間入ってるのに……」
イチカ「みよりの隣の人もだよね? 書道って」
ユカ「え!? そうだったんだ……。鳴見くんも……」
イチカ「…………」
心配するユカ、疑惑を覚えるイチカをよそにして、あるひとりの人物がふたりの元へと近づいてくる。
笹原ニナ「ねーねー、ふたりとも~」
○誰もいない廊下
侑斗「え………」
(断った理由?
なんで今……)
みより「……ごめんね、急に」
「もう引きずらないようにって、ずっと思ってたんだけど」
「……これだけは、どうしても気になっちゃって」
侑斗「…………」
(言えない……
本当のことなんて
それを言ったら
生田さんが傷つく
でも
何も言わないわけにもいかない
なら
せめてでも
生田さんが傷つかない
ようにしないと……)
軽く拳を握りしめる侑斗。
侑斗「————」
侑斗は顔を上げ、頬を赤らめながらみよりの顔を見た。
侑斗「その……ありがちな理由かもしれないけど」
「おれはまだ、生田さんのこと全然知らないんだ。だから……あの告白は———」
みより「……ほんとに?」
侑斗「………っ!」
自分が言ったことが疑われているのかと思った侑斗は、思わず額に汗を流しだす。
みより「本当なの?」
侑斗「…………」
彼女の真剣な目つきに、今度は固唾を飲みこんだ。
侑斗「………うん」
気づけば、そう口にしていた。
そしてみよりは———
みより「私のこと……」
考え込むみより。
みより「そっか、そうだったんだ……」
すると何かが吹っ切れでもしたかのように、彼女は唐突にそんなことを言いだした。
侑斗「………?」
侑斗に対してというより、むしろそれは独り言を呟いたような言ぐさだった。
みより「ありがとう、鳴見くん。おかげでスッキリした!」
侑斗「すっきりって……なんで?」
みより「人間、ナゾが解けたら誰でもスッキリするでしょ? そういうこと!」
侑斗「…………」
〈相変わらず
全然何言ってるか分からない……
むしろこっちの方が
ナゾが深まった気分だ〉
「ふーふふーん♫」と、上機嫌に鼻歌を鳴らしながら前を行くみよりを、侑斗は見つめる。
〈けど……〉
そんな彼女を見て、侑斗少しだけ微笑みの顔を浮かべた。
〈これで、よかったのかもしれない〉
○
一瞬目を丸めるイチカ。
しかしすぐに彼女を見るなり、イチカは迅速にモードを切り替える。
イチカ「……おぉー、ニナちゃん。どしたのいきなり」
そのニナという女子は、授業に使うには少し大きめのノートを手に持っていた。
イチカが反応するなり、ニナはそのノートを開きだす。
ニナ「えっとね」
「さっき授業で見たいって言ってたから、持ってきたんだけどー……」
ノートのページをめくりだすニナ。
イチカ「………?」
ニナ「はいっ!」
ニナは言いながら、目の前にいるふたり向けて『ある一枚絵』を見せつけた。
イチカ「わ……っ」
ユカ「………!」
それを目にしたふたりは思わず目を見開いて唖然となる。
イチカ「すごっ………」
そしてふとこぼれ出た感想。
イチカは顔を上げ、再びニナの方を見た。
イチカ「ニナちゃん、もしかしてこれひとりでやったの?」
ニナ「うん、そう」
イチカ「ヤバ……めっちゃ上手じゃん絵」
ニナ「あははー……」
「人に見せるのって今までなかったから、何だか照れちゃう」
少し顔を赤くするニナ。
ユカ「ホントにすごいと思う……」
ユカに関して言えば、いまだに絵に夢中で、今言ったのも独り言のようだった。
それを見たイチカは、
イチカ「あ、出た。ユカのお墨付き」
それを聞いたユカは思わず我に返って、
ユカ「もうテキトーなこと言わないでよ~、イチカちゃんっ! わたしはただの素人なんだから!」
ユカが「むぅー……」と、怒った顔でイチカを見る。
ニナの目がユカの方に移る。
ニナ「ユカちゃんって、美術部なんだよね?」
そのニナの質問に、イチカは「ハ……っ!」と思わず額に汗をかく。
イチカ「そだよー」
ニナ「見たいな~、ユカちゃんの描いてる絵」
ユカは震えながら、口を開きだす。
ユカ「わッ、わたしなんかが描いた絵なんて……ホントにホントに参考にならないというかー……」
ニナは彼女のことを、最初こそ不思議そうに見てはいたものの、ビビってばかりの様子を見るに連れ、思わず「あはは」と笑みをこぼしだした。
ニナ「違うよ~、ユカちゃん! 私そういう意味で言ったんじゃなくて、純粋にユカちゃんの絵が見てみたかったの!」
イチカ「…………」
汗でいっぱいだったイチカだったが、そこで呆然とニナを見る。
イチカ「わ、わたしなんかの絵でよければ……」
ニナ「やったー!」
「ありがと~、ユカちゃん」
イチカ「う、うん……!」
ニナの表情が少し真面目になる。
ニナ「それに……」
「参考にならない絵はないって、私は思うんだけどなー」
イチカ「…………」
「なんか名言っぽい、それ」
ニナ「……?」
「そんな大した言葉じゃないよ?」
イチカ「いや……その絵を前に言われましても」
ニナ「私もユカちゃんと同じ素人だよ?」
イチカ「あははー……」
そう言いつつ、教室にある置時計に目をやるイチカ。
(それにしても遅いな
みよりたち……
書道の人たちは
もう帰ってきてるっぽいし
やっぱあのふたりは……)
その瞬間、イチカの視界にみよりの姿が映る。
イチカ「…………!」
ようやく教室に戻ってきたらしい。
彼女の手には教科書があった。
イチカ「よっ!」
彼女に聞こえるように、イチカは多少大き目な声量でみよりに声をかける。
みよりはいっぱいの笑みで、「ただいまー!」と返してくる。
その笑みは、なぜか彼女がいつも見せる笑みとはまた違う感じがした。
どこか、本当に心の底から嬉しみが籠っているような……
ユカ「あっ、みよりちゃん!? やっと帰ってきた―――」
遅れて気づいたユカも、イチカに乗じてみより向けて声をかけだす。
が、突然彼女の声が止まった。
ニナ「……どうしたの?」
不思議そうに尋ねるニナ。
しかし、今のユカには彼女に応答する余裕などなかった。
ちょうど今、彼女に並ぶ形で教室に侑斗が入ってきたのだ。
彼女の視線がイチカに注がれる。
ユカ「…………」
それは何かを探るような視線だった。
彼女の顔を見て、イチカはすぐさま口を開く。
イチカ「知ってるよ、みよりのことなら」
その一言で伝わると思って、イチカはそう口にする。
案の定、その意図は彼女に伝わった。
ユカ「………っ!」
『気づいてたの!?』―――そんな意図が彼女の視線から送られてくる。
ニナ「………??」
続き話したいところだったが、目前に映るニナの不思議そうな顔を見て、今はしない方がいいとその場で判断する。
イチカは、再びみよりの方へ視線を向けた。
一旦自分の席(一番前)についたようだが、すぐに自分たちのある方へと近づいてくる。
イチカ「遅かったじゃん、みよりー。なんかトラブったん?」
みより「うんん」
横に顔を振るみより。
みより「友達と話ながら片づけてたら、遅くなちゃった」
イチカ「…………」
イチカの口が少しだけ開く。
イチカ「その友達って、あの人のこと?」
と、イチカは片手でポイと、前の席にいる侑斗の方を軽く指さす。
みよりは首だけを後ろにやり、そしてすぐに顔を元に戻す。
みより「そうだよ」
何の驚きもなく、ただ平然と―――何なら笑みまで見せながら返答するみより。
(やっぱり隠す気ないのか
しっかし
『ただ友達してます』って風にも
ちゃんと取れるようにしてるのは……
さすがというか
みよりのこういうところって
本当に賢いよな)
イチカ「ふーん。結構なんか仲よさげな感じ?」
みより「うん! 席替えで隣の席になってから、大分話すようになった!」
イチカ「へぇー、よかったじゃん」
みより「うん!」
みよりと普通に接するイチカに対して、ユカとニナは呆然とふたりの会話を眺めていた。
○四限、授業中
教師の独断な説明のみで繰り出される、静かな教室。
四限ということもあって、生徒たちの集中力はかなり滅入っていた。
中には顔を下げ、ぐっすりと眠りに就いている者もいたが、この教師はあまり生徒を注意するタイプではない。
ただ淡々と歴史の説明があるだけの、呆然とした空間が流れる。
そのうちのひとりである侑斗も、眠りこそしていないものの、授業そっちのけで考えごとに浸っている最中だった。
〈さっきから
むずむずが収まらない……
べつにおれは
何かヤラかした
わけでもない
頭の中
パ二くってたけど
ちゃんと返事は
返せたはずんだ〉
(……………)
侑斗の視界。
今まで見えていた教科書の細やかな文字が、段々とぼやけだす。
そして意識は、あの時の場所へと向かっていく。
自分が彼女に対して言い放った言葉―――
〈本当に……
あの返事でよかったのか?〉




