10話 恋のチカラ
○教室、昼休みの始まり
みより「———ってことだけど……ごめんね、今日だけっ」
イチカとユカ———ふたりの前で立ち姿のまま両手を重ねるみより。
いつもの席に座っていたふたりは、少し申し訳なさそうなみよりを見て頬を緩めた。
イチカ「いいっていいって。わざわざ気遣わなくても」
ユカ「………」
ユカは唖然としたまま、教室の前方にある席に目を向けていた。
そこに『彼』がいないのを確かめて———
みより「ありがとう。じゃあまたあとでね!」
手を振りながら去っていくみより。
イチカ「はーい」
同じくイチカも、手を振って返した。
やがてふたりになる。
いまだに弁当箱すら机に出していない状況で、イチカは前方にある二つの席を見ていた。
イチカ「やるよねぇ、みよりも」
「私にゃ到底、あんなマネはできませんわ」
そう何気なくイチカが言うと、
ユカ「……気づいてたんだね、イチカちゃんも」
ユカも、ふたりの席を見ながら口を開く。
イチカ「別に。見てれば普通に分かることじゃない?」
「あのふたり、明らかに様子おかしかったし」
「鳴見って人の方は特にねぇ」と、イチカは付け加える。
ユカ「ふたり……付き合ってるのかな……?」
気まずそうにしながら口にするユカ。
イチカ「分かんないけど、多分付き合ってはないと思う」
ユカ「………」
そうは言っても絶対的な根拠がないため、ユカの表情はいまいち釈然としない。
かく言うイチカ自身も、明確な理由を持ち合わせているわけでもなかった。
イチカ「気になるなら、本人に直接聞いてみれば?」
ユカ「できるわけないよ、そんなの……っ!」
少しの沈黙。
イチカ「でも……実際ウチらにできるのは、みよりを応援することくらいだよね、実際……」
真剣な声音で言うイチカに対し、ユカは首を傾げる。
ユカ「……応援?」
イチカ「だって好きなのはみよりの方でしょ」
「……まあ応援っていっても、せいぜいふたりの邪魔をしないことくらいなものだけど」
ユカ「みよりちゃんが、恋……」
唖然とするユカを見て、イチカは付け加える。
イチカ「さっきは冗談で言ったけどさ……くれぐれも本人には『付き合ってる?』なんて言わないようにね」
ユカ「え……なんで?」
イチカ「ウチらが察してるなんて知ったら、みよりが変に気を遣いだすからだよ」
「分かるでしょ、ユカも。みよりがそういう人だってことは」
ユカ「……あ、うん」
イチカ「あくまで知らない体で応援する。そしてウチらはいつも通り友達やればいいってこと」
ユカ「そう、だね」
納得したように応答するユカ。
ユカ「わたしも、何も言わないように気をつける! それで、気づかれないようにみよりちゃんの恋もちゃんと応援する!」
イチカ「それでよいっ」
話がひと段落ついたところで、ふたりはお互いに昼食を取りだした。
○物理室、昼休み
ふたりきりで昼食を取ろうにも、変に注目は集めたくない。
そういう思いから、結局は、前まで俊大と使っていたこの物理室へと辿り着いた。
侑斗「―――最近あったこと……」
食事をし出してまだ間もない頃、いきなりみよりからされたその質問に戸惑う侑斗。
すぐに思い浮かんだのは、先週末にあったあの嫌な出来事だった。
侑斗「…………」
俊大の顔が浮かぶと同時に、侑斗は嫌悪感を避けつつ、別のことを考え始める。
みより「私はね」
そんな時、突然みよりが口を開いた。
みより「ちょうど昨日、バレーの試合だったの」
侑斗「あ……」
みより「ん?」
侑斗「いや……前にバレー部って言ってたなって……」
みより「あー、そうだったそうだった。覚えててくれてたんだ~!」
侑斗「……うん」
元々、自分から会話をリードするつもりだった侑斗だったが、依然女子慣れしてないの原因でそれができない。
(ダメだ……
全然会話にすらなってない
ちゃんと話すって決めてたのに)
侑斗「試合……どうだったの……?」
みより「………」
唐突な侑斗からの切りだしに、みよりは唇を開け、少し驚きながらも返答を考えだす。
みより「んー……。試合には負けたかな」
侑斗「負けた……」
ネガティブな発言の割には、どこか他人ごとのような口ぶりのみより。
侑斗は、そんな彼女の異変に気づくことなく、話題選びを間違えてしまったことに少し後悔しているところだった。
みより「私、最近ちょっとスランプ気味なんだよね」
侑斗「…………」
みよりは弁当を口にすることなく、どこか遠い目をしながら口を開く。
みより「何のために自分はバレーやってるんだろーって」
言いながら、彼女は机に両ひじを置き、そこに顔を乗せた。
みより「試合にすら出てないのに……私、なんか圧倒されちゃった。『こんなに上手い人たちがいるんだ』『自分じゃ、どうやっても追いつかないのかな』とか、いろんなこと考えちゃって」
今まで顔すら合わすことのできなかった侑斗。
しかし俄然彼女のことが気になり、侑斗はひそりと顔を横に向けた。
みより「辞めようかな、私……部活……」
その瞬間に放った言葉だった。
(え……)
思わず目を見開く侑斗。
呆然と前を見る彼女の方ばかり目を向けていると、今度はみよりが自分に顔を向けだした。
彼女と、目が合う―――。
侑斗「―――っ!」
みより「…………」
何も言わず、みよりはただ侑斗の顔を見つめた。
侑斗「なんで……。そんな、急に……」
顔を逸らす侑斗。
思わず俯きながら、そう言った。
みより「それは———」
ほんの少しの間、みよりの唇が止まる。
みより「いいや……」
侑斗「……?」
みより「部活やってると、ほんとに忙しいんだ」
再びみよりのことが気になった侑斗は、彼女の方に目を向けた。
するといつの間にか、彼女はまた前の方を向いていた。
どこか遠い目をしながら……
みより「平日はもちろん、土日だって両方とある日も多いし……」
「それこそ来週からのゴールデンウィークなんて。もうほとんど休みないんだよ?」
侑斗「………」
「でも……好き、なんだよね? バレー……」
みより「うん」
「好き。もちろん」
そのあと、みよりは「でも……」と言葉を続けた。
みより「ないじゃん、全然」
「鳴見くんと話す時間」
大きく口を開いた。
そして呆然と彼女を見た。
みより「私は部活より、鳴見くんと仲良くなることの方が大事。だったらいっそのこと―――」
侑斗「だめ……」
小さく言葉にした侑斗に対し、みよりは目を丸くした。
侑斗「だめだよ、それは……」
「部活を辞めるだなんて……そんなの、絶対……」
みより「鳴見くん……」
またも沈黙が訪れる。
(何考えてんだおれ
別に辞めるのなんて自由だろ……)
侑斗「…………」
仕方がない―――
そんな諦観した気持ちが、彼女の横顔から垣間見えた気がした。
だからこそ、
侑斗「だったら」
みより「……?」
みよりが顔を向ける。
ちょうどそのタイミングで、何かを言おうとしていた侑斗も顔を上げ、再びふたりの目が合わさる。
侑斗「話さない? もっと……今みたいに……」
みより「でもそれじゃ———」
侑斗「生田さんが休みの日も」
みより「………!」
侑斗「……だったら、生田さんが部活辞める必要、ないよね……?」
みより「……う、うん……」
こくんと頷いたあと、みよりはすぐに恥ずかしげに何か言いそうな様子を見せる。
みより「ゴールデンウィークの日も…………遊んでくれるの……?」
侑斗「……うん」
「……生田さんがいいなら」
みより「………」
その返答を受け、今まで強張っていた顔も、溶けるように緩くなってゆく。
侑斗「…………」
みよりが軽く笑みを浮かべている様子を見て、侑斗は思わず目を見開いた。
〈自分でも分からない
けど……
どうしてか
彼女の笑みを
見たその時
本当に
心の底から
ホッとした気がした
これで……
このままで
いいのかもしれないって〉
○放課後、体育館
放課後の体育館は、部活の生徒で溢れている。
それはバレー部のみならず、他にもバスケやバトミントンなどの部活動員も、同じ子の空間内に集っている。
故に体育館内は騒がしい。
喋り声、靴が床を滑る音、先生の声……
たくさんの音が入り混じる中、バレー部では先輩と後輩同士の熱い仮試合が行われている最中だった。
ちょうど今、ネットの先に見える先輩がまさにジャンプサーブを打ち込むところだった。
あの先輩のサーブは上手い。
それを皆周知している中、思いきり放たれてくるであろうそのボールに警戒心を高めるのは、当然のこと。
先輩「ちはやっ!」
ついにボールが飛びだす。
高いジャンプから放たれた回転の少ないそのボールは、コートの隅の方めがけきれいに飛んでいった。
ホールの行方をすぐに察知した先輩は、近くにいた二年のちはやに即座に移動の指示をする。
ちはや「……はいッ!」
しかし、純粋に先輩の放つサーブが上手かったのと、後輩であるちはやの反応が少し遅れたのも相まって、思いの外パスが乱れてしまう。
先輩2「危ない———ッ!」
そのままボールは落ちてもおかしくなかったが、三年の先輩によるナイスカバーによってそれは避けられた。
みより「イチカッ!」
次の攻撃に備えていたみよりは、ボールに触れられる位置にいたイチカにすぐさまトスを上げるよう要求。
イチカ「……はいよッ!!」
その指示通りに、イチカは宙を舞うような緩やかなトスを、みよりがスパイクを打ち込める位置へと上げる。
先輩2「打て、みよりッ!!」
先輩の掛け声とともに、みよりは助走ののち勢いよくジャンプ―――
みより「いける―――ッ!」
ボールはみよりの手によって放たれる。
ネットを超え、ブロックを超え―――ボールは止まることなく進む。
やがて誰もが予想だにしないライン際ぎりぎりのスペースに、地雷のごとく瞬く間に落ち去った。
みより「………っ!」
―――ピーーッッ!!!
唖然とした皆の意識を、セットの終わりを告げる笛が呼び覚ます。
イチカ「――――」
瞬間、先輩も含むチームの皆がみよりの元へと集まりだした。
―――すごいよ、みよりちゃんっ!!
―――今の、どうやったの!?
―――どこで覚えたん、それ!?
―――よくやった、生田
ただひとり、イチカだけ。
取り残される形で、彼女はその場に立っていた。
(……まじ、か)
皆に囲まれながら「えへへ」と笑みをこぼしている彼女の顔を、イチカはただ呆然と眺める。
そしてふと、更衣室での会話を思いだす―――
『みより。何かいいことでもあったん?』
『え、なんで?』
『……いや、明らかに嬉しそうだから』
言われたみよりは、自身の態度に出ていたことに気づき、少しだけ目を見張る。
『……うん。あったよ、いいこと』
『そう……なんだ』
イチカはその理由を大体察していた。
けれど、わざわざそれを確かめるような真似はしなかった。
『今日はいいプレーができそう』
みよりは少し頬を緩めるも、真剣な目つきで独り言のようにそう告げる。
『……?』
それがバレーと関係していたことに、イチカは若干不思議に思っていた。
―――そして今、
イチカ「これが、恋の力……」




