閑話:水神様、定職についてますか?
これは、クララの前世にまつわるお話。
今世の彼女は、生贄の儀式を乗り越えて、“水神様”と再び恋に落ちました。
けれど、これまでも、いつも順調だったわけではなかったようで……。
昔々――
その時代の彼女は、山菜取りが日課の少女でした。
湖へと注ぐ川の上流、滝のそばでいつも出会う、不思議な青年――それが水神様。
ふたりは言葉少なに、けれど穏やかに、山の中での時間を過ごし、静かに愛を育んでいきました。
けれど、そんな日々は長くは続きませんでした。
ある日、少女は目を伏せながら青年に言いました。
「……お父さんに怒られてしまいました。
定職にもつかない変な男と会うなって」
青年は、しばし黙り込んでから言いました。
「僕は……ずっと長いこと、水を司る仕事をしているよ」
「定職、あるんですね!」
「うん。何千年も、水の巡りを守ってきた」
「えっ、すごい! で、稼ぎは?」
「……稼ぎ?」
少女は少し考えてから、申し訳なさそうに言いました。
「やっぱダメかも。
お父さんは、定職と稼ぎがないやつはダメだって……」
その日、「ごめんね!」と叫んで山を駆け下りて以来、
少女はもう、山に姿を見せなくなりました。
やがて村では、湖も水源も、すべてが干上がりました。
雨は止み、水は消え、村人たちは恐れおののきました。
「水神様の祟りだ……」
「ずいぶん長いこと、島の祠に誰も訪れていない……」
村人たちは慌てて祠を清め、供物を山のように積み、なんとか鎮めようとしました。
そして、ある日のこと。
青年の姿の水神様は、黄金をかかえて滝へ向かいました。
もはや水源は枯れかけ、滝の水はちょろちょろと細く流れているだけでした。
そこに、少女は――いたのです。
目を丸くした彼女に、青年は静かに言いました。
「稼いできたよ?」
その腕に抱えられた黄金の輝きを見て、少女は叫びながら彼に飛びつきました。
「大好き! 結婚しよ!」
その瞬間、糸のように細かった滝の水が、これまで以上に勢いよくあふれ出し、
近くにいたふたりに、水しぶきが降りかかりました。
飛沫でできた虹が、ふたりをひとつに包み、
その姿はやがて、水煙に溶けるように霞んでいきました――。
その後、ふたりは祠の守り人として定職を得て、幸せに暮らしたそうな。
*
ちなみに、何年たっても変わらず美しいままだったその不思議な青年は、
妻を看取ったあと――どこへともなく、姿を消しました。
その日、ある漁師の男が、こんなふうに語ったそうです。
湖の水面に、大きな龍がゆっくりと頭をもたげ、
悲しそうな瞳で島の祠をひと目だけ見つめると――
そのまま、湖の底へ、底へと静かに沈んでいったのを見かけたとか。
……いや、見かけなかったとか。
※閑話、お読みいただきありがとうございました。
本話は少しコミカルな閑話でしたが、次話以降、クララたちを襲う事件を描きます。
続けてお楽しみください。
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