第3話 ファーストコンタクトは計算通り……のはずだったが?
「新入生の諸君、ようこそ王立魔法学園へ。私が学園長を務めるバルタザールだ」
講堂に集められた新入生たちを前に、白髭を蓄えた厳格そうな老人が挨拶を始めた。
俺は貴族の子息たちが集まる前方の席で、気怠げにその言葉を聞き流していた。
内心ではこれから始まる波乱の学園生活と、その果てにある「フィーリアを庇っての感動的な死」に思いを馳せ、ニヤニヤが止まらない。
周囲からは「アルフレッド様、何をそんなにご機嫌麗しいのかしら?」と訝しがられているかもしれないが、知ったことか。
(さて我が推し、フィーリア・メイフィールドはどこかな……? 早くその天使のようなお姿を拝見したいものだ。いやいや、今は悪役モードに徹しなければ)
ゲームではこの入学式の後でクラス分けが発表され、そこで初めてフィーリアとアルフレッドが本格的に顔を合わせるはずだ。
確かアルフレッドはフィーリアが特待生であることを見下し、初っ端から喧嘩を売るんだったか。
よし、そのシーンは完璧に再現しよう。ただし内心では全力でフィーリアを応援する方向で。
学園長の長い話が終わり、クラス分けが発表される。俺は予想通り、王族や有力貴族の子弟が集まるAクラス。そして――
「特待生、フィーリア・メイフィールド。Aクラス」
その名が呼ばれた瞬間、周囲がざわついた。
平民の特待生が、最上位クラスであるAクラスに配属されるのは異例中の異例。さすが俺の推し、フィーリア! その才能は計り知れないぜ! と内心でガッツポーズ。
(来たな……いよいよご対面だ。よし、アルフレッドとしての第一印象は最悪にしてやる。ただし後でフォローできるように、伏線も張っておこう)
クラス担任の指導のもと、生徒たちはぞろぞろと指定された教室へ移動する。Aクラスの教室に入ると、そこには既にほとんどの生徒が着席していた。
一番後ろの窓際の席には小柄な少女が一人、緊張した面持ちで座っているのが見えた。
ピンクブロンドの髪をサイドテールにし、大きなエメラルドグリーンの瞳が不安げに揺れている。質素だが清潔な制服を身にまとったその姿は、ゲームの立ち絵そのままの可愛らしさ!
うぉぉぉ、生フィーリアだ! かわいすぎる! 神様ありがとう!
(いかんいかん、冷静になれ俺。今は悪役貴族アルフレッドだ)
俺は口の端をかすかに歪め、傲慢で冷酷な表情を意識して作った。そしてわざとらしく、ゆっくりと彼女の元へ歩み寄った。
俺の動きに気づいた他の生徒たちが、興味深そうにこちらを見ている。良いぞ、観客は多い方がいい。悪役としての格も上がるし、後々「あのアルフレッドが実は……」となった時のギャップも大きくなる。計算通り。
「……おい、貴様が特待生のフィーリア・メイフィールドか?」
わざと見下すような、ドスの利いた声で話しかける。ゲームのアルフレッドの声優さんの演技を思い出しながら、完璧に再現したつもりだ。
フィーリアはビクリと肩を震わせ、おずおずと俺を見上げた。大きな瞳が俺を捉える。その中に怯えと、ほんの少しの反抗心のようなものが浮かぶのが見て取れた。
おお、この表情! ゲームでも見た! 可愛い! だがしかし!
「は、はい……私がフィーリアです。あの……バーンシュタイン様、でしょうか?」
おや? 原作では俺の名前を知らなかったはずだが。まぁ、これくらいは誤差の範囲か。
「ふん、平民の分際でこのAクラスとは、学園も随分と質が落ちたものだな。お前のような者がいるだけで、空気が淀む」
我ながら完璧な悪役ムーブだ。内心では「ごめんよフィーリアちゃん! 君がいるだけで空気が浄化されるよ!」と土下座しているが、表情には一切出さない。
フィーリアの顔がみるみるうちに赤くなり、瞳に涙が滲んでくる。うっ……心が痛む……。だがここで折れてはいけない。フィーリアはここで反発するはずだ!
「……平民であることは、恥じることではありません!」
フィーリアは唇をきゅっと結び、俯くことなく俺を真っ直ぐに見つめてきた。その瞳には、涙の代わりに強い意志の光が宿っている。
(……あれ? 原作とちょっと違うぞ?)
俺の記憶が確かなら、原作のこの場面のフィーリアはもっとしおらしくて、涙目で反論する感じだったはずだ。
だが目の前のフィーリアはどこか喧嘩腰というか、気概に満ちている。これはこれで可愛いけど!
「私は、私の力でここにいるのです! あなたに、空気が淀むなんて言われる筋合いはありません!」
おおっと!? 言い返すどころか、完全に啖呵を切ってきた! しかも結構な剣幕だ!
俺の知ってるフィーリアは、こんなにハキハキと反論する子だったか……? いや、これはこれでアリだ! むしろ好き!
周囲の貴族の生徒たちも、予想外のフィーリアの反撃に少し驚いているようだ。俺も内心驚いているが、ここで怯むわけにはいかない。悪役としての威厳が!
「……ほう、口答えをするか、身の程知らずめ。いいだろう。その生意気な態度がいつまで続くか、見ものだな」
俺はそう吐き捨て、若干動揺しつつもフィーリアの席から最も遠い、教卓すぐそばの自分の席へと向かった。
(なんか思ってたのとちょっと違う展開になったけど、まぁいいか。とりあえず、嫌われるという目的は達成できただろう)
席に着くとふと視線を感じた。見ると俺の隣の席に座る青年が、冷ややかな目つきでこちらを見ていた。
銀髪にアイスブルーの瞳、怜悧な顔立ち。第一王子にして、ゲームのメイン攻略対象の一人、エドワード・フォン・ハルトシュタインだ。
想像通り、原作通りのイケメンだ。ただし今は俺を「また何か問題を起こすのか、この男は」という目で見ている。うん、それも計算通り。
最初の授業が始まるチャイムが鳴り響き、俺は背筋を伸ばした。
(さて、フィーリアちゃんは予想以上に気骨のある子のようだが、これはこれで悪友ルートへの布石としては悪くないかもしれない。これからの学園生活、ますます楽しみになってきたぞ!)
全ては、推しを庇って華麗に散る、その日のために!