第10話 周囲の反応が明らかにおかしい(そして加速する甘い同居)
俺がフィーリアのつきっきり(という名の甘すぎる同居介護)を受けてから1週間。
身体の調子はすっかり元通りになり、健康になった気すらする。
これも全て、フィーリアの献身的すぎる(そして愛情が込められすぎている)お世話のおかげだろう。
主に精神面への効果が絶大だ。
しかし俺の学園復帰の日はある意味、新たな戦いの始まりでもあった。
フィーリアが俺の屋敷に住み込んでいるという事実は、あっという間に学園中に広まっていたのだ。噂の出どころは十中八九、あの愉快犯の王子か、お調子者の騎士か、あるいは分析好きの天才だろう。
あいつら、絶対に面白がって情報をリークしてる。
「アルフレッド様! お身体、もう本当に大丈夫なんですか!? 無理は禁物ですよ!」
学園の門をくぐるなり、クラスメイトたちが見守る中、フィーリアが宣言する。もはや「アルフレッド様の専属保護者兼お世話係」としての自覚がカンストしているらしい。
その手はしっかりと俺の腕に絡みついている。これじゃあ、誤解するなという方が無理だ。
案の定、周囲の生徒たちの視線は好奇と興奮、そして若干の諦観(主にガウェイン以外の男性陣)に満ちている。
「見て見て! アルフレッド様とフィーリアさん、今日も腕組んでる! もう公認カップルよね!」
「バーンシュタイン公爵様もフィーリアさんのこと、すごく気に入ってて、もうお嫁さん扱いだって話よ!」
「いいなー、私もフィーリアさんみたいに、好きな人の家に住み込んでお世話したいー!」
「そのためにはまず、ダンジョンで瀕死になるイケメン貴族を見つけないとね!」
おい最後のやつ、不謹慎だぞ。それに俺は別に好きで瀕死になったわけじゃない。死ぬはずだったんだ。
教室に入っても、その状況は変わらない。
俺とフィーリアの席はもはや「聖域」と化しており、誰も近寄ろうとしない(近寄れない雰囲気なだけかもしれないが)。
最初の授業が始まり、俺が魔法史の教科書を開くと、そこからハラリ、と押し花のしおりが落ちた。
それと一緒に、「今日も一日、頑張ってくださいね♡」と、フィーリアの丸い文字で書かれた小さなメモまで。慌てて回収する。
「やぁアルフレッド、フィーリア嬢。今日も実に微笑ましい光景だね。君たちの愛の巣、いやバーンシュタイン邸での生活は順調かい?(しおりはしっかりとこの目に焼き付けた。これ以上ないほど順調じゃないか)」
エドワード王子が、爽やかな笑顔の裏に黒いオーラを滲ませながら声をかけてくる。お前、やっぱり腹黒だろ。
「エドワード様! そ、そんな、愛の巣だなんて! 私はただアルフレッド様のお世話を。ね、アルフレッド様!」
フィーリアが顔を真っ赤にして俺に助けを求めるが、俺はため息しか出ない。
「好きに言わせておけ」
ガウェインは、「ちくしょうアルフレッド! フィーリアと同棲なんて羨ましすぎるぜ! だが、お前がフィーリアを大事にしてるなら、俺は……俺は……応援する! たまには俺もバーンシュタイン邸に遊びに行っていいか!?」と、嫉妬と友情と下心(?)が入り混じった目で訴えてくる。もう勝手にしてくれ。
アイザックは、「同棲環境下における男女間の親密度の変化、及びそれに伴うホルモンバランスの変動、さらには周囲の人間関係への波及効果……実に興味深い。アルフレッド君、フィーリア嬢、君たちは貴重な研究サンプルだよ。もし差し支えなければ、定期的にアンケートに協力してほしいな(もちろん、結果はエドワード君たちと共有する)」と、嬉々として分析結果を報告し、新たなデータ収集を試みようとしてくる。断固拒否する。
昼休み。その受難はさらに加速する。
「アルフレッド様のために、腕によりをかけました!」
フィーリアが中庭で広げたのは、どうみても恋人に作るお弁当だった。
お弁当箱の蓋を開けると、そこには鮮やかな黄金色の卵に包まれた、完璧な形のオムライスが鎮座していた。卵の上にはケチャップで、巨大なハートマークが堂々と描かれている。
その隣には申し訳程度にブロッコリーと、足がやけにリアルなタコさんウインナーが添えられていた。
「お前……これは、なんだ……」
「オムライスです! アルフレッド様がお好きだとお聞きしたので!」
フィーリアは満面の笑みで胸を張り、友人たちは腹を抱えて爆笑している。
「すごいなアルフレッド! もはやただの弁当ではなく、ケチャップによる愛のメッセージじゃないか!」
「なんだそのラブラブ弁当はーっ! 眩しすぎて目が開けられん!」
「さぁ、アルフレッド様! 卵をふわとろにするのに苦労したんです! どうぞ、あーん」
羞恥と友人たちのヤジが飛び交う中、フィーリアは満面の笑みで、ケチャップのかかったオムライスをスプーンですくい、差し出してくる。
「(人前で)やるか!」
俺が最後の矜持で抵抗すると、悲しそうに眉を下げた。
「食べて、くれないんですか……?」
(うっ! その目をウルウルさせるのは止めてくれ……)
俺は観念して友人たちの盛大な拍手と歓声の中、その(精神的甘い)オムライスを頬張った。悔しいが、美味い。
午後の魔法実技の授業中。
俺が少し高度な魔法を連続で行使し、軽く息を整えていると、フィーリアが「大変です!」と叫びながら駆け寄ってきた。
どこからともなく取り出したのは、キラキラと輝く薄ピンク色の液体が入った水筒だった。
「アルフレッド様、魔力の消耗にはこれが一番です! 私の特製『愛と勇気が湧き出るミラクルハーブティー』です!」
(周りに丸聞こえだ……)
教官やクラスメイトたちが固唾をのんで見守る中、俺は「これを今ここで飲むのか?」と絶望的な顔をする。
「はい! 飲んでくださらないと心配で私が今夜、眠れなくなってしまいます……」
そのウルウルした瞳に、俺は完敗した。
クラス全員の視線が集中する中、俺はその怪しいお茶を一口飲む。意外とフルーティーで美味いのが、また腹立たしい。
「力が、みなぎってきた(気がする)」
俺がそう呟くと、フィーリアは「よかったです!」と心底嬉しそうに笑った。
ちなみに、ハーブティーは日によって味が劇的に変わるスリル満点の一品である。
一日中振り回され、教室に戻る頃には俺は疲れ果てていた。
だが、隣で幸せそうに俺の顔を覗き込むフィーリアを見てふと、そんな心地よい疲労感も悪くない、と思ってしまっている自分に気づく。
どう考えてもおかしい。この世界の歯車はもう完全に狂っている。
俺が悪役でフィーリアがヒロインで、そして攻略対象たちが俺たちの仲を応援するって、どんなトンデモ乙女ゲームだよ。
もはや「フィーリアを庇って死ぬ」という俺の当初の目的は、遥か彼方に霞んでしまっている。
だが認めざるを得ない。
フィーリアが俺の屋敷にいて毎日俺の世話を焼き、甲斐甲斐しく尽くしてくれるこの生活は最高に居心地が良い。
フィーリアの笑顔を見るたびに、優しい声を聞くたびに、俺の心は温かいもので満たされていく。
(あぁ、もうダメだ。俺は完全にこのヒロインに骨抜きにされている)
俺はため息をつき、しかしその口元には微かな笑みが浮かんでいた。