余波
ディフェンダーは静かに虚空を漂っていた。そのエンジン音は、重すぎて口に出せない秘密のように、静寂の中で囁いていた。星たちは瞬きもせず、宇宙という黒いキャンバスは、何の慰めも与えてくれなかった。
艦内には言葉にならない緊張が漂っていた。それは火災の後に消えきらず残った煙のように、廊下にまとわりつき、喉を締めつけていた。
薄暗い医務室では、アイカが狭い簡易ベッドに膝を抱えて座っていた。その小さな体は震え、呼吸は浅く鋭い。かつて好奇心と温かさに満ちていたその瞳は、今や曇ったガラスのように虚ろで、壁の向こうを見つめていた。まるで壁さえも、もはや存在しないかのように。
その光――彼女の中にあった、あの儚くも確かな光は――
壊れていた。
完全に。
カイは近くの壁にもたれかかっていた。その腕は組まれていたが、肩はかすかに震えていた。彼は自分を保とうとしていた。強いからではない。もし一瞬でも手を離してしまえば、もう二度と戻ってこれないと分かっていたからだ。
「これは現実じゃない……」彼はつぶやいた。その言葉は、もろく、今にも砕けそうだった。「夢なんだ……目が覚めるさ。みんな目を覚ます……」
だが、誰も答えなかった。
なぜなら、全員がすでに分かっていた。
その嘘は、着地すらしなかった。ただ空中で崩れた。
足音が廊下に響いた。それはまるで、近づいてくる裁きのようだった。
アーニクがゆっくりと部屋に入ってきた。ただ彼が呼吸する音さえ――存在するだけで――違和感を覚えるほどだった。彼の目が彼らと合わないこと。まるで死者を背負って歩いているような足取り。地球に魂を置き去りにしてきた者のようだった。
彼はアイカの隣に膝をつき、荒れた手を彼女の肩へと伸ばした。
「アイカ……」
その声は低く、落ち着いていた。だが、それが逆に不自然だった。壊れた人間が無理に保とうとする声。
アイカは体を引いた。彼の手に触れた瞬間、焼けるような反応を見せた。
「陽性だったの?」その声は砕けたガラスのようだった。アイカは顔を上げた。涙に濡れた目、苦痛以上の何かに歪んだ顔。「見たの?!あれを見たのかって聞いてるの!!」
彼女は答えを待たなかった。
「人が死んだのよ、アーニク!家族が――罪のない人たちが!……ママが……!」
アーニクは顔を歪めた。
「みんなが無事かなんて分からないのよ!」アイカは叫んだ。「ママも……パパも……弟たちも……生きててほしいけど、分からない……分からないのよ!!」
その声すら、沈黙に飲み込まれた。
ローゼは部屋の隅でうつむき、拳を握りしめていた。彼女の尻尾は力を失ったように垂れていた。
「無事でいてほしい……」ローゼはつぶやいた。その声は糸のように細く頼りなかった。
「……私も」アイカがかすれ声で言った。
アーニクは手を下ろし、再び片膝をついた。彼女に届きたかった。何かを伝えたかった。瓦礫の中にまだ何か残っていると、証明したかった。
「勝ち方なんて分からない……」彼は静かに言った。「でも今、諦めたら……それが敗北だ。お前は……」
言葉を飲み込む。
「お前はそんなに弱くない。俺たちもだ。」
アイカは答えなかった。ただ崩れ落ちた。彼女の体は前へ倒れ、アーニクの胸元にしがみついた。涙が、叫びが、苦しみが、彼女から吹き出すように溢れた。
そして――
バンッ。バンッ。バンッ。
重い拳がドアを激しく叩き、ドアは激しく揺れた。
「早くこの畜生のドアを開けろ!!」ローゼの声は鞭のように裂け、怒りと震えが交錯していた。
「やめろ!」カイが振り返って叫んだ。「ただ騒いでるだけだ!」
叩く音は途絶え、重苦しい沈黙が広がった。
そして――
「こんな状況が“普通”だなんて、もう信じたくない!」ローゼの声は鋭く、容赦なく場の空気を切り裂いた。
カイは怒りに燃える表情でドアに向かって駆け寄った。「お前は俺が誰も失っていないと思っているのか!?俺が何も感じていないと思っているのか!?俺だって、もう限界なんだ!!」
ローゼが口を開こうとしたが、カイはそれを遮った。
「俺も同じだけ失っている!」カイは叫んだ。「でも、俺は崩れない!」
カイは、まだアーニクにしがみついているアイカを指差した。
「彼女は俺じゃなくて、お前が必要なんだ!」
ローゼの手は震え、膝が崩れ落ち、彼女は床に倒れ込んだ。両手で顔を覆い、最初の嗚咽が漏れ出す。
カイの声は次第に柔らかくなった。
「強くあれ」と、彼はひざまずきながら囁いた。「アイカのために。」
ローゼは指の隙間から、ふとアイカの姿を覗いた。自分が何もしていないことに気づき、内側から何かが壊れるのを感じた。
「…ごめん」彼女はかすかに呟いた。「私、自己中心的だった。」
「お前は一人じゃない」カイが続けた。「彼女はお前を必要としているんだ。」
ローゼは涙を拭いながら答えた。「分かった。ただどうすればいいのか、分からなかっただけ。」
「壊れてしまってもいい。ただ、一人で壊れるな」
カイは不器用に手を差し伸べた。
だが、ローゼはそれを払いのけた。「触るな、メガネ野郎」
カイは目を瞬かせた。「今、やさしく接してたのに!」
「全然やさしくなかった」
「くそ、すまんな」
アーニクが小さく呟いた。「お前たち、本当に信じられん…」
しかし、その言葉が終わる前に、ローゼはアーニクを力一杯突き飛ばした。
「痛っ!」とアーニクは叫び、壁に激突した。
ローゼはアイカの隣に倒れ込み、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、アイカ。もう大丈夫。私がいる。必ず乗り越えよう。約束する」
アイカは震えながらも、ゆっくりとローゼに寄り添った。
カイは腕を組みながら呟いた。「やっと役立つ奴が現れたな」
アーニクは頭を撫でながら、小さく不平をこぼした。
カイは振り返って問いかけた。
「…アーニク。なんで俺たちに黙ってたんだ?」
アーニクは身動きを止めた。答えはいらなかった。全員が既に知っていたのだ。
「お前…お前はミュータントだな」とカイは低く呟いた。
アーニクは視線を落とした。「信じてなかったわけじゃない。だが…口に出すことができなかった」
「父さんのせいか?」カイが尋ねると、アーニクは一瞬ためらい、そして頷いた。
「母さんが亡くなった後、突然力が覚醒したんだ。俺は…もしかしたら父さんは理解してくれると思ってた。誇りに思うかもしれないと」
彼は言葉を途絶えさせ、誰も動かなかった。
「だが、そうはならなかった。父さんは俺に『誰にも見せるな』と言った。『お前は狩られる。危険だ』と」
その声は震えた。
「数日後、何の説明もなく『出て行け』と言われた。別れも、言葉も、何もなく。ただ……いなくなれと」
彼の顎が固く締まった。
「理由を聞いても、ただ一言、『これからは一人で生きろ』と」
空気は凍るように静まり返った。
「その直後……交通事故で俺が死んだとニュースになった」
アーニクは己の手を見つめた。
「俺はただ追い出されたのではなく……俺という存在を、まるで消されたみたいだった」
カイの喉は詰まり、アイカは再び涙を流し、ローゼは何も言葉を発せなかった。
そして――
ヒス――――ッ。
医務室のドアが開き、アンドリュー・ハンダーフォールが静かに入ってきた。
彼の存在は重く、部屋全体に鉄のような影を落とした。
彼は部屋を見渡しながら呟いた。「…みんな、生きていたか」
その瞬間、部屋の空気は凍りついた。
アーニクの体は硬直し、まるで怒りの糸で操られる操り人形のようだった。
アンドリューはアーニクに視線を向け、「言いたいことがあるなら、言え」と命じた。
アーニクは一歩前に出た。怒りが内に燃えていた。
「ああ、あるよ」と、彼は吐き捨てるように言った。「一体何が起きたんだ?!我らの『主君』は……悪魔じゃなかったのか!」
アンドリューは頷いた。「その通りだ。説明すべきことが山ほどある。ついて来い」
「いやだ!」アーニクは怒鳴った。「なんで俺なんだ?!なんで隠してたんだ?!なんで捨てたんだよ?!」
アンドリューの声は落ち着いたままだった。「リオネルにお前の正体が知られていたら…もうとっくに命を狙われていただろう」
アーニクは震え、声が低くなった。
「なら……教えてくれ……」
彼は一歩踏み出し、問い続けた。
「マルクスは、どこにいる?」
アンドリューの目が一瞬動いた。
彼は端末に向かい、いくつかのコマンドを入力した。
画面が点灯し、そこには――青白い無機質な光の中で――マルクスが映し出されていた。
医療用の台に縛り付けられ、四肢は拘束され、肌は裂傷と打撲にまみれていた。血は顔に乾きかかっていた。
彼の身体は激しく痙攣し、そして――
マルクスの叫び声が、部屋中に轟いた。
「殺してやる!」マルクスは叫んだ。その声は歪み、荒々しく、狂気を孕んでいた。「全員、ぶっ殺してやる!」
アイカは口を手で覆い、息を飲んだ。
ローゼはよろめき、尻尾が硬直して震えた。
カイはベッドのフレームをしっかりと握りしめ、拳は真っ白になった。
唯一聞こえるのは、マルクスの咆哮だけだった。光と鋼の檻の中で、彼は獣のように暴れ、苦悶し、狂っていた。
そしてアーニクは――ただ、ただ黙って見つめていた。
カイの体が突如として前に動いた。思考より先に体が反応し、彼は手のひらで端末を叩きつけた。バンッという乾いた衝撃音が医務室に響き、コンソールがわずかに揺れる。
だが、映像は止まらなかった。
マルクスの絶叫が、部屋中にむき出しのまま響き渡る――剥き出しの痛み、獣のような怒り、言葉にならない何かがそこにあった。
「何が起きたんだよ……!」カイは怒鳴った。声は震え、目はアンドリューを睨みつけていた。その視線は鋭く、斬るようだった。「マルクスは、俺が見た中で一番意思が強い奴だ。……一体、何がこんなことに……!」
返答はなかった。
マルクスの映像だけが、動き続けていた。
拘束されたその体は、痛みと狂気の中でもがき続けている。まるで、金属の檻ではなく――記憶そのものに縛られているかのように。
あの声が、蘇った。
「……帰らなきゃ。」
それは、マルクスの言葉だった。
あの別れの日の記憶。あの一言が、雷のようにカイの胸に響いた。
胸の奥が凍るように冷たくなり、腐った果実のように嫌な予感が広がっていく。
「……いや……」彼は呟いた。唇が震え、瞳孔が収縮する。
画面を見た。
今、そこにいるのは――もう、かつてのマルクスではなかった。
その変わり果てた姿を前に、カイは小さく声を漏らした。
「……あいつは……家族を見たんだな……」
言葉がすべて崩れ落ちた。
カイの膝が砕けるように折れ、床に崩れ落ちた。ドンッという音が響く。彼の手は端末から滑り落ち、指はぶらりと宙に下がった。もはや、自分のものではないようだった。
肩が沈み、背骨が曲がる。まるで、その瞬間、すべての重さが身体にのしかかってきたかのようだった。
「……やめてくれ……」カイは呟いた。声はもはや叫びではない。願いですらない。消え入りそうな命の声だった。「……お願いだ……やめてくれ……」
アイカは、息を詰まらせながら身体を折り曲げた。彼女の体は震え、胃がねじれるような感覚に襲われていた。壁に顔を向け、吐きそうになりながらも声にならない嗚咽が漏れた。
ローゼはびくりと反応し、背後の尻尾がピンと張ったまま動かなかった。拳を握りしめ、その指が白く変色するほどだった。だが、画面を見ようとはしなかった。ただ、じっと遠くの壁を睨み続けていた。歯を食いしばり、涙は出ようとしていたが、彼女は決して流そうとしなかった。
それでも――
マルクスは叫び続けた。
光に包まれた鋼の檻の中で。
怒りを、痛みを、そしてすべてを――
失いながら。
誰も動けなかった。
誰も、何も言えなかった。
その声は、もはやただの怒声ではなかった。
それは――魂そのものが、崩れ落ちる音だった。
「殺してやる!!」マルクスの声が再び響いた。「全員……ぶっ殺してやる……!」
その声は、もはや脅しではなかった。
それは――哀願だった。
もう壊れきった魂の、最後の叫び。
アンドリューは一歩、ゆっくりと前へ出た。まるで、嵐の中心へ自ら踏み出すような覚悟で。
彼の声は静かだったが、その一言で、空気がまた変わった。
「……アーニク。来い。」
その声に、慰めも、優しさもなかった。
あったのは、ただ一つ――重すぎる現実と、未来を選ばせる命令だけ。
「すべてを……話さなければならない。」
アーニクは、ほんのわずかに動いた。
その足にようやく命が戻ったかのように、硬直した体を解き、彼はゆっくりと前を向こうとした――だがその瞬間、カイの手が彼の腕を掴んだ。
その手は震えていた。
「俺も行く……」カイはかすれた声で言った。だが、その声には一切の迷いがなかった。
アンドリューの目が細くなった。
「ダメだ」
その一言は、刃のように空気を裂いた。
しかし、次の瞬間――
「私たちにも、知る権利がある」と、別の声が空気を切り裂いた。
ローゼだった。
彼女は前に出てきた。尻尾はまっすぐに伸び、刃のような威圧を放っていた。声には、カイのような焦りはなかったが、同じだけの決意が込められていた。
アンドリューの顎がわずかに動いた。視線がローゼへ、次にカイへ、そして再びアーニクに戻る。
彼は、重く、長い息を吐いた。まるで、それ自体が彼にとっての降伏だったかのように。
「……分かった。ついてこい」
彼らは静かに、ディフェンダーの薄暗い廊下を歩いた。
その足音は金属の床にわずかに響く――だが、誰一人として口を開く者はいなかった。影のように、沈黙の中を進む彼らの姿は、まるでこの艦の一部になったかのようだった。
医療チームが彼らの横を走り抜けていく。誰もが青ざめた顔で、包帯や血に染まったガーゼを抱えていた。機械の低い唸り、心拍計のビープ音――それらすべてが、静かな戦場の音だった。
空気には消毒液と血の匂いが混じっていた。
冷たく、清潔で、それでいてどこか…吐き気を催すほど生々しかった。
ローゼはアイカの隣を歩いていた。アイカの肩はまだ小刻みに震えている。言葉はなかった。ただその震えが、彼女の中で何かがまだ壊れたままであることを示していた。
ふと、開かれたままのドアの隙間から、小さな手が手術台から垂れているのが見えた。
ローゼは素早く手を伸ばし、アイカの目を覆った。
「見るな」と、彼女は小さく囁いた。
アイカは、彼女の手のひらに静かに頷いた。
やがて、彼らは重々しい金属の扉の前にたどり着いた。
アンドリューがスキャナーに手を当てると、**ヒュウウウウッ……**という音とともに扉が開いた。
その中は冷たい光に包まれた空間だった。
部屋の壁には、無数のパネルが並び、赤やオレンジの警告が絶え間なく点滅していた。中央には、ゆっくりと回転するホログラムが浮かんでいた。
それは――地球だった。
静かに回り続けるその星は、しかし、彼らの記憶にある青く美しいものではなかった。
地図上には、赤い警告マーカーが無数に点在していた。
傷のように。
開いたままの傷が、大地のあちこちに刻まれていた。
アンドリューは一歩前に進み、キーボードに手を伸ばした。
キーを打つたびに、音が部屋中に響いた。
ホログラムが拡大され、都市の輪郭が崩れ、海岸線が消え、広大な地域が赤く塗り潰されていく。
そして彼は、口を開いた。
「……これが、今我々が直面している現実だ」
彼は振り返り、無表情のまま彼らを見渡した。
「これから話すことは、すべてを変える内容だ」
一拍の沈黙。
そして、もう一拍。
「お前たちは、“大魔族戦争”が伝説だと教えられてきた。古い書物に書かれ、子供を脅すおとぎ話のように語られてきた。だが――あれは現実だった。そして……」
彼の声が一瞬詰まる。
「……語られてきた物語より、遥かに悪夢だった。」
彼は歩き出す。
「三千年前、世界はただ崩壊したのではない。粉砕された。魔族は侵略者ではなかった。消滅者だった。都市は陥落したのではなく、蒸発した。兵士たちは敗北したのではなく、喰われた。」
彼の声は部屋を満たしていく。
「血筋は絶たれ、言語は失われ、文化は燃やされ、記憶ごと削除された」
彼は、ホログラムの地球を見つめたまま言葉を続けた。
「人間だけじゃない。獣人も、魔術師も、翼ある者も、角のある者も、鱗を持つ者も――誰も、止められなかった。」
そして、彼の視線はアーニクに向いた。
「だが、たった一人の人間に、運命は託された」
アーニクは一歩も動かなかった。だが、彼の喉が小さく動く。
「それが……“最初のミュータント”だ」
アンドリューは、静かに頷いた。
「大精霊の祝福を受け、アークメイジたちに支えられたその男は、反撃の糸口となり、世界を救った。魔族は滅ぼされたのではない。」
「封印されたのだ。」
「ありったけの魔力と命で作られた“器”に閉じ込められた。だが……」
彼の声が沈む。
「完璧なものではなかった。残ったんだ――“意志”が。……心が。」
その場の空気が緊張する。
カイが声を上げた。「それが……リオネルか」
アンドリューは静かに頷いた。「そうだ」
カイは一歩、アンドリューに詰め寄った。拳を強く握りしめ、声を荒げる。
「じゃあなぜ今なんだ?!なぜもっと早く止めなかった!?お前は……どれだけ前から知ってたんだ!?」
アンドリューは微動だにしなかった。「十分とは言えない時間だ」
「でも、兆候はあったはずだ。あいつが常に一歩先を読んでいたこと。何をされても揺るがなかったこと。まるで人間じゃなかった。人々があいつに従っていったのも……まるで意思を奪われたみたいに」
アンドリューは再び端末に手を伸ばし、コマンドを入力していく。
「俺は調べた。記録の隙間。偽造された書類。医学的に説明のつかないデータ。そして見つけた――古代の石版。封印された魔法の金庫に隠されていた文字」
彼は言葉を選びながら続けた。
彼らのソブリンに会った——パイレーツ・ウォーズからの古い友人だ。」
彼は下を向き、指を握り潰して拳を作った。まるでまだ剣の重さを握っているかのように。
「かつて、俺たちは若く、死ぬにはあまりにも怒りに満ちた男たちとして、肩を並べて戦った。彼は疑問を持たずに地獄へでもついていくような男だった…そして、俺は誰よりも彼を信頼していた。」
アンドリューの目が暗くなり、口調が鋭く、刃のように部屋を切り裂いた。
「俺は彼に真実を話した。ライオネルについて。俺たちが直面しているものについて。これはただの権力を持った男ではなく——何か別のものだ。人間の顔を被っているが、決して人間ではない何かだ。」
彼の視線はホログラムに向かい、地球が血のような赤い静寂の中で回転していた。
「最初、彼は俺が狂ったと思った。誰だってそう思うさ。だが、俺が証拠を見せた後——失踪事件、超人的な行為、腐敗の痕跡——彼は俺を信じた。」
長い、重い息をついた。
「そこには警告があった。“一つの存在が生き残る”――“それは待ち続ける”――“人の皮をまとい、再び現れる”」
その言葉が空気を震わせる。
「リオネルは、我々のような存在ではない。……初めから、そうだった」
長い沈黙。
その中でアンドリューは再び視線をアーニクに向ける。
「アーニク、お前にはその血が流れている。“最初のミュータント”の子孫だ。お前が望もうと望むまいと、それが現実だ」
アーニクの口が開く――だが、言葉は出ない。
その時――
「俺も行く!!」
かすれた、しかし確かな声が響いた。
全員が振り返った。
そこに立っていたのは――マルクスだった。
血と汗にまみれ、包帯に巻かれたまま。それでも立っていた。
その足は震え、全身が限界を訴えていた。
だが――その目だけが、生きていた。
「……何があっても構わない」彼は唸るように言った。「俺は戦う。リオネルを……焼き尽くしてやる。」
アンドリューはゆっくりと頷いた。「なら、歓迎しよう」
アーニクはマルクスを見つめた。喉が上下し、静かに息を飲む。
「俺も戦う」彼は小さな声で言った。「地球のために……もう逃げない」
カイが前に出る。「俺もだ」
続いて、ローゼも。
「私も」
カイが反射的に振り向く。「ふざけるな、これは――」
「お前は父親じゃないでしょ」ローゼが遮った。
カイは言葉を詰まらせる。「アイカは――」
「私も行く!!」
その声に、全員が動きを止めた。
アイカが前に出ていた。
まだ震えていた。だが、その足は確かに自分で踏み出していた。
「置いていかれたくない」彼女は言った。声は震えていたが、その目には再び光が宿っていた。「私だって……戦いたい」
アンドリューは手を上げ、場を静めた。
「……彼らは自分の意思で選んだんだ、カイ」
カイは一人一人の顔を見渡した。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。だが、やるなら――本気でやるぞ」
アンドリューの視線が、再びアーニクに戻る。
「訓練してもらう。限界まで追い込む。ここに立つ“意味”を、その身で証明してもらう」
彼は一歩前に出る。
「お前はまだ若い。未熟すぎる。だが……その中にある炎は、俺たちに希望をくれる」
彼はアーニクをじっと見据えた。
「もし、お前がこの地獄を生き延びたなら……世界にも、勝機がある」
そして――
「さあ、マルクスを医務室に戻せ!こいつが血まみれで床に倒れる前に!!」
「ちょっ、うわっ……いててててっ、腕やめてぇぇぇ!!!」マルクスが叫びながら、カイとローゼに抱えられて運ばれていく。
アンドリューは彼らの背を見送った。
そして――再び、静寂が戻ってきた。
彼は、ゆっくりと地球のホログラムを見上げる。
それは、赤い光に包まれていた。
彼は額を押さえ、静かに呟いた。
「……子供たちを、戦争に引きずり込むなんてな」
拳を握る。
「だが、そうしなければ――もう、誰も救えない」
目が鋭くなる。
「リオネルは地獄をくれた……」
一瞬の間。
「ならこっちも、“地獄返し”してやるさ。」
ここまでのストーリーを楽しんでいただけたら嬉しいです!
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